第32話 ゲリラライブ
劇場の出口は、観客の称賛の言葉で埋め尽くされていた。
「意外と……良かったわね」
エルがポツリと呟いた。エルが掛け値なしに褒めるなんて珍しい。
「ああ、良かったな。ストーリーは最後まで気が抜けなかったし」
「そうね。まさかミステリー系の劇だとは。私が犯人を暴けなかったなんて、屈辱だけれども」
エルが悔しさを顔に滲ませた。そんなに悔しがるところか?
俺なんか、犯人を当てる気なんてさらさらないぞ。
しかし、ミステリー系をよく読む俺でも、犯人は最初想像すらしていなかった人物だった。
久しぶりにミステリー小説を読みたくなってきた。あとでポチッとこ。
「1万5千ガルドでも安いと思ってしまった。もう一度見たいわね」
「伏線を探るために?」
「それもそうだけど、なによりルナ・フレイヤの演技が見たい」
「まぁね」
「あそこまで狂気の笑いができるなんて。あの子、ある意味、魔帝より素晴らしいわよ」
それは褒め言葉に入るのかな?
一方で、カノンは心ここにあらずって感じでぼーっと歩いている。
演劇の
「カノンはどうだった?」
呼びかけるも、応答なし。
「カノン。カノン? おーい、カノーン」
「………はっ!」
ハッとした表情で、辺りを見回す。
「ちょっとカノン、大丈夫?」
「すみません」
エルの呼びかけに、カノンは照れ笑いを浮かべる。
「ぼーっとしちゃって。そんなに凄かったの?」
「はい」
カノンは微笑を浮かべていた。
「とても……とてもすごかったです」
カノンの身体が震えている。武者震いか……?
「やっぱり、ルナ・フレイヤさんはすごいです」
カノンは高揚するように、称賛するように語る。
でもそれは届かない憧れの存在としてではない。
追いつきたい、たどり着きたい、越えたい。
そんな気持ちで語っていた。
あれだけの能力差を見せつけられて、そんな純粋にルナ・フレイヤと向き合えるとは……。
素直に凄い。
不意に、自分の高校時代が蘇る。
思いっきり背伸びして入ったサッカー部。
同年代の能力の高さや努力の深さに挫かれ、ベンチに座ることすら出来なかった3年間。
涙など1年の夏で枯らした。
自分はいくら努力してもあそこへはたどり着けない。
俺が努力している間にも、同年代の奴らは同じかそれ以上努力をしているから。
いつしか俺は、早い段階で妥協する癖を身につけてしまった。
戦う前に、落としどころを考えてしまうようになっていた。
成功する人間は、カノンのような考え方をする人間なんだろうな。
俺はグッと拳を握る。
「ならさ、その思い、歌に乗せないか?」
俺に出来ることは、カノンをサポートし、チャンスを提供すること。
「歌?」
カノンが首を傾げる。するとエルが訊いてきた。
「ちょっとケースケ、歌うってどこで歌うのよ?」
「そりゃあもちろんあそこだよ」
俺は目の前にある噴水広場を指差した。
「あそこ、良い感じにスペースがあるだろ? あそこで歌うんだよ」
「それって路上ライブってこと?」
「ああ、そうだ」
「そうだって……なんで急に路上ライブなんてやるのよ?」
エルの問いかけに俺は、3つ指を立てた。
「1つめは顔を覚えてもらうため。まずはカノンの存在を知ってもらわなければならない。アイドルは顔を知ってナンボだ。2つめはカノンの歌がクレインの人々に適うか知るためだ。そして3つめは、アイドルという存在を知ってもらうため。どうやらこの世界にはアイドルという概念がないらしいし、この町で仲間集めする以上、アイドルが何なのかは知ってもらう必要がある」
一応、この町にも吟遊詩人と呼ばれるミュージシャンがいるらしいのだが、あっちは歌や歌詞、メロディーで売っているからな。
こっちはビジュアルとダンスも含めている。
明確な違いも見せつけないといけない。
「ま、やらないよりやった方がマシだろ?」
「ふーん、そう言われると一理あるかも。でもさ、路上ライブでここ最近は練習していないし」
エルがカノンに目をやった。俺もカノンに目を向ける。
「はい、歌えます。いや、歌いたいです。」
いつも決断する場面ではボソボソ喋るカノンが、今回はハッキリと答えた。
しっかり俺達に目を向けている。
ルナ・フレイヤに感化されたな。
「じゃあ、歌うか」
ポケットからスマホを出し、音楽を流す準備をする。
「あの……1つお願いがあるんですけど……」
「なんだ?」
「出来ればその……この噴水広場にあった、優しい音楽にできませんか?」
カノンの言うことも一理ある。
私服姿のカノンとシンセサイザーが奏でるキャッチーな曲は、落ち着いた雰囲気のある噴水広場にはちょっと合わないか。
「なんか、今日は優しい音楽にした方が良い気がするんです。そっちの方が上手く歌えそうです」
「……出来ないこともないが……」
せっかくのカノンの提案だ。叶えてあげたい。
ギター、どこかにないかな?
エルならギターを持ってくることぐらいできるかも。
「…………………はぁ」
やれやれと言った顔で、エルが右手を宙に広げる。
3秒ほどしてパッと光が収束し、アコースティックギターとなった。
「よくわかったな」
「人間の考えることなんてお見通しよ」
「劇の犯人はわからなかったのにか?」
「うるっさいわね。ギター、取り上げるわよ」
「冗談だって。ありがとよ」
エルからギターを受け取った。軽く弾いてみる。
やっぱり腕が鈍っているな。指が上手く動かない。ちょっとミスっちゃうかも。
「ミナミくん、準備はいいですか?」
「おうよ。ばっちりだぜ」
なるべくイケボで言った。ミスっても知らんぷりしよう。
「では、行きます。10カウントで」
カノンの要望通り、俺はギターのボディを10回叩く。
すぅーっと息を吸い、カノンが歌う。
ドラゴニクスの時に歌った曲、アコースティックバージョン。
簡単なコードだから、焦らなければ弾ける。
カノンはどうだろうか。
緊張していないだろうか。
「♪~」
優しい歌声がギターの旋律の上を楽しそうに躍る。
ああ、大丈夫だ。見なくてもわかる。
現状、最高のパフォーマンスをしてくれている。
なら、俺はカノンの歌声を邪魔しないよう、丁寧に弾くだけだ。
歌っているうちに、カノンの歌声がどんどん明るくなっていく。
ふと前を見ると、男性の人が3人ほど足を止めている。
1人、また1人と足を止める人が増えていく。
そのたびにカノンの歌声が、表情が良くなっていく。
―――ああ、カノンの歌は、やっぱり本物だ。
芸能都市クレインでも十分通用する。
歌い終わる頃には、目の前にある店が見えないくらい人が集まっていた。
「えっと……その………」
歌い終わったカノンが、おろおろし始める。
さては、ルナ効果が切れて、路上ライブやる恥ずかしさが押し寄せてきているな。
仕方ない、小声で指示出してやるか。
「こういうときは、名前を売ってお礼を言うんだよ」
こくりと頷いた後、カノンは前を向いた。
「カノン・チャタレーです! 一生懸命頑張りますので、応援お願いしますっ! 今日は聞いてくれて、ありがとうございましたっ!」
がばっとお辞儀すると、たくさんの拍手がカノンの頭に降りかかってきた。
その拍手のお礼に、何度も何度もカノンがお礼を言ってお辞儀する。
そんなカノンに小声で、
「アイドル仲間の募集もな」
「そ、そうでした! みなさん! 私と一緒にアイドルをやってくれる人を募集しています! 仲間になりたいと思っている人は明日、郊外の事務所に来てください!」
そんな中、1人の女の子が一輪の花を持って、トコトコとカノンに近づく。
「お、お姉ちゃんっ!」
「は、はい、なんでしょう?」
カノンはぎこちなく膝に手を置いて、少女と目線を合わせた。
おっとー、カノンのやつ、ちょっと緊張しているな。しっかり受け答えできればいいけど。
「あの、歌、とっっってもうまかった! はいこれ!」
花をカノンに渡す。
「あ、ありがとう……ございます……」
「お姉ちゃんっ! いつか私も、お姉ちゃんみたいに“あいどる”、なれるかなぁ?」
「……………な、なれます! きっと……絶対っ!」
カノンが笑みを見せると、少女もニコッと満面の笑みになった。
「もし私がカノンちゃんと同じくらいになったら、一緒に歌ってね!」
「はい、もちろんです。そのためにお名前、お聞きしてもいいですか?」
少女はこくりと頷く。
「セシリー。セシリー・ローシュ」
「素敵な名前です。……じゃあ、セシリーちゃん。待ってますね」
「うんっ!」
最後に握手して、少女と別れた。
「気の利いたこと言えるじゃないか」
「うっ……ちょっと、キザっぽかったですか?」
「いや全然。むしろめっちゃ良かったよ」
「そ、それならよかったです」
カノンはほっと胸をなでおろした。
「それにしても、ついに憧れる存在になったな、カノン」
俺の発言に、カノンは顔を真っ赤にして手をブンブンと振る。
「わ、私なんかに憧れるわけが……。それにルナさんを見たら絶対そっちに憧れると……」
「何言ってるのよ。他でもないアナタに憧れたんだから。もっと誇りなさい」
「エルの言う通りだ。あの子、1人で見に来ていた。多分クレインに住んでいるんだろう。その子があんなに有名なルナ・フレイヤを知らないわけがない。あの子は、ルナ・フレイヤよりもお前に魅力を感じたんだ」
カノンはさらに顔を真っ赤にさせる。耳まで真っ赤だ。
「ふ、2人がそう言うなら……その……言葉通り受け取ります」
「そうしときな」
俺はギターをエルに返す。
エルが受け取るとギターが光り、無数の光の粒となって霧散した。
かくして、ゲリラライブは成功を収めた。
これを機に、俺達はどんどん拡大していく。
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