第10話銭湯と恋バナ

 雪斗ゆきとがマジパティとして再び覚醒し、覚醒したマジパティが4人になった記念の食事会が終わり、時間は夜の7時となった。

「もうこんな時間か…ライス、そろそろ人間界の両親たちに…」

「本日は仕事でニューヨークに向かったので、留守ですの。したがって、遅くなっても平気ですわ。すぐに運転手を来させますので。」

「ジュレも今日はバイトで遅いから、私も遅く帰ってもいいかな。」

「あたしはパパが泊まり込みで撮影中だし、お兄ちゃんも東京でのバイトが遅くなるって…」

 その言葉を聞いたガレットは、あることを思いついた。


「それなら、みんなで銭湯に行く?10日前、この近くにスーパー銭湯できたんだよねー♪」


 ガレットの鶴の一声で、一悟いちご達は木苺ヶ丘きいちごがおかの商店街から少し外れた入浴施設「木苺の湯」。かつては工業団地の中にある小さな精密機械を製造する工場だったが、工場が南斗なんと町の境目に移転したため、工業団地の工場は閉鎖となり、取り壊しの時に温泉が噴き出したので、この度入浴施設に生まれ変わったのだった。

「何で知ってたの?親父…」

青森あおもり浅虫あさむし温泉に滞在していた時、工場跡から温泉が出てきたって新聞に乗ってたんだ。施設がオープンしたのは、ビミスタグラムで聞いた。」

 受付に入り、今回の支払いはアンニンが行った。

「今日は祝いの席だから、請求しないでおくわね?」

「ここでも銭ゲバっぷり見せつけるんじゃないわよ…」

 階段を上がり、それぞれ男女に分かれ、暖簾のれんをくぐろうとするが…

「お前らは今、「女湯」に入らないとダメーっ!!!」

 ガレットは、一悟と雪斗を男湯の暖簾から追い出した。

「えーっ…」

「勇者たる者、セクハラを誘発しないこと!!!」

 勇者でなくとも、そりゃそうだ。


 しぶしぶと女湯に入った一悟と雪斗は、シュトーレン達と並んで早速サン・ジェルマン学園中等部の制服を脱ぎ始める。赤子の時に女湯に入った経験はあったようだが、一悟にとってはまったく記憶にない。それに、初めての銭湯に混乱している者たちも…

「こんなところ…初めて…」

「小学校の修学旅行は、ゴタゴタで行けなかったので…」

「あ…憧れの…公衆浴場…」

 雪斗は弓道の合宿で外泊した経験はあるものの、殆ど個室のシャワールームしか使っておらず、あずきは小学校6年生の時、高萩たかはぎ家のお家騒動で修学旅行に行けず、家族旅行は常に部屋のバスタブ。シュトーレンに至っては、フランスにも公衆浴場が数件ほどあるものの、甘いものを定期的に食べ続けないと男の姿に変身していることがバレるため、滞在中は殆ど個室シャワーを使用していた。

「一悟、目を伏せるか、鼻にティッシュを詰めときなさい。」

 下着姿になった一悟は、両手で鼻を押さえつつ、洗面台のティッシュに手を伸ばし、ティッシュで紙縒りを作り、それを鼻に詰めた。昨日はシュトーレンと一緒に入浴していた為、少しはシュトーレンの裸に対する耐性がついたが、ましてや大勢の女性が入浴している場所…そこら辺の男子中学生よりも女性に免疫のない一悟にとっては、一番危険な場所なのである。


「………」

「あんた…外し方、わかんない?」

 シュトーレンの言葉に、雪斗が黙って頷いた。どうやらブラのホックの外し方がわからないようだ。

「いちごん…外し…」

 一悟を指名しようとしたが、突然雪斗の人格がユキに入れ替わる。

「もーっ、僕が出てこないとダメなんだからっ!!!」

 付け方に至るまでマカロンに教わっていたようで、ユキは慣れた手つきでブラのホックを外す。そして制服を入れたロッカーに脱いだ下着を入れ、今度は髪を結んでいたリボンを解き、湯船に髪が付かないように髪をまとめる。

「マカロン…ユキさんを大事にされていたのですわね…」

「僧侶様…そのスケッチブックは?」

「ちょっと心眼返しをね…」

 既に一糸まとわぬ姿となり、髪をまとめ終えたアンニンは、涼しい顔をしてスケッチブックにサインペンで文字を書いている。


 一方男湯では、既に服を脱いだココアとムッシュ・エクレールが心眼で女湯の脱衣所を覗いている。

「98…77…89…76…90…95…一悟とライスは置いといて、眼福だなぁ…」

「ライスに対する言葉は聞き捨てならんが、1メートル近い物体と彼女の勇ましさの比例っぷりは眼福だなぁ…」

「やっぱり、おっぱいと勇ましさは反比例よりも、比例だよなー♪」

「…ん?なんだ?アンニンがなぜスケッチブックを?…「エクレール、後ろー!後ろー!」?」

 心眼から見えたスケッチブックが95のGカップを隠した途端、ムッシュ・エクレールとココアの背後に黒いオーラが漂う。


「セーラは俺の自慢の娘だからねー♪顔立ちと体格は、俺のカミさんと瓜二つ♪娘を褒めてくれて、嬉しいなぁ♪」


 めちゃくちゃ嬉しそうな表情をしながら、黒いオーラを漂わせるガレットだった。シュトーレンを褒める2人を持ち上げた刹那、ガレットの表情は一瞬にして険しくなる。

「…って、勇者がそれだけで済ませると思った?誰に断って、人の娘の脱衣シーンを覗いてんの?勇者であっても、娘を性的な目で見られるの…結構不快なんだけど?」

 そもそも、現在のムッシュ・エクレールは公務員である。コレがバレれば大問題だ。

「おやっさん…俺っちは悪いライオンっス…姉御の脱衣シーンだけに限らず、着替えまで毎日といっていいほど見てるんスけど…」

 1人のエルフ族と精霊をたしなめる勇者に、トルテはおずおずとシュトーレンに対する懺悔を始めた。

「お前はセーラのペットだろ?ペットがセーラの脱衣も着替えも見えてしまうのは不可抗力だし、仕方ないっしょ。合法、合法♪」

「あーーーーーーーーーっ!!!トルテ、ずるいっ!!!!!」

 ペットであることを理由に懺悔を許されたトルテを見て、ココアはブーイングを放つ。

「勇者が本気で制裁する前にー、心眼でセーラの脱衣シーン覗いた奴らはー…」


「1時間、サウナにこもってもらいまーす!!!!!」


 サウナというものを知らない2人には、過酷な罰である。のぞき行為、ダメ、ゼッタイ!


 髪もまとめ終わり、一悟達は大浴場へ入った。様々な浴槽を見て、シュトーレンはどことなく嬉しそうだ。

「浴槽に入る前に、身体を洗いなさいね?」

 そう言いながら、アンニンは蛇口からお湯を出す。たまたま6人分空いている列があったので、一悟達は1人1つ使うことにした。

「それから、さっき言い忘れたけど…ガレットさん、娘に対して結構過保護な所があるから気を付けるように。ましてや背中の流しっこなんて…」

「しれっと一悟と意識入れ替えるな、親父いいいいいいっ!!!!(男声)」

 アンニンのセリフを遮るかのように、シュトーレンの叫び声が響いた。みるく達がシュトーレンの方に目を向けると、そこには笑いながらシュトーレンの背中を洗う一悟の姿…なのだが、中身はどう見てもガレットだ。

「背中の流しっこなんて、セーラが12歳の時以来だなぁ~♪」

「だから言ったでしょ?娘に対して過保護だって…」

 そう言いながら、僧侶は一悟の外見をしたガレットの頭に風呂桶を降りかざす。


「ねっ!!!!!」


「パッカーーーーーーーーーーーーーーーン!!!」


「ってぇ~…いきなり男湯でトルテと並んでいたと思ったら…」

「ごめんね…一悟…親父が意識入れ替えちゃって…」

 父親の失態を謝罪する勇者の胸を、雪斗が人差し指でつつこうとするが…

「今度はそっちに意識入れ替えたか…親父…」

「また父親が意識を入れ替えた」と判断した勇者は、雪斗を睨みつける。

「いや…ユキが突っぱねたみたいで…」

 今度は失敗したようだ。男湯では、トルテの真横で犬神家の一族と化したガレットが気絶している。

「その…いちごんって…ど、どういう女性が…好みなんだ?みるくみたいに…ほわほわした子?それとも…」

「???」

 雪斗の思いがけない質問に、一悟の思考回路が停止する。

「一悟、好きな女性のタイプって…」


「見た目も態度もゴリラじゃねぇ奴!」


 恋愛について一切考えた事もない一悟にとって、好きな異性のタイプを聞くのはムダに等しいようだ。その言葉を聞いた雪斗、シュトーレン、あずきは盛大にコケた。

「いっくん…それ、「ちかちゃん以外なら誰でもいい」ってことだよ?」

「ちかちゃん」…それは一悟の姉・一華いちかのことで、みるくは一華のことをそう呼んでいる。

「それもそうか…まぁ、料理が上手くて、信念が強くて…包容力がある子がタイプ…かな?」

「それ、シュトーレンも当てはまるってことよね?」

 僧侶はそう言いながら、あずきと意識を入れ替えていたガレットの両頬を引っ張る。

「それじゃあ、勇者様のタイプは?あたしは、勿論いっくんみたいな人。」

「あ、あたしは…ちょっとバカな所もあるけど…頼りがいが…って、ライスと意識入れ替えてる親父の前で言えるワケないでしょ!!!!!」

「よし、意識抜けた!まぁ、あのイタリア人のインターポールではないのは確かね?」

 赤面する勇者の真横で、勇者の幼馴染の僧侶はうんうんと頷いた。みるくは、勇者の発言に心当たりがあるようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る