第29話 大掃除

「すごい! 庭だけでもとっっっっても広いですね!」


「ああ」


 屋敷を覆うようにある庭は、言葉を失うひど大きかった。


 庭の面積だけで学校のグラウンド以上にあるんじゃないか。


「確かに広いわね。その分、手入れも大変だけど」


 エルの言う通りだ。5年手付かずなだけあって、庭の草はボーボーに生えている。


 エルの魔法でちゃちゃっと終わらせたいが、あいつに頼んだら屋敷ごと燃やしそう。



 荒くれ者は最悪焦げても何とも思わないが、屋敷が無くなったら困る。


 エルは絶対手伝ってくれないだろうし、カノンには怪我してほしくない。


 やっぱここは、俺が手作業でやるしか。

 

 屋敷のドアを開けた瞬間、埃が舞った。


「うっ、ごっほごほっ! 埃が口に……おえっ!」


「品が無いわねー。庭の状況から予想できるでしょ」


「うるせぇな。カノン、鼻から下にハンカチを巻いとけ」


 俺がお手本を見せながら言うと、


「わ、わかりました!」


 カノンはすぐに実行した。


 エルは特殊な膜で身体中を守った。神なだけあって、随分と繊細なことができるんだなぁ。


 俺たちにもやってくれる優しさがあればなぁ。


「外見から想像してましたけど、やっぱり広いですね。これが本当に私たちの家になるんですか?」


「そうだ」


 正確には自宅兼事務所だけどな。


「広い分、掃除も面倒だけどね」


 屋敷の中は埃や蜘蛛の巣がいっぱい。加えて窓が開くかどうかも試す必要がある。


 壊れて使えない家具は捨てないといけないし、使える家具も埃を払わなければ使えるものではない。


 おまけにこの広さを3人で行う。


 人は雇えない。


 エルの言う通り、掃除は人生史上一番大変になる。1日で終われば良い方だ。


 面倒だが、それを差し引いても―――


「これで30万ギルドって破格の値段だな……」


「そうですね」


 いよいよ本格的に事故物件な気がしてきたな。こりゃあ、とんでもない呪いがかかってそうだ。


 もし特大のオバケが出てきたら、エルを生贄に捧げよう。


 この異世界を作ったのがエルなら、オバケとか怪奇現象を作ったのはエルだからな。ツケは支払ってもらおう。


 さて、と俺は腕をまくった。


「早速掃除するぞ」


「はい!」


「終わったら呼んで」


「待て待て待て」


 外に出ようとするエルの首根っこを掴む。


「お前もやるんだよ」


「いやよ! 神様に手伝わせるつめり!」


「当たり前だろ! ここはお前の住む家なんだぞ」


「私はいつも部下にやらせていたわよ」


「ここでは部下はいない。諦めてやるんだな」


「けっ」


 口を尖らせるエル。拗ねても無駄だ。


 絶対に手伝ってもらう。


 じゃなきゃ終わらないし、何よりエル1人だけ楽をするのは絶対に許せない。


「仕方ないわね」


 エルが俺の胸の前に手を広げる。すると、俺の鳩尾あたりが光り、槍が出てきた。


「おいおい、槍で草刈りするつもりか?」


「まぁ見てなさい」


 エルは槍を持ったと思ったら、すとんと槍の刃を地面に向け、そのまま手を離した。


「あっ! 床が傷つ―――かない……?」


 まるで水面に落としたように、ぽちゃんと槍が床に落ちていく。


 なんだ?


 俺とカノンが槍が落ちた床の部分を見ていると、そこを中心に水色の光の柱が3本立つ。


「来たれ分身」


 光の柱が徐々に人の形になっていき、エルが3人現れた。


「すごいっ!」


「すっげぇ」


 マジで同じだ。一緒に遊んだらわからないぞ。


「槍って分身能力あるのか」


「セブンス・ウェポンには武器ごとに特性があるのよ。槍だったら複製、杖だったら

増幅といった具合にね」


「ドラゴニクスと戦った時に知りたかったな」


「知ってても、あなたは使えないわよ。特性はとてつもなく魔力を使うからね。神化して特性も使うとなると、ものの5分で神化が解けてヘトヘトになるわね」


「そりゃあ確かに避けたいな」


 神化してなかったら確実に殺されていた。そう思うと、神化って手頃な技なんだな。


「さぁ我が分身よ。私に代わりこの屋敷を掃除せよ」


 エルは分身に命令する。


 ……あれ、分身達はピクリとも動かない。


 かわりに本物のエルのこめかみがピクピクしている。


「おい、分身達。私は掃除しろと命じている」


「嫌よ」


「は?」


「嫌よって言ったの」


「雑用程度で呼ばないでよね」


「ここはアンタが住む場所だろ。だったらアンタがやりな」


 分身達も本物と同様の考え方をしていた。


 なるほど、分身の精度が高いと思考も同じになるのか。勉強になる。


 というか、自分の分身と喧嘩するなよ。めっちゃ情けない。


 ほらー、隣りにいるカノンがオロオロしちゃったじゃんか。


「貴様ら、私が呼ばなければこの世に生まれてくることすらなかったんだぞ」


「生んでくれって頼んだ覚えはないわよ」


「力の無駄遣い」


「さっさと私らを消せ」


 なんだろう。少しだけ心がスカッとしたぞ。


 わなわなと体を震わせるエル。指をポキポキと鳴らす。


「どうやら、わからせないといけないみたいね。本物との力の差を」


「上等よ」


「かかってきなさい」


「返り討ちにしてあげる」


「きえええええ!!!!!」


 彼女達は喧嘩を始めた。


「と、止めなくてよいのでしょうか?」


「ほっとけ。それより俺たちで掃除を始めるぞ。日が沈む前に掃除したいからな。自分たちの寝る部屋とリビング、キッチンとトイレを優先して掃除しよう。手袋買っておいたから、これつけて掃除してな」


「わかりました。ありがとうございます」


 俺たちは醜い喧嘩をしているエルを背に、各々の掃除場所へ行った。


 程なくして、ボロボロのエルも合流し、私語なしで掃除した結果、一通り生活に必要な場所は終わった。


 その日の晩飯は、居酒屋に向かった。大都市なだけあって色々な居酒屋があった。


 そのなかから、割とリーズナブルに騒げる大衆居酒屋を選んだ。


 満席一歩手前で運良く座ることができた。


 2つのお酒と1つのジュースが、長年蓄積された油で若干ベタついた木のテーブルに置かれる。


「掃除、おつかれさんでした」


 コツンとグラスが合わさる音に、周りのアルコールが入った笑い声が覆う。


「はぁー、本当に疲れた」


 エルは肩を揉んだ。


 分身達との死闘の末、負けた。


 その結果、ぶつぶつ言うカカシとなって1時間ほどかけて事実を受け入れたあと、ロボットのように掃除に参加した。


 意外と手際が良く、夕方には自分たちが使う場所は綺麗になった。


「お疲れ様です。エルさんってなんでも出来るんですね」


「人間ができて、私にできないわけないでしょ」


 そこはありがとうでいいじゃん。なんでそんなこと言うのかな。


 カノンだから「さすがです、尊敬しますっ!」って言ってくれてるけど、他の人だったら脇腹に肘鉄ひじてつかましているぞ。


「ねえ、主人公。この私にあそこまで掃除させといて、やっぱり払えませんでしたっていうのはナシよ」


 エルは俺に睨みを効かせる。


「払うアテ、あるんでしょうね」


 カノンも不安そうな目を俺に向ける。


「ない」


「え、ないんですか!?」


 カノンが一番に驚いた。


「あるわけないだろ。ついこの間異世界に来たばっかりなんだぜ? この世界のことなんかほとんど知らないぞ」


 一方、エルは「はぁ~~~」と大きくため息をつく。


 少しアルコールの匂いがした。


「まぁ、アンタならそう言うと思ったよ」


「お、エルはアテがあるのか」


「まさか……」


 カノンの顔が青ざめる。もしかして、強盗とか? それとも人質作戦? 人道的に反したものか?


「それはね———闘技場よ」

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