スペースサメハンター

あぼがど

エピソード7「さらば地球よ太陽系よ スペースサメハンター永遠に(最終回)」

「チャンスは残り三回です」どこか楽しげに声は告げた。

 三回のチャンスがあるということは、その男にとっては無制限の機会を与えられたに等しい。ワンショット・ワンキル一撃必殺こそ、その男の信念であるが故に。太陽系最外縁惑星、冥王星プルートゥの淵から遥かにオールトの雲を睨む、その顔はしかみ……


 且つては、その男にも家族があった。友人が、仲間が、愛を捧げた女がいた。しかしいまはもう誰もいない。皆宇宙の怪物によって殺害され、過去の存在となった。ただ空虚な現在だけが男の手の中に残された。


「復讐のためか?」人々は問うた。

「未来のためだ」男は答えた。

「俺は人類の未来と宇宙の平和のために戦うのだ。あの恐るべき悪魔、呪われし大宇宙の魔物――」


「サメとな」


 太陽系の守護神、人類最後の救世主。何もかも全て投げ打って、人生を賭してただ独り、屠鮫銛シャープーンを片手にサメと戦うその男。

 人は彼をこう呼ぶ。

 

スペースサメハンター


 スペースサメハンターは宇宙のサメハンターである。彼の操る宇宙船“流星改グレイス”号は太陽系最速のスペースシップである。人類の未来と太陽系の平和のために、今日もスペースサメハンターは宇宙を飛ぶのだ。君の夜空に、サメの姿はあるか!?


エピソード7「さらば地球よ太陽系よ スペースサメハンター永遠に(最終回)」


※前回のあらすじ:突如として月面のスペースサメ探知レーダーに捕捉された巨大な影。それは空前絶後の大きさを誇る巨大サメの姿だった。太陽系に危機が迫り、誰もが絶望と諦めの底に沈んだその時に、ひとり“流星改グレイス”号を駆るスペースサメハンター!冥王星プルートゥ軌道上で巨大サメ撃退の準備は出来た。しかしそのときスペースサメハンターのもとに、謎の通信が入る……。


「応答せよ、”流星改グレイス”号。こちらは統合J太陽系S防衛DF所属、超弩級宇宙戦艦スーパー・ドレッドノート無慈悲マーセレス”号である。貴船は我が進路上にあり、本艦の通航を阻害している。ただちに転舵し航路を開放せよ。繰り返す、こちらは統合J太陽系S防衛DF所属……」


 “流星改グレイス”号の背後に、これまで太陽系人類文明が決して建造し得なかったほどの、強力な宇宙戦艦が迫る。伝統ある紡錘スピンドル型船体に全周隙無く配置された360サンチ4連装渦動破壊砲ヴォルテックス・ブラスター塔をはじめとする無数の兵装群。そびえる屈曲斜塔フソウ型艦橋。外観はまさに統合J太陽系S防衛DFの軍艦であるが、その艦首にはこれまでいかなる戦闘艦も装備し得なかった三連結合螺旋回転衝角トライデンドリルが蠢き、なによりもそのサイズは従来の常識的なスケールを遥かに超える、統合人類政府の首都ニュー・ニューヨークにそびえ立つ超望摩天楼ハイ・ライズをそのまま戦闘艦にしたかのような巨大さだ。いずれは太陽系に襲い来るであろう巨大サメを迎え撃つために極秘に建造されていた新造戦艦が、間一髪のタイミングでこの危機に間に合い、太陽系の防波堤ならんと布陣したのである。この巨艦を前にしては、さしもの “流星改グレイス”号も小舟と言ってよかった。だが、そんなことで動じるスペースサメハンターではない。


「“無慈悲マーセレス”号?そんな名前の艦は知らんぞ。どうやら船籍登録簿にも記載が無いな。優先通航権は当方にある、得体の知れんフネに航路を譲る謂れはない」


 “無慈悲マーセレス”号の無線士官はなにか鼻白んだような音声を発し、怒りに震えて二の句を告げようとした、だが、そこに割って入る音声があった。鬼神もこれを避けよう程の凄味がノイズの向こう側から確かに感じ取られる、そんな声色であった。


「失礼ながら貴船の備えている船籍登録簿は版が古いようだな。一度地球に戻り最新版に積み換えてきてはどうだ」

「なんだと」


 同時に“流星改グレイス”号のモニターに1人の軍人が投影される。紺碧の上衣に深紅の縁取レッズ・イン・ブルーのJSDF将官制服を一部の隙も無く着こなした提督アドミラルである。宇宙船乗りスペースマンらしからぬ頑健な身体には戦士の資質が宿り、そしてその顔は、醜く潰れ、焼かれ、千々に乱れて縫い合わされていた。死体を寄せ集めて作り出されたフランケンシュタインの怪物もかくや、眼帯で片目を覆う様は古代地球文明の海賊船長のようでもあった。女子供なら悲鳴を上げて逃げ惑う容姿、二目と見られぬその姿に、しかしスペースサメハンターは見覚えがあった。ひとつだけ無事に残った隻眼に宿る光に、決して忘れられぬ輝きがあった。


「まさか君は……デスフラグ大佐!?生きていたのか!!」


「ククク……そのまさかよ、スペースサメハンター。この通り地獄の底から舞い戻って来たぜ。もっとも、いまは特進して少将だがな。防衛軍も人手不足で、俺も提督アドミラル様方の仲間入りさ」その男は到底「笑み」とは言えないような表情を浮かべて、襟元に輝くふたつのプラチナ・スターを示した。

 嗚呼、誰が知ろうか。モニターに映る世にもおぞましき面相のこの人物が、且つては眉目秀麗にして才気煥発な統合J太陽系S防衛DFきっての若きエリート士官であったことを。スペースサメハンターと艦を並べて火星・オリンポス居留地の人々をサメの脅威から守り抜き、しかして乗艦ユリシスターズ号と共に宇宙に散ったと思われた(※エピソード5「恐怖のサメフロツキーズ現象!火星にサメの雨が降る」参照)その男が、いままさに最大の敵を相手にせんとするスペースサメハンターのもとに現れたのだ。勇士は再び、相見えた。


「この戦い、俺と“無慈悲マーセレス”号が引き受けるぞ、スペースサメハンター。貴様独りが、常に無謀な戦いに赴くことはないのだ。今は引け。退いてその身を休めろ」

「成る程結構な提案だがなデスフラグよ、一体どこへ引けと言うのか。例え地球に戻ったとしても、俺には帰るべき場所も愛すべき者もいないのだ。この大宇宙の戦場こそ、俺が生きて――そして死ぬべき場所なのだ」

「さすればまるで騎士たる如く、か。この混迷の時代に在ってはその気高さも良かろう。だがな、これは友人としての忠告だ。いまは騎士も円卓に戻る時間なのだぞ、スペースサメハンター」


 友。それは久しくスペースサメハンターの心から喪われていた概念であった。忘れたはずのものであった。捨てたはずのものであった。遠い過去に、彼が無くしたものであった。


「俺を、俺を友と呼ぶのか」

「呼ばせてくれい、スペースサメハンター。俺たちは共に死線を潜り抜けた仲、戦友同士ではないか」

「友と呼べる者は皆死んだ。俺を友と呼ぶ者は、皆俺より先に逝ってしまった。だからよせ、デスフラグ。俺を友と呼ぶな」

「なんのなんの、地獄の底より帰ってきたこの身よ。悪鬼羅刹も、今更俺に地獄の門は開くまいて」


 戦士は戦士を知る。デスフラグ提督は、真の戦士のみが持ち得る優しさを以って説得を続けた。


「もとより、太陽系人類文明は貴様一人に借りを作り過ぎだ。いまこそ、それを返済すべき時なのだ」

「俺は人類に貸しなど作っておらん。例えそんなものがあったとしても償還なんぞ求めん」

「この強情張りめ。しかしな、いまは休むべき時ぞスペースサメハンター。貴様に帰るべき場所が無いならば、愛すべき人がいないならば、いつでもそれを新たに見いだし、新たに求めればよいのだ。人類とはそういう生き物で、そういう人類のために、これまで貴様は戦ってきたのだろう?」

「俺はスペースサメハンター。愛も平穏も無用だ」

「それでも貴様は人間だ。人間らしく生きろ、スペースサメハンター」


 スペースサメハンターは想った。まだ自分がサメと戦う道を選んでいなかった時代のことを。人並みの幸福を願い、人並みの夢を想っていた時代が彼にもあった。例え人類社会の誰ひとりが知らずとも、彼自身はそれを忘れず憶えていた。自分の心の深海底に、錨を繋いで沈めていたのだ。だがいま、ゆっくりと錨鎖は引き上げられる――


「……では行け、デスフラグ。貴様とその豪奢ゴージャスな戦艦の戦いを、特等席からとくと見守らせてもらうぞ」

「応よ、スペースサメハンター。コーラを飲んでポップコーンコーク&ポップでも食っていろ。上映時間は短いだろうがな」


 いま、“流星改グレイス”号はその生涯においてはじめて他船に航路を譲り、人類の命運を乗せて巨艦が征く。この“無慈悲マーセレス”号の乗組員ひとりひとりが、人類史上且つてないほどの高度な戦闘訓練を受けた最優秀の宇宙船乗りスペースマンなのだ。勝利を疑うものなど、誰一人あろうはずもなかった。


「ところでだな、スペースサメハンター。この戦いが終わったらな」

「――貴様の結婚式の招待状なぞ絶対に受け取らんぞデスフラグ!」

「む、何の話だそれは。おれはただ“無慈悲マーセレス”号の艦内を案内してやろうと思っただけだぞ」

「それだけか」

「それだけだが。まあ茶ぐらいは出すさ」


 どちらともなく笑みがこぼれる。最悪の戦場を眼前に控えて、好漢二人は朗らかに笑った。笑って笑って、そして笑った。それはまるで地球の緑の丘を爽やかに照らす5月の日差しのようだった。世が世ならば、この二人が平和裏に出会い、そこで固く友情を結び、生涯の友として生きて行く道があったのかも知れない。世が世ならば、この二人によって人類は、もっと別の発展を成し遂げることが出来たのかも知れない。だが、宇宙はそれほど人に優しくはなかった。もしも宇宙が人に優しい空間であったならば、そこにサメなどいなかっただろう。


「やったか!?」


 その願いは空しく虚空に掻き消され、やがて8月の暑い日差しよりもさらに強く、厳しい光が太陽圏界面ヘリオポーズの漆黒の闇を貫き、冥王星プルートゥ近傍の極寒のエーテルを水星マーキュリー付近のそれのように沸騰させた。巨大なサメの獰猛なシルエットが、先刻までは宇宙戦艦であった残骸の中から“流星改グレイス”号をめがけて迫りくる。


「“無慈悲マーセレス”号の船体は完全に破壊された模様。救命信号ならびに生存者の反応は一切ありません」どこか楽しげに声は告げた。どれほど戦闘用の特殊装備を追加しても、“流星改グレイス”号のシップAIには、かつて高速帆船セイラーだった時代の平和で楽天的な気質が残されているのだ。日頃は孤独を紛らし悲しみを癒すその軽口が、いまはスペースサメハンターの心に突き刺さった。


「デスフラグの大馬鹿野郎!地獄の門を閉ざされるような男だからこそ、天国の扉に招かれるんじゃないか!馬鹿野郎め……」

 スペースサメハンターは独り操舵席で涙した。それは新たに得たばかりの友を失い嘆く、熱い滂沱であった。


「シップAI、戦闘態勢に移行する。武装展開バトルドレス!」「了解キャプテン、変形開始トランスモーフします」


 且つては三惑星随一の快足を誇り大宇宙の女神と称えられた高速帆船セイラー優雅グレイス”号。しかしコレヒドール暗礁宙域サルガッソーでサメの襲撃を受け本来の乗り手を喪い、女船長の最後の遺言でスペースサメハンターの所有となった超快速戦闘艦コルベットである。長距離航行用の太陽帆ソーラーセイルを収容し、高機動鰭マニューバフリップを展開する。幾度となく繰り返される戦闘と度重なる改修を受けた“流星改グレイス”号のその船体は、いまや仇敵であるサメの姿をそのまま映し取ったかのような形状と化していた。古代金星人がピラミッド神殿に残した謎の碑文字「サメを追うものはサメになる」とは、まさにこのことを予言していたのだ。


会鮫エンゲージまで3600と予想。有効打を与える可能性のある兵装は魚雷だけですが、搭載されているのは予備を含めて3基のみです」「仕方あるまい、ほとんどの装備は月面港ムーンベイスに置いて行かざるを得なかったからな」「つまりキャプテン、攻撃の」


「チャンスは残り三回です」


 どこか楽しげにシップAIは告げた。三回のチャンスがあるということは、しかしスペースサメハンターにとっては無制限の機会を与えられたに等しい。ワンショット・ワンキル一撃必殺の世界で、常に彼は戦ってきたのだ。

「シップAI、タキオン魚雷を使用する。方位盤に諸元入力」「了解キャプテン、予測計算を開始します。的が大きい分当てるのは楽ですね。射出方位角ならびに作動時刻、推定完了。コンマスリーで両舷連続発射を解析」「攻撃を承認する。シーケンサー同調、未来確定フューチャーリングせよ」「魚雷1号命中、2号命中。2秒後に発射管開きます。いま!」

 タキオン魚雷は“流星改グレイス”号の主力兵装である。時空間に干渉するタキオン波を利用し、未来から投射された躯体はあらかじめ決定された過去に向かって超空間を遡航する。時間流の外側に潜伏して必中の攻撃を敢行する特殊兵器。故にそれはミサイルではなく魚雷トーピドゥと呼ばれるのだ。生命が時間の流れに沿って存在し続ける限りタキオン兵器を避けることはおよそ不可能であり、これぞまさにスペースサメハンターが幾度となくサメを屠ることが出来た驚異の秘密兵器であった。

 2基の魚雷はあらかじめ決定された命中航跡を描き、巨大サメの頭部左右でほぼ同時に近接信管を作動させた。魚雷内部に搭載されていた重力渦縮退弾頭が瞬時に2つのマイクロブラックホールを形成し、目標は事象の地平線イベント・ホライズンによってまっぷたつに引き裂かれるのだ。いままで、この攻撃を逃れ得たサメは居ない。


 いままでは。


 しかし見よ!巨大サメは2つのブラックホールにその身を引き裂かれながらも、躊躇うことなく前進を続けるのだ。やがてその体は何事もなかったかのように再びひとつに結合し、そして形成されていたはずのマイクロブラックホールは何処かへと消えた。


「何が起きた!?解析しろ」「サメがこちらを捉えました、攻撃が来ます」サメの両眼が妖しく輝き、宇宙空間を鮫体発振光線サメーザーが貫く!しかし、この程度の攻撃を躱すことは、スペースサメハンターにとって造作もなかった。


「残留タキオン粒子を検知。目標はタキオンを放出して過去事象カコジェンに干渉したものと推測されます」「なんだと」

 時間を制御する生命ならば、どれほどの被害を受けても過去を書き換え常に自らの存在を再定義することができる。恐るべきサメの能力は遂に時間の流れを制御するに至ったのだ。危うしスペースサメハンター!だがしかし、彼の目は見逃さなかった。何を?


 巨大サメの横腹には深い傷跡が残されていた。それは果敢にもサメに挑んだ“無慈悲マーセレス”号の三連結合螺旋回転衝角トライデンドリルが刻み付けた、勇戦の記録であった。そして驚くなかれ、それは標準太陽系公用語で記述されたメッセージだったのだ!


「『“無慈悲マーセレス”号に乗り組む勇士364名、ここに眠る。ただでは死なんぞ。署名:統合J太陽系S防衛DF少将 R.I.P.デスフラグ』以上です」

「デスフラグの奴め、味なマネをする……。もし生きていればさぞや自慢したろうものをなあ」


 しかし、スペースサメハンターの目は直ちにそのメッセージの持つ意味とその価値に気づいたのだ。


「なぜ、なぜサメはあの傷を消さない?ヤツがタキオンを自在にコントロールできるのならば、あの程度のかすり傷など造作もなく消し去れるはずだ」


「サメがもし自分を取り巻く範囲の過去事象カコジェンに干渉し、そこで自らの生存を再定義しているのならば、あるいは自分自身の過去そのものを再定義することは叶わないのかもしれん」

「イエス、キャプテン。サメが何らかの器官を用いてタキオンを発振するとして、そのタキオン波が影響する範囲に一定の距離が必要な可能性はあります」

「そうだな、ヴォイドで自らの存在を維持しなければタキオン魚雷も時間遡航は出来ない。どれほど宇宙が冷徹であってもそこに働く物理法則は平等なのだ……」


 スペースサメハンターの脳裏に、雄々しく戦った“無慈悲マーセレス”号の姿がよみがえる。彼らは何を成し遂げたのか。何を残して散っていったのか。戦士は戦士を知る、その一挙手一投足を戦士は知るのだ。

「そうか……そうかわかったぞ、ありがとうデスフラグ!やはり君は最高の友だ!」


「シップAI、ヤツに衝角突撃ラムアタックを仕掛けるぞ。ヴォイドの内側に入り込めばサメを倒すこともできよう。デスフラグと“無慈悲マーセレス”号がそれを教えてくれた」

「しかしキャプテン、本船は衝角を有しません」「ああ、だからな。攻撃の、」


「チャンスは残り一回だ」


どこか楽しそうにスペースサメハンターは告げた。


吶喊とっかん!」


 “流星改グレイス”号はその名の如くにオールトの雲海を優雅に流星のように飛翔する。巨大サメが如何に全身から鮫体発振光線サメーザーを発し巨顎から鮫牙投槍弾ジョーベリンの攻撃を加えようとも、スペースサメハンターと“流星改グレイス”号の美しくも勇猛な武闘舞踏ナートゥの前には成す術もない。


「タキオン魚雷作動、ただし発射管は開くな!」「了解キャプテン、さようなら!ありがとう、わたしをここまで連れてきてくれて。やっとあのひとのもとに、わたしはけます」


 “流星改グレイス”号シップAIはその最後の瞬間、過去に思いを投じた。彼女がまだ、優雅な高速帆船セイラーであった頃を。女船長と共に太陽風に虹色の帆を掛けていたときを。


 2つのタキオン波が激しく激突し、互いの過去を書き換える。それは自分自身の過去を、そして現在を強固に定義する行為であった。相反する現在は相反する現在の存在を許さず、自己矛盾と他者拒絶は相克し、そして――


 あらゆるサメに共通して言えるのは、サメは強力な捕食者だという事実である。相手を喰らうことによって、サメはすべての生命の上に君臨し宇宙ピラミッドの頂点に立つまでに至った。故に、例えどれほど進化を遂げていようとも、自身の存続が危ぶまれるほどの強力な敵対者と出会ったならば、サメは巨大な顎を開いて、その者を喰らおうとするのだ。


 最後のタキオン魚雷は巨大サメの咥内で信管を起爆し、ブラックホールを形成した。2つのタキオン干渉波が、大渦メールシュトロームを巻いて事象の地平線イベント・ホライズンの彼方へと消えていく。“流星改グレイス”号が優雅に消滅していくそのとき、咄嗟に愛用の屠鮫銛シャープーンを掴んでいなければ、スペースサメハンターのその身もまた、消滅していたであろう。だが時間と空間の奔流に銛を突き立て、彼は迷うことなくサメの姿を求めた。過去へ立ち返り、自らの存在を再定義するサメの姿を求めた。それこそが崩壊しようとする自らの自我を留めて自己同一性アイデンティティを規定する行為であった。時間と空間を超え、それは常に現在であり過去であり、未来でもある。宇宙空間でサメを屠るものザ・マン・フー・スローター・シャーク・イン・スペース、スペースサメハンター。


 タキオン粒子の臨界爆縮は時空間に巨大な嵐を巻き起こした。過去が、未来が、そして現在が次々と暴力的に書き換えられていく。あるものはないものとなり、ないものはあるものとなる。果てしなき時間の流れの内側にいた者たちにとっては、その変貌の片鱗さえも認識することが出来なかった。観測者がいないまま、シュレディンガーの猫たちは幾度となく生と死を繰り返した。

 太陽系最外縁にその巨体を浮かべ、その名の通り冥王が如くに威容を放っていた太陽系第9惑星冥王星プルートゥは千々に砕けて準惑星の座に転げ落ちた。人類で初めて宇宙空間でサメと遭遇したアポロ14号の悲劇は、最初から無かったこととなった。そのかわりに様々な事象が、誰に気づかれることもなく歴史の中に書き加えられた。地球には6番目の大陸が生じ、恐竜の時代は1億年以上も延長された。アデリーペンギンが絶滅することは無かった。サバローグは新たにカッパレイした。そうして太陽系は新たな安定と秩序を取り戻した。


 その後太陽系でスペースサメハンターの姿を見た者はない。彼はこの時空間から、何処かへと永遠に去って行ったのだ。さらばスペースサメハンター。

 

 否である。


 彼はいた。強く固く存在した。どこに?時間の流れの外側に。誰の目にも映ることなく、誰一人知る由もなく、スペースサメハンターはタキオンの奔流を過去に向かって進み続ける。サメが再び過去を規定し実体化を試みるその度に、スペースサメハンターは屠鮫銛シャープーンを振るってこれを挫いた。時間線タイムラインを逆行しながら戦いは続く。全ての宇宙の誕生と、全ての生命の死を眼下に見守りながら、スペースサメハンターは、その意志エネルギーは、一心不乱にサメを追跡し続けたのだ。



 第一日、主は「光あれ」と言われた。するとそこにサメが現われた。これが宇宙の始まりである。

 第二日、主は「やめよ」と言われた。しかしサメは主を喰い殺した。これが宇宙の成立ちである。



 よってサメこそはこの宇宙の根源アーキテクトである。サメに抗い、これに立ち向かわんとするは宇宙の真理に敵対する行為に等しい。だが、ここにひとり、敢えてサメに抗い、立ち向う者がいる。宇宙の真理を敵にして尚、恐れることもなく怯えることもなく、ひたすらにサメと戦うその男。タキオンの奔流を遥かに遡り、時間と空間の登竜門鯉のタキオン登りを征したその身体はもはや人間のものではなく、しかし純粋なエネルギーの場に残り続けた想いは人の姿形をとどめて、その燃える腕には光り輝く屠鮫銛シャープーンを固く、強く、握りしめる。天地開闢の場でサメに挑むその勇姿。人を超え、神を超えて、その者のすべてはその者自身の持つ名前が体現していた。すなわち、


スペースサメハンタースペースサメハンター


 いま、スペースサメハンター最大にして最後の戦いが幕を開ける。これが宇宙の第三日である。

 その神話的戦いゴッズウォーの勝敗や如何に。答えを知るのは、それは、


 君だ。


 君自身なのだ。


 君はその答えを知っている。戦いの行く末を知っている。


 問おう、読者諸君。窓に立ち、刮目して夜空を見よ。君の夜空にサメの姿はあるか?もしも星々のさなかにサメの姿が見えたならば、それは遥か太古の昔にスペースサメハンターが敗れた証。この宇宙が恐怖と暴力の怪物に支配されている証拠なのだ。


 だがしかし、もしも君の夜空が平穏に満ち、星々が美しい輝きで地上を照らし出すのならば、それは時間と空間の最果てでスペースサメハンターが高らかに揚げた、勝利の凱歌の煌きなのだ。


 スペースサメハンターの物語を終わらせるものは、君の瞳にほかならない。


 重ねて問おう、読者諸君。君の夜空に、サメの姿はあるか!?


 


スペースサメハンター <完>

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スペースサメハンター あぼがど @abogard

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