第6話(最終章)じいじの最終章
第6話(最終章)
そして、私が石油会社、釜石出張所へ入社した昭和43年5月に、十勝沖地震の余波で津波警報が発令された。
釜石湾の漁船は、全船沖へと避難した。釜石出張所の目の前が海であり、目前が津波にかかわる状況であった。
私はその出張所へ当然仕事だったので居たのだが、波は徐々にゆっくり引いてゆきその分沖の方の波高は高くなっていた。目の前の海底から海水が無くなり、その分徐々に沖の波高が高くなって行った。本当にゆっくり徐々にであった。こういう波は、一気には押し寄せて来ない津波だという話も耳にしていたが、やはり徐々に海水が引いて行く姿を見ると恐ろしく感じた。
勿論、サイレンもスピーカーから流れて来る。
やがてその高くなった海水は、徐々に海岸の方へ向かってくるのが分かった。
海水は、徐々にこちらにゆっくり押し寄せてくる。
やがては、釜石市場の床面を超えて市場に流れ出して来た。
当然街の方へ向かって、大雨時の流水みたいに水高が増し
市場の波を格納する桶や木箱が街へ向かって流れ出したのである。流れ出した流水の水高は、足のモモ位まであったろうか。やがて引いてはいったものの街の建物には床下浸水があったという。津波よりも地震の被害が大きかった様である。6億円の被害をもたらしたという。
この時会社には大きな被害は無かった。
私がこの会社に入社して数カ月が過ぎて、釜石出張所の所長が変わる事になった。入社当時の所長は、大人しい物静かな所長であったが、赴任した所長は関西から転入して来たのである。髪は短かめでいかつい顔立ちで眼鏡をしている所長であった。
常に声は大きく、たまに2階の事務所から声を荒げて怒って来る事が度々あった。
仕事の終業後、現場の社員も2階に集合させ1~2時間程度の会議の最中に化学的な勉強時間を設定し全員に各々質問に対する答えを求める事があった。
勿論私も何度か指名され答えを要求されたが答えられなかった事が多かった。そもそも化学は昔から苦手であった。
その所長に代わってから所長が出かける時にセドリックの運転をたまに私を指名する様になった。
先輩3人は誰も免許証を取得していなかった事もあるが。
ある日、又私に運転要請をして来た。
それは、釜石湾の平田方面の場所に、石油基地を新たに新設し石油会社を集中させて建設する計画があるというのだ。
確かに今のこの場所の並びの近くには、他の石油会社4社の油層所が並んで存在している。
目の前は海だが、後ろは山や住宅も近い。立地条件としては油層所に何かトラブルがあった場合には大きな災害に見舞われる事も想定される。
釜石出張所の油層所の敷地はそれ程広くは無い。他社の油槽所敷地を見てもそんなしきちじょうきょうである。しかしその敷地で扱っているは、石油危険物である。
私は、所長を乗せ、平田方面へセドリックを走らせた。
やがて平田の海岸沿いに着き、所長は車を降りて1人で海岸の方へ歩いて行った。私はその間運転席で待っていたが、着いて間もなく不良っぽい若い男が3人が運転席の横に立っていた。私は車の窓ガラスを下げ、「何か?」とといかけた。すると3人組内の1人が、「お前、俺とあった事は無いか?」と私の顔を覗き込んだ。一寸の間ジーと見ていたが。「この男は違う」と言って、そそくさと去って行った。
どうも誰かと勘違いされたらしい。所長が戻って来た時、その話をしたら笑っていた。
会社へ戻る途中に街を通っている時に所長が「コーヒーでも飲んで行くか」と言った。それは私が行きつけの喫茶店であった。その時は、作業服で多少汚れている事もあったので「作業服何で」と断りかけたが所長は、「そんな事関係ない」と無理やり立ち寄る事になったのを覚えている。
確かに口やかましい所長であったが、その反面若い若い私に気使いしてくれる面があり私は、嫌いな所長では無かったのである。
取り敢えず私はこの会社で休まず一生懸命働いたと思う。
給料日が楽しみだった。当時給料は、現金が封筒に入れられ渡される方式であった。私は、この1年間、給料の袋は封を切らずに家に持ち帰り母親にそのまま渡し続けた。
それは、家庭の家計の件もあるが、給料を渡した時の受けとる母親の嬉しそうな顔が自分に取っても、嬉しかったからだ。その中から、自分の小遣いを逆に貰っていた。私は当時は、これと言ってやりたい趣味や遊びは市内では無かった。ただ友達とコーヒーを飲みに行って会話する事ぐらいだったろうか。父は製鉄所を停年退職して、製鉄所関連の小川クラブでの窓口を含めた管理人をしていた。
小川クラブには、ちょっとした街で言えばパブみたいなカウンターと一部ソファーとテーブル等のある部屋があり私も仕事を終わって、先輩とウイスキーとつまみ等を楽しむ事があった。
小川クラブは、よく製鉄所の社員や事務員も来て軽いつまみ等楽しみ乍らアルコールを飲んで会話していた。
そこでは、女性3人が仕事として接待していた。
私と同じ年や一つ上の女性等が働いてた。
父が働いている事もあり、たまには、閉店後に女性達が、一寸したつまみを作ってくれ皆で楽しく会話する事もあった。顔なじみの常連客である。
小川クラブの一階には体育館みたいな会場があり、そこでは又、催し物等も行われ舞台もあった。月に一回位だったか小学校の校長先生がダンスの先生でもあった為、数人で使用していた時もあった。二階には、数部屋和室等があり、製鉄所の関係者等が申し込んで使用できる様になっていた。父も小川民謡会の会長という事もあり、その会員を集めてよく使用していた。私は小川クラブの出入りは、顔パスであった。クラブという施設は小川だけではなく地区ごとにも、あったか今では定かではない。当時の釜石は景気が良かったのか、厚生施設も整っていた。
街の中には映画館が3,4箇所あった。そういう意味では、当時としては、不自由の無い街だったかも知れない。
孫は男の子で2歳1か月となり、家の中でも活発に動き回り、じっとしていない。次第に感情も出て来るようになってきた。相変わらず電車のおもちゃには、独占欲が強く、そばで触るものなら、手を払って大声を出して否定する。触らせないのだ。ただ、それは、自分が電車で遊んでる時に限ってる。別の物で遊んでいる時は、電車に触っていても、気にしてない様だ。しかし、家の中にいる時も外出している時でも、必ずママの存在を時々確かめている。やはり、母親と孫の絆は強く感じる。
さて、私は石油会社の釜石主張所へ勤務して一年経とうとしていたが、退職をする事に決めた。理由は色々とあったが、私は兄弟3人の次男でもあり、釜石から離れて仕事をして暮らしてみたいという気持ちが常にあったからである。その年から30年間、製鉄会社に勤め上げた。こうして私は、65歳になるまで、無事に生きて来られたが、人生で初めて持った初孫と接触する事によって、0歳~3歳までの記憶に無い、純粋、無垢な時代を思い起こす事によって、私の自叙伝となってしまったが、重要なのは、0歳~3歳までの記憶にない時代、これは、誰しもがあるという事で筆記した。
孫を通じて我々はどうだったのだろうか?という事を思い起こせば恐らく日本いや世界の人類の誰しもが当時の時代を記憶にある者はいないだろう。
しかし、誰しもがこの時代は決して1人では生きて来られなかった。必ず、そばに支える者がいた、育ててくれた者がいたから、今生きている。
これは心のどこかに常に残しておくべきであり決して忘れてはならない事である。1人では、生きて来れない時代を経過して人間として生きて来た事を。
どんな道を歩んでいる今も、どんな環境にいる自分も、どんな立場で今いる自分も、全て0歳~3歳前までの人生は、確かに支えられて生きて来られた事を忘れてはならない。
その頃が記憶に無くても、想う事は出来る。心の中のスミにでもその想いを頑丈に留めて沖、ある時、いや今、思い起こす事が出来れば、走る自分を変えてくれるかも知れないのだ。
私は孫に感謝している。
初孫と接触する事によって、自分の時代を思い起こす時間を貰った。ただそれだけでいい。ありがとう。
昭和20年終戦から数年後に産まれた私達の年代は、産まれて中学生になった年迄は、テレビも携帯電話、ゲーム等も無い時代を過ごして現代の近代社会に至る迄人生体験が出来た事は、我々年代にとっては幸福な事だったのかも知れない。幼い頃は殆ど暗くなる迄外で遊び自分達で遊びを選んで工夫して遊んだ。
草野球・サッカー・陣取り合戦・ドッジボール・石ケリ・面子・ビー玉・クギ差し。相撲・竹スキー・スケート・缶けり等特にビー玉・面子等は近所の子達と競い合い合い勝って自分で貯めた物だ。この時代は漫画本が流行していた。
これのみである。漫画の貸本屋もあったのでよく借りた。
勿論、有料である。
こういう時代を体験した年齢層は次第に少なくなっていくだろう。しかし過去の石ケリ遊び等は今の時代でも競い合いながら良い運動にもなり、小学校あたりでスポーツ遊びで取り入れれば尽きる事は無い。
もう近代時代経験者のみの年代層になる。どの時代が来ようとも、生き抜く事には変わらない。
祭壇の前にはじいじの遺体を納められた棺が置かれ孫は顔の上の両扉を開いてじいじの顔を見つめて、4歳の孫は
「じいじ、いつまで寝てるの、もうお昼になるよ!目を覚まして」
孫はこう叫びながら、目頭からは一粒一粒と涙がじいじの顔の上にこぼれ落ちていた。
じいじ!さようなら!
じいじと孫の最終章で、昔からの遊びや近代の遊びの比較など
孫とじぃじ 澤 幸太朗 @ktmwg753
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