第2章 ケレス沖海戦《前編》 (4) シャルロット
——バンッ!
「うきゃんっ!」
わたしの名前は、シャルロット=アンドリュー。
高性能のAIを搭載したアンドロイドだ。確かに見た目は、長い金髪を後頭部でまとめた可愛らしい碧眼の少女だけど、何を隠そう、わたしは連合軍の切り札なのだ。
任務は、人間を知ることと、そして、彼らと戦争をすることだ。
そう、わたしは、古今の歴史に思考を巡らせ、軍略を練り、あと、電力をたくさん使うから気をつけなきゃだけど、頑張れば一人で艦隊運用だって出来ちゃう。自分で言うのは恥ずかしいけれど、かなりのスグレモノ、と思う、たぶん。
そして、テーブルを挟んで座る灰色のボサボサ頭の男性は、わたしの提督だ。
名前はエリア=グラス准将。彼について言いたいことは色々あるけれど、一言でいえば、変人だ。
わたしたちの出会いは、最低で、そして生涯忘れることのできない、記録だ。
実を言うと、この出来事は、彼の役に立ちたい、そうわたしに思わせるのに十分だった、でも……。
これは、運命なのか、それともまやかしなのか、わたしには見極める必要がある。
だって、わたしの生みの親がそんなことを言っていたし。
その提督が、突然、癇癪を起こしてテーブルを思い切り叩いたもんだから、驚いたわたしは変な声をあげちゃったのだ。
ここは、連合軍火星方面宇宙艦隊の旗艦マーズ、その艦橋で一仕事を終えたわたしたちが、食事のために立ち寄った、艦内のカフェテリアだ。
お客は、わたしたちの二人だけ。
山小屋をイメージした内装は、カウンターとテーブルを合わせて三十席ほどあり、切り出した大きな板材や丸太などがふんだんに使われている。木材の芳しい香りと、天井を支える梁から吊るされた照明が、その雰囲気をあたたかく演出していた。
提督の注文した大きなプレートには、肉まんが二つと特大サイズの照り焼きチキンが載っかり、そして傍にリンゴが一つにコーヒーカップ。
何それ、と言いたくなるメニューだ。
わたしはというと、目玉焼きにサラダ、クロワッサンが二つにホットミルク。
わたしは目玉焼きが好きだ。
味というより、形が。こんな風に言うと変に思われるかもしれないけど、二つの卵が仲良く並んで一つの料理、これは奇跡。そんな卵たちを見るたびに、わたしのAIはキュンとするのだ。
「ちっ! 粗大ゴミを捨てるために戦争をするってか? まったく本国のAIは……」
そんなことをブツブツ言いながら、一心不乱にチキンを切り分けているボサボサ頭に、わたしは言った。
「提督、野菜も食べて下さいね」
「……ん? あぁ」
「ちゃんと顔、洗ってます?」
「お、おぉ?」
「片付けてますか、部屋?」
「だあっ、うるせぇ! テメェは一体、何様だっ……!?」
——これは、そんなアンドロイドなわたしが、ある千年紀に歩んだ、人を知りゆく物語……。
つまりは——
* * *
「だーかーら!」
驚いたシャルロットが奇声を発した一時間前、同盟の総攻撃が始まる前日、連合艦隊旗艦マーズの艦橋である。
作戦参謀長のエリアと次席参謀のシャルロットは、撤退を具申すべく艦橋へ押しかけていた。
ドーム状の同盟とは異なり、連合の艦橋は全体的に角張っている、そんな印象だ。
天井には剥き出しの梁やダクトが走り、落下防止の手摺りで囲まれている一際高い場所には、司令席や参謀の座席が用意されている。
その下では、アンドロイドのオペレーターたちがずらりと並び、ホログラムのコンソールとキーボードを相手に忙しなく仕事をしている。
そんな喧騒の艦橋でボサボサの灰色頭を掻きながら、一向に翻意しない司令官のマクドウェルに苛立ったエリアが吠えたのだ。
「サッパリ分かりませんって、この海戦。こんなんじゃ士気が上がるわけないでしょ。さっさとノアキスへ撤退しましょう」
「士気と言ってもみんな義体だ。かくいう私も本来の身体は地球にある。命が惜しいからな。グラス准将、君ぐらいだ。義体じゃないのは」
「アンドロイドは趣味じゃないんで」
「そういう問題では無いだろう。死んだら取り返しがつかないぞ」
エリアは、これには取り合わず、艦橋の大型ビジョンが映し出す両艦隊の配置図に視線を移した。
ノアキスとは、火星最大の都市である。その街のはるか上空には、艦隊を係留する桟橋が浮かんでいる。
「現在、同盟軍は、方陣、いわゆる集中防御陣形を敷いて、こっちの攻撃を躱しています。でも、これじゃあジリ貧だ。やがて兵站が尽きるのがオチです。このケレス沖は、火星に近く、連合に地の利があります」
「だからだ。物量を生かして、奴らが枯れ果てるのを待っているんじゃないか」
マクドウェルは、今更なんだ、と言わんばかりに眉を顰めた。
同盟艦隊は、円形に艦船を配した、つまりは方陣を敷き、あらゆる連合の攻撃をいなしていた。
それは鉄壁の防御陣と言って良い。
ただこれは、遊軍、つまり砲撃に参加できない艦船が多くなり、攻撃には不向きとされる。
つまり同盟が攻勢に出るには、その陣形を変える必要があった。
「俺たち連合は、あの元帥にしてやられています。あの女は、とんでもない艦隊運用で隙を見せやがらねぇ。比べて、ウチの弾ときたら、連中に擦りゃあしない」
「まったく小賢しい。赤い悪魔めが」
「ここまで同盟は、一度も攻勢に出ていない。これは、その悪魔が戦機を窺っているんですって。まずいことになっても知りませんよ!」
なぜ司令官がここまで頑なに撤退を拒むのか、腑に落ちないエリアは肩をすくめた。するとその背後から、少女がひょっこりと顔を出した。
シャルロット=アンドリュー少尉。
アンドロイドだ。
彼女は、ほかの将兵と同じく、臨戦時の第三種軍装、青と黒と白の迷彩服で、その金髪、碧眼の身を包んでいた。
エリアより頭一つ背の低いその少女は、纏めた頭に、大きな青いリボンのあしらわれた簪を挿している。
僅かに揺れるそのリボンが、すっぽりと少女の左耳を隠し、そして鈴虫のような音色で、シャルロットは言った。
「発言をお許し下さい」
「君は、確か、本部肝入りの軍事専門のアンドロイドだったな」
「はい、軍事戦略支援AIと統合作戦本部のビッグデータユニットを搭載しています。リアルタイムで収集した情報を解析し、最適な戦術を構築します。それと、デンツーで艦隊運用も可能です」
「でんつー?」
頭の青いリボンを指差す少女に、マクドウェルは眉を寄せ、そう聞き返した。
そこにエリアが呆れたように割って入る。
「司令官。電通ですよ。電通」
そう言うと、シャルロットの頭に刺さる簪を、ひょいっと取り上げた。
「シャルロットが纏めたデータは、この簪から超マイクロ波がヒュッと飛んでって義体の兵隊に伝わるんすよ」
「じゃあ、君はどうする? グラス准将」
「俺みたいな生身の場合は、体内に埋め込まれているチップがそれを受信して、少しずつ血液に溶けていくんですよ。それが脳みそに入って来た時の……、うえっ気持ち悪い!」
大袈裟に顔を顰めたエリアは、ガシガシと頭を乱暴に掻く。彼の言った血中のチップは、脳内を巡り、やがて肺に至ると、呼気とともに体外へ排出される。
「まあ、シャルロットはこれが無けりゃ、ただのロボットですよ」
ははっと笑ったエリアは、簪をシャルロットへひょいっと投げ返した。
気持ち悪い、ただのロボット、そう言われたシャルロットは、すでに頭の中央演算部、つまりAIで弾いていた作戦データがうまく口をついて出ず、固まってしまった。
——どうして?
鼓動が性能よりも多く胸を打ち、目頭の温度もまた性能よりもひどく上がっている、そう感知した。
——ひょっとしてこれが、哀しいってこと?
だが、そんな逡巡も刹那であった。シャルロットは、AIの思考をガラリと変更して、説明を続行する。
「……はい。あの、戦況に応じた作戦などを、ご提案できます」
言ってみろ、とマクドウェルは顎をしゃくる。
「この作戦の要目は、ケレス沖の制宙権を握ること、とされています。ですが、提督の仰るようにあまり意味がありません。先方は、本宙域から程遠い木星圏が行動領域です。同盟は、ケレスの制宙権に興味がないのです。何故ならここを維持するだけの国力がないからです。つまり、黙っていてもケレス沖は、連合のものとなります」
「それで?」
「彼らの戦略意図は別にあると見るべきでしょう。連合としては、これに付き合うべきではありません。それに、大きな懸念材料があります」
「何だ」
シャルロットは、手のひらをかざし、モニターを宙に映し出した。
「これは、過去、半年間の同盟艦隊の動向です。それによると、第四艦隊の消息が、一切、不明です」
「刺客か?」
「それは分かりません。ただ、不確定要素がある以上、作戦を中止し、火星へ引き上げるべきです。今なら、殆ど損害を出さずに退却が可能です」
同盟の国力も、その艦隊の兵站も、シャルロット手の内にある。
腕組みをしたエリアも頷く。
司令官のマクドウェルは、ため息をついて、渋面をつくった。
「なに上層部がな。ゴミを捨てろ、と」
「はあ?」
「老朽艦を1,000隻ほど、こうやって並べておくと、同盟のテロリストどもが、喜んで宇宙の塵にしてくれる。解体するよりも安上がりだろ、だとさ」
それが本音だ、と首を振る司令官に、エリアは呆気に取られ、シャルロットとともに艦橋を後にした。
* * *
「でも、合理的かもしれません。提督」
司令官から、老朽艦を捨てよ、との呆れた戦略目標を聞かされて、腹立たしいやら情けないやらのエリアに、シャルロットは、ホットミルクのカップを両手で包んで暖をとりながら、そっと反論する。
そう再びの、ここは艦内のカフェテリアだ。
「聞いたことがあるんです。今、新鋭艦の建造ラッシュだって」
「そうだな。だからシオンの桟橋を空にしたかったんだろうよ」
「シオン? あっ、月面要塞ですね」
「ああ。艦隊の主力と統合作戦本部のある、連合軍の一大拠点だ。俺たちみたいな火星のなんちゃって辺境艦隊とは違って、とてつもねぇ規模だ」
ナイフで切り終えたチキンを、エリアは、無造作に口へ放り込む。
すっと目玉焼きにナイフを入れたシャルロットは、サラダと一緒にそれを口へ運ぶ。
月面要塞シオンは、連合の七つの艦隊が拠点とする。
各艦隊は、太陽星系を巡回し、商船の護衛、資源の調査などに従事している。
勿論、同盟への牽制も。
一方、火星やタイタン、カロンなどを拠点とする艦隊は、シオンの主力とは区別して、辺境艦隊と呼ばれていた。
「新造艦には、入渠する桟橋が必要ですもんね。変わったやり方ですが、ある意味、AIの判断は、効率的で、合理的です」
「シャルロット」
「はい?」
「俺たちは、ここで何をしている」
「戦争、です、が?」
何言ってるんですか、そう言いかけたシャルロットは再びカップに口をつけ、うわ目遣いでじっとエリアを窺う。
「人間は戦争が大好きだ。悪い癖だぜ、まったく。何百年、何千年も同じことの繰り返しだ」
「ひょっとして病気、かも?」
「しかも治らねえ、な」
エリアは、肉まんを鷲掴みにして、むしゃりっと齧り付く。
「いいか、シャルロット。戦争を、合理的だの、効率がいいだの、分かったように言うな。そのうちヘタを打つぞ。お前にとってこれが初めての海戦だろ。今までのような遊撃戦とは訳が違う。それに人間は、時々信じられないような馬鹿を仕出かすからな。覚えとけ」
「なら、わたしは大丈夫です。人と違ってAIは馬鹿になりようがありません」
「何言ってんだ。同じだろ」
人間と違って計算を誤るわけがない、そう頬を膨らまたシャルロットは、ぐうっと唸ったが、それは堪えて、先ほどの艦橋でのやり取りに水を向けた。
「私の提案は、ダメ、でした?」
「いいや」
「でも司令官閣下は、意見を入れてくれませんでした」
エリアは、二つ目の肉まんを乱雑に口で頬張り、そしてコーヒーで流し込む。食事を終えたシャルロットはナフキンを口元に当て、ため息を吐いた。
「私には難しいです」
「気にするな。本国の命令、んなもんは絶対だ」
「正しいことが、通じないんですか?」
「かもな。ただな、シャルロット……」
さんざん喰い散らかしたエリアは、最後にガシッとリンゴに齧り付き、シャルロットの碧眼を睨め付けた。
「正解なんて誰にも分かんねえよ。人間にも、AIにも、な」
正しいことが分からない、と言うことは運命だってあるかどうかも分からない?
それって博士が言っていた、まやかしってこと?
そんなことを考えながらシャルロットは、冷めたカップの底に、その碧眼を落とした。
クリムゾン・ザ・ミレニアム 箱庭師 @hakoniwashi
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