第3話 小隊は危機を脱する
アルクゥが防殻を展開すると同時に、相手の魔導師は一気に畳みかけるように火球の礫を雨のように降らせた。周囲は燃え盛る火球で明るくなり、炎の中心ではただ必死にアルクゥが耐え続ける。
「子供にしてはまあまあの剣の腕ではあったが、防殻を張り続けていつまでもつかな?小僧」
「っく‼」
幼い見た目ではあるが子供ではないアルクゥは咄嗟に言い返しそうになったが、それどころではなかった。ひとつひとつの火球が恐ろしい程の高熱の塊であり、ひとつでも喰らえば致命傷となる。防殻を解くことはできず、行動不能な上に魔力はどんどん削られていく。
「くそ…このままじゃ…」
―聞こえるか、アルクゥー
絶体絶命のアルクゥの耳にバスカの声が響いた。
防殻の中から左手側を覗くと、当のバスカ本人は全くこちらを気にすることなく相手の騎士と激しい剣の打ち合いをしている。
―アルクゥ、念話は使えるだろう、返事をしろ―
バスカの声はアルクゥが左耳につけたイヤカフスから響いていた。
予め術式を彫り込み、魔力を使って特定の物体に声を届かせる初級魔術のひとつ、念話である。アルクゥのようなまだ習得して間もない者は実際に発した声を相手に届けるが、慣れた者では実際に声を出さずとも念じた音声を離れた場所にある物質を介して届けることができる。バスカの小隊では全員がイヤカフスに術式を刻み込んで半径1km程度の距離までは通話ができるようになっていた。
―隊長、すみません、防戦一方です―
ーいや、思ったよりこのふたりは強敵だったようだ。俺もこいつを仕留めきれないでいる。ジスとガンズも雑魚が相手とはいえ数が多すぎる。このままではジリ貧だ―
―このままでは…―
―作戦を変更するぞ。俺が少しの間だけ騎士と魔導士をまとめて相手する。お前は防殻を解いて、得意の魔導で敵ごと周囲を吹っ飛ばせ―
―隊長⁉―
ー学校時代の記録で見たがおまえ、初めて学校で魔導を使ったときに暴発させて修練棟をひとつ半壊させたことがあるだろ。制御なしの全力全開でこの一帯吹っ飛ばして見せろー
ーでも、全力でやったら制御できません。隊長も、ジスさんとガンズさんも巻き込みますー
ー発動の直前で合図しろ。制御されてない魔導は術者の中心が一番威力が小さい。合図されたらアルクゥの背後に集まって防殻を全力展開だ。ジス、ガンズ、聞こえていたなー
―了解。なんとかします。ただ、その作戦の成功は隊長にかかってますぜ―
急に話を振られたジスとガンズだが、数十人の野党に囲まれながら念話を返した。
―よし、やるぞ―
「うおおおぉぉぉぉぉぉ‼‼」
念話が途切れる共にバスカは雄たけびを上げて爆発的に放出する魔力量を増大させた。肉体の限界を超えて青い電流のような魔力が放出され、バスカの全身が青白く光る。後先のことは考えず、数十秒だけ自己の身体能力を爆発的に強化する高等魔術、『爆裂波動』と呼ばれる技である。
右手一本で相手の
相手が体勢を崩した隙をついて、アルクゥに火の雨を浴びせ続ける魔導士に向かって一息に飛び掛かる。
「何!?」
咄嗟に魔導士はアルクゥへの攻撃の手を止めて、バスカに向かって魔力の防壁を展開する。
一点集中する分、防殻よりも強力な防御術である防壁だが、バスカの一撃に耐えかねてミシミシ音をたてて崩壊へと向かう。
「ちぃっ‼」
たまらず魔導士は大きく後方へ距離をとり、入れ替わるように体勢を立て直した敵の騎士がバスカの後ろから斬りかかる。即座にバスカも背後に向き直り騎士の
「アルクゥ!やれ!」
「了解‼」
即座にアルクゥは防殻を解除し、両の手のひらを胸の前にかざして魔力を集中する。
「来たれ万雷の主にして豊穣の女神………百穀の首座たる誇り高き神狐………」
かざした両手に魔力の渦ができ、まるで宝玉のように輝きながら球体になっていく。
「稲穂を捧げ、豊穣祈りてここに願う。その金色の雷斧にて悪鬼羅刹を打ち払い、神解けもってその威光を指し示せ」
両手を天に向かって広げると、頭上で光の球体がはじけ、輝く様に白い体毛の小さな狐の精霊が現れ、アルクゥの広げた両手の上に音もなく降りた。
現れた小さな白い狐は敵の魔導師や騎士がふたりがかりでバスカに襲い掛かっているのを見止めると、途端にその眼を紅く燃え上がらせて甲高い声で威嚇の咆哮を上げた。
「なんだ……あんな精霊は見たことが無い……。おい!はやく詠唱を止めろ!」
「おう!」
魔導士はアルクゥの放つ強大な魔力に気が付くと、すぐに騎士をアルクゥにけしかけた。自身はアルクゥに放ったのと同じ火球の雨をバスカに浴びせる。
「しまった!」
バスカは防殻を使わずに相手の魔導を避けはしたが、一瞬の隙をついて騎士が
バスカの横をすり抜け、一足飛びにアルクゥに迫る。
「させるか!」
今度はジスが騎士とアルクゥの間に入る。
「神に弓引く魑魅魍魎に………霹靂一閃の神罰を与えよ」
ー今です!!―
アルクゥは詠唱を終えると同時に念話でバスカとジス、ガンズに合図を送った。
三人は即座にアルクゥの背後に密集して全力で防殻を展開する。
「いけえええぇ、ウカ‼」
「まっ!まて!」
魔導師の咄嗟の制止も虚しく、アルクゥの手のひらに乗った狐の精霊は荒れ狂う稲妻となって周囲一帯を焼き払った。
防殻を通しても凄まじい衝撃がバスカ達を襲い、たった数秒の間耐えるだけで3人は全魔力を放出することになった。
あまりの衝撃に目を閉じ耳を抑えて屈みこんでいたバスカは、凄まじい衝撃と轟音が止んで辺りに静寂が戻ったのを感じて目を開けて防殻を解除した。
今まで火のついた馬車の残骸や魔導士の放った火球から引火した街路樹で照らされていた周囲が暗くなっていた。
バスカは胸ポケットから魔術による光で周囲を照らす照明石という小さなガラス玉に残った僅かな魔力を込めて周囲を照らした。
「……おいおい、まじかよ………」
バスカ達の周囲には何もなくなっていた。
周囲の街路樹や地面を舗装する石畳はアルクゥの放った稲妻によって引き裂かれ、焼き払われ、吹っ飛んでいた。まるでクレーターのように地面が抉れ、4人が固まっていた辺りだけ地面が残っている状態である。
立っている人間は自分たちだけだった。周囲には黒焦げの塊となった敵の腕の切れ端や頭部が転がっていた。ジスやガンズが戦っていたあたりでは敵の血の跡も見えたが、血液はすべて蒸発し、赤黒い染みが地面にこびり付いているだけだった。
もはや野党の残骸か、騎士や魔導士の残骸か、どれが誰かは全く区別がつかない。バラバラになった人体の一部のような消し炭である。
アルクゥの魔導の中心地からもう少し離れていれば、全力で展開した防殻はあっさりと打ち破られて自分もこの残骸と同じものになっていたかと思うと、ゴランは背筋が凍る思いだった。
「確かに『周囲を吹っ飛ばせ』とは言ったけどよ……ほんとにここまでやっちまうとは……」
いちど立ち上がったバスカだが、足に力を失って地面に尻もちをついた。状況に驚いて腰を抜かしたのか、魔力切れで立っていられなかったのか自分にも分からなかった。
「こんなん、ちゃんと制御できたら人間じゃないっスよ。うちの新人、いったいどんな精霊抱え込んでるんだか……」
「おいアルクゥ、お前魔導士の才能あるぞ。ちゃんと修練積めば出世間違い無しだ。それこそあの伝説の魔導師、ルナフレア銀将のような……っておい!」
地べたに座ったまま茶化してきたガンズに向かってアルクゥが背中から倒れ込んだ。アルクゥもまた魔力をこの一撃で使い切ってしまったのだ。
「大丈夫かアルクゥ!?」
心配したバスカとジスがアルクゥの顔を覗き込むと、その心配をよそにアルクゥは疲労こそ見えるが思いのほか穏やかに笑っていた。
「………なんか、お腹すいちゃいました………」
「……っふ。はっはっはっは」
暗闇の中で3人の笑い声が響いた。
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