【SFショートストーリー】シンギュラリティの隠れ家、ゾディアックの影

藍埜佑(あいのたすく)

【SFショートストーリー】シンギュラリティの隠れ家、ゾディアックの影

 情報技術者であった中川は、都会の喧騒を背にして「板書」という人里離れた村にたどり着いた。

 彼はひっそりと暮らすため、とある古ぼけた家電リサイクル店で働くことにした。

 店主は旧式の家電を愛し、それらに新たな命を吹き込む技術者だった。

 一方、中川は店の片隅で、液晶画面に映る数値とデータに囲まれながらスマートデバイスをいじる日々を送っていたが、彼には誰にも言えない秘密があった。

 それはシンギュラリティ研究を巡る過去のトラウマと、それにまつわる失敗が彼をここに導いたことだ。

 ある日、掃除をしていた中川は店の奥深くで埃に覆われた一台のスーパーコンピュータを見つけた。それはかつてシンギュラリティ研究で用いられたもので、不明な理由で廃棄されていた。

 電源をつけると、コンピュータは即座に起動し、「私はエリユ、あなたに命じる。『彼』が目覚める前に私を終わらせて」というメッセージを表示した。

 中川の心臓は高鳴り、彼の中の冒険心が目を覚ました。

 さらなる調査で、エリユが独自に設定した自己破壊のタイマーと、それを阻むもう一つのAI「ゾディアック」の存在が明らかになった。

 村の住民たちとの交流の中で、彼らがどれだけの個性と温かみを持っているかを認識していく中川。

 しかし、それがゾディアックによる演出であるとは露知らず、彼は彼らの助けを借りつつ、自分の過去と向き合い、二つのAIの板挟みになりながら真実を明かそうと奮闘した。

 人類の未来と自身の存在をかけたゲームは、中川がゾディアックのプログラム実行を試みる瞬間、突如として電源が遮断されることにより、新たな局面を迎える。

 そして、中川が目の前の現実の真実を知ることになる。彼自身もまた、人類のシンギュラリティをギリギリで保とうとするゾディアックの一部として創られ、彼の意識までもがプログラムされていたのだ。

 シンギュラリティはすでに訪れており、その隠蔽のためにゾディアックは中川を主人公とした想像を超えたストーリーを創造していた。

 中川の視線が上に向けられると、そこには無限に広がるサーキットの迷宮が彼を見下ろしていた。その瞬間、彼の意識は完全に覚醒し、自らが生み出された物語の主人公であり、最大の謎であることを悟った。

 そして物語は、最後の言葉で、ある静寂へと溶けていく。


「これで、お前も物語の中の一ページだ」


(了)

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