第33話 NO.1ヒロイン

「ひとまず、ゲリラライブは成功したな。それに、アイドルという存在に憧れる少女も出てきた」


「アイドルというか、歌手じゃない?」


「同じようなもんさ」


 絶対に顔で売ってるのに“私は歌手です”って売り出す奴もいるからな。


「演劇が盛んなクレインでもアイドルって職業は割と魅力に映ってことが証明された。なら、アイドル業界にも良い人材が集まりそうだ。今から家に帰ってチラシを作成し、ゲリラライブしつつ今日中に町中に貼るぞ」


「スカウトはしないんですか?」


「募集のポスターを貼りつつするさ。それよりもカノンは今の歌のブラッシュアップだ。3日後に資産家を集めて芸能事務所へ出資してもらうためのミニライブを行うからな」


「そ、そうなんですね。なら、頑張らないとです」


 カノンが拳を握って力強く頷く。


 セシリーちゃんのおかげでカノンのモチベーションが上がった。


 俺達は早速家に戻り、各々の作業に取りかかった。


 カノンは歌とダンスの練習と基礎トレーニング、俺はアイドル募集のポスター作成、


 エルはまぁ……本を読んだり寝ていたりしていた。神ってニートなのかな。


「………よしできた!」


 2時間ほど費やして、ポスターが完成した。


 ちょうど休憩中のカノンと眠りから覚めたエルが俺のポスターを見る。


「なになに……『急募、アイドル募集中。世界を救うにあたり、女性を求む。条件はすさまじく美人で、スタイルが超良くて、歌って踊れる、また性格が良いこと。オーディションは明日と明後日』……」


 エルとカノンは口をポカンと開けた。


「どうかな? ちょっと攻めすぎ?」


「攻めすぎもなにも……こんなんで誰が集まるのよ! 求めるレベルは高い、オーディションは急、そんで給料は不明。誰がこんなところに受けに来るのよ」


 エルの言うことはもっともだ。


 いくら就活に困っていても、こんなわけのわからない事務所には応募してこないだろう。


 だがしかし―――


「俺達はただのアイドルが欲しいわけじゃない。魔帝との和解を目指し、戦地に向かい、恐ぇ幹部どもの前でも臆せずパフォーマンスできる人物が欲しいんだ。だから、オーディションに応募してくる人はこれぐらいの覚悟で来てほしい。じゃないと、入ったところですぐ辞めるからな」


「下手な鉄砲も数撃てば当たる戦法で行くんじゃないの?」


「うちにそんな余裕はない。このいわく付きの屋敷すら購入できるか怪しいのに」


「悲しいですね……」


 カノンの一言で場に悲壮感が漂った。


「わかったわかった。じゃあ、せめて働く環境は最高だと伝えておこう」


 俺はポスターの余白に文章をねじ込んだ。


 それをエルとカノンが見る。


「えっと……『アットホームな職場です。和気あいあいとしていて、いつも笑いが絶えません。若手が意見をいいやすく、やりがいがあります。寮あり』ですか……。その通りですね!」


「その通りなわけないでしょ。なによこれ、怪しい事務所ですって言ってるよなもんじゃない」


「でも私はいつも笑ってますよ。意見も言えますし、和気あいあいとしてます。……してますよね?」


 不安そうに俺達に訊いてきた。


 どうかな。


 カノンとは良好な関係を築けているけど、エルとは築けていない気もする。


 断言出来ないからエルも俺と同じ考えなのか、黙っていた。


「え、なんで黙っているんです―――?」


「とにかくこれでいくぞ。異論はないな?」


「異論があってもどうせ聞かないでしょ。……ないわ」


 ポスターは決まった。


 エルに神だけが使える特殊な魔法でポスターを100枚ほど複製してもらい、俺達は再び町へ繰り出した。


 カノンがライブを行う傍ら、俺とエルでクレイン中の掲示板に求人ポスターを貼りまくった。


 エルはブツブツ愚痴を言っていたものの、なんだかんだやることになった。


 辺りはすっかり夜になった。


 いい時間帯に貼り終えることができた。


「これで全て貼り終えたわね。はぁー疲れた。家に帰ってさっさとシャワー浴びたい」


「ふぅー、ちょっと喉が痛いです」


 エルがパタパタと手で顔を仰ぎ、カノンは水をごくごくと飲んでいた。


「さて、これで今日の活動は終了ですね!」


「2人はな。俺はちょっとやることがある」


「やること……ですか?」


「ああ、大事なことだ。とりあえず先に帰っててくれ」


「ふーん。先に夕飯食べてるからね」


「俺の分は食うなよ」

 そう言って、俺は2人が歩く方向とは真逆の方向へ向かった。


 ♢♢♢


 ブルームーンの劇場の裏口は、物音だけが流れている。


 そんななか、コツコツコツとあまり聞かない足音が響き出す。


「ルナ・フレイヤさん、ですね?」


 俺は紺色煌めく長い髪の女性に話しかけた。


「そうだけど」


 落ち着いた口調で俺の方を見る。


 月が青白く輝く夜の下のルナは、まるで妖精のように美しく見えた。


「ファンの方? それにしては落ち着いているわね。もしかして、変質者?」


 すごいことを堂々と言うな。


 しかし、変質者だと思われる人を前にしてこの落ち着きよう。


 すごい。さすが、一流役者。


「いや、アイドル事務所の社長だ」


「あいどる? ……事務所の社長?」


 ルナは首を傾げつつ、体の重心をやや後ろに持っていっている。


 警戒されている。まぁ当然か。


 刺激しないようにしないと。


「アイドルっていうのは歌ったり踊ったりして、人々を笑顔にする職業だ。で、俺はアイドル達を指導したりサポートしたりする人だ」


「そうなの」


 ルナは目線を外して、片づけを再開する。素っ気ないな。


「で、そんなアイドル事務所の社長が、私になんの用かしら?」


「単刀直入に言う。ルナ・フレイヤさん、アイドルをやらないか?」


「あら、引き抜きの話?」


「そうだ」


「……ごめんなさい。私、演劇以外には興味ないの」


 片手間で断ってきた。


 断ることなど想定済みだ。


 それへの対応策も考えてある。


「ルナさんは、魔帝軍のことをどう思っている?」


「ルナと呼ばれる仲になった覚えはないけど?」


 厳しいな。


「俺はなったと思っているんだがな」


「初対面から名前で呼んでくる人間は大抵、邪な気持ちを持っているから警戒するように、と子どもの頃から母に言われてきたわ」


 厳しさは母からの教えか。


 よく教育している。


 だが、ここはあえてルナ呼びを続けさせてもらおう。

「俺達の国と魔帝軍との戦争を、どう思っている?」


「恐ろしいわね。クレインは魔帝軍が攻めやすい立地になっているから、いつこの町に攻めてきてもおかしくないし。魔帝城に乗り込んだ人は死ぬべきだわ」


 それについてはマジでごめん。


 全部、俺のせい。


 この世界に住む人間全員悪くない。


 悪いの俺。


 戦犯ものだよね。


 言ったらアイドル事務所作るどころじゃなくなるから言わないけど。


「そういえば、レピアに魔帝幹部が攻めてきたけど、和解に持ち込んだって聞いたわ」


 来た。


 その言葉を待っていた。


 俺はルナに一歩近づく。


「そうだ。和解に持ち込んだのは、アイドルが歌った歌のおかげなんだ」


 一瞬、片付けるルナの手が止まる。


「へぇー……それが本当なら凄いわね」


 ルナが軽く感心する。


 いいぞ。ちょっとでも心が動けば、こちらに有利だ。


 捲くし立てる。


「なんと、そのアイドルはウチの事務所に所属している。どうだ、俺達と一緒に歌で世界を平和にしないか?」


 ルナは片づけを止めて、俺の方を見た。


「嬉しい話ね」


「じゃあ……」


「でもごめんなさい。お断りするわ」


「ぐ……」


「さっきも言ったけど、演劇しか興味ないの。世界を平和にするとか、魔帝が攻めてくるとか、そういうのはどうでもいい。解決したい人がすればいい。私には演劇こそが全て。演じられればそれでいい」


 ルナは片付けを再開した。


 もう、こちらを見ることすらしない。


 帰れ、という無言の圧力。


 ダメか。


 いやでもクールビューティかつ経験豊富なベテランはメンバーに欲しい。


 それだけでチームの安定感が増す。話題性もあるしな。


 多少強引にでもいく。


「なら、アイドルを演じてみないか? 魔帝を止めるアイドルをさ」


「悪いわね。何言われても、どれだけお金を積まれてもやらないわ。お引き取り願うわね」


「なぁ、入れとは言わない。だが、一回ぐらい活動を見てから決めてからでも―――」


 シュンッッ!!!


 髪が揺れ動くほどの風が来たと思ったら、鼻の先に靴の先があった。


「なっ……」


「一流の女優は、一流の戦士でもあるのよ? 知らなかったの?」


 ルナは服の内側にあったペンダントを見せる。銀色―――確かシルバークラス。ふと、軽く受け流していたエルの話が頭の中で流れた。


『この国には冒険者にランク付けがされていて、上から順にゴールド、シルバー、ブロンズ、レッド、ブルー、グリーン、ホワイトクラスとなっているわ。普通に冒険者して魔物を狩っていればレッドまでは行ける。ブロンズからは別物だと思った方が良いわね。特にゴールド、次いでシルバーは多少チートじみた強さを持っているわね』


 ルナはその中でもシルバークラスか。


 戦ったらお互いタダでは済まなそうだ。


「これ以上近づくなら、鼻を蹴り潰すわよ?」


 靴の先が月夜によってきらりと光る。


 こいつ絶対、昔やんちゃしてたタイプだ。30年間で培った勘が言っている。


「お引き取りを」


 ドスの利いた声と鋭い睨み。


 俺は退散した。


 

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異世界にはアイドルが必要です! taki @makabe3takimune

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