第12話 凛・ザ・ワードオブビギニング

 その映像は衝撃的なものだった。

 訓練場らしき場所に設置された魔物を模したターゲット像、それらが凛の「言葉」一つで崩壊していく。


『爆ぜろ』と言えば爆散する。

『捻じれろ』と言えば捻じれる。


 動く像に対して『動くな』と言えば止まるし、『倒れろ』と言えば倒れる。


 言葉が物理作用を及ぼす『ザ・ワード』という魔法は、ダンジョンがこの世界に出現した当初に新宿ダンジョンで発見された魔法書に記されていたものだ。


 しかし使用に必要な魔力が大きすぎて、これまで実戦に投入できる魔法使いは存在しなかった。


 七星凛は、『魔法技術振興機構』が開発した新造魔力ブーストにより、この伝説的魔法を実戦投入できる初の魔法使いとして紹介されていたのだった。


「ザ・ワードですか。これは大したものですねぇ」


 呟きと共に真央が目を開く。


「起きてたのかい、真央ちゃん」

「いま起きました!」

「あれって、真央ちゃんが大したものって言うくらい凄い魔法なの?」

「そうですね、とにかく魔力を喰います。効果は確かに凄いんですがコスパが悪いので、あちらの世界でも使い手があまり居なかった魔法です」


 それはあまり良い評価ではないのでは? と和弘は顎に手を当て考え込んだ。

 だって、結局使い手は少なかった魔法なんだろう?


「真央ちゃんでも実戦レベルには使いこなせないの?」

「いまの真央ちゃんでは無理ですね! ダンジョンの奥にある魔王の『チカラの欠片』を集めた末なら話は別ですが」


 首を振る真央だった。

 それまで黙っていた立夏が、呆然とした表情のまま声を出す。


「……凛ちゃんの魔力は、他の魔法士と比べて別段秀でたものじゃなかったわ。いったいどんなことをすれば、そこまで魔力を拡張できるというの」

「そりゃあもう、人の道に外れるような実験的チューニングに決まってますよ」


 あっけらかん、と真央は答えた。


「元の世界でも、人為的に魔力総量を上げるのはタブー視されるほどに危険な方法ばかりでした。まだ魔法学の歴史も浅いこの世界でこの結果、いったいどれだけのリスクを負った行為なのだか、真央ちゃんには想像もつきません」

「そ、そんな……」


 やがてニュースは他の話題に移った。

 せっかくの酔いが醒めてしまう気持ちで、俺たちは後片付けを始めたのだった。


 ◇◆◇◆


 次の週末。

 季節は雨季をすぎ、そろそろ夏が始まろうかという時期。


 小学校の授業も長期休暇を前にして短くなったので、真央が帰った午後にダンジョンへと潜ることが増えてきた。

 アタック時間が短くなるので、主にやることは探索庁が管理募集する『討伐クエスト』の回収だった。


 これはダンジョンに潜った各パーティーから報告された魔物の中から、探索庁が『探索を妨害している』と認定した強い魔物に討伐報奨を与えるというものだ。

 ダンジョンの攻略は、こういった『討伐クエスト級』の魔物を皆で刈って、少しづつ奥へと足を伸ばしていく形になっている。


 現在、新宿ダンジョンの最高到達層数は地下15層。

 ここのボス的な魔物が先の層への門番をしていて、未だ先へと進めていないのはダンジョンマニアたちには公然の秘密だった。


「今日の討伐クエストは9層の<リビング・スタチュー>だね」


”歩く石像! その魔物、久々に聞いたわ”

”ダンジョンが生み出す魔法生物だっけ?”


 和弘の言葉にコメントが反応した。

 立夏が頷く。


「そうね、クエスト依頼書によると大型の仏像タイプみたい」


”ぎゃー強敵そう!”

”仏像タイプ、ヤバいだろ”

”神や仏を模した魔物は強いと相場が決まってる”


「そういうモノなの? 立夏」

「そんな傾向はあるかも。<リビング・スタチュー>は、模した存在の力を模するぽいから」

「……なるほど、じゃあ強敵か」

「大丈夫! どんな魔物だとしても、真央ちゃんの手に掛かれば赤子も同然ですから!」


 ばばーん、と決めポーズで胸を張った真央。

 和弘はそれをカメラで収めながら笑った。


「手を捻っちゃおうか真央ちゃん!」

「ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅーってします!」


”リアルに痛そうでワロタw”

”赤子泣いちゃう!”

”やさしくしてあげて!”


 一行はダンジョンに潜り始めた。

 道中、幾度かの戦闘を挟みつつ9層へと到着する頃には、もう二時間は経っている。

 それでも配信の視聴同接は減るどころか膨らむ一方、今や三人は押しも押されぬトップ配信者だった。


「ぎゅぎゅぎゅぎゅーって!」

「真央ちゃん気に入ったのね、それ……」


”いつもながら強い”

”この安定感よ”

”三人ともバケモノ級だよね”

”ひっそり勘定に入っているお兄さん!”

”さあボス戦かー!?”


「9層だね立夏。その<リビング・スタチュー>はどの辺に生息してるんだろ」

「ワンダリングタイプではなく、決まった場所に居るみたいね。10層への階段前大広間だって」

「強敵がそんなところに陣取ってたら、そりゃあ邪魔か」

「討伐案件にもなるわけね」


 そして彼らは大広間へと到着したのだった。そこには――。


”うおおおおお、でかい!”

”あの高さ、配信で見ても四階建てのビルくらいはないか!?”


 巨大な仏像が立っていた。

 コメントが言う通りに、その大きさはちょっとしたビルを超える。

 重量級の<リビング・スタチュー>が、ズズンと大広間の真ん中に居たのだった。


「いきますよ<リビング・スタチュー>さん!」

「待って、真央ちゃん!」


 駆けだそうとした真央を、和弘が止めた。


”どうしたお兄さん?”

”ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅーしよ”

”いやまて、あそこ”


「……足元に、誰か居る」


 和弘がカメラをズームする。そこに居たのは。

 黒スーツに身を包んだ、ゆるふわ両おさげの栗色髪。


「凛……ちゃん?」


”凛?”

”なんか見覚えあるな”

”あれだろ? こないだニュースでやってた”

”ああ確か”


 ――凛・ザ・ワードオブビギニング。

『始まりの言葉』を冠された女の子が、魔法銃を手に立っていたのだった。


「……ずいぶん遅いご到着で。ザ・クワドラプル」


 鈴のような高い声が、ダンジョン内に響く。

 ビルほどの大きさがある仏像を背に、凛は三人を――いや立夏を見つめていた。


「どうしてこんなところに居るの、凛ちゃん!」

「決まってるじゃないですか、実戦調整ですよ。実験室の中でのデータは、しょせん実験室でのものでしかありませんから」

「調整って、こんな奥まで一人で!? なにかあったらどうするつもりなの!?」


 立夏の言葉に、凛は「はっ」と呆れたような笑い声をあげた。


「あなただって、これくらいの層までよく一人で潜っていたじゃないですか」


 ズームされたカメラの中、凛が忌々しげな顔で笑う。


「それが私には無理だとでも? ご挨拶ですね」

「そういうつもりで言ったんじゃ……!」

「じゃあどういうおつもりで? 心配なんて無用です、この<リビング・スタチュー>だって今は私の『ザ・ワード』で動きを縛ってるのですから」


 カメラが巨大な仏像を追う。

 言われてみれば、<リビング・スタチュー>は剣を今にも振り下ろさんといわんばかりのポーズで止まっていた。


”これを、あのが止めてるって……?”

”え、すごない?”

”すごい”

”すごい”


「七星さん、遅れ参じたけど俺たちもここにいる。よかったらこの先を手伝わせて貰えないかな。もちろんクエストの報酬はキミの物で構わない、立夏はキミのことが心配で仕方ないんだ」

(あなたが、おねえさまを……)

「え?」


 小声で凛が呟いた言葉は、うまく和弘の耳まで届かなかった。もちろんカメラのマイクにも、それは届かない。届いたのは、彼女が次に発した大きな声だけだった。


「あなたたちの助けなんて必要ない!」


 凛が手にした魔法銃を持ち上げる。

 そして構えた。自分の側頭部に銃口を向けて、引かれるトリガー。

 ――ドン! 空になったマテリアの薬莢が排出された。


”頭を撃った!?”

”ニュース見てないのか? あれが最新研究『魔力のドーピング』だぞ”

”彼女が『適合者』第一号って話だったっけ”


 溢れる魔力が、凛の身体を淡く光らせる。凛が口を開けた。


『捻じれろ!』


 ピキン、バキバキ、ゴキンゴキン。

 鉱物にヒビが入った音から始まって、砕けていく音、崩れていく音。

 凛が発した言葉に反応して、巨大な仏像の身体が捻じれていく。


 身体を構成していた鉱石が崩れて落ちてくるのだが、凛の頭上に落ちてきたものは全て弾かれる。


”おおおおおおお!”

”圧巻!”

”すーーーーげーーーー!”

”これがザ・ワード!?”


 ビルほどの巨体が捻じれていくその光景は、コメントが言う通りまさしく圧巻だった。

 捻じれ、綻び、崩れ落ち。

 これ以上にはもう捻じれない、となったそのとき。


 さらなる凛の言葉が続く。


『爆ぜろ!』


 グバーンッ! と轟音と共に巨大な<リビング・スタチュー>の身体が弾け散った。

 無数の破片が、真央たちが居る場所まで飛んでくる。


「危ない二人とも!」


 立夏が懐から魔法銃を抜いた。

 流れるような動作で必要なマテリアバレットを込めると、構えて魔法を行使する。


『アース・ウォール!』


 分厚い岩盤の壁が、三人を守る形に地面から生えた。

 勢いよく飛散した鉱石のことごとくが、その壁で防がれる。


 壁に隠れた三人の姿を見て、凛が笑う。


「あははははは! ごめんなさい、気が付かなかったわ!」

「凛ちゃん……」

「でもザ・クワドラプル、あなたたちが悪いのよ? 人が魔物と戦っているときにフィールドへと入ってくるから」


”あぶない”

”絶対わざと!”

”えっと……これケンカ?”


 戸惑いのコメントが続く。それらに混ざって、凛への賞賛コメントもあった。


”ワードの魔法ぱねぇ!!”

”派手派手の派手”

”凛ちゃん、かわいいしかっこいい!”


「覚えておいて、あなたたちが出来ることなんか私にだって出来る。私が、ザ・クラドラプルを過去の名前にしてやるわ!」


 こうして派手に配信された凛の姿は、瞬く間に拡散されていったのであった。


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ゆっくり更新(・ω・)

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魔王になった姪っ子幼女は手からシュークリームをぶっぱして無双する! ~保護者の俺がダンジョン配信をしながら規格外の剣聖お兄さんと呼ばれるまで~ ちくでん @chickden

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