廃棄ゆうしゃとまほうつかい

夏菜しの

第一話

 俺が六歳の時。俺の両親は旅の途中で魔物に襲われて死んだ。

 もう少しだけ神の気まぐれが遅れてやって来ていたら、俺も同じ道を歩んだはずだがそうはならず、俺は通りすがりの魔法使いに助けられて命を拾った。

 身寄りが無くなった俺を「よしわしの跡取りにする」と勝手に決めて連れ帰ってくれたのが育ての親─と言うには年がアレだが─の、魔法使いのじいさんだ。


 じいさんは王都から少しだけ離れた森の中で独りで暮らしていた。

 昔は王宮に仕えていた高名な魔法使いだと言うが、今の暮らしはそれとはかけ離れていて、森で薬草を採って薬にしたり、使えないガラクタの様な魔道具を研究と称して造って過ごしている。


 さて腰が痛いと言うじいさん─朝にはスクワットしてんだけどな─に変わって、生活面での俺の仕事は、森に薬草を採りに行くのと、設置した罠に動物が掛かっているかの確認と捕獲だ─滅多に掛からないけどな─。

 そして最大の仕事は、王都の道具屋へのお使い。

 じいさんが造った品を持って、王都にある道具屋に運び棚に並べさせて貰うのだ。

 次に行く頃には大抵薬が売れているので─魔道具はさっぱりだ─、棚代を引いた代金を貰い、それで小麦や豆を買って帰るのだ。


 生活はやや苦しいが魔王が居る今のご時世ならこんなもんだろう。まぁ身寄りを無くした俺からすれば十二分に有難い。




 さてじいさんは俺を拾ったときの言葉通り、俺を魔法使いに育てるつもりらしい。

 毎日仕事が終わると、魔法の理論や魔力の練り方を教えてくれる。

 さらにじいさん曰く「魔法使いはパーティーの頭脳じゃ」と言う事で、魔物の弱点や生態、そしてこの世界の町の位置やら生活なども合わせて教えて貰っていた。


 しかしそれらの知識を聞くたびに、俺は常に違和感を感じていた。

 聞いたことが無いはずなのに、俺は〝知っている〟のだ。既視感か? とは思うが内容が鮮明で、場合によってはじいさんに「そこ違うよ」と教えられるほどに……

 なんだか俺の記憶の中にもう一人分の記憶が残っている様な感覚だ。


 それを聞いたじいさんは

「ふむぅ~前世の記憶ってやつかもなぁ」と、答えてくれた。


「でもさ、じいさん。

 俺はこの世界の知らないはずの事を知っているんだ。だから前世と言うよりも未来予知の魔法みたいなもんじゃないかな?」

「ふむぅ、未来予知なんて魔法はないんじゃがのぉ。

 それは誰も研究しない系統の魔法じゃからな」

「なんでだよ、未来が分かれば便利じゃないか?」

 俺の記憶の中にはカジノと言う知識があるのだ。そこでは魔物が戦い最後にどれが勝つかを賭けることが出来る。

 未来を知っていればそこで大儲けできるじゃないか!


「そりゃおまえ。どうせ皆、寿命を迎えて死ぬんじゃからな。

 そんな絶望の未来を視ても仕方あるまいよ」

「いやそんな先を視ちゃだめだろ……」

 言わんとすることは解るんだけどさ、そりゃ使い方が悪いとしか言いようがない。



 それから月日が流れて俺が十二歳になった時、じいさんが手本で使って見せてくれた初級魔法を〝知っていた〟。

 知っていた事に驚きもう一人の記憶をひたすら探った。しかし前世の俺の世界には魔法なんてものは無く、それが創作物の中の事だと気づくにはさらに数日が必要だった。


 なぜ俺が創作物の世界にいるのかは解らない。

 もしかしたら俺の想像力が斜め上方向に突きぬけているだけで、やっぱりただの妄想なのかもしれない。

 しかし俺はこの世界の事をやっぱり知っていた。

 そしてここがそんな世界だと判れば、生きているのが馬鹿らしくなってくる。

 それから自暴自棄になった俺は、ある日じいさんにしこたま叱られた。

「ここが創作物の世界だろうがいまは関係ないじゃろう。

 転べば痛いんじゃろう? だったら死ぬ時に後悔せんように必死に生きるんじゃ」

 確かにそうだ。創作物の中であろうが転べば痛いし、腹だって減るんだ。

「解った、俺は頑張る!」







 さらに月日が流れ俺はついに二十歳になった。

 昨日は王都によって道具屋にある棚の整理をしてきた─十年も売れない不良在庫を処分しろといわれたのだ─。

 荷台に大量の魔道具ガラクタを積んで戻るとじいさんはガックリと首を垂れて膝から崩れ落ちた。

 そして、急に老けた雰囲気を出してゴホゴホと小さな咳をした。


「……」

「ゴホゴホ」

「……」

「ゴーホゴホ」(じぃー)

「じいさんだいじょうぶかー」

「心がこもっておらん、やり直しじゃ」

「チッ! おいじいさん大丈夫か!?」

「ゴホゴホ、少し休めば大丈夫じゃろう」

「そうか、じゃあ立てよ」

「ちょ、話の続きを聞け。

 わしはもう疲れたんじゃよ、しかしだ。王宮から召喚状が届いておってな、王都に行かなければならん」

「分かった行って来い。何日くらい留守にするんだ?」

「いやいや待てって。

 わしは疲れたんじゃよ」

 おいおい何回そのフレーズやり直すんだよ……

「ゴホン、お前代わりに行ってくれ」

「はぁ? なんで俺が」

「いや、なんでもな。魔王を倒すために勇者が旅立つそうなんじゃ。

 それで仲間を集めるらしいからの、魔法使いとして参加してくれと言う話じゃ」

 言われなくとも知っていた。

 英雄の子供として生まれた勇者は魔王討伐の旅に出るんだ。そして酒場で仲間を募って見事魔王を倒す。

 それの仲間の一人がじいさん、つまり〝魔法使い 〟と言う訳だな。

 で、俺がその代理と……

 確かに高齢のじいさんが世界中を旅するのは無茶だよなぁ~

「おぬしにはこの時の為に・・・・・・、すべてを教えたつもりじゃ。安心してパーティーの頭脳になって来るがいいぞ」

 〝この時の為に・・・・・・〟ねぇ……

 つまりじいさんは未来予知の魔法なんか使わなくても、最初から予見してたってことか。そりゃ魔法いらねぇわ。

 まぁこれも恩返しかね。

「分かったよ行ってくるわ」

 こうして俺は魔王討伐の旅に参加するために王都に向かった。







 じいさんの手紙を持って王宮を訊ねると、とんとん拍子で王様の元へと連れて行かれた。設定だから分かるんだけどな、いくらなんでも無防備すぎやしないかね?


 さて謁見の間だ。

「おぬしが〝魔法使い 〟か、偉大な魔法使いと聞いておったがずいぶんと若いのぉ」

 髭を生やした王様が首を傾げながら言ったのを、隣の大臣っぽい人が慌てて訂正した。


 王様は笑みを絶やさず、ゴホンとワザとらしい咳払いを一つすると、何事もなかったかの様にテイク2が始まった。

「おぬしが〝魔法使い 〟の弟子じゃな。

 偉大な魔法使いに弟子がおったとは知らなんだ。

 まずは名を聞いておこうか」

 チラッと大臣を見ると、「気にしないで、はよ!」と言う心の叫びが聞こえて来たので、言われるままに名乗った。

「わたしはカルロと申します。

 若輩者ですが、祖父の名を汚さぬように精一杯頑張ります」

 そしてハハーと平伏すると、大臣の方から満足げなため息が聞こえてきたのでテイク2はOKと言う事らしい。


 挨拶の後は慌ただしく、大臣から酒場で待機せよと言う命令を貰った。




 王都にある『ノレイーダの酒場』と言う店は、冒険者が集まっている唯一の場所だ。王都なのに酒場がたった一軒しかないとか、設定にかなり無茶があるのだが、そう言う物だから気にしたら負けだ。

 テーブルに着いて果実ジュースを頼む─支払いは経費扱いで王宮持ちだ─。なぜアルコールじゃないかって?

 じいさんの教えによれば、パーティーの頭脳たる魔法使いが、アルコールで脳を鈍らせる訳には行かないらしいからな。



 しばらく待っていると、バタンと扉が開き皆の視線が入口に集まった。

 入ってきたのは女性というよりもまだ少女で十代半ばほど。

 その視線の数に驚いたのか、彼女は……ビクッと分かりやすく仰け反りさらにおどおどと挙動不審になった。

 しかし一息スゥと息を吸うとギュッと目を瞑ったまま、

「ぼっ、じゃなくて私は勇者アイ、仲間を探しにここに来ました!」

 と叫んだ。

 なんと今代の勇者は女の子だった。

 顔は好みで頭はくせ毛なのか残念な感じで跳ねている。性格は大人しいを通り越して気弱なのか言い終えた後は項垂れて耳まで真っ赤に染めいる。



 しばしの沈黙が流れ……

 さてこれでは一向に話が進まないとばかりに、店の名にもなっている店主ノレイーダがスッと近寄り、ぼそぼそと話す彼女の言葉を聞きとっていく。


「えーと、まずは戦士のウエさーん。お願いしますー」

 筋肉ムキムキの男が「オオッ!」と雄叫びの様な返事を返して立ち上がった。


 最初に呼ばれたのは戦士。

 隊列の並び順を変更する手間を省くなら、その順番は至極当然だ。

 いくら冒険の頭脳にして必須の魔法使いだとは言え、俺を真っ先に呼んで前列に置くのは勘弁して欲しい。


 続く勇者のぼそぼそ声を聞きとろうとノレイーダが耳を澄ますのだが……

「ガハハハ。俺様が居れば百人力だぜっ!

 だがな嬢ちゃん、俺様だけじゃあダメだ。おい、オーよ。お前も付いてこい!」

 何とも勝手な話だが戦士ウエが自分のダチのオーとやらを誘っている様だ。

 そこは毅然とした態度でノーを伝えるべきところだが、気弱な勇者アイはあわわと口をパクパクとさせている。

「なぁいいだろ勇者様よぉ?

 オーは頼れる男だぜ!」

 気弱な子に対して、でかい声と言うのはそれだけで凶器だ。

 結局、勇者アイはコクコクと頷いて了承してしまった。


「えーと、じゃあ武道家のオーさん。お願いしますー」

 黒髪の東洋風の男がスッと無言で立ち上がる。肉弾戦闘の経験がない俺だが、あいつに隙が無いことは流石に理解できた。


 しかしだ!

 オーとは武道家だったのか!?

 くそう、だったら横から入ってでも無理やり止めたのに! と、思うのは後の祭りだ。その証拠に、酒場中から落胆の声が聞こえてくる。

 もちろん俺もその一人だ!



 くそぅが、あの馬鹿の脳筋戦士の所為で、テンプレの〝ゆせそま〟じゃなくなってしまった。

 これでは最後の一人は、〝7:3〟か悪ければ〝8:2〟で〝そ:ま〟じゃないか!

 俺の視線の端ではそのライバルである〝そ〟─ちょび髭の中年だ─がニヤリと笑ったように見えた。


 だが落ち着け……

 勇者アイ、戦士ウエ、武道家オー、そして……じいさんの名は〝〟だ!

 並び順で行けば俺にこそ軍配が上がるに違いないのだ!!─ただし〝ゆせぶま〟になった場合の旅のツラさは考慮しない─


 そして溜めに溜めて─ノレイーダさんウザイです─、ついに三人目の名前が上がる。

「僧侶のサタさん、ご指名でーす」


 は? まさかの留守番だと……?

 こうして俺の旅は終わった。







 まさかの留守番と言うショックにガックリと項垂れていると肩をポンポンと叩かれた。首を何とか持ち上げてそちらを見上げると、年齢は十代後半だろうか? 水色の髪をした見目麗しい少女がはにかみながら立っていた。

「あたしは商人のキクだよ。

 いやーお互い残念だったね~、折角名を上げるチャンスだったのにね!

 武道家の代わりにあたしにしてくれれば儲けさせてやったのにさー。勇者様も見る目無いよ~」

「ああそうだな」

 しかし俺は知っている。

 商人はあとで必ずパーティーになると言う事を……、そしてそれはとても残酷なストーリーの始まりなのだと。




 さて残ったメンバーだが、大臣の指示により酒場の奥の部屋に全員集められていた。

「ここに残った皆様に国王様からの言伝があります。

 勇者が今後どのような編成をするかは不明なので、毎日朝九時から夕方の五時半までこちらで待機するように、との事です」


「はぁ? 何を馬鹿なことを言ってるんだよ!?」

 それを聞いて真っ先に声を上げたのは女戦士だった。

 そしてそれを皮切りに、次々と文句が上がる。当然だが、隣に座るキクからもクレームが上がっている。

「ねえ待機するってことはこれも仕事だよねー

 だったら給料は払ってくれるんだよね? あたしタダ働きは嫌いだよ!?」

 さすが商人だけあってクレームの内容が現金だなぁ……


 その声に対してノレイーダは、

「この期間は国に雇われた冒険者とみなしますので、もちろん給料はお支払します」

 と言う回答であった。

 それを聞くと集まったメンバーらの中には、〝じゃあいいや〟みたいな空気が流れ始めて、後は早く終われとばかりに沈黙したのだ。

 ちょっと待てよお前ら、魔王を倒して、名声とか名誉とかが欲しかったんじゃねーのか!?

 所詮は金なのか?

 己の実力がどこまでいけるのかとか、そう言うアツい奴はいないのかよ!?


 俺はかなり憤っているのだが……、多勢に無勢。

 頭脳職の魔法使いが一人、ここで声を荒げても仕方があるまいと考えてグッと我慢して沈黙した。







 森の家に帰って、勇者のパーティーから漏れたと伝えた時のじいさんの表情は壮絶だった。顔面は怒りの赤と、絶望の青でクルクル変わるし、ぶっちゃけそのままお迎えが来てもおかしくないと思ったほどだ。

 しかし半日ほど経つと、

「カルロ、わしは色々と悟ったぞ。

 きっともう魔法使いの時代は終わったんじゃ……」

 そう呟くとじいさんは自室に籠って出てこなくなった。高齢ゆえに心配したが「じいさん飯だぞ」と呼べば普通に出てくるし、風呂も入るから思ったより大丈夫のようだ。



 毎朝王都に行き、夕方になると森の家に帰る。

 数年前からじいさんから引き継いでいた家計を支える薬の調合だが、薬草を摘む時間が無くなったので申し訳ないが~と、道具屋のおやじにお断りの話をした。

「ああ聞いたよ─w─。勇者のパーティーから漏れたんだってな─ww─」

 オヤジの言葉の端に嫌らしい感じが出てるんだが、もう少しうまく隠してくれよと思った。



 俺は残留メンバーの中では一番キクと話をする。

 俺は薬草の話とか薬の調合方法について、キクは最近始めた商売─ここで座ったまま出来るらしい─の話だ。

 俺も暇だし頭脳だけは人に負けていないと自負しているから「俺にも始めれるかな?」と聞いた。

 しかし彼女からは「素人は止めておいた方がいいよ」と、真剣な表情で忠告された。

 まぁなんだ。

 真摯に止めてくれたんだし、無理に危ない橋を渡る必要はないよな。



 何日か一緒に過ごすと気づくことがある。

 キクとあの時に最初に声を上げた女戦士─マミと言うそうだ─は、どうやら俺に気がある様だ。

 最初に気付いたのはマミの視線だった。一週間ほど経った頃には、キクがこれ見よがしに俺にすり寄ってくることが増えていた。

 そんな時に限り、マミが何とも言えない表情で見ているのだ。

 俺の優秀な灰色の脳細胞が考察を重ね一つの結論に至った。

 キクはマミの気持ちを知った上で威嚇行動をとっている。つまり二人は俺を取り合う静かな戦いを繰り広げているのだ!


 そして数日後、ついに俺はマミに呼び出された。もちろんキクが居ない時を見計らってだ。

 呼び出された場所にいそいそと向かうと、既にマミが待っていた。少し早く来たはずだが、待ちきれなかったらしいな。ふふっ可愛いじゃないか。

 服装を─魔法使いのローブだ─正して、埃なんてないけど一応パンパンと払ってから彼女の元へと歩いて行った。

 焦らない様にゆっくりと、そして、

「待たせたかな?」と言って、彼女が振り向く瞬間にニコっと笑顔を見せる。

 よしタイミングバッチシ!

 心の中で手ごたえを感じていると、彼女はいつもの─嫉妬の顔だ─表情を見せて、

「あんたさ。あの商人にたかられてんの気づいてないの?

 馬鹿なの?」

 そう言い終えると彼女は俺を置き去りにして、さっさと酒場へ戻って行った。

 は?

 たかられてるだと? つか俺の事を馬鹿って言ったか?

 脳まで筋肉の戦士の分際で、お前がそれを言うか!?



 しかし彼女の言ったことは一考の価値はある。

 俺はキクの行動を思い出してみることにした。


 まずキクは、毎日決まった時間・・・・・・になると俺にすり寄ってくる。そして気が良くなった俺は彼女を誘って飯を食うのだ。

 うん、別におかしいことは無いな。

 親しい男女が一緒にご飯を食べることは間違っていないはずだ。


 だが待て、マミは俺に〝たかられてる〟と言った。だとすると、あの親しげなすり寄りは俺に飯を奢らす為のポーズなのか!?

 おお! 解ったぞ。

 危ない所だった、マミが俺に好意を持っていなかったらもっとむしり取られるところだったぞ!


 ちなみに飯を奢らなくなるとキクは次第に距離を置くようになった。

 残念とは思うまいよ。俺にはまだマミが居るからな!

 しかし彼女はツンデレなのか、あまり俺に好意のあるポーズを見せないので加減が難しい。とある日は食事に誘ったら露骨に馬鹿呼ばわりされたのだ。

 女心は難しいな。




 そんなこんなで一ヶ月。

 ついに魔王が倒された!─らしい─


 その日は街を上げてのお祝いで、見事に魔王を倒した勇者ご一行が陛下に挨拶に来ると言う。待機組の面々もお情けなのか城で主催されるパーティーに呼ばれており、魔王を倒して名声を手にしたかつてのライバルを羨ましそうに見つめるはずだったのだが……

 陛下の前にずらりと並ぶのは、戦士ウエと武道家オーと僧侶サタ、そして見知らぬ美女が一人。

「誰だあれ?」

 そこにはあの気弱な勇者の姿がなかった。







 魔王の討伐祝賀会の時、大魔王を名乗る者の声により会場は騒然となった。

 祝賀会は中止、勇者改め英雄様ご一行は再び旅立っていったらしい。


 そちらは設定通りの事なので俺は別段驚くことは無かったのだが、それよりもだ!

 なんで勇者がいねぇんだよ!?


 俺は記憶を頼りに勇者の家を直接訪ねた。


ドンドン!

「こんにちはー!」と二回ほど。


 二回目の呼びかけに反応があり、ドアがガチャリと開く。

 出てきたのは中年の女性。まるで勇者アイにのようにおどおどと、

「あの、何かご用でしょうか?」と言った。

「こちらに勇者アイが戻っていませんか?」

 すると中年の女性は視線を彷徨わせて「いいえ帰ってませんよ」とか細く言った。

 これは居るわ……


「ちょっとすみませんね!」

「なんですか、止めてください。助けてー!」

 強引に押し入ろうとしたら衛兵を呼ばれそうになったので一旦撤退。



 二度目、拝み倒してマミを連れて再び勇者の家にやって来た。

 ちなみにマミがお母さんの相手をしている間に、裏口からキクが侵入する手筈だ。作戦立案はもちろんパーティーの頭脳である俺だ。ただし再び衛兵が呼ばれると困るので、俺は遠くで待機している。


 そしてこの作戦は上手く行った。

 部屋の中で布団に包まり丸くなっていた勇者を発見したのだ。







 合流し布団から出て来ない勇者から話を聞く。

 アイは首だけ出しぽつりぽつりと話始めた。

 脳筋パーティーだったが思ったよりも旅は順調だったそうだ。僧侶のMPが切れると宿屋に泊って回復して、また先に進むを繰り返す。


 Lv30を超える頃に立ち寄った街でのこと。

 二十歳くらいの美女の遊び人がパーティーの泊まる宿にやって来た。そして何やら色々な芸を見せて帰って行ったらしい。

 その後、本格的な遊び人の芸を見て感動したメンバーの一人が、もう一日だけ泊まりたいと言ったそうだ。今までのペースを考えれば一日くらいは良いだろうと判断したアイは、了承して二日滞在したそうだ。


 それから数日後、メンバーの様子が少しおかしい。

 町に泊まると決まって誰かが居なくなるのだ。しかし翌朝には戻っている─ただし僧侶のサタはMPが回復していない─。

 少々の支障はあるけれど、「どうしても眠れなくて夜更かしした」と言われれば仕方がないかなと思っていたそうだ。


 そしてある大陸にやって来た時、『世界樹の果実』の噂を聞く。

 なんでもそれを食せば、死んだ人が生き返ると言う、とても多大な魔力を宿した果実だそうだ。多大な魔力ゆえに、手にした者が近くに居れば新しい果実は実らない。

「そうだな。世界樹の樹は一つしか実を付けない。

 それを持っているパーティの前に現れることは無い」

「でもそれを二つ手に入れる方法があったんです」

「確か、世界樹の樹の付近に湧く魔物の中に、バシットノレーラと言う特殊能力を使う奴がいる。それを受けると言う話だったはずだが?」

 この辺りの知識は前世と、そしてじいさんから伝え聞いているのだ。


「凄いです! その通りですよ」

「そしてそれを実践したと、そう言うのか?」

 勇者アイは首肯した。

 最初に果実を持った彼女が単身でバシットノレーラを使う魔物の巣に行く。全力防御しつつ特殊能力を使われるのを待ち、使われた後に残ったメンバーが果実を手に入れる。

 あとは街に戻された勇者を回収すれば元通りと言う訳だ。


「しかし……、迎えが来なかったと?」

「はい」

 ぐすりと涙ぐむ勇者。

 大方、あの美女の色香に負けてメンバーを入れ替えたのだろう。

 それにしてもまさか勇者を外すとは恐れ入った。


「で、お前はこれからどうするんだ?」

 要するに、このままここで丸くなっているのか、と言う意味だが……

「魔王は倒されちゃいましたけど、まだ大魔王がいるんですよね。

 だったらボクはそれを倒したいです」

「ボク?」

「あっごめんなさい。実はお父さんは男の子が欲しかったらしくって、小さい頃にお父さんに好きになって貰うために、ボクって言ってたら口癖になっちゃって」

 そう言ってはにかみながらテヘヘと笑う彼女は年相応に可愛かった。

「ねー、鼻の下伸びてるよ」

 キクの指摘に慌てて鼻を隠すと、「やっぱり下心ありかー」と呆れられた。

 上目使いの『下心あるんですか?』的な瞳で見るのはやめてくれ。

「可愛い子に笑いかけられればそりゃ嬉しいさ!」

 開き直ってそんなことを言えば、勇者アイは顔を真っ赤にしながら「あわわ」と慌てて首を引っ込めてしまった。

 お前は亀か?




 ノレイーダの酒場に戻り、「俺たちは旅立つことにしたから」と告げた。

「えぇ~貴方たちは交換メンバーとして、ここで待機するように言ってあるでしょ~」

 と、しぶられた。

「でもさぁ、俺たちのリーダーは勇者なんだぜ。

 変えのメンバーとして旅立つのはありじゃねーのか?」

「う~ん。でもねぇあっちのパーティは魔王を倒した実績があるからね。

 何もしていない勇者よりも、実績のある英雄の方が、今のご時世価値があると思わないかしら?」

 うぉっ、ぐうの音も出ないほどの正論だな!!


 結局この言葉で、キクとマミは酒場残留が決定した。

 しかし俺は違う。


「迷惑かけてごめんなさいノレイーダさん。

 だったらボクは一人で行くから大丈夫です」

「いや俺も行くぜ」

「でも……」

「大丈夫だ、一日だけ待ってくれ」

 そもそも俺は代理の〝魔法使い 〟なんだからな、彼女を一人で行かせるくらいなら代理を止めてじいさんを置いて旅立つわ。



 そして森の家に帰ってじいさんにそれを告げると……

「ふむぅ、仕方がないのぉ。

 わしはお主らが大魔王を倒すまでの間、酒場で飲んだくれておればいいんじゃな」

 おいじじぃアルコールが脳を鈍らせる話はどこに行ったよ? と、マジでツッコんでやりたかったが機嫌を損ねない様にグッと我慢した。

「そうじゃカルロよ。

 わしが書いた本じゃ、暇なときにでも読んでみてくれ」

 そう言って汚いノートを一冊押し付けてくるじいさん。

 そういえばなんか部屋に籠ってたけど、こんなの書いてたんだな。タイトルは『魔法使いが居ないパーティーについて』か、ツライな。


 こうして俺と勇者アイはじいさんに別れを告げて旅立った。




 さて後日談だが……

「カルロは強いの?」

「あ? 町から出てねーからLv1だけど」

「……。

 なんで君はそんなに偉そうなのかな?」─この勇者慣れてくると毒舌だ─

「魔法使いはパーティーの頭脳だからだろ」


 さすがはLv30を超えた勇者様だ。

 養殖と言う方法によって俺も一気にレベルが上がった。そして転職が出来るダーアの神殿に辿り着く。

 アイは、勇者と魔法使いの二人だと─俺が柔らかく─回復がキツイので、俺を僧侶に転職させたいらしい。

 しかし俺は「嫌だ!」とその要求を断固拒否した。

 このまま方向性の違いからパーティー解散かという所で、転職を司る神官が、じいさんに貰ったノートを見て、「おや貴方は珍しい物を持っていますね」と驚いた。

 手記だからこれ一冊きり、だがそれを珍しいと言っていいのだろうか?

「いえいえ。それは〝悟った〟人が書いた手記でしょう。

 そしてそれを読んだ貴方は伝説の職業である〝賢者〟に転職できますよ」

 どうやらじいさんは冒険に置いて行かれた─俺の事だが─事で、悟りを開いちまったらしいな。

 そして俺は賢者になった。



 勇者と賢者、二人の旅だが効率は悪くない。そもそも人数が少ないので経験値効率が悪くないのだ。

 そして何より、アイを護れるのが誇らしい。


 それから半年後、俺たちはついに大魔王を倒した。

 さらに一ヶ月後、俺はなけなしの勇気を振り絞って、アイにプロポーズしたのだった。 その答えは、顔を真っ赤にして頷く彼女を見ればわかるだろう?



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