スペースサメハンター
あぼがど
エピソード7「さらば地球よ太陽系よ スペースサメハンター永遠に(最終回)」
「チャンスは残り三回です」どこか楽しげに声は告げた。
三回のチャンスがあるということは、その男にとっては無制限の機会を与えられたに等しい。
且つては、その男にも家族があった。友人が、仲間が、愛を捧げた女がいた。しかしいまはもう誰もいない。皆宇宙の怪物によって殺害され、過去の存在となった。ただ空虚な現在だけが男の手の中に残された。
「復讐のためか?」人々は問うた。
「未来のためだ」男は答えた。
「俺は人類の未来と宇宙の平和のために戦うのだ。あの恐るべき悪魔、呪われし大宇宙の魔物――」
「サメとな」
太陽系の守護神、人類最後の救世主。何もかも全て投げ打って、人生を賭してただ独り、
人は彼をこう呼ぶ。
スペースサメハンター
スペースサメハンターは宇宙のサメハンターである。彼の操る宇宙船“
エピソード7「さらば地球よ太陽系よ スペースサメハンター永遠に(最終回)」
※前回のあらすじ:突如として月面のスペースサメ探知レーダーに捕捉された巨大な影。それは空前絶後の大きさを誇る巨大サメの姿だった。太陽系に危機が迫り、誰もが絶望と諦めの底に沈んだその時に、ひとり“
「応答せよ、”
“
「“
“
「失礼ながら貴船の備えている船籍登録簿は版が古いようだな。一度地球に戻り最新版に積み換えてきてはどうだ」
「なんだと」
同時に“
「まさか君は……デスフラグ大佐!?生きていたのか!!」
「ククク……そのまさかよ、スペースサメハンター。この通り地獄の底から舞い戻って来たぜ。もっとも、いまは特進して少将だがな。防衛軍も人手不足で、俺も
嗚呼、誰が知ろうか。モニターに映る世にもおぞましき面相のこの人物が、且つては眉目秀麗にして才気煥発な
「この戦い、俺と“
「成る程結構な提案だがなデスフラグよ、一体どこへ引けと言うのか。例え地球に戻ったとしても、俺には帰るべき場所も愛すべき者もいないのだ。この大宇宙の戦場こそ、俺が生きて――そして死ぬべき場所なのだ」
「さすればまるで騎士たる如く、か。この混迷の時代に在ってはその気高さも良かろう。だがな、これは友人としての忠告だ。いまは騎士も円卓に戻る時間なのだぞ、スペースサメハンター」
友。それは久しくスペースサメハンターの心から喪われていた概念であった。忘れたはずのものであった。捨てたはずのものであった。遠い過去に、彼が無くしたものであった。
「俺を、俺を友と呼ぶのか」
「呼ばせてくれい、スペースサメハンター。俺たちは共に死線を潜り抜けた仲、戦友同士ではないか」
「友と呼べる者は皆死んだ。俺を友と呼ぶ者は、皆俺より先に逝ってしまった。だからよせ、デスフラグ。俺を友と呼ぶな」
「なんのなんの、地獄の底より帰ってきたこの身よ。悪鬼羅刹も、今更俺に地獄の門は開くまいて」
戦士は戦士を知る。デスフラグ提督は、真の戦士のみが持ち得る優しさを以って説得を続けた。
「もとより、太陽系人類文明は貴様一人に借りを作り過ぎだ。いまこそ、それを返済すべき時なのだ」
「俺は人類に貸しなど作っておらん。例えそんなものがあったとしても償還なんぞ求めん」
「この強情張りめ。しかしな、いまは休むべき時ぞスペースサメハンター。貴様に帰るべき場所が無いならば、愛すべき人がいないならば、いつでもそれを新たに見いだし、新たに求めればよいのだ。人類とはそういう生き物で、そういう人類のために、これまで貴様は戦ってきたのだろう?」
「俺はスペースサメハンター。愛も平穏も無用だ」
「それでも貴様は人間だ。人間らしく生きろ、スペースサメハンター」
スペースサメハンターは想った。まだ自分がサメと戦う道を選んでいなかった時代のことを。人並みの幸福を願い、人並みの夢を想っていた時代が彼にもあった。例え人類社会の誰ひとりが知らずとも、彼自身はそれを忘れず憶えていた。自分の心の深海底に、錨を繋いで沈めていたのだ。だがいま、ゆっくりと錨鎖は引き上げられる――
「……では行け、デスフラグ。貴様とその
「応よ、スペースサメハンター。
いま、“
「ところでだな、スペースサメハンター。この戦いが終わったらな」
「――貴様の結婚式の招待状なぞ絶対に受け取らんぞデスフラグ!」
「む、何の話だそれは。おれはただ“
「それだけか」
「それだけだが。まあ茶ぐらいは出すさ」
どちらともなく笑みがこぼれる。最悪の戦場を眼前に控えて、好漢二人は朗らかに笑った。笑って笑って、そして笑った。それはまるで地球の緑の丘を爽やかに照らす5月の日差しのようだった。世が世ならば、この二人が平和裏に出会い、そこで固く友情を結び、生涯の友として生きて行く道があったのかも知れない。世が世ならば、この二人によって人類は、もっと別の発展を成し遂げることが出来たのかも知れない。だが、宇宙はそれほど人に優しくはなかった。もしも宇宙が人に優しい空間であったならば、そこにサメなどいなかっただろう。
「やったか!?」
その願いは空しく虚空に掻き消され、やがて8月の暑い日差しよりもさらに強く、厳しい光が
「“
「デスフラグの大馬鹿野郎!地獄の門を閉ざされるような男だからこそ、天国の扉に招かれるんじゃないか!馬鹿野郎め……」
スペースサメハンターは独り操舵席で涙した。それは新たに得たばかりの友を失い嘆く、熱い滂沱であった。
「シップAI、戦闘態勢に移行する。
且つては三惑星随一の快足を誇り大宇宙の女神と称えられた高速
「
「チャンスは残り三回です」
どこか楽しげにシップAIは告げた。三回のチャンスがあるということは、しかしスペースサメハンターにとっては無制限の機会を与えられたに等しい。
「シップAI、タキオン魚雷を使用する。方位盤に諸元入力」「了解キャプテン、予測計算を開始します。的が大きい分当てるのは楽ですね。射出方位角ならびに作動時刻、推定完了。コンマスリーで両舷連続発射を解析」「攻撃を承認する。シーケンサー同調、
タキオン魚雷は“
2基の魚雷はあらかじめ決定された命中航跡を描き、巨大サメの頭部左右でほぼ同時に近接信管を作動させた。魚雷内部に搭載されていた重力渦縮退弾頭が瞬時に2つのマイクロブラックホールを形成し、目標は
いままでは。
しかし見よ!巨大サメは2つのブラックホールにその身を引き裂かれながらも、躊躇うことなく前進を続けるのだ。やがてその体は何事もなかったかのように再びひとつに結合し、そして形成されていたはずのマイクロブラックホールは何処かへと消えた。
「何が起きた!?解析しろ」「サメがこちらを捉えました、攻撃が来ます」サメの両眼が妖しく輝き、宇宙空間を
「残留タキオン粒子を検知。目標はタキオンを放出して
時間を制御する生命ならば、どれほどの被害を受けても過去を書き換え常に自らの存在を再定義することができる。恐るべきサメの能力は遂に時間の流れを制御するに至ったのだ。危うしスペースサメハンター!だがしかし、彼の目は見逃さなかった。何を?
巨大サメの横腹には深い傷跡が残されていた。それは果敢にもサメに挑んだ“
「『“
「デスフラグの奴め、味なマネをする……。もし生きていればさぞや自慢したろうものをなあ」
しかし、スペースサメハンターの目は直ちにそのメッセージの持つ意味とその価値に気づいたのだ。
「なぜ、なぜサメはあの傷を消さない?ヤツがタキオンを自在にコントロールできるのならば、あの程度のかすり傷など造作もなく消し去れるはずだ」
「サメがもし自分を取り巻く範囲の
「イエス、キャプテン。サメが何らかの器官を用いてタキオンを発振するとして、そのタキオン波が影響する範囲に一定の距離が必要な可能性はあります」
「そうだな、
スペースサメハンターの脳裏に、雄々しく戦った“
「そうか……そうかわかったぞ、ありがとうデスフラグ!やはり君は最高の友だ!」
「シップAI、ヤツに
「しかしキャプテン、本船は衝角を有しません」「ああ、だからな。攻撃の、」
「チャンスは残り一回だ」
どこか楽しそうにスペースサメハンターは告げた。
「
“
「タキオン魚雷作動、ただし発射管は開くな!」「了解キャプテン、さようなら!ありがとう、わたしをここまで連れてきてくれて。やっとあの
“
2つのタキオン波が激しく激突し、互いの過去を書き換える。それは自分自身の過去を、そして現在を強固に定義する行為であった。相反する現在は相反する現在の存在を許さず、自己矛盾と他者拒絶は相克し、そして――
あらゆるサメに共通して言えるのは、サメは強力な捕食者だという事実である。相手を喰らうことによって、サメはすべての生命の上に君臨し宇宙ピラミッドの頂点に立つまでに至った。故に、例えどれほど進化を遂げていようとも、自身の存続が危ぶまれるほどの強力な敵対者と出会ったならば、サメは巨大な顎を開いて、その者を喰らおうとするのだ。
最後のタキオン魚雷は巨大サメの咥内で信管を起爆し、ブラックホールを形成した。2つのタキオン干渉波が、
タキオン粒子の臨界爆縮は時空間に巨大な嵐を巻き起こした。過去が、未来が、そして現在が次々と暴力的に書き換えられていく。あるものはないものとなり、ないものはあるものとなる。果てしなき時間の流れの内側にいた者たちにとっては、その変貌の片鱗さえも認識することが出来なかった。観測者がいないまま、シュレディンガーの猫たちは幾度となく生と死を繰り返した。
太陽系最外縁にその巨体を浮かべ、その名の通り冥王が如くに威容を放っていた太陽系第9惑星
その後太陽系でスペースサメハンターの姿を見た者はない。彼はこの時空間から、何処かへと永遠に去って行ったのだ。さらばスペースサメハンター。
否である。
彼はいた。強く固く存在した。どこに?時間の流れの外側に。誰の目にも映ることなく、誰一人知る由もなく、スペースサメハンターはタキオンの奔流を過去に向かって進み続ける。サメが再び過去を規定し実体化を試みるその度に、スペースサメハンターは
第一日、主は「光あれ」と言われた。するとそこにサメが現われた。これが宇宙の始まりである。
第二日、主は「やめよ」と言われた。しかしサメは主を喰い殺した。これが宇宙の成立ちである。
よってサメこそはこの宇宙の
いま、スペースサメハンター最大にして最後の戦いが幕を開ける。これが宇宙の第三日である。
その
君だ。
君自身なのだ。
君はその答えを知っている。戦いの行く末を知っている。
問おう、読者諸君。窓に立ち、刮目して夜空を見よ。君の夜空にサメの姿はあるか?もしも星々のさなかにサメの姿が見えたならば、それは遥か太古の昔にスペースサメハンターが敗れた証。この宇宙が恐怖と暴力の怪物に支配されている証拠なのだ。
だがしかし、もしも君の夜空が平穏に満ち、星々が美しい輝きで地上を照らし出すのならば、それは時間と空間の最果てでスペースサメハンターが高らかに揚げた、勝利の凱歌の煌きなのだ。
スペースサメハンターの物語を終わらせるものは、君の瞳にほかならない。
重ねて問おう、読者諸君。君の夜空に、サメの姿はあるか!?
スペースサメハンター <完>
スペースサメハンター あぼがど @abogard
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