第11話 すき焼き

「そっちに一匹、漏れたやつお願いしますリッカちゃん!」


 ジュクダン8層、三人は今日も探索しながら配信をしていた。

 真央の範囲シュークリーム(小)攻撃から撃ち漏れた魔物を立夏が掃除するという作戦だ。……ったのだが。


「リッカちゃん!?」

「え? キャッ!」


 今日の立夏の動きは散漫で、精彩を欠いていた。

 ボンヤリとしているというのか、魔物の撃ち漏れに気がついていない。突進してきた<ジャイアントビートル>に驚いて尻もちをついた。


「危ない立夏!」


 和弘がカメラを放り出して腰の剣を抜く。

 立夏に向かって行く<ジャイアントビートル>を、走り込みざまに斬り倒した。


”さすがお兄さん”

”ここぞと言うとき強い!”

”地味つよ!”


「大丈夫か?」

「え、ええ。ありがとう和弘」


”リッカおねーさん今日は調子悪そう”

”うまく連携取れてないね”

”大丈夫かな、この先はもっと魔物強いんだよね?”


「……そうだね。よし、今日はここまでにしようか」

「和弘!?」


 立夏が狼狽えた声を出す。


「わ、私は大丈夫だから! 気を遣わないでも平気よ!?」

「かずひろおにーちゃん、真央ちゃんはお腹空いてきました!」

「真央ちゃんもこう言ってるし、ね、立夏」


”くうきよむ幼女”

”まー今日は「リッカ」「カズヒロ」呼びも堪能できたし!”

”そうだなwいったい二人になにがあったのかww”

”うおおリッカおねーさーん!!!!”

”おにーさんその辺どうなんですか!!”


「みんな今日はずっとそれ言ってるね」


 和弘は苦笑した。


「なんでもないよ。ほら、普通にそろそろ仲良くなっていく時期ってあるじゃない?」


”ほんとかなぁ”

”そーゆーことにしとこう”

”ともあれおつかれさまです”

”おつかれさま”

”おつおつ”


「はいおつかれさまー。またよろしくね」


 配信を切り、三人はジュクダンを出た。

 ジュクダン入口で、魔物素材の買取屋に今日手に入れてきた幾つかの素材を売る。三人なのであまり多くは持ち帰れないのだが、深層素材なので単価は高い。


「<ジャイアントビートル>の甲殻が驚くほど買取単価高かったよ立夏」


 お金を受け取った和弘が立夏に声を掛ける。

 しかし立夏は、どこか上の空で。


「……立夏?」

「あ、ごめんなさい。なに、和弘」

「<ジャイアントビートル>の買取額が高かったな、って」

「そ、そうね。<ジャイアントビートル>は――」


 我を取りもどして解説を始める立夏。

 <ジャイアントビートル>の甲殻は、加工しやすく強度も高いので防具などに人気の素材らしい。そのくせ割と深層に現れる魔物なので、価値も高いのだそう。

 立夏の解説に、和弘はうなづいた。


「なるほど美味しい魔物、ってことかぁ」

「美味しいんですか!? 食べられましたかアレ!」

「この場合の『美味しい』は儲かるって意味で使ってるんだよ、真央ちゃん」

「ほう、もうかりましたか」

「うん、儲かった儲かった。今晩はすき焼きにでもしようか」

「真央ちゃんはすき焼きも大好きです!」


 キャッキャとステップを踏み始めた真央を見ながら、立夏は笑った。


「いいわねぇ真央ちゃん。今日はお兄ちゃんと一緒にご馳走だ」

「リッカちゃんも来ますよね!?」

「え? 私?」

「よかったら立夏も一緒に。今日は体調悪いかな?」

「そうね、うん、ちょっと……」


 えー、と納得いかなそうな声を上げる真央。


「リッカちゃんと一緒に食べたいなー」

「無理言っちゃダメだよ、真央ちゃん」

「えー? えー? えー?」


 真央は立夏の周りをグルグルしだす。


「ダメですかリッカちゃん!?」


 立夏はクスリと笑った。


「もう、真央ちゃんには敵わないわ。わかりました、ご一緒します」

「やった!」

「大丈夫なの? 無理してるようなら……」

「平気。気持ちの問題だったから、かえって気が変わっていいかもしれない」


 嬉しそうにピョンピョン跳ねてる真央に合わせて、立夏は左右に肩を揺らした。

 こうして三人は真央を挟んで手を繋ぎ、新宿を後にしたのだった。


 ◇◆◇◆


 じうじうと、肉の焼ける音。

 香ばしい匂いが斎堂家の食卓に広がる。


 魔力持ちである三人の食欲は無限大だ。

 肉肉肉肉、肉野菜、野菜をたくさん食べろと大人はみんな言うけれど、好きなのはやっぱりお肉なのだ。

 和弘もその辺まだ大人になりきれておらず、立夏も比較的肉食で、真央ちゃんはまだ子供。お肉がたくさんの食卓になっていた。


「おにく♪ おにく♪」

「待っててな、真央ちゃん。いま肉に砂糖をかけるから」


 和弘は鉄鍋に平べったく敷いた薄切り肉に砂糖をかけると、その上から醤油を垂らした。

 さらに香ばしい匂いと音が、三人の食欲を刺激する。

 焦げた醤油と砂糖の匂いがたまらない。


「これって関西風の食べ方だっけ?」

「ああ。ウチは最初関西風に食べて、途中からは関東風の牛鍋にする感じでいつも食べるんだよ」


 良いとこどりなんだ、と和弘はちょっとドヤ顔。

 まるで子供みたいに言う彼の表情が可愛くて、立夏はクスリと笑った。


「最初は香ばしい肉にして、途中からはがっつり味が染みた肉にするのね」

「そそ。はい真央ちゃん、一枚めだよー」

「いただきます!」

「次は立夏ね」


 そう言ってまた、じうじうと肉を焼く和弘。

 今日は少し値の張るお肉を買ってきた。序盤はお高いお肉を楽しみ、中盤以降はちょっとお安いお肉で腹を満たす。

 これが斎堂家流、というわけではないが、今日は大きな実入りがあった。たまには贅沢もしなくてはバチが当たる。


「はい、どうぞ」

「いただきます」


 立夏の一枚目は、たんと脂が乗った贅沢な霜降りだった。

 口の中で溶けるような脂と、焼けて香ばしい牛の味。


「あ、おいしい」

「そう。それはなにより」


 立夏の自然な笑顔に、和弘もまた笑顔になった。

 気持ちが疲れてるときには美味しいものを頬張るのが一番、これは二年ほどブラック企業で働いた和弘の経験則だ。


 美味しいものを口にすると、人は自然と幸せな気持ちになる。

 和弘は穏やかな笑みを浮かべたまま黙々と肉を焼いていくのであった。


 肉を焼いて、煮て。

 たくさん食べて、少し喋って。


 はしゃぎ疲れた真央が座布団の上に横になった頃、和弘は立夏に改めた顔で笑いかけた。


「どう、これから少し?」


 おちょこを自分の口に持っていくようなゼスチャーをする。


「……お酒?」

「真央ちゃんも寝ちゃったしね。兄夫婦が送ってきてくれた物があるんだ」


 そう言った和弘が戸棚から持ち出したのは、一升瓶だった。


「え、日本酒? お兄さんご夫婦って確か……」

「そう、今は海外。海の向こうでも『SAKE』は人気らしくてさ、けっこう酒蔵があるらしいよ」

「へえぇ」


 ラベルにはそのまんま、『SAKE』と書かれている。


「知らなかったわ。海外蔵の日本酒、ちょっと興味あるかも」

「それはよかった、ぜひ味をみてよ」


 寝てしまった真央ちゃんにタオルケットを掛けて、二人はお酒を飲み始めた。

 まずは立夏がチビリ、とコップに口をつける。


「あ、すごい」


 フルーティな味だった。香りもまた、果物のような甘い感じ。

 繊細な日本酒、というよりは、ワインのようなフレーバーだな、と立夏は思った。


「あまり飲んだことない風味だわ」

「面白いでしょ。ちゃんとあちらでウケやすい味にしてるんだろうね」

「楽しい味ね、お肉に合いそう」

「残り物をツマミながらに丁度いいかと思ってさ」


 言いつつ和弘は鍋の中に残っている肉を摘まんだ。卵を付けずにそのまま口へと運ぶ。


「私も」


 倣って立夏。

 やっぱり肉にあう味だった。

 二人は同時にコップ一杯を飲み干して、笑いあう。


 肉をツマミながらの、ちびりちびりとした二杯目。

 どれくらいの時間が経ったであろうか、和弘がポツリと訊ねた。


「……なにか、あったのかい?」

「んー」


 立夏の顔が少し赤い。酔いが少し回っているのだろう。


「なんでもない」

「なんでもないことでそんなふさぎ込む立夏じゃないだろ。ちょっと話してごらんよ、少し楽になるかもよ」

「……」


 パチン、とテレビを小さい音で付ける和弘。

 お笑い番組の笑い声が部屋の中にささめいた。


 しばらく二人は、酒を飲みながらなんとなしテレビに目を向ける。

 立夏が喋り出したのは、時計の短針が夜の9時を指した頃だった。


「私ね、魔法省で魔法を教えていた子がいるの」


 探索庁という国民のダンジョン探索全般を管理する部署がある。そこの、独自にダンジョン探索をする『探索班』の子だと彼女は言った。

 ――七星凛のことだ。


 凛は熱心な子で、何人かいる教え子の中でも一番成長目覚ましかったという。


「いつか私と一緒にダンジョン探索をしたい、なんて言っててね」

「へえ、かわいいこと言う子なんだね」

「ええ。可愛かったわ」


 ふふ、と立夏は柔らかく笑う。


「でも私のダンジョン探索は魔法省に厳重管理されていたから、一緒に潜れることはなかったの」


 凛は立夏とダンジョン探索をするために、様々な手を尽くしたらしいとのことだ。

 上に嘆願書を書いたり、自分の探索スケジュールを改ざんしてタイミングを合わせようとしたり、強引に付いて行こうとしたり。


 だがなにをしても叶わなかった。

 ザ・クワドラプル『伏見立夏』は機密にも近い厳重管理対象だったから。

 やがて凛は、立夏の迷惑になると上から説得されて諦めたという。


「少なくとも、私はそう思ってたのだけど……」


 立夏への特級魔法契約書問題が発覚して、管理体制を一度解かれた彼女は自由になった。

 そして和弘の誘いに乗って、彼らとパーティーを組んだのが少し前のこと。


「俺がその子の横からキミを掻っ攫う形になってしまった、ということか」

「ごめんなさい、和弘が気にする話じゃないのよ?」

「気にはしてないよ。それに、もしその話を知ってても、俺はきっと立夏を仲間に誘っただろうからね」


 立夏と、彼女がもたらす情報は、和弘と真央にとって必要なものだった。

 だから彼はきっと、自身がなにを知っていたとしても立夏を誘っただろう。自分たちの利益の為に。

 それが立夏のためにもなるとも思っていたのだから、尚更だ。


 立夏は続けた。

 それを切っ掛けにして凛が、危ない魔法研究をしている研究開発法人に出向してしまったこと。彼女の身が心配なこと。止めたいと思うが、その術を自分が持たないということ。


「その子、凛ちゃんと一度、一緒に潜るっていうのも……」

「もう遅いわね。あの子にあんな目で睨まれたの、初めて」

「そっか」


 しばらくの沈黙。

 テレビではお笑い番組はもう終わり、ニュース番組が始まっていた。

 ちびり、と酒に口を付けながら和弘は天井を見た。


「俺さ、一時期記憶を失ってたことがあってさ」

「記憶を?」

「うん、なんのことはない事故で。家で階段を踏み外して少し頭を打った程度のことだったんだけどね」


 肩をすくめる和弘の顔を見つめる立夏。和弘は続けた。


「そのときね、まだ事情を知らない友達から凄い目で睨まれたことがあるんだ。約束を破った、って。どうも俺は、その友達の恋路に協力するって話だったらしいんだけど、段取りを果たせなかったんだな」

「……それ、完全に誤解じゃない?」

「そう。誤解。その後にすぐ仲直りもできたよ、誤解だからね」


 自分を見つめる立夏に、和弘は笑ってみせる。


「今回の件も、基本は誤解だろ? だから、必ずわかって貰える余地はあると思うんだ」

「誤解といっても、理由が記憶喪失とでは中身が違いすぎないかしら」

「それは関係ない。キミに凛ちゃんをないがしろにする気持ちなんかなかった、重要なのはそこさ。結局は、少し互いのタイミングが悪かっただけ。だから、諦めるのはまだ早いよ」


 力強く言い切るその笑顔に、立夏は笑ってしまった。

 ときに論理的な励ましよりも、気持ちが乗った励ましの方が嬉しいこともある。

 たとえば立夏にとって、今回がそれだった。


「ふふ。強引すぎ」

「強引上等。力になれることがあるなら、俺もいくらだって力になるから!」

「……ありがとう、和弘」


 立夏もお酒をチビリと飲みながら、笑ったのであった。


「だけど、気になるのは凛ちゃんの身の危険だよなぁ」


 和弘が腕を組んだ。


「その、危ない魔法研究をしている研究開発法人ってのは、なんなの?」

「えっと――」


 立夏が言い差したそのとき。

 点けっぱなしだったニュース番組が、とある報道を始めた。


 それは魔法省所管の研究開発法人、『魔法技術振興機構』が新しい魔法ブースト法を開発した、というものだった。


 立夏の表情が固まる。


「あれここ、……いま立夏が言ってたところ?」


 和弘もテレビに注目した。


 報道では、そのブースト方法は対象の魔法能力を二倍強にするという話をしていた。

 この研究は、これからの魔法開発事業に大きな貢献を期待できる。そういう趣旨で、魔法省への期待を煽る報道だ。


 そして、プロジェクト内第一被験者へのインタビュー映像が流れ始めた。


「凛ちゃん……!?」


 凛・ザ・ワードオブビギニング。

 新造ブーストにより、言葉が物理作用を促す魔法『ザ・ワード』を始めて実戦投入できた魔法使いとして、七星凛の姿が映し出されたのだった。


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和弘は割と几帳面な性格なので料理も得意です。初めて作ったシュークリームも、材料の分量はしっかり守っていたので味は悪くなかったわけですね。


ここからゆっくり更新になります。

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