第31話 劇団ブルームーン
カノンを先頭にして、人通りの多い道を歩いていると、
「あのーすみません。急に話しかけちゃって、びっくりしましたよね。私、劇団ビリミリオンでスカウトを担当しているものです。劇団に入りませんか?」
「めちゃくちゃお綺麗ですね。演じることに興味はありませんか?」
「あなたなら、ルナ・フレイヤを超えられる。ぜひ、うちの劇団に来てほしい」
こんな感じでスカウトマンがカノンに声をかける。
そのたびにカノンは困り顔を浮かべつつ、丁寧に断っていく。
まさか、スカウトするはずがスカウトされるとはな。
これは予想外だった。
しかも10m歩くごとにスカウトされる。
みんなカノンに可能性を感じているんだな。
「すごいわね。カノンの人気」
「そりゃそうだ。あんな
スカウトに鬱陶しさを感じるのと同時に嬉しさも感じた。
を都市でも通用する美貌を持っていると確信できた。
やはりドルヲタである俺の目に狂いはないな。
もちろん、カノンだけでなくエルも声をかけられる。
「君、イイ身体してるね。めちゃくちゃ稼げる仕事、紹介してあげようか」
「1日で3万ギルド稼げるよ」
「金持ちとちょーっと遊ぶだけでいいんだ。簡単な仕事だろ?」
「消え失せろ」
エルは怪しげな勧誘をする男どもに殺意を込めて答える。
「はぁ~、なんでカノンは劇団系で、私に話しかけてくるのはキモい連中ばかりなのよ」
「さぁ、カノンはオーラがあるからじゃね?」
「まるで私にはオーラがないって言い方ね。神であるこの私に」
「いや、オーラはあると思うよ」
ただそのオーラがなんつーか、薄暗くて禍々しいだけであって。
「いま失礼なこと考えているでしょ?」
「いや、そんなことはないよ」
「あ、いま目を逸らしたわね。図星ってことじゃない!」
「考えすぎだって」
「ま、誰にもスカウトされていないアンタに何を思われようと、別にいいけどね」
「なっ! 俺は男だからされないんだよ!」
「どうかな?」
エルが指差した方を見ると、男性がスカウトマンらしき人に話しかけられていた。
「ねぇキミ、かっこいいねぇ。どう、劇団に入ってみない?」
ほらね、とエルが俺を見てくる。
「うるせぇな。いいんだよ俺は。顔で売ってないし、自分が売れるんじゃなくてカノンとかダイヤの原石を売るだけだからさ」
「ふーん、可哀想ね」
エルが憐みの目を俺に向けてきた。
ぐぬぬ、エルめ……マジで覚えてろよ。いつか仕返ししてやるからな。
意気揚々と歩くカノンが足を止めた場所は、荘厳な白い建物だった。
近世ヨーロッパに建てられた劇場に似ている。
それにしても、建物の入口には半端ない人だかりだ。
今からライブが始まるのかってくらい、人が集まっている。
「うっ……人間臭い」
エルが手で鼻を抑える。
おいおい、妖怪みたいなこと呟くなよ。
でも確かに人間の匂いや熱気がある。カノンのやつ、この白い建物をじっと見ているが、まさかこの建物の中じゃないよなぁ……。
「ここです! ここがスカウトにうってつけの場所です」
「え、マジで言ってんの?」
「はいっ!」
カノンはこくりと頷いた。
「マジかよ。こんな人混みの中でアイドルを見つけろって? そりゃあ、こんだけいたら何人かはアイドルの素質がある人を見つけられるかもしれないが……」
「―――いえ、中です」
「え?」
「建物の中です」
「え? 建物の中……?」
俺はエルと目を見合わせた。
建物の中って、ここ看板に『劇団ブルームーン』って書いてあるんだけど。
「もしかして、この中でスカウトするってことか?」
「はい」
「劇団の中で?」
「はい」
「えっと……正気?」
「はい、正気です」
今までに見たことない自信満々の頷きに、俺はもう一度エルと目を見合わせる。
カノンに聞こえないくらいの音量でこしょこしょ喋る。
「すごいわね。こんな自信満々のカノン、初めて見たわよ」
「俺もだ。絶対、何かウラがある」
「そうね。ちょっと訊いてみるわ。……ねぇ、カノン。別にここじゃなくてもいいんじゃない? ほら、ここって観光都市だからさ、可愛くて若い子はきっと飲食街に行くと思うの。そこにしない?」
途端、カノンがめちゃくちゃ焦り出す。
「いっ、いや、飲食街もいいと思いますけど、せっかくここまで連れてきたのですから、まずはここでスカウトしましょうよ! ね? あ、ほら、いま劇場に入っていった人、とってもとっても綺麗です! はやく追いかけましょう!」
過去一番の早口に、慌ただしい手振り。こいつ、完全にクロだ。
「もしかしてだけど、ただ単純に劇がみたいだけじゃないのか?」
俺が恐る恐る問うと、カノンは口を開けたまま固まる。
俺らとカノンの目が合い、そのまま数秒、無言が続く。
「………さぁ、はやく中に入りましょう」
「おいちょっと待て」
がしっとカノンのすべすべした肩を掴む。
「帰るぞ。劇場を見る金は俺達にない」
カノンはくるっと俺の方に向いてがばっと頭を下げる。
「おおおお願いしますっ! 夢だったんです! 劇団ブルームーンの劇を見るのが! どうしても見たいんです! 見たら何でもします! 本当に何でもします! だから見せてください!」
「ダメだ。チケット一人1万5千ガルドは高すぎる。3人で見たら全財産の約半分が消えるぞ」
「なら、私だけで構いません!」
「なんでカノンだけなんだ!」
カノンがこんな自己中心的なことを言うなんて。それほど見たいのか。
俺は財布の中を見る。
「……やっぱりダメだ。1万5千ガルドの出費は許容できない。もう少し金を稼いでから行けばいいじゃないか」
「魔帝幹部が攻めてきた今、いつでも劇団を見に行けるとは限りません。いま見たいんです! 今日の劇は珍しく劇団の副座長で圧倒的ヒロインのルナ・フレイヤさんがメインなんです。こんな機会、もうないです! お願いです。見せてください!」
なかなか粘るな。ここまでとは思わなかったぞ。
俺だけじゃ駄目だ。エルからも援護が欲しい。
「なぁ、エルからも言ってやってよ。無理だってさ」
「へぇーそんなに珍しい人がメインをやるんだ」
おい、何食いついてるんだエル。ここは止めろ。
「はい! ブルームーン史上、ナンバー1のヒロインです! 絶対に見た方がいいです!」
「そこまで言うなら、見定めてやろうじゃないの。神の目に適うかどうか」
「エルさん!」
カノンがぱぁぁっと明るい笑顔をエルに向ける。
エルめ、状況わかって言ってんのかよ。
「ミナミくん、お願いします!」
「そうは言ってもなぁ……さっきも言ったけど1人1万5千ガルドは無理だ」
「あの……三波くんそのお金、もとはと言えば私のお金ですよね?」
痛いところ突いてくるじゃないか。
だがここで弱気を見せたら押し切られる。心を鬼にして対応するんだ。
「ああ、そうだ。だが、それが何か? 何か問題でも? カノンのお金だったが、今は俺達のお金だ。それに俺はお前達を食わせて行かないといけない。その義務がある。だからこの劇には入らない」
「まっ、待ってください。三波くん、本っ当にお願いしますっ!」
カノンはま周りを気にせず、がばっと頭を90度下げる。
「お、お願いします。私、一度でいいから劇団を見に行きたかったんです! お願いします、お願いします! どうか、どうかどうかどうか! 何でもしますから!!」
やめてくれよ。俺がやばい彼氏みたいになるだろ。
――――はっ、視線が。
ふと周りを見ると、俺達の周りに人だかりができていた。
あーあ、めっちゃ集まってきちゃった。
カノンに憐みの気持ちを抱く人はまだいいけど、俺にガンを飛ばしつつ指をポキポキと鳴らす人まで出てきちゃった。
「はぁ……負けたよ」
俺の言葉にカノンが首を傾げる。どうやら俺の言っていることがわかっていないらしい。
「ブルームーンの劇、見るか」
カノンは目を過去最高に輝く。
「ありがとうございます! なら善は急げ、ですね。私、チケット買ってきます!」
俺から財布を受け取り、バババッとチケット売り場へダッシュした。
あんなに機敏な動きが出来るのか。
よし、今度のライブはダンスメインの超ハードな曲をやらせよう。
「買ってきました! 残り3枚で完売だったみたいです! いやぁ~よかったです! 運が良かったですね!」
運が良いのか悪いのか。これで4万5千ガルド失った。
ヤバいな。
事務所立ち上げる前に手持ちの半分を失ってしまった。
「な~に暗い顔してんのよ。どうせ見るなら前向きな気持ちで見た方がいいっしょ」
「エルさん大丈夫です。きっと劇を見たら、安い買い物だったって思いますよ!」
「アンタ、どんだけ期待してんのよ」
「えへへ~、劇を見るのが夢でしたから」
こいつら、状況わかってんのかな?
それともどうせ俺が闘技場に出るから無駄遣いしてもいいと思ってるのか?
……まぁいい。こうなりゃヤケだ。
辛口評論家気取りで劇を見てやる。
少しでもつまらなかったら、ボロクソに叩いてやる。
劇場内に入り、席に座る。想像通り、荘厳な内装だ。壁には2階席、3階席がある。貴族や金持ち商人が座る席かな。
辺りを見回す。
劇場は満席。座り心地は良好。雰囲気は満点。あとは、肝心の劇だな。
「なんだか緊張してきました」
「なんでアンタが緊張するんのよ」
エルがもっともな疑問をぶつけた。
「普通はワクワクするものじゃないの?」
「だって、夢だった光景がもうすぐ現れると思ったら―――」
客席が暗くなる。話し途中だが2人は口を閉じた。
周りの客の喋り声も、落ちるように聞こえなくなった。
舞台の幕が上がる。
ステージの真ん中には、1人の女性が立っていた。
長く伸びた紺瑠璃の髪は、まるで澄んだ夜空のように美しく煌めいている。
照明に照らされた白い肌に、傷はない。
西洋彫刻のように細く長い脚や指先。
そして聴いている人全てを魅了する真っすぐな声。
聞かなくてもわかる。彼女こそが劇団ブルームーンの副座長にして、クレインの圧倒的ヒロイン、ルナ・フレイヤだと。
カノンが見たいと騒ぐ理由も頷け――――
「っ……!」
ステージの上で独白するルナと目が合う。
思わず息が止まった。
心臓はどくんどくんと鼓動しているのに、身体の芯は妙に冷たい。
これが紺色の瞳の―――ルナ・フレイヤの魅力、か。
「――――っ」
隣りで息を呑む声が聞こえ、反射的に向く。
カノンが目をキラキラさせて劇を見ていた。
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