第30話 スカウトしようぜ!
「おおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!」
大気が揺れるほどの歓声が、鍔迫り合っている剣闘士たちに降りかかる。
すごい熱気だ。これこそまさに闘技場。
人間の本能が呼び起こされる感じがする。
世界史の教科書で見たコロッセオとまんま同じの場所で、想像していた人間同士の闘いを見ている。
古代ローマにタイムスリップした気分だ。
剣と剣がぶつかる甲高い金属音。
剣闘士が踏ん張る度に抉れる地面の音。
緊張した息遣い。
観客から発する熱気。
剣闘士の殺気立った咆哮。
そして、すでに息絶えて音を発しなくなった亡骸。
俺は息を呑む。
目を離せない。
俺の中にある倫理観が見るなと言っているが、無視した。
目を離しちゃいけない。
これが古代の試合。命を懸けた、残酷で儚い“戦”。
愚かともいえる行為を、エルはどんな気持ちで見ているんだろう。
ふと横をみると、冷めた目で試合を見ていた。
やっぱり神からすれば、侮蔑すべき催しなのかな。
「うん。このレベルなら素人のアナタでも勝てるわね」
フラットに言ってきた。まさか、この試合を冷静に分析しているとは。ちょっとドライ過ぎない?
「身体能力だけでゴリ押しできるわ」
「待て待て、俺が出場するのか?」
「当然でしょ。まさかカノンに出させる気?」
「じゃなくて、エルが出ろよ」
「冗談やめて。神である私が人間の見世物になるなんてまっぴらごめんだわ。せっかく神パワー授けたんだから、生かさないでどうするの?」
「こんなことに生かしたくて転生したわけじゃ―――あっ!」
剣闘士の剣が、もう1人の剣闘士の胸に突き刺さった。
「うおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!!」
会場から噴火した火山のように声が上がった。歓声で体が浮かびそう。一方で、
「あ~~~」
「マジかよ……」
落胆した声も聞こえる。よく見ると、観客の手元には紙が。
人に賭けているのか。コロシアムの真ん中に浮かんでいる水晶玉から表示されている文字と数字から見るに、オッズもあるようだ。まるで競馬だ。
どうやらオッズが高い人が勝ったようだ。試合は随分と荒れたみたいだな。
そりゃあ落胆する声も上がる。というか、エルの右隣の子連れの父がそうだ。
「……………………」
お父さんは顔を真っ赤にし、倒れた剣闘士を睨みつけながら無言で紙をゆっくりと、力強く破る。
教育に悪い。
子どもが怯えながらお父さんの機嫌を窺ってるじゃん。教育に悪いよ。
隣りで、ガタッと音がなる。
「ん? おいカノン、大丈夫か?」
「え、いえ……その、大丈夫です」
そう作り笑いを浮かべるカノンの顔は青ざめていた。
軽率だった。
こんな場所に連れてくるんじゃなかった。
「カノン、立てるか?」
「は、はい。おっと……」
よろけて転びそうになるカノンをなんとか支えた。ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。
「す……すみません」
「こっちこそごめん。気が回らなかった。とりあえず出るか」
そのまま肩を貸してカノンを立たせた。
「しょうがないわね。私にも肩預けなさいよ」
カノンはエルにも肩を預け、なるべく早く闘技場を出た。
すぐ近くのベンチに座り、家から持ってきた水をカノンに渡す。
こくん、こくんと飲むと、次第にカノンの顔色に血色が戻ってくる。
「で、闘技場の話だけど―――」
「出ないよ」
エルが言い終わる前に断言した。
「なんで?」
「なんで? なんでって、そりゃあ―――」
俺はエルをキッと睨む。
「恐いからだよ!」
「は? 恐い?」
エルは困惑していた。カノンもポカンとしていた。
「恐いだろそりゃ! 最後の見ただろ! 四方八方から槍や剣や牙が飛んでくるんだぞ」
バトルロワイヤル形式の場合、まず弱い奴から狙われるはず。
そうなると、背も大きくなく、骨格も普通な俺が真っ先に殺されるに違いない。
「殺す気で来る。人間の殺気なんて慣れてないんだよ!」
「なに情けないこと言ってんのよ。第一アンタ、人類が恐れる魔帝幹部とタイマン張ったでしょ。そんな人間が今更恐いだなんて、ふざけてんの?」
「あれは俺が正気じゃなかったからだし、セブンス・ウェポンもあったから戦えたんだよ。知ってるぜ。闘技場に持ち込める武器は1つだけなんだろ? 神化できないのに、そんな危ない橋渡れるか。そもそもな、闘いなんてまっぴらごめんなんだよ」
「闘技場で稼げなきゃ私達は家無し金無し未来無しよ!」
「じゃあオメェが出ろよ。容姿だけは良いんだからさ! きっと出たら“戦場に舞い降りたヴァルキュリア”とか呼ばれて人気になるぜ。その無尽蔵の魔力、闘技場でこそ光るんだから存分に生かして来いよ」
「さっきも言ったけど、人間の見世物になるなんてまっぴらごめんよ。死んでも嫌だわ」
「家に住めなくて、未来が真っ暗でもいいのか?」
「プライドの方が大事」
「傲慢で無能な駄女神め!」
「地球でも異世界でも使えない人間風情が!」
「「ぜーはーぜーはーっ!」」
意固地な奴。プライドに囚われているから魔帝に隙を突かれるんだよ。
口論が止まったところで、カノンがポツリと呟く。
「でも、どうしましょうか? このままだと仲間を見つけるどころか、アイドル活動すらできませんよね」
「そうだな。だが、見通しがついてないわけではない。金を稼ぐ方法は考えている」
「そうなんですか?」
「嘘だったら許さないわよ」
2人が訝しげに見てくる。
だが俺は自信満々な笑みを見せた。
これなら絶対に上手くいく。
「それはな。株式会社を作るんだ」
「カブシキガイシャ?」
カノンが首を傾げる。
「ああ。簡単にいえば、たくさんの投資家―――金持ちに会社の権利を売って、金を集める方法だよ」
俺はカノンが理解しやすいように、居酒屋チャタレーを使ってシンプルに教えた。
するとカノンは手を叩き、
「へぇー。そんな制度があるんですね」
うんうんと頷いた。
理解がはやい。
真面目で努力家だから、もし俺の世界で生まれていたら俺よりも高学歴だったかもな。
「そんな簡単に株買ってくれるかね?」
エルが首を傾げる。
「カノンだけでは出資してくれないだろう。だが、仲間を集めれば出資してくれる。アイドル事務所としてコンスタントにアイドルを輩出していくことをアピールすれば、絶対に食いつく投資家はいる。それに株は売買益で金を稼ぐこともできる。そのうまみを知れば、他の投資家もどんどん投資してくれるだろう」
「ふーん。そもそも投資家なんて集まるのかしら?」
「実はな、投資家が集まるパーティが4日後に開催されるらしい。なんでもレアな商品をオークションするんだとか。そこに乗り込むんだよ」
「乗り込めるの?」
エルは訝しげに訊く。
「乗り込めるさ。だって、セブンス・ウェポンを見せればすぐに入れる」
「それを見せびらかしてオーディションに参加し、会場では株式を売ると」
「そういうことだ」
「うまくいくといいけど」
エルは興味無さそうに水を飲んだ。
一方、カノンは「仲間……」と少し嬉しそうに呟く。
「私と一緒に歌ってくれる人が……できるんですね」
「ああ。前回は1人だったが、今後ステージに立つ時は1人じゃないぞ」
そう訊くと、さらに表情がぱぁぁっと明るくなる。
1人でステージに立つのは心細いもんな。
「仲間集めなんて絶対難しいと思うけどなぁ」
「大丈夫だ。何が仲間集めは何が何でも成功させる。じゃないと、闘技場に出場しなくちゃなんないからな」
仲間も集められず、闘技場にも出るなんて絶対嫌だ。
「わ、私も手伝います。仲間集め!」
「サンキュー。……あ、エルは仲間集めしなくていいからな」
「なによそれ? そんなふうに言われるの、癪なんだけど」
だってお前、デリカシー無いんだもん。
絶対失礼な誘い方して、断られる。
だったら将来アイドル事務所となる屋敷の掃除をやっててほしい。
「で、仲間を集めるにはどうするんでしょうか?」
「そーだなぁ。投資家にアピールするための時間は残されていない。だが中途半端な人たちだけ集めても、投資家はうちの事務所に利を見出さないだろう。事務所としても厳しい。そこで行うのがスカウトだ!」
「すかうと?」
カノンが首を傾げた。
「ああ。求めるべきは、顔やスタイルがよく、スター性を持つ人材をスカウトする」
「すかうとって、何ですか?」
「街中の人に『アイドルになりませんか?』と声をかけることだ。カノンもスカウトで俺らと一緒にいるじゃないか」
カノンはポンと手を叩いた。
「あーっ! あれ、スカウトって言うんですか!」
「そうだ。あの人見知りで恥ずかしがり屋で引っ込み思案のカノンが乗っかったんだから、他の女子も乗っかるはずだ」
「それは言い過ぎじゃないですか」
カノンが口を尖らせる。
やっぱ愛嬌あるよなぁ。リアクションいいし、話してて楽しい。
このカノンに負けないくらいの女子をスカウトしなきゃならない。
「まぁともかく、スター性を持つ優秀な人材をスカウトしに行くぞ」
「私、さき帰って寝るわ」
エルの不貞腐れた発言をしたが、フォローはしない。実際、寝ていてくれるだけでいい。
エルが俺達に背を向け、ゆっくりと帰り始める。
2歩進んだところで、ちらっと俺らの方を見る。
なんだ?
また歩き出した―――と思ったらまた2歩進んだところでちらっと俺らの方を見てくる。
え、なに?
もしかして止めて欲しいの?
必要だって言って欲しいのか?
うわぁーめんどくせーコイツ。
俺がストレートに物を頼んだら余計な一言付けて断るくせに、頼られなかったら頼られなかったで腹立つのかよ。
めんどくせー。
「あ、あのっ!」
カノンが声を絞り出す。
俺と少し離れた場所にいたエルが驚いてカノンの方を見る。
エルに声をかけるのか。優しいな。
「す、スカウトするなら、その……うううってつけの場所があります!」
「マジか!」
予想とは違った発言が出たが、嬉しい内容だ。
「いい場所なのか?」
「はい、めっちゃいい場所です!」
そういえばクレインへの道中、やたら解説してたもんな。ここはカノンに任せて見るか。
「じゃあ、カノンを信じてそこに行くとするか」
「ま、まま任せてください!」
カノンはガッツポーズした。
よほど自信があるみたいだ。
歌以外で頼りがいがあると思ったのは初めてだ。
2人横並びで歩き始める。
「ちょ、ちょっとっ! 私も誘いなさいよ!」
ドタドタとエルの足音が聞こえてくる。
結局、3人で行くんか。
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