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    第5話への応援コメント

    主人公の名が凡夫というのが、17世紀ドイツの小説『阿呆物語』の主人公ジンプリシチムスの名が大バカ者という意味だったことを、なんとなく思い起こさせます。
    読み返したら、第2話に名前について書かれていましたね。
    モンゴルなどで子どもに悪い意味の名前をつけて魔除けにするのと同じ発想か……と思えば、そう悪い名でもなさそうです。
    すでに凡夫にはあり得ない体験をしているわけで。

    作者からの返信

    鐘古さん、ごきげんよう。いかがお過ごしでしょうか。

    凡夫という名前には大した意味はなくて、「とあるモブ」程度に考えていただければと思います。憲法17条の「凡夫(ただびと)」と言ってもいいかもしれません……おっと、17つながりですね。

    (ところでドイツつながりでひょっとすると私がこの駄文をこさえている理由と僅かに関係があるかもしれない余談をしますと、)
    ドイツの大哲学者ハイデガーはその晩年、「いまの若いドイツの連中はドイツ語ではなくて、ドイツ語に聞こえる米語を話している」と嘆いたそうですね。

    編集済
  • 第2話への応援コメント

    冒頭の入り方が西遊記みたいだわって思っていたら、孫悟空に似た憎たらしい猿が出て来てふふってなりました。
    大事な握り飯が、まさか猿に取られてるとは、悲しいかな。
    食い物の恨みは怖しいのですね。
    あやかしがいつ出てくるかドキドキ感がクセになります。
    うん、「高野聖」のような雰囲気がクセになります。

    作者からの返信

    ハナスさん、ごきげんよう。

    悲しいかな、このお猿さんの出番は次話までで、それ以降はおそらく出てキマセーヌ。豚も河童も三蔵様も出てきませぬことよ(ホホ。)

    食べ物の恨みは怖ろしいのです。というより、むしろ食べ物でいがみあうくらいが正常とも言えるかもしれません。飽食の時代には他に争いの種を見出しはじめますから。

    『高野聖』のような雰囲気を意識したわけではないですけど、文体について鏡花の考えには多くの示唆を得ている(と私は勝手に思っている)ので、それとなく滲む部分はあるかもしれませんね。

  • 第2話への応援コメント

    律角さんの文章を読んでいると講釈師が脳内に出てきて、張扇をパンパンやり始めるんですね。
    てっきり時代ファンタジーと思って読んでいたのですが、電車やアパートが出てきたので、こりゃ活動弁士の方だったかなと脳内を微調整しました。
    すると、握り飯を自分で平らげてとぼけているのかと思いきや、猿が奪って逃走。
    逃げ込んだ藪の先には冒頭のような、やはり講釈師の似合う世界が広がっているのだろうなあ。
    触発されて思わずYouTubeで「鋳掛松」を観てきました。
    こんな未明に何をやっているのだろうか。

    作者からの返信

    鐘古さん、いらっしゃいませ。

    鏡花の『文章の音律』なぞというものを持ち出した以上、私が音律を意識しない文章を書くわけには参りませんので。講談や活弁についてはそこまで存じませんし実際に生で拝聴した経験もありませんが、古典(的文章感覚)を踏まえているという点では近しいかもしれません(私のは俄かに過ぎませんが)。

    藪の中で何が起きたのかについては、まだ全く考えておりませぬ。気長にお待ちくだされば。

  • 第1話への応援コメント

    違う意味で拝読後、具合が悪くなりました。
    妖怪が怖いハナスです、こんにちは。
    けれど雅で麗妖なのですね。
    男は妖怪を畏れてないのですね。
    釣り男とのこれからの問答、楽しみです。

    作者からの返信

    ハナスさん、こんにちは。ヨードチンキ……じゃなかった、妖界珍記へようこそ。妖怪よりも人間の方がよっぽど怖い律角です。

    そうです、雅な麗妖なのです。妖麗を逆さまにしただけやんとか言ってはいけません。ヨレヨレでもありません。

    この男は妖怪を恐れないというよりも、単にズレてるだけですね。問答するかどうかは知りませんけど、気が向いたときにダラダラ書いていきます。ハナスさんも気が向いたらお付き合いくださいませ。

  • 第1話への応援コメント

    太公望かと思いきや、一応ちゃんと魚を釣る気だったんですね。
    麗妖とむくつけき作務衣の男、完結しないなんて言わずにぜひ最後まで追わせてほしいです。

    作者からの返信

    鐘古さん、こんにちは。

    >一応ちゃんと魚を釣る気だった

    いえ、どちらかというと真面目に釣る気はない、といった方が近いです。おそらく男が「魚が逃げちまう」と罵倒したところからそう判断されたのでしょうが、罵倒した口許がニヤリと吊り上がっていたという点と、ずっと前から(おけら状態で)竿を垂れていただろうという妖の指摘を暗に肯定している点から、そこまで釣る気はないものだと読み解けると私は考えていましたが、おっしゃる通り「釣る気はあった」と解釈する余地もあるのも確かです。回りくどくて申し訳ない。

    >最後まで

    そもそも“終わり”を想定せず、気が向いたときにダラダラ書くという主旨ですので、おそらく永久に完結はしないものとお考えください。つまり、物語としては端から失格のシロモノということです。それでもよいならお付き合いくださいませ。