第1話 君との出会い。それは運命の歯車が動き出すサイン。

 東京のとある展示場で過ごす、高校生活初めての大晦日。

 視界の内に現れたり消えたりする人々の中から、すべきことを探していた。床が叩かれる音も嫌になってきて、思わず溜め息が出る。

 ……おっと。なんで僕がこんな場所にいるのか。説明がまだだった。

 ある日、ネット上の知り合いとともに同人誌を作って、ここで頒布することになった。今日はその最終日。この催しが終わるまでの時間の売り場の番を、僕は任されている。

 ……え? 同人誌書いてるならウェブ小説家じゃないだろ、だって? 今回は、1度はそういう経験をしておいたほうが、今後の執筆活動の役に立つだろうと思って参加しただけ。いつもはウェブで活動している。

 まぁ。その知り合いの中に、それほど有名な人がいないからか。客足は殆ど無い。

 どうして売れないんですか?

 机の上の雑誌かみたばに、そう問いかける視線。勿論何も起こらない。

 そんな現実に、もう一度息を吹きかけてみる。

 すると、頬を何かが突いた。


「溜め息吐くと、幸せが逃げてしまいますよ?」


 声を辿ると、そこには爽やかだが甘いイケメンがいた。簡潔に言うなら、柑橘系イケメンかな?

 彼の名前ペンネームは、ウィル。僕と同じくこの時間帯の番をしている。

 え。ペンネームが短い? 文句なら本人に言ってほしい。僕は関係ないからね!


「不幸も一緒に出ていったら良いんですけどねぇ……」


 ウィルさんの頬に仕返しをしながら、愚痴を吐いた。

 そんな時だった。


『こ゛う゛な゛っ゛た゛ら゛、あ゛の゛手゛を゛使゛う゛し゛か゛な゛さ゛そ゛う゛で゛す゛ね゛!゛!゛』

「ん゙ひㇴ……!!」


 机の上に置かれていたタブレットから、嬉しそうな大爆音が放たれた。それに耳を貫かれた僕は、変な声を出しながら机に突っ伏した。一方でウィルさんは、表情を保ててはいるものの、何処か冷や汗を書いていた。

 近くを歩いていた人は、驚いてこちらに目を向けたが、直ぐ様何事も無かったかのように歩き出した。

 あと、隣のスペースのオッサンが嫌そうな顔をしてきた。道端に吐き捨てられた痰を見るような目をこっちに向けないでください。僕は悪くないです。


「お、音量設定おかしくなってませんか……?」

『え゛っ゛……。あ゛、本゛当゛だ゛!゛!゛』


 タブレットの画面上で体を揺らしている声の主は、ウィルさんの疑問に反応して追撃を仕掛けてきた。

 声の主の名前は、國居くにいニカ。オリエンタルなドレスに身を包んだ、自称「滅亡に瀕した王国の王女」なVTuberであり、この企画の立案者であり、売り子(の立場を僕から奪い取った人)だ。後で飯テロしてやる。


『ごめんなさい。さっきまで寝てたから、その時に設定変えちゃったっぽい』

「何寝てるんですか。ニカさん、仕事中ですよ?」

『アタシだけ2日目連続なんだから、別にそれくらい良くな〜い?』

「良くないですよ」


 何処か小生意気な口調のニカさんに、力のない返事を返す。

 ニカさんは僕より年上だし、それなりに責任感はある人なんだけど、偶にこんなふうに適当になるんだよなぁ……。

 ニカさんが『なんで〜?』とでも言いたげな顔をしていると、ウィルさんが先程の発言に触れた。


「それで、『あの手』とは一体?」


 耳への被害が大きすぎて、すっかり忘れていた。

 なんでだろう。嫌な予感しかしない。きっと僕らだけに負担がかかるやつだ。でなければ、あんなに嬉しそうに言うはずがない。


『それはね……。この机の下にある段ボール箱を開けてみてのお楽しみ!』

「そういえばそんなのあったな……。これかな?」


 机の下を覗くと、確かにそこに怪しげな段ボール箱がおいてあった。早速引っ張り出して、膝の上に乗せてみる。箱は思ったより軽く、機械類は入っていなさそうだ。

 ……これ、中に変な服が入っていて、それを着ろってことだよな。嫌だなぁ。

 そう思って渋々開けてみる。中に入っていたのは……。


「……メイド服?」

『イグザクトリー。それを今からふたばんに来てもらいまーす』

「変な服じゃなくて良かった。……いや、何も良くない!!」


 取り出してみてわかったが、このメイド服、スカートの裾が短すぎる。パンツがこんにちはしかねない……。

 え? 僕がこれ着るの? 嫌だ恥ずかしい!


「き、着せるならそこのイケメンでも良いじゃないですか!」

『無理無理。ふたばんのサイズのやつしか無いから。それに、可愛い男の子が着るほうが人が寄ってくるだろうし』

「ならもっと過激な服にしてください! そっちのほうが目を引くし、僕としても色々吹っ切れて着やすいですし!」


 例えば、単に露出が激しいやつとか、胸元の布がハート型にくり抜かれてるやつだとか!


『……ふたばんってもしや、むっつりスケベ? 痴女?』

「否定は出来ないってことは言っておきますね。あと、僕は男性なので痴女ではないです」

『フタバくん。今は、多様性の時代だよ?』

「多様性って言葉を使えばなんとかなると思わないでください」


 段々と声のトーンを下げて、圧をかけていく。あの手を使うしかないとか言っていたくせに、話を逸らさないで下さい。

 今直ぐにでもそのタブレットをへし折ってやろうか? そんな言葉を目から滲ませていると、ウィルさんがそーっと手を挙げた。


「あの……。気になっていたのですが、誰がこれを持ってきたのですか」

「どうせ、かなでさんだと思う」

『うお? もしや、今日のふたばん天才?』

「どうせそうだと思った! 僕のサイズの服しかないって聞いた時点で勘づいた!」


 何処かのおバカの二の舞いをしないように、小声で嘆いた。

 月読つくよみかなで。彼女もこの企画の参加者である。僕はよく奏さんにお世話になっている。例えば、愚痴とか悩み事を聞いてもらったり。一度リアルで会ったこともあり、僕の服のサイズを知っていても別に不思議ではなかった。あと、僕の女装を見たがりそうな人で、一番最初に思い浮かぶのが奏さんだったから……。

 正直、奏さんが敵方に回ったのはショックだった。暫く口を利かないでやる。


『で、着るのかい? 着ないのかい? どっちなんだい!!』

「着ない」

『なんで!』

「恥ずかしいからに決まってるでしょう……」

『奏さん。ふたばんのメイド姿見たがってたのに?』

「くっ……。あ、後で着ますよ……」

『逃げるな卑怯者!!』

「卑怯者はそっちですよ……」

『痴女のくせに!』

「違うって言ってますよね……」 


 五月蝿い……。しかも、さっきの痛い視線が戻ってきた……。向こうはタブレット越しにこちらと繋がっているからか、全く気づいていなさそう。

 ウィルさんは冷や汗をかき始めている。どうすれば……。

 ……単純にタブレットの電源を切ればいいのか。


「さようなら。今日の昼ご飯まで忘れません」

『ちょえ……』


 僕はタブレットの電源を切り、ニカさんを黒に沈めた。

 それから少し間を開けて、ウィルさんが我慢していた呼吸を再開した。


「これで、安心してお客さんを待てますね」

「ですね……」

「あ。少しお手洗いに行っても良いですかね?」

「問題ないです。ここは僕に任せてください」


 そう言って笑みを見せると、ウィルさんはお辞儀をしてこの場から離れていった。

 ……『待てますね』か。待つことしか出来ないってのは、少々辛い。でも、何かしらのアクションを起こそうとしたら、変に思われて、人が離れていくだろう。


「難しい……」


 ぼーっと、天井を見つめてみる。神様からのお告げがあるなら、上を向いていたほうが聞きやすいだろうし。

 遠くの空気の揺らぎが、よく聞こえる。かなり賑わっているようだ。でも、羨ましいとは思わなかった。あまり騒がしいのは好きじゃないから。

 そんなことを考えている時だった。1回、2回と、近くから足音が聞こえた。誰かがこちらに向かってきている。思わず顔を再び正面に向けた。


「ふぇ……?!」


 音の主は、僕と同い年くらいの少女だった。それと、急に顔を正面に向けたことに驚いたのか、少女は目を丸くしている。もしかして、お客さんなのかな。


「どうかしましたか?」

「あ。そ、その……」


 喋るだけなら問題きょうふはない。出来るだけ明るい声で尋ねると、少女は少しテンパってしまった。このような場所に来るのは初めてなのだろうか。


「焦らなくて結構ですよ」

「あ、ありがとうございます。気にしてくださって」


 声をかけると、少女は少し落ち着いたようで、こちらに太陽のように明るい笑みを向けた。思わず声が漏れそうになったが、変に思われるのは嫌なので抑える。

 一方の少女は、深呼吸をして心を落ち着かせていた。


「よーし。すいません!」

「はい。何でしょうか!」


 少女が元気よく声を出すのにつられて、思わずこちらも元気になってしまう。


「これ、1つ下さい!」

「550円になります!」

「はーい!」


 少女が指差した本を手に取り、それを代金と交換した。少女の手が近くに来たが、これくらいなら我慢出来る。これで駄目だったら、ここに来るわけがない。


「わーい!! ……生きててよかった」

「そんなレベルで嬉しいんですか!?」


 喜びのあまり跳ね出したのかと思ったら、急にしゃがみ込んでそんなことを言い出した。驚くなと言われても、それに逆らうしかないくらいに衝撃的だった。

 なんだろう。この人から、とても強い引力を感じる。沈んでいた心が、今はウキウキして落ち着かない。

 兎に角、1冊は売れて良かった。心の中で胸を撫で下ろす。


「あ、そうだ! 折角なので、ペンネームを聞かせてくれませんか」

「ペンネーム……。僕のですか?」

「はい。ワタシ、こういう場所来るの始めてなので、記念として知りたいんです。アナタのペンネームを!」

「うっ……」


 少女は前のめりになって、輝く目をこちらに向けてくる。少し、心臓が縛られるような感覚がした。その理由は、相手が女性だからという理由だけではなかった。少女の顔に、何処か見覚えがあったような気がしたからだ。

 恐怖のあまり、僕は思わず近くにあったタブレットを盾にし、その後ろで僅かに体を震わせってしまう。すると、少女はそれに気づいたのか。目の光を消して、ここから後退った。


「あ……。ご、ごめんなさい……」

「……。い、いえ。別に大丈夫ですって!」


 少女の声が明らかに暗くなった。表情も、ただ申し訳無いと思っているように見えなかった。あれは、心の古傷トラウマに触れられた時の顔。僕も、何度あの顔になったことがあるから理解わかる。


「そ、その……。ワタシ、昔から人との距離の取り方が苦手で……。さっきは、最初は気にしていたんですけど、気づいたらあんなに近くに……」


 タブレットをゆっくりと下ろし、少女の顔を見る。

 人との距離の取り方……。この人も、人間関係に悩んでいるんだ。でも、この人はちゃんとその事を気にしているみたい。それに対して、僕は逃げてばっかりだな。あの日のことから。


「まぁ。苦手なことを無理にそうとする必要は、無いと思いますし」

「で、ですけど……」

「あと、人との距離を気にするなら、何処の馬の骨ともわからない人に、そういう事話すのは辞めといたほうが良いと思います」

「確かに……。教えて下さってありがとうございます!」


 少女は少し目の輝きを取り戻し、頭を下げた。この人、悪い人ではなさそうなんだけどな……。


「それで……。ペンネーム、でしたよね」

「……ふぇ。お、教えてくれるんですか!?」

「記念に知りたいんですよね? 別に構いませんよ。本名とかじゃないので」

「あ。ああ。あああ。あああありがとうございます!」


 少女を再び目を輝かせ、ルンルンという効果音が飛び出そうな程に元気になっていた。

 やっぱり、人間は元気なほうが良いな。……今の言い方、なんか人外っぽくない?

 まぁ、そんなことは気にせず、少女に名乗るか。


「燦星アスハ。それが僕の名前ペンネームです」


 そう告げると、少女は目をさっきよりも暗くし、その手に持っていた本を落としてしまった。


「え。ちょ、ちょっと、大丈夫ですか!?」

「……ぇ」


 現実を理解出来てなさそうな表情の少女の元に駆け寄り、落としてしまった本を拾う。


「傷はついていなさそうですけど……。新しいのに変えますか?」

「だ。だだだだ。だ大丈夫でですっす!!」


 焦っているのだろうか。日本語が怪しくなっている上、顔が赤くなっている。

 僕が何かまずいをしてしまったのだろうか。でも、心当たりが全く無い。

 うーん。僕がこんな感じになりそうなこと状況って、なんだろう……。推しとあった時とか? いやいや、僕に対して限界化する人とかいないでしょ。


「め、め迷惑かけて、すっすすすすすすすいませんでしたぁっ!!」


 少女は僕から本を奪い取って、その場から走り出してしまった。その途中、お手洗いから戻ってきたであろうウィルさんにぶつかりそうになってしまっていた。


「どうかしたんですか!?」


 ウィルさんは困惑した様子で、僕を尋ねる。でも、それに僕は気づけなかった。少女のことしか考えられなかったから。

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ワタシの事が嫌いなキミに、すべてを奪われるシナリオ。 双葉音子(煌星双葉) @arik0930

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