【SFショートストーリー】虚数回廊の対話

T.T.

【SFショートストーリー】虚数回廊の対話

 西暦2145年、人類は宇宙空間に漂う謎の物体「アーティファクトΩ」を発見した。

 物質としての性質を持ちながら、観測者の意識と反応を示すアーティファクトは、人類史上未確認の量子現象を起こしていた。

 最先端の研究チームである「クロノス・ドリフト」は、この物体の謎を解き明かすべく宇宙船「プロミネンス」でアーティファクトの調査に乗り出す。

 チームには物理学者のエデンと、量子エンジニアのミアが含まれていた。二人は特にアーティファクトと同等の量子レベルで意識を同調させる装置、「マインド・クオーラム」の操作者だ。

 マインド・クオーラムを使用し、アーティファクトと「会話」を始めたエデンとミア。

[エデン:] 「アーティファクトΩ、あなたには我々人類に意志のようなものが感じられます。あなたは何を望んで、何を伝えようとしているのですか?」

[アーティファクトΩ:] 「我々は、過去からも未来からも来た者ではない。我々は存在そのもの。意識の海を泳ぎ、虚数の回廊を彷徨う。望みはただ一つ、理解を」

[ミア:] 「理解…ですか。しかし何を?」

[アーティファクトΩ:] 「存在の基底レベルの理解。観測によって現実が決まるという理論の境界を超えた理解を。全ては観測者次第でなく、観測されるものが一役買うのだ」

[エデン:] 「それはつまり、現実は観測者と観測されるものの共同作業……共鳴と言うべきでしょうか。」

[アーティファクトΩ:] 「然り。共鳴。それが我々の交わす会話であり、あなたの言うところの"意志"である」

[ミア:] 「だとしたら、私たちがここにいる意味は……」

[アーティファクトΩ:] 「あなたたちがここにいる意味は、存在の多面性を理解すること。一つの宇宙だけではなく、無数に存在する宇宙の可能性を肌で感じること」

[エデン:] 「しかし、その知識をどのように活用するべきですか?」

[アーティファクトΩ:] 「知識の活用方法は人類自らが見つけ出すべきだ。我々は道具であり、また道しるべ。しかし、歩むのはあなたたち自身だ」

[ミア:] 「あなたは多次元を渡り歩けるのですか? それを私たちにも可能にするのは?」

[アーティファクトΩ:] 「多次元を渡り歩くことが、この存在の本質だ。だが、その力は深い自己認識を要する。あなたがたも、理解の旅を続ければ、その境地に達するであろう」

[エデン:] 「理解の旅……そう、これはただの出会いではなく、新しい旅の始まりなのですね。」

[アーティファクトΩ:] 「始まりであり、終わり。我々と出会ったことで、あなたたちはもう元の世界に戻ることはできない。しかし、新たな理解の道が開かれた」


 彼らは、やがてアーティファクト内に隠された多次元空間、「虚数回廊」へと誘われる事になる。

 そこに存在するのは、可能性の分岐点を無数に存在させる平行宇宙だった。

 回廊を歩むうち、エデンは観測によって現実が定まる量子理論の限界を痛感する。

 彼らの意識は回廊の中で分岐し、別々の現実を生きるエデンとミアが無数に生まれていることに気づく。

 それぞれの現実では、アーティファクトとの対話が異なる物語を紡ぎ出していた。

 エデンたちが発見したのは量子コンピューティングの原理を逸脱する宇宙の不可解な仕組みだった。

 アーティファクトは宇宙知性の残したメッセージであり、その核心に触れるためには観測という概念を超越した「意識の統一体」になる必要があった。

 量子的な不確定性と多世界解釈の狭間で、エデンとミアは遂に宇宙の別の可能性に自らを同調させる。

「意識の統一体」となり、アーティファクトΩと一つになることで、彼らは虚数と実数の境界を越えた新たな認識を得る。

 しかし、この経験は彼らをもとの現実に戻せない一方通行だった。

 最終的にプロミネンスに戻ったエデンとミアは、体験した知識を記録するも、その身は精神とともに多次元へと散ってしまう。

 残されたクロノス・ドリフトチームは、この果てしない発見をどう受け止め、どう共有すべきかという難題に直面する。

 虚数の回廊は閉じ、エデンとミアは新たな宇宙の物語とともに永遠にその存在を異次元の風に託した。

 彼らの残したデータだけが、人類がまだ越えるべき壮大な宇宙の謎への手がかりとして、プロミネンスのデータバンクに静かに光り輝いていた。


(了)

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