大悪党、娘になりました
こう
大悪党、娘になりました
かつて、大陸中に悪名を轟かせた大悪党がいた。
人々の恐怖を糧に日々外道を進んでいた男『大悪党オーヴァン』は、騎士団の奮闘により数年前処刑された。
悪を打ち倒し、人々に平和を齎した騎士団長は『英雄』と称えられ、彼は今―――。
「ソレイユたんソレイユたんソレイユたんは本当にかわいいでちゅね~~~!!」
「あびゃー!」
泣き喚く我が子を胸に抱きその相好をデロッデロに崩していた。
(誰だこれー! こいつが本当に『飢えた犬』の騎士様かよ!? 変わりすぎだろふざけんな!!)
そして抱かれているのは、彼の娘に転生してしまったかつての大悪党オーヴァンであった。
無慈悲。
「ロタール、そんなに抱きしめてはソレイユが苦しそうよ」
「ああっイネス…」
「きゃーあ!」
(助かったぜママン!! 今日もいい乳してんな!!)
父親からの愛情表現に泣き喚く我が子を哀れに思ったのか、細くしなやかな腕が豪腕な男の腕から幼子を抜き取った。父親である騎士、市民からは『英雄』と称えられ悪人からは『
「きゃうきゃうきゃーう!」
(これだよこれだよ! 抱かれるならやっぱり硬い男より柔い女! 乳!! 最高!!)
「あらあらお腹が空いているの?」
「きゃぁきゃぁー!」
(いくらしゃぶっても怒られないとか最高だな! このミルクの匂いがたまらねぇぜ! 柔らかくて美味しいとか言うことなしだな! 今世の俺にたつもんないのが残念だ…それ以上にママンに抱かれて感じるこの安心感…)
「よしよし、沢山飲んで大きくおなり」
「ばぶぅ」
(これが…ばぶみ…)
きゃっきゃ騒いでいた幼子は、授乳で一気に大人しくなる。んぐんぐ必死に乳を飲む様子を、溶けた顔で父親が眺めているが全く気付かないほど、目の前の乳に夢中だった。
大悪党オーヴァンが彼らの娘ソレイユとして転生し、それをソレイユが自覚したのは、それこそ生まれた瞬間からのことだった。
生まれたときにはもう、ソレイユの中にはオーヴァンががっつり存在していた。
処刑されたと思ったらやけに狭い場所に押し込まれ押し出され、空気を求めて藻掻いたらおぎゃあ。おぎゃあだ。
『ダウマニア様! 玉のような女の子ですよ!』
『よくやったイネス! ありがとう! よく頑張ってくれた!』
『ああ、ロタール…見て、私たちの子よ』
えっ今ロタール・ダウマニアって言った? 知ってる! そいつに捕まったんだぜ俺!
え、俺ってそいつの子供なの? 娘なの? 男女関係なく喰ってきた俺の相棒いないの? 股が寂しい。
何してくれてるんだ神様。俺なんかやったか神様。そんな酷いことしたっけ? 酷いことしかしてなかったや、納得。なるほど地獄に堕とすより手ひどい罰じゃねーの。俺を処刑まで追い込んだ騎士団長の子供、しかも娘とか。ここが地獄か納得したわ。神様も悪だな。
しかしすぐ意見を翻す。ここが天国だわ。
母親イネスの胸に抱かれたときの安心感と幸福感が今までにないくらいの極楽浄土。かつて傾国の美女も妖艶な踊り子も、熟れた人妻も未発達な少女も、なんなら中性的な少年も線の細い男も抱いてきたが、これほどの安らぎを覚えたことはなかった。なるほどこれが女じゃなく母。守らなきゃ、この聖域。
ソレイユは
だが
生まれてこの方、ロタールに抱き上げられては泣き喚いているソレイユ。
こいつ、馬鹿力で抱き上げるからあちこち痛いのだ。やめろ赤ん坊は繊細なんだぞ。この脆弱さ、赤ん坊になって初めて知ったわ。もっと高値で売れる商品を持ち運ぶくらい丁寧に抱き上げろ。
泣いているのは正当なる抗議。いってぇんだよ! だというのに泣くのは元気な証拠だと思っていやがる。ちげぇよお前の抱き方が悪いんだよ!!下手くそ!!改善しろ!!
あー痛いわー赤ん坊の身体にきついわーどれだけ泣いても変わらないとかないわー父親として駄目だわーこれはパパ嫌いって言われても仕方がないわー。
(…え、どうしよう…いっそ恨みを込めて復讐とかすべきか…? 前世、こいつがいたから捕まったようなもんだし…でも俺が悪党だったのは間違いないしな。裏社会で目立った自覚も矜持もあるので、別に。捕まった俺が悪いし。捕まえられたことに関しては別にいいわ)
オーヴァン、そのあたりの因果応報は潔く受け入れる所存。自分が大悪党の自覚があるので。悪者は俺です。俺は悪者です。よって粛清されても仕方がありません。足掻くのは処刑までな。
(ただなあ…だからって何もしないで居るのも、据わりが悪い)
素直にロタールを「お父様♡」って呼びたくない。デロッデロに解けた顔で「ソレイユたん♡」って呼ばれるのもとてもいやだ。きもちわるっ!
ソレイユ、
(ならどうする? 復讐とまで言わなくても仕返しとか、嫌がらせは絶対したい。抱っこの恨みは根深いぜ。それにあのデロッデロな状態で日常を過ごしたくない。キモい通り越して怖い)
ぶっちゃけ愛しの娘の前世が
それならどうしようか。
(とりあえず手の焼ける我が儘娘にでもなるか)
父親が困るってそういうのだろ。娘の我が儘で頭抱えるやつ酒場でよく見たし。母親の言うことはなるべく聞いて、父親には我が儘全開で行こう。
一歳未満ソレイユ。父親への対応を決定した。
その結果、五年後。
「ほらソレイユ。お前が欲しがっていたミラズールの宝石だよ」
「わーオトウサマアリガトー」
ロタールは娘の我が儘を叶える願望器になっていた。
(駄目だこいつ馬鹿親だ…!)
親馬鹿ではない。馬鹿親である。
ソレイユは話せるようになると早速、父親に対してあれが欲しいこれが欲しいと我が儘を口にした。かつて裏社会でしか手に入らなかった数々の品を無邪気に。手に入らなくて苦悩するがいい!という気持ちで。
しかしこの男ひと味違った。騎士団長という肩書きを利用して品物の流通を洗い出し、不当に取引されている現物を見つけては取り締まり、買い取り、娘に与えるなどと言う真似をするようになったのだ。
(くっそ一連の流れを手柄にしやがった!!『飢えた犬』は健在かよ!!)
悪人を見れば追い回していた騎士。そこに娘が欲しがる品物が加わり、更に悪人を追い立てるようになってしまった。犯罪を嗅ぎつけるあの嗅覚が怖い。
ちなみにミラズールの宝石とは、限られた鉱山でしか採れない希少価値の高い瑠璃色の宝石の事である。数年前まで鉱山の持ち主が買収されて、宝石を裏社会へと横流ししていたので表での流通は更に厳しかった。この男はそれを突き止め、また裏社会の流通を一つ潰してしまったらしい。
(く…こんなはずでは…!)
舐めていた。娘にすごい父親と称えられたい男の願望を舐めていた。
でもって裏から購入するのではなく取り締まって正規に買い取る清廉潔白な入手方法に血を吐きそうだ。ものすごく負けたような気分になる。
(つーか五歳児がこんな高価な宝石欲しがったら諫めろよ!)
これだからお貴族様はと唾を吐きたくなる。お高くとまった坊ちゃんお嬢ちゃんたちは大体、自分に手を出したらお父様が黙ってないぞーっと他力本願な事を喚くのだ。今まで自分の願望は必ず叶えられてきたのだと傲慢に胸を張る。
そういう奴らは余すことなくぐちゃぐちゃにしてやったが、あんな胸くそ悪い奴らがどう育ったのか、その一端を見ている気がした。まったくこれだから貴族は。これだから親馬鹿は。これだから馬鹿親は。もう毒親と呼ばれてしまえ。
(あの騎士団長の娘としてこのまま悪女になるのも吝かじゃねぇが…ママンに迷惑かけるよな~悪女。ママンの育て方が問題とか言われたらそいつの手足千切ってして犬の餌にしちまう。駄目だよな悪女。でもこのまま育ったら悪女一直線なんだよな)
何せわざと我が儘しているので。このままだと世界で一番女王様になりかねない。なんて痛い女なんだ。軌道修正しなくてはママンに迷惑がかかる。
(どうするかなー。他に父親が困るような事って何だ? やり過ぎない程度に困らせる方法って何だ? ガキはいたけど認知しなかったし世話もしなかったからわかんねーな)
大悪党オーヴァン、普通に屑。
認知した方が将来的に立場が危ういのもあって、我が子を認知したことはない。単純に面倒って思っていた比率の方が高いが、一応考えたのだ。認知しない方がまともに生きられるなって。
(部下とかオーヴァンと似たようなもんだし、後は酒場でくだ巻いてた酔っぱらいたちの戯言から想像するしかねぇか? 娘、娘ねー…)
今後の軌道修正を悩むソレイユは難しい顔をしていたが、五歳児の難しい顔は可愛いだけだった。宝石をしっかり抱える娘を、ロタールはデロデロの顔で抱き上げている。妻イネスは苦笑しながら「ほどほどになさってくださいね」と諫めている。母は娘の我が儘をなんとか矯正しようとしているが、今のところ願望器である父親にしか我が儘を言わないので、その父親の方から諫めようとしているが上手くいっていない。もっとガツンと言っていいと思うよママン。ごめんわたくしの所為だけど。
「あー癒やされる。可愛いソレイユたん。俺はお前のためなら何でもどこからでも欲しいものをとってくるからな」
(自ら取ってこいする宣言。飢えた犬は伊達じゃねぇな…)
「もうあなたという人は…それではソレイユがお嫁に行ったときに困るでしょう」
「ソレイユが嫁など! まだ早い!」
「先の話ですが我が儘ばかり叶えては、この子が苦労します」
「…それだ!」
「ソレイユ?」
夫婦の会話にひらめいた。
父親が困って、母親が困らない仕返し方法。
「おとうさま、わたし、おかねもちのオヨメサンになりたい!」
「ギョエーッ!」
「あなた!?」
ロタールは奇声を上げながらひっくり返った。
(よっしゃ間違いない、これだ―――!)
オーヴァンの感覚だとよくわからないが、父親とは、可愛がっている娘が嫁に行くのを嫌がる生き物らしい。祝い事だが手放したくない。だが祝福はしたい。でも傍に居て欲しい。そんな葛藤で泣く酔っ払いを見たことがある。あれは親馬鹿と言うやつなのだろう。馬鹿親で親馬鹿なロタールには効くと思った。効果は抜群、大打撃だ! ソレイユは大満足だった。
(ママンも「オヨメサン」は可愛い夢だってニコニコだし、父親だけにダメージ与えるならこれっきゃねーな! あとは「お父様のオヨメサンになる」を封印しとけばいい嫌がらせになるだろ)
オヨメサンを恐れるのに、将来お父さんのオヨメサンになるとは言われたいらしい。父親って不思議だ。
希少なモノを欲しがるのをやめて
貧乏になった途端、働くより搾取する側に回る可能性がある。大悪党の記憶は伊達じゃない。ソレイユは騎士団長の娘だが、魂に大悪党の記憶が根付いているので、ひょんな事で人道から外れるかわかったものではない。自分で自分を警戒していく。
ママンのためにも。
(とりあえず気が晴れるまでロタールを虐めて、それから今世は真っ当に生きるか)
前世では悪逆の限りを尽くしたので、今世はゆっくり生きようと思う。オーヴァンの記憶が根付いては居るが、今世はソレイユ。前世でこれでもかと積んだ悪徳を、少しでも浄化しないと来世が危ない。
虐めるのはロタールだけにして、後はそこそこ善良に生きよう。
ソレイユ五歳、父親限定の反抗期は続く。
とか思っていたのだが、ロタールがとんでもない爆弾を持ってきた。
「ソレイユたん…王子様と婚約が決まったよ。お父様頑張った」
金持ちのオヨメサンになりたいと笑顔で言う娘の願いを叶えるために、ロタールなりにいろいろ考えたらしい。ロタール渾身のコネを使ってとんでもねぇ縁を持ってきた。
ダウマニア家、父親のロタールは騎士団長。彼は平民上がりの一代限りの男爵位。実は女伯爵のイネスへの入り婿だった。
それでも数々の功績が認められ、王家への忠誠心も厚く、王太子とは軽口を叩けるくらい仲がいい。おそらくロタールの言う王子様とは、その王太子夫妻の第一王子のことだろう。その王子様と、今までの功績とコネで婚約を取り付けたらしい。
(おお、コネ使ったのか。ここでコネ使ったか。見直したぜ、なかなかの悪じゃねぇか。嫌いじゃねーぞその根性。ここに来てちょっとだけ好感度上がったぞお父様。マイナスからの脱出はまだまだ先だけどな。しかし思わぬところで大物釣り上げてきたな。オージサマとか知らない単語だわ。悪いオジサマならいろんな種類知ってるけどなオーヴァン含め)
なんてぼけっとしていたソレイユは、つれて行かれた王宮でやけに身なりのいいキラキラした幼児と顔を合わせた。
実に最低だが、第一印象は「金になりそう」だった。
駄目だわ今世も人として終わってるわ。根っこに悪党が住んでいる。
その幼児は、上品で壊れやすそうな装飾だらけの大きな椅子にちょこんと座っていた。
触り心地のよい最上級の服。幼児には勿体ないほど過剰な装飾品。抱き上げれば実際の体重より重いのだろう。ああいうのはブチッと外してガキは捨てるのが賢い強奪。売る手間を考えたら人間ほど邪魔なものはない。手続き面倒なんだぞ。いやいやそうじゃなくて。
金目のものから視線を逸らして相手の顔を確認する。健康そうな白い肌に、手入れの行き届いた柔らかそうな黒髪。顔も整っているので、幼児単体でも金になりそう。何より大きな紫の瞳が…お? 紫?
お、お、お!?
思わず対面に座っていた身を乗り出してオージサマの顔を覗き込んだ。オージサマは驚いて、紫の目をまん丸に見開いている。
珍しいな。貴族だろうと王族だろうと、滅多にない色だ。
珍しい珍しい。
こりゃ本当に珍しい―――『悪魔の目』だ。
あまりに美しく、魔に通じると信じられている『悪魔の目』だ!
持ち主は悪魔に取り憑かれているって逸話のある『悪魔の目』だ!
そう、貴族だろうが王族だろうが、紫色の目は魔眼と恐れられて生まれた瞬間処分される事が多い。悪魔と姦淫したのだと、母親すら処分されることもある。この大陸諸国では紫の目は悪徳の証であると信じられていた。ちなみに海の向こう側では黒い目が恐れられている。宗教の違い故だな。
それがまさか、この国のオージサマとして現れるとは!
そういえばちょろっと聞いたことがある。王太子夫妻の第一王子は、第一王子でありながら王位継承権を持たないと。
特に理由を知りたいとは思わなかった(興味がなかった)が、それは『悪魔の目』が理由だったのか。
ここでオーヴァンは閃いた。というか父親ロタールがソレイユの婚約者に『悪魔の目』を持つオージサマを選んだ是非を邪推した。
あいつもしかして金持ちをご所望の娘に、金持ちでも『悪魔の目』はいやだと言わせたいんじゃねーよな?
やっぱりお父様と結婚するって言って欲しい訳じゃねーよな?
それか娘の婚約者を探しているときに、王太子から一目会うだけでもと頼まれたとかじゃねーか?
だって『悪魔の目』なら、オージサマだろうとつながりを持とうとする貴族少なそうじゃね?
王太子夫妻としては、不憫な我が子にせめてお友達候補を見繕う程度の気持ちなんじゃね?
だってこれ、ロタールのコネで実現したけどソレイユとオージサマの身分差的に、破談前提での顔合わせじゃね? 年齢的にお友達として付き合えればいいよねって程度の。
ロタール的には娘の夢と希望を打ち砕き、オージサマよりオトウサマの方がいいって言って貰う作戦じゃね?
お? ロタールお前なかなかの悪じゃねーか? ここに来て本当に好感度が上がるぞ?
だけど…残念だったな!
「きれい」
「えっ」
「きれぇー!」
ソレイユは頬を真っ赤に染めて、きゃーっと歓声を上げた。
(見たかったんだわー! 前世で見られなかったんだわ『悪魔の目』! 希少価値高すぎて現物手に入らなかったんだわ! 見たの初めて!)
残念だったなロタール!!むしろありがとよ!
「わたくし、ソレイユ・ダウマニア。よろしくねオージサマ!」
「…れ、レジス…デイザン、です」
「レジス様!」
(もっとよく見せろ『悪魔の目』! これいくらになるかなぁ! 高い宝石を最前列で眺められるとか至高だぜ!)
外道な内心を悟られることなく、幼いソレイユはにっこにこ笑顔で同い年の王子、レジスと対面した。
レジスは初めて向けられた同年代からの笑顔にたじたじだ。
「だ、ダウマニア嬢は…」
「ソレイユです!」
「そ、ソレイユ…僕のこと、怖くないの?」
「怖いくらい綺麗って言うなら怖いですけど…わたくし、綺麗なモノ好きですわ!」
「きれ…え、す、好き?」
「ええ! 大好き! もっとよく見せてくださいませ!」
ずいっと身を乗り出して、紫の宝石を覗き込む。
その笑顔に、一切の曇りはなかった。
大悪党オーヴァンの感覚は、外道で醜悪でどうしようもない屑だけど。
『悪魔の目』と恐れられ、避けられていたのに、今まで見たことのない満面の笑みで自分を見る
小さな太陽に、一直線に。
それからずっと、レジス王子はひな鳥のようにソレイユの後をついて回った。
どこに行くにも何をするにも、ソレイユの後ろをついて行く。
子分を得た気分になったソレイユは大喜びでレジスの手を引きあちこち探検して回った。必然的にレジスは大勢の人と顔を合わせることになったが、ソレイユがとびきりの笑顔で「レジスはわたくしの
誰に何を言われても笑顔でレジスの手を引くソレイユに、レジスもどんどん顔を上げるようになり、今ではソレイユと一緒にきゃっきゃ笑いながら庭を駆け回るようになった。
部屋に閉じこもって脅えていた息子の変わりように、王太子夫妻は泣いて喜び、ロタールは泣きながらブリッジし、母イネスはのんびり冷静に婚約書に署名した。
レジスに王位継承権はないが、公爵位が与えられる。王家は『悪魔の目』を他家に出すのも恐ろしいらしい…その割に断種しないんだな。血筋は確保したいのかな?…よって、ソレイユは将来公爵夫人だ。大出世玉の輿。
ソレイユの復讐もきっちり叶った。
「ソレイユが! ソレイユが結婚してしまう!! 将来お父様のお嫁さんになるのって言っていたソレイユが!」
「(記憶がねつ造されてやがる)まあお父様、お祝いしてくださいませんの? ひどい…」
「あああそんな…! 違うんだソレイユ私はお前の幸せを誰よりも願っている!」
「そうですわよね。うれしいですわ! わたくし、レジス様大好きです! お父様、りょうえんをありがとうございます!(やーいやーい親馬鹿ー! 顔のいいオージサマをありがと! 俺両刀だから美味しく頂くぜ!)」
「く…っ確かに決めたのは私だ…! だが早すぎる! もっと様子を見てからの婚約でも…!」
「だってレジス様とずっと一緒に居たいですもの! きゃっ! 言っちゃった!(ぎゃっ! 言っちゃった! 自分がうざっ!)」
「ソレイユぅうううううう!」
「お父様お泣きにならないで。わたくし幸せになりますわー!(これこれこの顔が見たかった~ケケケケケ!ざまあ!)」
幼い我が子を抱きしめて号泣するロタール。腕の中で潰されながら、ソレイユは大満足だった。ざまあ! でも痛いから放せ下手くそ!
そんな対照的な父子に、母イネスは微笑みながら寄り添う。
「あなた、あまり泣いてはソレイユに情けない父親だと呆れられてしまいますよ」
「うぐう…!」
「それにこれから忙しいですよ。ソレイユの教育もですが、ソレイユがお嫁に行くなら…私、もう一人産まなくちゃ」
「」
「協力してくださいますよね、あなた」
「勿論だ」(キリッ)
ソレイユが嫁に出ると、伯爵家の後継者がいなくなるからママンがもう一人産まなくちゃって言ってるのは分かる。分かるけど、ロタール、情けなく泣いていた男がそこでキメ顔しても情けなさ倍増なだけだぞ。これが騎士団長でオーヴァンを捕まえた男かぁ…って思うとオーヴァンも情けなくなるのでやめて欲しい。
こんな男をコロコロ転がすママン流石ママン。
次の年には弟が生まれた。
すげぇよママン。強いぜママン。
そしてあっという間に年月は過ぎて。
十八歳になったソレイユは。
噎せ返る血の匂いが充満するボロ小屋で、血塗れのレジスに抱きしめられていた。
おう、やらかしたわ。
成長したレジスは、同じく成長したソレイユをその腕の中にすっぽり覆えるほど大きくなった。逞しくなった。
可哀想で綺麗なオウジサマはあれから、ペンを取り本を読み、剣を手に武を修めた。それは、隣に居るソレイユが退屈しないように。欲しがりなソレイユの願いを叶える為に。ソレイユを狙う男を蹴散らせるように。
全ては、婚約者のソレイユに相応しく在る為に。
(健気で可愛い、ソレイユの為だけのオージサマ)
第一王子なのに『悪魔の目』だから遠巻きにされていたオージサマは、婚約者の為に優秀に育った。育ってしまった。
それこそ、次期国王の可能性を貴族たちが考える程度には。
『悪魔の目』を恐れながら、それを利用しようと小狸たちが動き出してしまった。
(わかる。優秀だけど後ろ盾がない発言力の弱い王様を立てて傀儡にして好き勝手政治を回したい小悪党の考えることよく分かる。最低限の政治だけさせて『悪魔の目』で恐怖イメージ擦り付けて、恐怖政治っぽいことしてやりたい放題したい小悪党の考えよく分かる)
そういう奴らの常套句も勿論分かる。
『自分の娘もしくは親族の娘を是非嫁に』だ。
レジスにはソレイユという婚約者がいるが、ソレイユの父親は成り上がりの騎士団長。母親が伯爵だが、後ろ盾としては弱い。ただ第一王子の心の支えとして存在する、政治要素の全くない婚約だ。そんな婚約、彼らからしたらあってないようなモノ。
実際、レジスが彼らの言い分を拒否してすぐ、ソレイユは破落戸に襲われた。
(わかるー! 邪魔だもんな! それなら消してしまえってなるわな! もしくは傷物にして婚約継続は無理ってなるようにするよなー!)
小悪党が考えることよく分かる。大悪党だったので。
考えが分かっていたソレイユは、返り討ちにする気満々だったのだが…ここで前世の弊害。
ソレイユは、オーヴァンではない。
(女の細腕がこんなに無力だったとは…)
ソレイユの父親は騎士団長。母親は伯爵。ソレイユはこれまで、貴族として守られて過ごした。荒くれ者だった
(動ける気でいたわ。動けるわけないのに)
だからあっという間に拘束され、誘拐されてしまった。
破落戸は遠く離れたボロ小屋にソレイユを監禁し、人が増えたかと思えばソレイユの上にのしかかり。
(令嬢というか、攫われた女性がどうなるかは決まってるよなー)
頑張って抵抗したが、顔を殴られ服は破られひどい有様だ。今世一番ひどい格好。そこに駆けつけたレジス。
前世は知らなかったが、あわやというところで駆けつけるのが王子様という存在らしい。
(王子様っつーか、
血に塗れた、それはそれは生々しい王子様だった。
「ソレイユ」
「うん」
「ソレイユ」
「レジス様」
「ソレイユ」
「わたくしは無事ですわ、レジス様」
「ソレイユ…!」
あーこりゃ子分のメンタルが心配。
痛む腕を動かして、震える背中を撫でてやる。おーよしよし。大丈夫だからしっかりしろこのこぼれそうなおっぱい揉むか? ママンの娘だからいい乳してるぜ。これ自慢な?
レジスは立派に育った。文武両道、皆に平等な王子様。婚約者を大事にする理想の男性。そんな風に言われているが実際は違う。
こいつは昔のまま。可哀想な、愛されたがりのまま。
「怪我を、怪我をしている、ソレイユ」
「かすり傷です。すぐ治りますわ」
「こんなに腫れて…許せない。ソレイユに傷をつけた奴らは皆殺しだ」
「あら、もう皆殺しになさいましたのに」
「あれ?…そっか、よかった」
「ええ、ありがとうございます」
礼を言いながら褒めるよう頭を撫でれば幸せそうに笑う。
血塗れで、死体を足蹴にしたまま。
自分を愛してくれるソレイユを太陽と定めた、それ以外がどうでもいい
ソレイユがどこで何をしているのか把握していないと不安で、一人では生きていけない。
歪んで育った可哀想なオージサマ。王様になってはいけない人格に育ったオージサマ。
こんなに早く誘拐されたソレイユが助けられたのも、いつでもどこでもソレイユにレジスの『目』がついているからだ。
(まー、そう育つよう誘導したし? だって宝物見つけたら自分だけのモノにするだろ? 手足のある宝物なら特に気をつけなくちゃじゃん)
でも、誘導はしたけど強制はしていない。レジスの目が覚めれば、周囲の人間が諫めれば、きっとこうは育たなかった。
だがレジスはずっとソレイユだけを見ていたし、結局周囲は『悪魔の目』を恐れて深入りすることはなかったし、第一王子でありながら王位継承権を持たないレジスはほぼ後ろ盾のないソレイユとの婚姻を望まれていた。
となれば阻むモノは何もない。ズブズブと、執着は依存となり、依存は執念となった。
「ところでここにはお一人で?」
震えていたレジスが落ち着いたのを見計らって問えば、きゅっとソレイユを抱く腕に力が入った。それでなんとなく把握する。
騎士団、置いてきたな、と。
集団には段取りがある。騎士団長としてその段取りを踏むロタールを置いて、単騎で駆けてきたのだろう。単独行動は褒められたモノではないが、そのおかげでソレイユの貞操は守られたので問い詰めるのはやめておく。ただ、規律を破る事は後々ネチネチ言われる事になるだろう。
ただでさえ、最近のロタールとレジスは険悪なのだ。
(レジスの異常性、わたくしは別に構わないというかどんとこいだけど、
それだけじゃない。育ったレジスが王位争いの一端になり、婚約者のソレイユに危険が迫ることにも気付いていた。娘大好きな親馬鹿騎士団長は早々に、ソレイユの安全の為に二人の婚姻を解消しようと動いている。
貴族の婚姻は当主が決める。ソレイユの場合は
レジスが婚約解消の根回しの妨害をしている中、この誘拐事件である。
さみしがり屋で壊れやすい繊細な精神に育てた子分のメンタルがとっても心配になるってモノだ。
打たれ強くしなかったのかって? 脆いモノの方が綺麗ってのが持論。狂ってるやつは人間らしくて大変よろしい。
「…ダウマニア騎士団長が、これを機に婚約を見直すって言ったんだ…」
(あーら明言されちまったのね)
「なんで、なんで皆、僕からソレイユを取り上げようとするんだ…」
せっかく震えが止まっていたのに、またブルブルと震え出す。
いつも取り繕っている正統派王子様の仮面はどこにもない。成長し損ねた精神が、子供のように癇癪を起こしている。
「王位なんかいらない。ソレイユだけいればいい」
縋るように回された腕に力がこもる。先程まで押さえつけられていた身体のあちこちが痛む。こいつも抱っこが下手くそだなぁ。
「許さない。僕からソレイユを奪う奴らは全部許さない―――誰かに、奪われるくらいなら」
ソレイユの首筋に呼気を感じる。引っかかれた傷跡に、温かな舌が這った。
「ねえソレイユ、僕に、奪われて」
レジスの腕が、手が不埒に動き…かすかに出来た隙間から手を伸ばしたソレイユは、レジスの頬をガッと両手で掴んで。
勢いよく、濃厚に、がっつり、口づけた。
~少々お待ちください~
「勘違いしないでレジス様」
顔を真っ赤に染めて息も絶え絶えなレジスを血塗れの床に押し倒し、その身体に乗り上げたソレイユはふふんと勝ち気に笑う。
「わたくしが貴方に奪われるんじゃないの。わたくしが貴方を王家から奪うのよ」
髪は乱れ、顔には殴打痕が残り、服は破れて肌に傷があるとってもボロボロなソレイユだけれど。
むしろこれをチャンスにしちまおう。嫁に出る以上にロタールを泣かせる嫌がらせ思いついちまったし。ママンも泣きそうだけど、ごめんなさい。弟がいるからママンは強くあれるはず。ごめんね。
息を乱すレジスの胸に手を置いて、鼻先がくっつくくらい身を屈めた。
「わたくしと逃げて、レジス様」
誰もが恐れるほど美しい『悪魔の目』が、契約を迫る悪魔が如き女を映す。
悪魔は幸福に満ちた笑みを浮かべている。
この提案こそが幸福だと、二人の幸せだと、信じ込ませるように。
「王家を捨てて、この国を捨てて、海の向こう側まで逃げましょう。誰も貴方を知らない、貴方を恐れない場所へ行きましょう。そこでわたくしとずうーっと一緒に生きるの」
駆け落ちしーましょそうしましょっ。
海の向こう側では紫の目より黒い目が恐れられているらしい。皆目の色気にしすぎじゃね?
(ロタールが婚約を解消させたがってるし。レジスも今回のことで大暴れしちゃったし、ソレイユも未遂だけど傷物判定受けるだろうし。今後レジスが危険視されてどう扱われるか読めない。でもこれからも担ぎ上げられそう)
王位継承権を元から持ってなかったのにこの騒ぎ。明確に継承権を放棄しても『悪魔の目』を恐れて何かしらありそう。これただ綺麗なだけの目なのにな。
今のレジスなら他の候補者蹴散らして玉座に座るのも楽しそうだけど、このテンションだと虐殺しか思い浮かばねぇ。見てみたい気もするが、血の汚れが落ちにくいのはよく知っている。何年、何十年もこびりついて洗い流せない。玉座を手に入れても、そこに安寧は訪れない。
それならどこまでも逃げちまおうぜ。
背負った責任全部捨てて。
任せろ、どこまでも逃げてやるよ。
盗んだ
(泣いて後悔しろロタール。私たちを引き離そうとしたのは悪手だったってな)
悪党は、一度手にしたブツはいつまで経っても自分のモノだと思ってんだ。その中でも一番価値あるモノは、何度奪っても手中に収める。今まで手に入れた金銀財宝の全てを手放して、たった一つ価値あるモノを手にする為に。
安心しろオージサマ。大悪党、懐に入れたやつは最後まで面倒見るから。
たとえ『悪魔の目』を抉って売り出しても、レジスはもうソレイユのモノ。
手放してなんかやらない。
「遠い国で、わたくしだけのレジスになって」
わたくしも、貴方だけのソレイユになるから。
ソレイユをじっと見上げる『悪魔の目』。
涙で歪んで、キラキラ光って、宝石みたいな目が恍惚に震える。さみしがり屋で可哀想な狂ったオージサマが歓喜で泣いている。
ああ綺麗。でもってやっぱりソレイユの根っこは
(綺麗なモノが堕ちてくる瞬間ほど美しいモノはない)
ソレイユは腕を伸ばして、可哀想なオージサマを抱きしめた。
ああ―――結局今世も悪党だったな。
王子様を誑かして人生を狂わせる、悪女だ。とびっきりの、悪女。
前世とはまた違う、悪党。
…悪党だけど、
(わたくしの一生で一番大事にするから、許してね)
恋する女は何でもやっちゃう悪党にもなるのだと、大悪党は
大悪党、娘になりました こう @kaerunokou
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