第2話 騎士か詐欺師か

 バスカは小隊に命令を出すと同時に得物であるロングソードを鞘から抜いて中段に構えた。

 一呼吸分の間だけ遅れて、バスカの隣に立つアルクゥもショートソードを構える。ジス、ガンズも同様にロングソードを抜き、燃える馬車の残骸を中心にした円弧の陣形になって敵と向き合った。

 バスカとアルクゥの前方に統率者と思われる騎士階級の男と魔導士のような男が並んでいる。


「貴様ら何者だ。何が目的だ?」


 バスカが怒気を冷静さで抑え込んだ声で問いかけると、ふたりは答えずただ獲物を目の前にした狼のような目でバスカとアルクゥを見つめた。そして


「…私怨は無いが、これも祖国の任務を遂行するため。恨むなよ少年……」


 ひとりごちるように呟くと、次の瞬間には一気に距離を詰めた男のクレイモアがアルクゥの目の前に迫った。咄嗟にアルクゥは片手で構えていた剣を両手に持ち替えて敵の攻撃を受け止める体勢をとる。


ギィ……―ン


 剣と剣がぶつかり合う金属音が夜の街道に響く。しかし、敵の全体重を乗せた両手剣の突進という衝撃を覚悟して構えたアルクゥの小さな剣にその衝撃は届かなかった。咄嗟にアルクゥと相手の間にバスカが割って入ったのだ。


「む……」


「バスカ隊長⁉」


「見事!岩をも砕く我が突進を易々と受け止めるとは、流石は音に聞こえし『戦場の渡り鳥』、バスカ・ゴラン殿よ!」


 敵の男は後方に跳んでバスカの間合いから一旦距離をとると、クレイモアを正面に構えなおした。


「任務遂行を優先してまずは若輩から狩ろうと考えたが、やはり貴殿の前ではそのような姑息な手は通じないようだ。ここは正々堂々と勝負といこうではないか」


「こんな多勢で夜襲かけておいて、何が正々堂々だ?」


「なに、彼らは貴殿の部下を足止めするための駒に過ぎんよ。はした金で雇った烏合の衆で貴殿を打ち取れるとは初めから思ってはいない。任務に私情を挟むべきではないが、ひとりの武人としては『戦場の渡り鳥』と対峙できるならやはり正面から打ち取りたいものよ」


「ほう、俺を知ってるのか…?」


「当然だ。北の砦では暴徒と化したヨト左派の鎮圧ではルナフレア銀将の配下として英雄的活躍を見せ、南ではムスペル帝国の侵攻勢力との衝突で孤立した戦友の救援に駆けつけ、東のヤマト州では独立を企む強硬派の摘発に一役買った。広大なユグの騎士で在りながら、数多の戦場で活躍することから『戦場の渡り鳥』と呼ばれた歴戦の猛者。貴殿は自分で思っているより周辺諸国で有名だ…」


「……やたらと詳しいじゃないか。その服の国章、単独で異国の騎士を襲う『祖国のための任務』、こんな一介の騎士まで把握している情報量。身分の高さを匂わせる気取った口調……。さてはヴァナの特務騎士か………とでも思わせたいのか?」


 ゴランも敵に正面から向き合う。ゴランの体と剣を覆う魔力がみなぎり、周囲の大気が震え出した。


「ゴラン隊長!」


「アルクゥ、お前はあの後ろで隙を伺ってる不気味な魔導士を狙え。この胡散臭い『いかにもヴァナの刺客です』野郎は俺がやる。ジス、ガンズ!お前らは雑魚どもをふたりで何とかしろ!」


「もうやってますよ隊長!」


 ジスとガンズはすでに周囲の敵を数人を斬り、バスカとアルクゥに近寄らせない防壁となって戦っていた。

 圧倒的な数ではあったが、どうやら囲んでいる敵はみな魔力を持たないただの野党のようだった。魔力を扱う能力をもつ歴戦の騎士であるジスとガンズの敵ではない。


「いけ、アルクゥ‼」


「了解!」


 今度はアルクゥが魔導士に向かって突進する。足に魔力を込めて、重量は無いが小柄な体を生かして弾丸のように鋭く魔導士に肉薄する。


「させるか‼‼」


ギィ……―ン


 弾丸を打ち落とすような素早さでアルクゥに敵の騎士が切りかかるが、その両手剣は間に割り込んだバスカの長剣が受け止める。


「させないのはこちらの方だよ、詐欺師君。俺と戦いたかったんだろ?遊んでやるよ」


「……貴様…」


 バスカは受け止めた剣を押し返して相手の体勢を崩すと、一気に体重を乗せた一撃で敵を後退させ、追い打ちで肉薄してアルクゥやジスとガンズから10m以上も距離を取った。

 仲間を巻き込まない位置になり、お互いに相手を殺すことだけに集中して激しい斬り合いになる。


 一方のアルクゥはバスカに守られて魔導士に切り込む。アルクゥのショートソードは的確に魔導士を捉えたが、魔導士は木の杖でそれを受け止めた。

 完全に自分の間合いに飛び込んだアルクゥは小さな剣を生かした素早い動きで次々に剣を繰り出したが、それらはことごとく紙一重で避けられ、または杖で受け止められる。

 新人とはいえアルクゥもまた魔力をもつ騎士であり、その身体能力は常人を遥かに上回る。また、その剣にも魔力が込められており、ただの鉄パイプ程度なら一刀両断する威力である。だが、相手はそれを木の杖で易々と受け止める。相手の杖にアルクゥを上回る魔力が込められている証拠である。この時点で魔力の量では相手に分があるとわかる。

 しかし、アルクゥは敵の魔導師を相手にする上で抜群に有利と言える。

 魔導士は接近戦よりも詠唱を伴う『魔導』と呼ばれる術を得意とする者の総称である。魔導を扱えるものをは少なく詠唱には集中力を要するため、戦闘においては複数の前衛に防御を任せ、後方から砲台のような役割を果たすのが定石である。

 接近戦を得意とするアルクゥと1対1になった時点で、多少の実力差があったとしてもアルクゥが絶対的に有利であるはずだった。

 そう、の実力差であればアルクゥが有利なのだ。


「いでよ黎明に光る紅玉。愚者を魅了し気高く輝く気高き火よ。火の雨降らし、我らに仇なす暴徒を焼き払い、孤高の光を我に示し給え」


「っな!?避けながら詠唱を!?」


 魔導士の右肩後方の空中にこぶし大の紅い火の玉が現れる。火の精霊ウィル・オ・ウィプスである。

 魔導とは『魔を導く術』である。世界に満ちる自然エネルギ―である魔力を体に取り入れて運動エネルギーに変換したり、術式を用いて魔力を直接用いることを魔術という。それに対して、自身のもつ魔力を供物として捧げ、自分を守護する精霊に魔術を遥かに凌駕する術式を使ように誘導することを魔術という。

 すなわち魔導を使える者とは特定の精霊に気に入られ、守護霊として守られている者のことである。守護霊に術式を依頼する儀式として詠唱を行う。

 しかし、守護霊は使い魔ではない。詠唱には相手に対する敬意を込める必要があり、それには全身全霊を注ぐ必要がある。本来、精霊は片手間の詠唱ではは依頼に応じたりはしない。それができるのは守護霊との結びつきが特別に強い者だけである。


「燃え尽きろ……」


 魔術師の背後に無数の火の粉が舞う。その火の粉の一粒ひとつぶが大きくなり、小石程の大きさになると孤を描いてアルクゥに襲い掛かった。


 「くぅ!」


 咄嗟にアルクゥは魔力の壁を球状に展開して自身を包み込み、無数の火の玉を防いだ。魔力を持つ騎士の基本的な魔術のひとつ、『防殻』である。隙の無い防御壁は広範囲から襲ってくる魔導に非常に有効だが、魔力の消耗が激しい上に攻撃を捨てて防御に専念することになる。一方的に攻撃を受ける隙を与えるため、使いどころを間違えればそのまま魔力切れまで削り取られるので多用はできない魔術である。


「アルクゥ!?」


 バスカやジスとガンズが新入りの仲間の苦戦を悟るが、バスカは目の前の強敵に、ジスとガンザは圧倒的な数の暴力に対応するので精一杯だった。












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