後編



 ――小白美月の視点。



「ハァ・・・ハァ・・・うっ、オェェェェェ」


 私は、毎週のようにトイレで吐いていた。

 君が私を捨てて、もう半年が経っていた。


 私が小白美月としてデビューした時から、ずっと誰よりも応援してくれた君が、突然コメントも撮影会にも来てくれなくなった。


「私、君に何かしたかな・・・・・・?」


 最初のうちは、まだ我慢出来た。私も沢山のファンが増えたことで忙しくなってたし、きっと都合が合わないだけだと思ってた。


「なんで、一言もくれないの?」


 だけど、一ヶ月・二ヶ月と経っても君からの返信は来なかった。


 私からダイレクトメッセージを送っても、秘密で作った裏垢から連絡しても既読すらつかなかった。


「なんで、なんでなの・・・あんなに私のこと応援してくれてたのに・・・・・・」


 気がつけば、私は君のことしか考えられなくなっていた。


 撮影会の予約が入る度に、君が会いに来てくれてるんじゃないかとチェックする日々。君の名前が無いと分かると、なぜか涙が溢れて胃酸が逆流してくる。


 そんなことを繰り返していた私は、体調不良で撮影会を中止することが増え、結局長期休養を余儀なくされた。


 薬の力で何とか耐えようと精神科にも通ったけど、結局ストレスの根本を見直さなければ治らないと医者にも言われた。


 休養中のSNSの投稿を日々チェックするも、沢山のフォロワーからコメントはきても、君からのコメントはやっぱりこない。


「うっ、寂しい・・・寂しいよぉぉぉぉぉ」


 毎晩ベッドの中で泣いて、食べ物を食べては吐くを繰り返していくうちに、私の中で何かが切れる音がした。


「あなたのせいよ・・・全部、あなたの」


 今まで君が、ずっと応援してくれてたから頑張れた。なのに君は私を捨てた。そう、全部君が悪い。


「責任とってもらわなきゃ・・・・・・」


 私は、自分の部屋の壁一面に貼り付けた君とのツーショットチェキの写真を眺める。


「あの頃に戻りたい・・・こうやって君の腕を組みながら、また沢山写真を撮るの」


 パソコンの電源を入れる。すると、パソコンの背景にも二人で撮った写真が壁紙に登録されていた。もちろん、持っているスマホの画面もだ。


「君との写真は特別。他の誰でもない、君だけ・・・・・・」


 私は棚の引き出しから、数十枚以上の便箋を取り出した。もちろん差出人は全部君の。これは君が私にくれたラブレター。


 私は、毎晩必ず君からの手紙を読む。

 どんなキツい薬を飲むよりも、君の手紙が一番心が安らぐ。


「こんなにも、手紙をくれてたんだもん。今でも、私のことを思ってくれてるよね?」



 あなたは、ずっと私だけのもの。



 そう、私は君のせいで、おかしくなっていた――。



「・・・・・・やっと見つけた」


 私は、住んでいたマンションを出て、君の住む県外まで引っ越していた。


 今までくれた手紙の宛先は実家の住所で、既に君はそこには住んでいなかったけど、君の住むマンションをようやく特定できた。


 生まれてはじめて、こんなにも胸がドキドキする。君に会えると思うと、やっぱり私はどこまでも頑張れる。


「やっと会えるんだね・・・やっと」


 マンションの外で見張っていると、君が姿を現した。


(はうっっっっっ! ダメ、今すぐ君に飛びつきたい!!)


 あぁ・・・でも、まだダメ。焦っちゃダメよ。やっと、会えたんだもん。いきなり下心を見せたら嫌われちゃう。


「はぁ・・・はぁ・・・」


 私はネットで購入した、護身用のスタンガンを取り出す。本当は、こんなの使いたくないけど、いざって時にはね。


「君は私に会ったらどんな表情をするのかな? 楽しみだなぁ・・・・・・」


 私は気づかれないように、そっと後をつける。そして、玄関のドアの前に立った瞬間に素早く背後に近づいた。


「動かないでね? これ、スタンガンだから」


 そう言った私の顔は、嬉しさと興奮で満面の笑みだった。




 ◆◆◆




 俺は、美月さんを部屋の中に入れた。ソファーに腰を下ろした美月さんの表情は、なんとも言えない感じだった。


「美月さん、少し目を閉じててもらえませんか? あ、別に変なこととかはもちろんしないので!」


 そう言った俺の顔を見つめながらも、美月さんは黙って目を閉じてくれた。


 その間に俺は、寝室からある物を取り出す。

 そして、それを美月さんの前の机の上に置いた。


「美月さん、目を開けてください」


 美月は、ゆっくりと目を開いた。


「・・・・・・これって」


 目の前にあったのは、数十枚の便箋だった。


「実は俺、ひとりで美月さんにずっとファンレター書いてたんです。送りもしないのにバカですよね!」


 苦笑いをする俺を前に、美月さんは一枚ずつゆっくりと便箋を開けて中身を読み出した。


「俺、毎月美月さんに手紙出してたじゃないですか? だから、いつもの癖でついつい書いちゃってて」


 手紙の内容には、もう直接応援出来ないけど、ずっと今もこうして応援しているから頑張ってくださいと書かれていた。


「うっ、うぅ・・・・・・」


 美月が握る手紙に、大粒の涙がこぼれ落ちる。


「えっ、美月さん?」


 すると、美月さんは急に俺に向かって飛びついてきた。


「ごめんなさい! 私、ずっとあなたのせいにして、今もこんなに応援してくれてたのに、私勝手に・・・・・・」


「・・・・・・」


「でも、耐えられなかったの! 自分でもおかしいって分かってても、止められなくて苦しくて・・・ごめんなさい、ごめんなさい!!」


 美月さんは、大声を上げながら泣いた。床には手に持っていたスタンガンとバッグが横たわる。


 すると、バッグからは一枚のチェキが顔を覗かせていた。


「あっ、これって・・・・・・」


 そのチェキを手に取ると、それは俺がはじめて美月さんと撮った写真だった。腕を組まれて顔を赤くしながら笑う二人の姿が映っていた。


「美月さんも、まだこの写真持っててくれたんですね」


「・・・・・・え?」


 泣きじゃくった顔を上げる美月さんの前に、俺は財布の中から一枚の写真を取り出した。


「卒業しても、やっぱりこれは俺の一番の宝物ですから!」


 ギュッ


 美月さんが、俺に抱きついてきた。


「もう離れないで」


 そう言って、美月さんは強く俺を抱きしめる。


「え、でも美月さん。俺、ただのファンですよ?」


「ファンだとしても、私にはとても大切な人だから・・・・・・」


「でも、いいんですか? そんなこと言ったら、俺おかしくなっちゃいますよ?」


 すると、美月さんは頬を赤く染めながらじーっと俺を見つめながら口を開いた。



「私はもう、?」



 その言葉に、俺は思わず微笑んだ。


「美月さん、ちょっと相談があるんですけど、いいですか?」




 ◆◆◆




 ――数ヶ月後。



「オッケー! 美月ちゃん、お疲れ様!」


「お疲れ様でしたー!」


 小白美月は、長期休養から復帰し、あのいつもの明るい笑顔で撮影会を行っていた。


 一年以上の休養明けにも関わらず、美月の撮影会はすぐに満枠となった。


 どうやら、美月のとなった人物が、昔からの美月推しのファン達に声を掛けまくったらしい。


「お疲れ美月!」


「お疲れ様、蓮君れんくん!」


「おいおい、現場ではマネージャーだろ?」


「フフフ、ごめんなさーい!」


「しかし、盛り上がってたな! 午後からも気合い入れてかないとだな」


「うん。頑張る!」


「じゃあ、俺はちょっと弁当取ってくるから」


「ねぇ、ちょっと待って」


「ん? なんだよ――」



 チュッ



 美月は、俺の唇に口付けをした。


「ばっ、こんなところでそんなことしたら・・・」


?」


「お、おかしく・・・なっちゃう」


 結局、最後におかしくなってたのは、どうやら俺の方だったみたいだ。



 ――――――――――――――――――――

【あとがき】


 最後までご高覧頂きまして、ありがとうございます!


 推しのアイドルがストーカーになって、どうハッピーエンドにさせようかと考えた作品です笑


【フォロー】と【★レビュー】していただけると、今後の励みになります!

 また、作品についての要望やご感想もコメントして頂けると嬉しいです!


 本日は同時に新作も投稿しているので、そちらの方も是非よろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

推しのアイドルが、おかしくなってた。 楓 しずく @kaedeshizuku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ