第4話 街道の捜索

「おいおいおい……。どいつもこいつも、もうとっくにご愁傷さんになってるじゃねぇか……」


 派手な紅色の鞘に納められた刀を杖替わりに地面について、国軍騎士団の東部砦に所属する騎士、シン・グレンはひとりごちた。

 シン自身が180cmを越える長身であるが、杖にされた日本刀の柄はシンの頭上を越える高さにある。太刀と呼ばれる大型の刀は刃長で80cmほどであるが、シンの持つ刀は刃長で200cm近くあり、柄も含めれば240m程になる。八尺刀と呼ばれる極めて珍しい刀だ。

 腰まである漆黒の長髪を春風が揺らすが、その風が運ぶ鉄分を含んだ匂いはシンを不快にさせた。

 東都砦の最高司令官であるファーニヴル・グランハイド銀将から直々の命令を受けて、早朝からここまで6時間ほど馬で駆けてきたため、疲労感も溜まってきていた。

 夜明けから間もない早朝に、王都からやってきたという旅商隊キャラバンから碌でもない訴えが騎士団の砦に届いた。曰く、『街道で大勢の人が死んでいる』と。

 夜明け頃には到着するはずだった、本日付けで王都から転属してくるはずの小隊が予定の時刻を過ぎても姿を見せなかったので、見張り番をしていた騎士達が様子を見に行くべきか迷っていた頃だった。その小隊が通ってくるはずの街道で惨劇が起きたと通報があったのだ。

 見張り番の騎士達のひとりであるシン・グレンは、やってくるはずだった小隊の隊長であるバスカ・ゴランとは旧知の仲であったこともあり、司令官から直々に様子を見てくるように指示を受けた。そしてすぐに部下の小隊員をつれて街道を走ってくれば、この有り様である。

 街道の石畳は吹き飛び、辺りの木々は焼け焦げて、道の中央には全焼した馬車の残骸。地面のところどころに焦げ付いた染みが残る。おそらくは血だまりが高温で焼き付いたのだろう。鉄分を含んだ生臭い空気が周囲に満ちている。

 あちこちに手足や首など、丸焦げになった人間のパーツも散らばっている。その数は10人や20人ではなさそうだが、顔の判別などは全くできず、身元の確認など不可能なほどに焼け焦げている。


「いったい何があった……。バスカ……バスカは何処だ」


 シンが周囲を見回していると、一足先に捜索範囲を広げていた部下の騎士が声をあげた。


「シンさん!こっちの茂みに生存者がいます!」


「いたか!!バスカ・ゴランか!?」


「いえ、どうやら子供……いえ、ユグ国軍ウチのサーコートを着ています。おそらく噂の新人騎士のようです」


 シンと他の隊員が声のあった方に駆け寄ると、そこは崩壊した街道から20mほど離れた草むらの中だった。


「なんだこれは……」


 辺りは血の海だった。おそらくその場で斬り合いがあったのだろう、周辺の木々はまばらに赤く染まっていた。そしてその中心部に倒れている少年は、体こそ小さいが国の騎士団に支給される軽鎧とサーコートを着ていた。


「おい、少年!生きているか!?」


 シンが少年の腕を掴むとしっかりと温もりがあり、胸は上下して息があるのが分かる。顔も体も血がついて汚れてはいるが、良く見ると自身の怪我は特になさそうだ。すべて返り血のように見えた。


「おい!少年!何があった!?」


「う………」


 シンが少年を抱き起そうとすると、僅かにうめき声を上げた少年は何かを大事そうに抱え込んで倒れていたことに気づく。それは抱き起された少年の両手からゴロリと転がり落ち、そしてシンと目が合った。


「……バスカ………」


 苦痛に歪んだ表情のまま固まったそのバスカ・ゴランの目に光はなく、ただ静かにシンを見つめていた。ほんの数秒の間だけシンは驚愕のあまり硬直するが、即座に落ち着きを取り戻すように大きな息を吐くと、転がったバスカの頭部を優しく拾い上げた。


「………ご愁傷さん……」


 小さく呟くと、見開いたバスカの目にそっと手のひらをあてて瞼を閉じた。


「ミリ、俺と一緒に周辺の捜索を続けろ。生存者がいれば救命を最優先に行動するぞ。マリ、このちっこいのはおそらく噂の新人騎士だ。何か事情を知っているはず。街道まで戻って手当をしろ。ついでに砦に術式飛ばして応援を呼べ。2小隊と荷馬車を寄こすように伝えろ」


「「了解」」





「……う……ん……」


「気が付いたか……」


 アルクゥが重い瞼を上げると、見たことのない男が険しい表情でこちらを覗き込んでいることが分かった。

 体が重くてうまく動けない。意識がまだはっきりせず、すべての音が遠く聞こえる。


「俺の声が聞こえるか。聞こえたら所属の小隊と名前を名乗れ」


「所属……と名前……?」


 すぐには男の言っていることが理解できなかったが、少しずつ意識がはっきりとしてきた。ゴトゴトと不快な振動が背中を叩いている。見渡してみると、どうやら自分は移動中の荷馬車で横になっているらしいことが分かった。


「そうだ、所属と名前だ。答えられるか?」


 改めて見ると、自分に問いかけている男は自分と同じサーコートを着ている。ユグ国の国軍騎士のようだ。そしてサーコートの襟には階級章が見えた。横長の長方形の縁をいばらが囲い、中央部に二本の剣が交差している。自分よりも3階級上位である中荊士けいしの階級章だった。


「自分は……東部騎士団に配属となったゴラン小隊の……グランハイド中士であります」


「……やはりお前がグランハイド中士か…。俺は東部騎士団所属、シン・グレン中荊士だ。何があったか報告できるか?」


 アルクゥは状態をシンに支えられ、なんとか上体を起こした。革袋の水筒を渡され、ゆっくりと中の水を飲むと、喉の掠れも少し引いた。

 そして、自分の記憶を辿り、何があったかを思い出そうとする。


「う……うぐ……げほっ」


 赤く染まった風景の記憶が吐き気と共に蘇る。わずかに遅れてやってくるのは、激しい憎悪。


「落ち着いてゆっくり話せ、グランハイド中士」


 シンがアルクゥの背中を柔らかくさすった。


「ゆっくりでいいから、報告してほしい。ゴラン小隊に何があった?」


 嗚咽を抑え込むように口を一度きつく結んで、鼻で深呼吸をしてアルクゥはやっと落ち着いた。そしてシンの顔を見上げて口をひらいた。


「ゴラン小隊は敵国勢と思われる50名程の集団に遭遇し、戦闘になりました。なんとかその集団を撃退しましたが、小隊全員の魔力が尽き、戦闘不能状態になったところを別の敵勢に襲われました。ゴラン隊長の指示により街道から茂みに逃げ込みましたが、特に魔力枯渇が著しかった自分は思うように動けず、すぐに敵に追いつかれました。そして背中を斬りつけられ、その際………」


 アルクゥの目頭に涙がたまる。震えるその小さな背中に目立った傷は無かった。


「……その際、バスカ・ゴラン隊長が自分を庇い、斬撃を受け戦死されました…」



 


 


 




 

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稲魂の継承者 向里 実記 @miki_mukaisato

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