第4話 君と2人きり。僕らの未来へ祈るデイブレイク

「ふぁぁぁ」


 間抜けな声が、ワタシの口から飛び出る。

 置き時計を確認すると、6時7分と表示されていた。窓を開ければ、暗い空が広がっていた。


「二度寝しよっかな。でもその前にFINE確認しよ」


 早速スマホを開いて、誰かからメッセージが届いていないか確認する。しかし流石に、誰も起きてはいなかった。

 少しの寂しさに浸っていると、まだ1人確認していない人物がいたことに気付いた。


「……燦葉くん、起きてるかな」


 早速確認してみると、眠る前に送ったメッセージに既読がついていた。

 まだ起きているよね。いや、起きててほしい。早速、ワタシは燦葉くんに


『まだ起きてる?』


とメッセージを送った。すると直ぐに既読がつき、


『起きてる。どうかした?』


というメッセージが返ってきた。


「……良かった。起きててくれた」


 思わず微笑んでしまった。それ以上に興奮していた。推しとメッセージを送りあえている。最高の体験だった。推しがそれほど著名な人じゃないとしても、ワタシには大切な推し。推しに、有名無名なんて関係ないの。ワタシの、たった1人の推しであることには変わりないんだから。


「……一緒に初詣とか、行けたりするのかな」


 そんなことが出来たら、嬉しいな。これはほぼ推しとのデート。ワタシには大きすぎる幸福。夢のまた夢だった。でも、今のワタシならそれが出来る。

 早速、一緒に初詣に行けるのか聞いてみると、直ぐにすぐに了承が得られた。

 心のガッツポーズしていると、新たなメッセージが送られた。


『6時半に駅近くの神社集合で』


「あの神社かな? 取りあえず『りょーかい』っと。推しと初詣、楽しみだな〜。……6時半?」


 直ぐさま時計を見ると、6時12分と表示されていた。約束の時間まで、あと18分。


「ま、間に合わないよこのままじゃ!!」


 ベッドから勢いよく飛び出し、あたふたと身支度を済ませ、転びそうになりながらも家から出た。


「行ってきます!!」


 生気に満ちた声が、閑静な住宅街に響いた。

 全くと言ってもいい程に体力の無いワタシは、小走りで待ち合わせ場所へ向かった。

 燦葉くんが指定した神社は、家からそう遠くはない場所にある。10分もかかないうちに神社が見え、そこにはパーカー姿の燦葉くんがいた。


「おーい。燦葉くーん!!」


 精一杯手を振って呼ぶと、気づいた燦葉くんは大きく手を振り、顔は喜びに満ち溢れているようだった。

 ……余りにも可愛すぎる。冬の早朝にもかかわらず、真夏の昼の日の下にいるかのように、体は熱を感じていた。

 燦葉くんは手を振るのを止め、紺色のポニテを揺らしながら、ワタシの下へトコトコと走ってきた。可愛い。


「おはよう、翌楽。こんな朝早くにごめんね」

「良いの。ワタシから頼んだんだから」

「確かにそうだけど……。顔、赤くなってるよ。体調悪かったりしない? 何かあったら直ぐ言ってね」


 燦葉くんは、心配そうにワタシを見つめながら首を傾けた。あ゙〜。万病に効くぅ〜。


「大丈夫だよ。気を使ってくれてありがとうね」

「それじゃあ、行くよ」

「うん。……あ、ちょっと待って!」

「……どうかしたの?」


 神社へと足を向けた燦葉くんを、思わず呼び止めた。ワタシの息は熱を帯びていた。もう、自分を抑えることはできなかった。


「燦葉くん。ポニテ吸わせて」


 燦葉くんのポニテに顔を埋めたい。大量の燦葉くん成分を肺いっぱいに吸い込みたい。

 ……なんてキモいこと考えてるのワタシ!? 自分の発言を顧みて、思わず頭を抱える。一方の燦葉くんは、明らかに困惑している。

 こんなこと言われたら、普通引くよね。ワタシ達は昨日知り合ったばかりだし、燦葉くんは女性恐怖症なんだし……。昨日の意気込みはどうしたの、宮川翌楽……。


「い、今のは忘れ……」

「……良いよ。翌楽なら」

「……うぇ?」


 静寂が響き渡る。秋葉くんは顔を赤らめながら、ワタシから目を背けていた。

 今、「良いよ」って言ったよね? しかも、「翌楽なら」って。これって、もう告白だよね!? お、推しに告白されちゃった……。ワタシはあくまで尊敬とか友情とか、そういう意味での好きなの。でも、恋愛的な意味で好きじゃないって言うのは、ちょっと違うような……。って、ワタシには希夜ちゃんという彼女がいるんだよ。これじゃ浮気だよ!

 ……いや。ここは1回、冷静になるべきだよね。流石にワタシの聞き間違えだよね。そうだよ。もう1回言うけど、燦葉くんは女性恐怖症なんだよ。そんな事、言うわけないよ〜。


「……どうかした?」

「ううん。なんでもないよ〜」


 うん。きっと聞き間違え。さぁ、気を取り直して初詣にレッツ……。


「……僕の、吸わないの?」


 ストーーーップ!!

 ……聞き間違えじゃなかった。どういうつもりなんだろう。いや、ワタシが頼んだからなんだろうけど。

 燦葉くんは、その艷やかなポニテを手前に持ってくる。いや、何処にあるのか分からないわけじゃなくて……。

 ここは責任を持って、注意しなきゃ。


「燦葉くん。それは駄目だよ。そこまで親しくない人間に、髪の毛を吸わせるなんて。そんな人は、悪い人達にエッチなことをされちゃうんだよ!!」

「でも、翌楽は悪い人じゃないでしょ?」


 燦葉くんの透き通った目が、ワタシの不純な心を燃やし尽くそうとしている。

 ごめんね、燦葉くん。ワタシはその悪い人なんだよ。彼女持ちでなかったら襲ってた。からのワタシはお縄。ゴートゥー打ち切りなの。

 まぁでも、燦葉くんがそこまで言うなら……。


「それに、僕が女性恐怖症治すためなんでしょ。髪なら、接触しててもある程度は大丈夫だろうし。こんなこと思いつくなんて、翌楽は凄いね」

「お゙っ」


 眼の前の満面の笑みが、ワタシを邪念ごと焼き払った。

 なんてこの子は純粋なんだろう。とても百合破壊という禁忌を犯しているとは思えない。まぁ、ネットとリアルで性格が違うように振る舞う人も居るわけだから。何も可笑しいことじゃない。

 取りあえず、燦葉くんが思ったとおりってことにしよう。


「す、すごいでしょ! で、でも、吸うのはまだ早すぎると思うから……。まずは触るだけ」

「うん、わかった。……それじゃあ、翌楽の好きに触って」


 燦葉くんは後ろへ振り向き、その綺麗なポニテを差し出した。

 人の髪を触るだけなのに、感情が落ち着こうとしない。手が震えるのは、寒さだけのせいじゃない。

 ……ここで躊躇ってちゃ、何も変われない。意を決したワタシは、燦葉くんの髪の毛に触れた。


「……えっ」


 その髪は、絹布のような触り心地で、とてもしなやかだった。でも、僅かな驚きが口から飛び出たのは、その為ではなかった。

 とても冷たかった。一瞬、死体に触れているのかと錯覚してしまう程に。ワタシには、死体を触った経験は無いけれども、この表現が最も的確なんだろうという確信はあった。

 そういえば、燦葉くんがトリッターで、


『人の肌の温もりは、人から受けた愛情に比例するんだよ』


と呟いていたのを思い出した。それと同じようなことなのだろう。今まで燦葉くんが言っていた事を列挙すれば、この冷たさの理由わけも、容易に察することが出来る。

 安心して、燦葉くん。ワタシが温めてあげるから。独りになんか、させたりしないから。そう言い聞かせるように、髪の毛を撫でた。


「……大丈夫そう?」

「うん。触られている感覚はあるけど、特に問題は無いかな」

「……本当は?」


 何か隠し事をされていたらいけない。問題点があるなら、直ぐに対処しないといけない。燦葉くんの眼の前に立ち、念を押すようにしっかりと眼を見た。

 すると、燦葉くんは気まずそうに眼を逸らした。


「……肌を触られるよりはマシなだけで、少しは体が震えちゃってた。それと、背後にいたから、何をされてるのかよくわからなくて……。怖かった」


 燦葉くんは左腕を掴みながら、震えた体でそう言った。

 そうだよね。背後に恐怖の対象がいたら、誰だって怖いはず。

 ……まただ。また、間違えた。また人との触れ方を間違えてしまった。もう2度と間違えないって、決めたはずなのに。

 昨日の言葉セリフは何だったの? 薄っぺらい覚悟だったの? 推しと直接会うための口実だったの?

 ……違う。ワタシは、ワタシの好きな人が苦しんでいるのを見たくない。ワタシを救ってくれた人を、救いたいんだ。


「……燦葉くん。ワタシは燦葉くんの事が大事なの。だから、燦葉くんの嫌がるようなことは絶対にしない。信じてもらわなくても、大丈夫だから」

「……嘘ついたら、許さないから。僕も、翌楽のこと、裏切ったりしないって約束するから」


 覚悟に満ちた目が重なり合う。ワタシも、燦葉くんも、本気なんだ。まだワタシ達の物語は始まったばかりなんだ。

 これから1歩ずつ、踏み出して行けばいいんだ。


「それじゃあ。そろそろ行こうか、初詣に」

「なら、エスコートしてもらおうかな。なーんて……」


 そう言って燦葉くんに眼をやると、何やらボディバッグを漁っていた。そこから取り出したのは、折り畳み傘だった。


「これを介してなら……、出来るよ」


 差し出された折り畳み傘と、ピンク色に染まった燦葉くんの顔を交互に見る。すると、口角が震えてきてしまった。


「ふふっ。ははっ」

「な、何が可笑しいの!?」

「お、可笑しいもなにも。そんな発想、ワタシには到底思いつかないよ。……やっぱり、燦葉くんも凄いよ」


 笑われたことが恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして、体をプルプル震わせていた。可愛いなぁ。


「……本当に、凄いよ。だから自信を持って、燦葉」

「……何か言った?」

「ううん。なーんにも言ってないよ」

「……そっか。じゃあ、今度こそ行こっか」

「……うん!」


 差し出された折り畳み傘の持ち手を掴み、ワタシ達は行くべき未来次回へと歩き出した。

 初日の出が、ワタシ達を迎え入れようとしていた。

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ワタシの事が嫌いなキミに、すべてを奪われるシナリオ 双葉音子(煌星双葉) @arik0930

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