第31話 出迎えフラグ
その日、ルイは何事もなくクラスで授業を受けていた。
シェリルやロレッタとのゴタゴタが一段落ついて、入学以来、ずっと波乱の展開が続く中、久しぶりの平穏な授業だった。
授業終了のチャイムが鳴る。
それは同時に放課後の始まりでもあった。
「おっと。今日はここまでか」
教壇に立つ先生は黒板への板書をやめて、授業の終わりを告げると共に課題を提出する。
1年B組の生徒達は、解放されたようにそれぞれ自分の席でリラックスした。
ルイも大きく伸びをする。
(さて、帰るか)
今日は実家の方に顔を出して、メイド達に会う予定だ。
終礼をつつがなく済ませると、クラスメイト達と適当に挨拶を交わし、出口に向かう。
そうして教室を出ると、扉の外で
ルイが面食らっていると、椿の方から声をかけてくる。
「ルイ。待ってたよ。今から特訓行こ」
「椿、わざわざ迎えにきてくれたの?」
「うん。ルイと一緒に行きたくて」
椿はそう言いながら恥ずかしげに頬を染めた。
(もしかしてこれって……。出迎えフラグ?)
出迎えフラグとは、本来特定の場所で主人公のことを待っているヒロインが、自分のクラスまで迎えにきてくれるというフラグである。
主人公への好感度が一定以上になると共にイベント進行がある程度の域に達することで発生する。
椿の自分に対する好感度が60以上あるのは知っていたが、まさか悪役貴族である自分にも出迎えフラグが発生するとは。
「ほら、早く行こ」
椿が控えめにルイの制服の袖を
「えっ? あ、ああ」
(ん? 待てよ。好感度60の椿が迎えにくるということは……)
「ルイ!」
淑やかな声と共に微妙に恐怖を伴ったざわめきが起こったかと思うと、シェリルが廊下の向こうからやってくる。
2年の教室から来たために椿より少し遅れてのご到着だった。
当然の帰結である。
好感度60の椿がやってくるのだから、好感度90超えのシェリルがやってこないはずがない。
「こんなところで会うなんて奇遇ですね。私もたまたまこちらに用があるので通りかかったのですが、まさかあなたと
シェリルは椿のことなどまるで目に入っていない様子で髪をかき分けながらルイに近づいてくる。
「あ、シェリル先輩。こんにちは」
「ここで出会ったのも何かの縁。一緒に研究室まで来ていただけ……あっ」
シェリルはそこでようやくルイの袖を掴んで引っ張る女生徒、御門椿の存在に気づく。
そして急速に不機嫌な顔になる。
が、それも一瞬で引っ込めてすぐに澄まし顔を取り戻した。
「これはこれは御門家の椿さんじゃありませんか。こんな廊下の真ん中で男子と立ち話だなんて。いいですわね、1年生は。暇な時間がたくさんあって」
シェリルがそんな風に嫌味を言うと、椿もムッとして「先輩こそなんですか。わざわざ1年の教室までやってきて。この前、ルイにコテンパンにやられたからって、また入学式の時みたいに無差別砲撃でもするつもりですか」と鋭く切り返す。
するとシェリルもカチンときて椿のことをキッと睨む。
「ごあいにく様。私とルイはもう仲直りしました。今では週末、一緒にお出かけする仲です」
「えっ? そうなの?」
椿の顔に動揺が走る。
「今日はたまたまここを通る用事があったから、ついでにルイと一緒に研究室に行こうと思っただけです。そういうわけで、椿さん、ルイのこと離してくださる? いつまでもそんな風に袖を掴まれてはルイも困ってますわ。私と一緒に来てくださいますわよね、ルイ」
「なっ、勝手なこと言わないでください。ルイは今日、私と一緒に特訓するんです」
椿は両腕をルイの腕に絡めてしがみつく。
「ね、ルイ。対抗戦に備えて今日は私と一緒に特訓した方がいいよね? 行こっ」
「あっ、ちょっと待ちなさい」
強引にルイの腕を引っ張って行こうとするのを見て、シェリルもルイの反対側の腕をとる。
「ルイ、あなた生徒会のことについてまだ何にも知らないわよね? 研究室でついでに教えてあげる。対抗戦についても私が教えてあげるわ。私の方がいいわよね?」
「先輩は対抗戦でルイと戦う側でしょ。なんでルイに教えるんですか」
「うるさいわね。何も事情を知らない1年は黙ってなさい」
「ルイ、私と特訓するよね?」
「ルイ、私と研究室よね?」
ルイは2人の美少女にせがまれてタジタジになった。
しかもこんな時に限って原作ルイは出て来ない。
他人の嫌がることをする時以外、出るつもりはないということか。
(ルイ、お前ってやつは)
その後も椿とシェリルはどちらも互いに譲らず、ルイの腕を引っ張り合いながら、互いに意地を張り合った。
仕方なく、ルイはその場を収めるべく2人を宥めることにする。
「シェリル先輩、対抗戦は確かに1年と2年に分かれて争うので、特訓や対策は椿と一緒にするのが適切だと思います。椿、生徒会のことはシェリル先輩とでないと話し合えないんだ。あんまり先輩のこと
ルイがそう言うと、2人とも頬を膨らませて、いかにも不承不承という感じではあったが従うことにしたようだ。
「確かにルイの言うことももっともですね」
「まあ、ルイがそう言うのなら……」
「今日はせっかく2人とも来てくれたわけだし、3人で一緒に喫茶店でも行こっか」
そう言うと、椿もシェリルもパッと喜色を浮かべた。
2人ともルイと一緒にいれる時間が確保できて嬉しいようだった。
「で、なんで俺まで一緒に付いて行くことになってるんだよ」
裕介が不満げに言った。
廊下でぶらぶらしているところをルイに見咎められて、4人で一緒にお茶しようということになったのだ。
「そう言うなよ。椿と先輩を同時に相手するの大変なんだって」
「だからって、俺によくわからんパス回すなよ」
2人は女性陣に聞こえないようヒソヒソと話し合った。
実際、椿とシェリルは3人でお茶しようと決めてからもガッチリとルイの両脇を固めて牽制し合っており、息の詰まる思いだった。
祐介が入ることでどうにかいつも通り普通の空気になる。
「ルイ、ローレンス家ってめっちゃ高貴な家系なんだろ? そんな人と一緒の席に座っても何話せばいいかわかんねーぞ」
「そんな肩肘張ることないって。普通にすればいいよ。椿だって、いいとこのお嬢様じゃん」
「椿は幼馴染みたいなもんだから、また別だろ。あの先輩は入学式でいきなり魔導砲ぶっ放してくるお貴族様だぞ。文化が違いすぎるだろ」
「シェリル先輩もそんな四六時中無茶しないって。普段は意外と普通だよ」
「ってもなぁ」
そんな会話をしながら校舎内のカフェテリアに向かって歩いていると、ざわめきと言い争う声が聞こえてくる。
「なんだあの集団?」
「誰かを取り囲んでるみたいだね」
「あれは……、レーナル!?」
シェリルが目を見開く。
それもそのはず、取り囲んでいる側のリーダー格、レーナルは過激派の有力者だった。
「お知り合いですか? シェリル先輩」
「知り合いも何も、あそこで誰かに絡んでいるのはローレンス派幹部のレーナルです」
「囲まれてるのは1年の女子!?」
椿は囲まれている生徒の制服左胸部分についている校章の色を見てハッとする(校章は学年によって色分けされている。1年は赤、2年は青、3年は緑)。
1年の女子が2、3年の過激派貴族達に取り囲まれて険悪な雰囲気になっているとすれば、のっぴきならぬことだ。
特に過激派貴族の首領であるシェリルにとって、今、これ以上の不祥事は避けたいところである。
「ちょっと私、止めてきますわ」
「私も加勢します!」
「よし、みんなで止めよう」
ルイはそう言いつつもこのシチュエーションにデジャヴュを感じていた。
1年の女子が上級生の過激派貴族に取り囲まれて揉めている。
どこかでこれに似た光景を見た覚えはないだろうか?
そんなことを考えながら駆けつけているうちに、上級生の1人があろうことか
シェリルは青ざめる。
だが、囲まれている女子は、目にも止まらぬ速さでその上級生の1人に目潰し攻撃をした。
上級生は悲鳴をあげながらその場に崩れたが、中途半端に発動された
しかもその女子は瞬時に
「うわっ」
「ぎゃああああ」
上級生の1人は
「こいつ!」
「やっちまえ!」
上級生達は一斉に掴み掛かろうとするものの、それは1年女子の思う壺だった。
「
魔法を唱えた一年女子の周囲にハンマー、棘付き鉄球、棍棒など打撃武器が乱雑に現れたかと思うと、それらが女子生徒を中心にして、不規則に周囲を攻撃し始める。
「いっ!?」
「うわぁっ」
上級生達は立ち所に制圧されてしまう。
「はんっ。何よ。アーシェンウッドの上級生なんて言ってもこの程度なの?」
その背の低い女子生徒は、刺々しい調子で言いながら地面に
(あの魔法は……)
ルイはようやく思い出した。
このシチュエーションとイベントを。
波乱の予感と共に登場した少女。
彼女はシェア&マジック、第四のヒロイン、
本来、対抗戦のだいぶ後、ロレッタのエピソード後に現れるはずのヒロインである。
悪役貴族に転生した俺はゲーム知識で主人公より強くなる〜そうしてひたすら強化していただけなのに、ヒロイン達の様子がどこかおかしいのだが?〜 瀬戸夏樹 @seto_natuki
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