第6話

「丹登呂(にとろ)…!」

 賞金首Aランクの丹登呂だ。同じ魔法使いを狩る同業者だ。なぜ魔法使い集会場に現れたのだ。知名度は高い。狩る対象である魔法使いが多いこの場所へ来れば狙われる。

「なぜおまえがいる!?」

 犬童は聞いた。

「その言葉そっくり返すぜ」

 指をさす丹登呂。犬童は答えるかどうか躊躇している。

「とある魔法使いを探している。ここに来ればその答えが見つかると思ってだ」

 重い口を開く前に弐品が代わりに答えた。

「ほー…」

 丹登呂は自身の顎をさすった。表情は無愛想。いつもなにを考えているのか眠たそうな顔つきで先手が見えない。

(なぜ答えた!)

 犬童のヒソヒソに弐品は不思議そうな顔をした。

(隠し事をするより正直に言った方がいい。もしかしたらなにか知っているかもしれないからな)

(おまえ…!)

(俺は隠し事をしながら話すのはどうも苦手なんだ。だから、きっぱりと答える)

 弐品は丹登呂に目を向けてこう宣言した。

「俺はちゃんと答えたぜ。丹登呂はなにしにここに来た? まさか、俺達を尾行してきたのか」

「ファンでもあるまいし。一応忠告しておこうと思ってね」

 丹登呂は懐から一枚の紙を見せてきた。

「お前さんはAランクと名乗っているようだが、どうやら天は僕を味方にしているらしい。君たちはB。つまり降格おめでとう。祝いのつもりで来たんだ」

「なに!?」

「Bだと! 昨日まではAだったはずだ!」

 犬童と弐品は驚いた。昨日まではちゃんとAだった。それが今日になってBに降格しているとは思いもしない。

「魔法使い以外の人間を殺したらどうなるか知っているはずだ。つい昨日、報告があってね。十人以上の人間が殺されたって耳にしてね。凄腕の魔法使いが現れたのかと思ったら…君たちが暴れたんだと聞いて思わず「わおぉ」と驚いてしまったのさ」

 十人以上…といえば弐品にファンだと集まってきた人たちのことだ。犬童がそれを知らずに片付けてしまった。あの場を見ていた人がいたっということだ。

「Bランクに降格したということは、Aランクには逆らえなくなったということだ。つまり、キミたちの質問に答える義務はないということだ。まあ、同じAランクだったとしても喋るつもりはないがな」

 丹登呂は相変わらず言い方がウザイ。相手を見下すかのような喋り方をする。オネェっぽい声。犬童にとって好みのタイプの声色をしている。そのため調子が崩れることはよくある。

「…忠告どうもありがとうございます。だが、扉を壊すということは、オレたちを狩りに来たということか」

 犬童は指さしながら丹登呂を名指しした。

「あいにく丹登呂。お前が思うほどオレたちはお人好しじゃないんでね」

 犬童の左手は腰に回し、二種類の薬瓶が握られていた。ひとつは緑色。もうひとつはオレンジ色だ。犬童はウィンクした。合図だ。弐品は丹登呂に向かって走り出す。隠し持っていたナイフを取り出し、構える。

「僕の魔法の前ではどんな相手でもひれ伏す-重力(グラビティ)-」

 頭から背中にかけて弐品は床に押し付けられた。ゾウか大きな看板か身体中を床へ踏み潰しているような感じだ。だが、見た限りでは何が起きたのか理解はできない光景だ。

「弐品!」

 名前を呼びながら丹登呂に向かって薬瓶を投げた。二つとも蓋が空いている。液体が漏れながら丹登呂に向かっていく。

「-重力(グラビティ)-」

 二つの薬瓶は床へと落下した。まるで自我を持ったかのように床へ真っすぐと落ちたのだ。

「君の魔法はよく知っている。遠いほど危ないものだと。だから、僕はわざわざこの日のためにこの魔法を選んできた。キミも知っているだろう。魔法使いは一つの魔法しか覚えることができない。だけど、異端者は違う。複数の魔法を覚えることができる。制約はあるが、それすら守ればいくつでも使うことができる。それを知っているのは犬童と僕、そしてあちらの世界の限られた人だけ。つまり、なにが言いたいのだというと”相性が悪い”ということさ。-重力(グラビティ)-」

 その瞬間、犬童も弐品と同様床にたたきつけられた。

「この魔法の良いことは。力の加減を一切加えないだけで対象の行動を封じ、なおかつ確実に息の根を止めることができること。君たちとやり合うことは相棒がいない僕にとってはとても勝ち目がないからね。だけど、嬉しいことに今勝ち目がある。これは勝利への雄たけびというものなのかな」

 音が拾えない。弐品と犬童は丹登呂がなにを言っているのか聞き取ることができなかった。だけど、床に叩きとされた薬瓶だけ運よく相手に当たらず落ちたことが犬童にとって幸運だった。

(その力返すぜ)

 薬瓶が一閃光った。その途端に丹登呂はなんらかの力で屋外へと吹き飛ばされた。

「ふー。カウンター罠作動成功」

 丹登呂が攻撃範囲外に飛ばされたことで重力の影響がなくなった。二人は魔法使い集会場を後にしようとしたとき、砕け散ったティーカップの元生を見て、ひとりの少女がうずくまっていた。

「元生(もとう)先生! なんでこんなめに…」

 すぐそばで震えていた御茶目が答えた。

「”あんた”が探していた人はすぐ目の前だ」

「「「え」」」

 少女と目があった。ピンク色の髪をしている。髪は手入れしていないようでボサボサだ。そばかすに空色の目をしている。ジャージとドクロのキーホルダーを左手首のリングに取り付けられている。

「お前が友達をこんな風にしたのか!」

 少女は二人に啖呵を切った。だが、二人は少女を囲むようにして正面と背後に立った。

「な、なにを!」

 そのとき、自分が狙われているのだと気づいた少女は自らの指を噛みついた。魔法を使う。そうする前に先に動いたのは犬童だった。少女の膝の裏を蹴り態勢を崩した。指をかみちぎり損ねた。。

 すかさず弐品がフードを少女の頭を覆い、仮面を外して見せた。

『おまえ……』

「-重力(グラビティ)-」

 遠くで声がした。犬童は弐品の身体を蹴り、弐品は少女を押し倒した。その瞬間、弐品がいた場所がメリメリと音を立てて床が沈んだ。

「逃げるぞ」

「クソ! あと少しだったってのによ!」

 弐品と犬童は慌てて店から逃げ出した。まだ遠くだが丹登呂の声がした。振り返ることなく急いで逃げた。その後を丹登呂が追いかけていった。

 一人取り残された少女は茫然としていた。そこに御茶目が少女の身体を揺らして正気を取り戻させた。

「大丈夫か」

 御茶目の心配をよそに少女は答えた。

「”おまえ……か”」

 仮面の奥で憎しみをこめた主はたしかにそういったのだ。”おまえか。お前だな”と。確信めいたその言葉を発したそいつは両手を広げ今にも顔を掴みかかろうとしていた。”死”を覚悟した。そのときフードが外れた。幸いだったのか何者かが蹴ったのだ。一命をとりとめた。助かったのだ。フードと共に弐品の顔の中へと両手が引っ込んでいく様子をただ茫然と見つめることがせいっぱいだった。

「え…」

 御茶目をよそに少女は走り出した。魔法使いの世界に帰るために急いで扉がある場所へ走っていった。魂が叫んでいる。この世界にいてはならないのだと。

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ドロクサイ 黒白 黎 @KurosihiroRei

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