第10話 感謝状授与
三人の感謝状授与は、大手町サンリクプラザビル内の広いイベントホールで行われた。
同時に行われたのは中高生魔法学科での優れた研究に対して贈られる優秀賞の表彰で、子供たちや保護者がずらり参列している。
「……緊張で吐きそうだ」
「なに情けないこと言ってるのよ」
ホールに並べられた椅子に座りながら、小声でひそひそ話しているのは和弘と立夏だ。
彼らの感謝状授与はトリに行われる。
配信者として昨今人気上昇中の三人への感謝状授与は、今回の目玉だった。ある種の客寄せと言っていい、客とはつまり、報道関係者たちのことである。
「まさかこんな大人数な表彰式だとは思ってなかったよ」
「呆れた。普段数万人に向かって配信してる人が言うこと?」
「あれとはまた別だって。それに俺、感謝状授与されるとか初めてだし」
自分たちの前で表彰されていく中高生を眺めながら、和弘は小さくなっていく。
堂々としてて凄いなぁ、と思わざるを得ないのだ。
テレビ局を筆頭に、報道陣のカメラを何十も向けられながらも彼らは胸を張って前を見ている。輝いてる彼らが、まぶしい。
なんて思っていると。
「こら」
と小声で怒られた。
「堂々となさい、貴方もここに呼ばれるに足ることをしたんだから」
「俺も報道陣に混ざって真央ちゃんに感謝状が授与されるところを撮影したかった。『こちら側』は俺の居場所じゃないよ」
「泣き言いわない。真央ちゃんに聞かれちゃうわよ?」
おっと。と和弘は口をつぐんだ。
真央にはあまり情けない姿は見せたくない彼なのだ。頼りになるお兄ちゃんで居たいと思っている。
和弘は自分の隣に座っている真央の方を、そっと見た。
立夏がクスリと笑う。
「寝ちゃってるわよ」
真央はウトウトと頭で舟を漕いでいた。
和弘が胸を撫でおろす。幼い真央ちゃんからしたら他人の表彰なんて眠くなるだけなんだろう。ともあれよかった、みっともないところは見られなかったぞ。
背筋を伸ばす和弘だ。
そうこうしているうちに、三人が表彰される番が近づいてきた。
「真央ちゃん、そろそろ俺たちの順番だよ」
「むにゃむにゃ。……だめですお兄ちゃん、チカラなきものは我を通せません」
「なんの夢を見てるんだ」
魔王さまぽい寝言に苦笑しながら真央の身体を揺すり、彼女を起こす。もう表彰される直前だ、真央は少し寝ぼけながらも目を開けた。
「ごめんなさい、ウトウトしてしまいました」
「いいんだよ真央ちゃん。昨日あまり眠れなかったみたいだもんね」
「そうなの真央ちゃん?」
横から立夏が首を突っ込む。
目をぱっちり開けた真央が、嬉しそうに答えるのだが。
「はい! お兄ちゃんに感謝状が出るのが嬉しくて眠れませんでした!」
思いのほかその声は大きく、静かなホール内に響いてしまう。
ドッと沸く、会場。
その笑いは、微笑ましいといった空気のものだ。グループ表彰されていた中高生などが、クスクス笑いながら「実は俺も昨日眠れなくて」「私も」などと小声で囁き合う。
さわさわとした小声の波がホール内の空気を柔らかくした。
同時に和弘の気持ちも柔らかくなってきた。緊張がほぐれていく。
「……ありがとう真央ちゃん。俺も真央ちゃんに感謝状が贈られるの嬉しいよ」
真央の頭にポンと手を置いて、微笑む。
するとまた会場が沸いた。
今度は「キャー」とか「リアルお兄さんだ!」「真央ちゃんカワイイ!」など、子供たちの声が主だ。
配信で今や彼らが中高生の中でも有名になってきていることの証左だった。
「サービスいいわねぇ」
立夏が、呆れたような感心したような小声で笑った。
和弘は少しテレくさそうに頭を掻いたのだった。
タイミングを見た司会の男性がマイクを使ってコホン。
――さりげなく咳払いすると、和やかな空気のまま次第ホールは再び静かになっていく。
「斎堂和弘くん、斎堂真央くん、伏見立夏くん」
三人が名を呼ばれ、前に出る。
するとホール内にカメラのフラッシュとシャッター音が飛び交った。これまでとは比較にならない眩しさがホールを白く染め上げる。
しかしそれも一瞬。
感謝状を持った魔法省の偉い人が三人の功績を口上として読み上げる頃には再び静寂が戻っている。和弘は「さすがプロだなぁ、ちゃんと間を読む」と、彼ら報道記者たちに妙な感心をした。
だいぶ平常心で居られている。真央ちゃんのお陰だな、と姪っ子に感謝しながら、感謝状を受け取った和弘だ。
真央も受け取り、立夏も受け取る。――と。
万雷の拍手がホール中に鳴り響いた。
焚かれるフラッシュ、連なるシャッター音。
うわ、と和弘の心臓がジャンプした。さっきと違い、今度はカメラの音や光が止まらない。ずっと続いている。
横を見れば真央が自分を見ていたので、かろうじて平静な表情を保てたものの、ちょっと浮足立ってしまっていく自分を自覚した。
「私事ですが、実は……」
魔法省の偉い人が、そっと小声で囁いてきた。
「あの日、私の孫が新宿ダンジョンに行っていたのです。<ダンジョンバッファロー>の群れが浅層まで駆け上ってきていたらと思うと、いま考えても恐ろしい。ありがとうございます、あなた方は孫の命の恩人です」
――ああ。
なんというか、単純に嬉しさがこみ上げてきた。
そっか、自分たちの行為が人の助けになったんだ。という気持ちがスッと自分の心に沁み込んでくる。
「凄い拍手ですよおにいちゃん!」
「うん、俺たちは良いことをしたんだ」
「小さな命たちを助けてしまいましたか……!」
真央の言いざまに、苦笑で応えたのは立夏だ。
「どう真央ちゃん、今の気持ちは?」
「はい、悪くありません!」
三人が改めて礼をすると、魔法省の偉い人が笑顔で言った。
「よかったら会場の皆に手でも振ってあげて頂けないかな?」
和弘たちは了承して、席に座った皆の方を向いて手を振った。和弘と立夏は控えめに、真央は両手を上げてバンザイスタイルで腕を振る。
ホールの盛り上がりは最高潮に達したのだった。
その後、表彰式が終わり、三人は中高生に囲まれた。
「まおちゃん、触媒なしで魔法が使えるって本当!?」
「おにーさんも強くて素敵です、握手してください!」
「ぼく、昔からリッカさんのファンで……!」
握手を求められたり、写真撮影を頼まれたり。
その後には報道陣からのインタビューなどもあり、結局彼らが会場のホールを辞したのは40分以上経った頃だった。
「はー、びっくりした。まさかあんな囲まれるなんて」
「それはそうよ斎堂くん。だって
――あ。いま『私たち』って言った。
立夏の言葉にほんのり仲間意識の芽生えを感じて、ちょっと嬉しい和弘だ。
課長との事件から、もう一ヶ月ほど経っている。
ダンジョンアタックは週末1~2回なので、もう5回以上一緒にジュクダンを攻略している形になる。<ダンジョンバッファロー>の時ほど切羽詰まってなかったが、受けて完了した
和弘も立夏に親しみを感じてきていた頃だったので、同じ気持ちであってくれたことが心地よかった。
「ホントびっくりです! みんな真央ちゃんのことに詳しいみたいで!」
「真央ちゃんも囲まれて動けなくなってたもんね」
「薙ぎ払おうかと思ってしまいました!」
「だめだよ真央ちゃん、そういうこと言ったら」
「ごめんなさい!」
和弘が真央を諫めて、立夏がクスクス笑う。
こんな空気もいつものことになってきた。
「そういえば今日、感謝状を渡してくれた人、魔法省の偉い人らしいけど……」
あまりイヤな感じを受けなかったのが不思議な和弘だ。
真央や立夏への行為を考えると、なんとなしに蛇蝎のような組織や上司をイメージしていたのに。
「新しい人ね。スキャンダルの影響で頭のすげ替えがあったんでしょ」
「ああ、なるほど」
「でもヤリ手だって話よ。今回私たちを表彰することを決めたのもあの人で、しっかりマスコミを使って魔法省のイメージ回復を狙っているみたい」
「そっか。あんなことあったのに魔法省の表彰式で立夏がにこやかに立ってれば、もう関係が回復したような印象になるもんな」
よく考えるものだ、と和弘は苦笑した。
印象のコントロールは権力維持に大切だと聞いたことがあるものの、実際目の当たりにすると感慨深い。顎に手を添えて、思わずしみじみとしてしまう。
「…………」
「ん、どうしたの?」
立夏が自分をじっと見ていることに気が付いて、和弘は我に戻った。
割り込んで答えたのは真央だ。
「いまお兄ちゃん、リッカちゃんを『リッカ』って呼びました!」
「えっ!? 俺が?」
驚いて立夏のことを見やると、彼女は和弘のことをジトっと見つめたままだった。
「いやその、あの! なんだろうごめんなさい!」
「リッカちゃんはリッカですよお兄ちゃん! 問題ありません!」
「だからね真央ちゃん! えっと……!」
顔を真っ赤にして慌ただしく手を動かす和弘。
どうして急にそんな呼び方をしてしまったのだろう。ああそうか、さっき立夏が『私たち』なんて俺たちのことを括るから、なんか嬉しくて。って、あれ? また俺いま『立夏』って頭の中で言っちゃったか!? うーん、これは参ったどうしよう!
和弘が一人であたふたしていると、ジト目で彼を見つめていた立夏が急に笑いだした。
「ふふ。いいわよ仕方ないわね」
言葉の割に、満更でもなさそうな口調で、立夏。
「私も和弘って呼ぶから、それでおあいこ。これからも頑張りましょう、和弘」
「うん、ああ。わかったよ立夏……さん」
「立夏、なんでしょ?」
クスクスと笑う立夏を見て和弘は、ふわっと夏の匂いを嗅いだ気がした。
生命力に溢れる笑顔が、夏の日差しのように眩しい。なるほど彼女は立夏なのだ。
「そうだね立夏、これからもよろしく」
「こちらこそよろしくね、和弘」
「真央ちゃんもよろしくお願いします!」
三人は笑いあったのだった。
◇◆◇◆
化粧室にて立夏は化粧を直していた。
あれから少し笑いすぎた立夏だ、メイクが崩れてしまった。
鏡に写る自分の姿。
と、その後ろに人影があることに気が付き、立夏は振り向く。
「え?」
と、驚きの顔を見せる立夏。
そこに居たのは、黒スーツ姿の女の子だった。
黒スーツ、魔法省の人間だ。
ただ、髪型はちょっと幼げな緩い両おさげだった。ウェーブの掛かった栗色の髪がふわりと柔らかそうで、キリっとした目をしている。
とはいえ全体的には童顔で、ちょっとスーツは似合っていない。
歳はきっと、立夏や和弘よりも下だろう。
「もう新しいお仲間とよろしくやってるのですね、立夏さん」
「凛……ちゃん? どうしてこんなところに?」
立夏は気まずそうに目を泳がせた。
凛と呼ばれた女の子――七星凛は、冷たい目で立夏を見据えながら答える。
「新事務次官のお付きで今日は雑事を」
「そ、そうだったんだ。……探索庁のみんなは元気?」
「さあ」
「さあ、って。凛ちゃん?」
戸惑った顔で、立夏。凛は表情を崩さずに。
「申し遅れました。いま、魔法省所管の研究開発法人に出向していまして」
「研究開発って……まさか、魔法技術振興機構!?」
「――――」
凛は答えない。だが、その沈黙が立夏にとっては答えだった。
「あなた!? そこがなにをしているか知ってるの!?」
「知ってますよ。立夏さんのようになれるところ、ですよね」
「違うの凛ちゃん、あそこは……!」
なにかを言い差した立夏だが、その言葉を凛がさえぎる。
「聞きたくありません!」
感情の高ぶりがそのまま声に乗った感じに、凛。
「立夏さんは私よりもあの男たちを選んだ。わたしにとってはそれだけが事実です!」
「……!」
「ザ・クワドラプル、わたしは貴女を否定します。貴女よりも活躍して、貴女の功績を霞ませてみせます。魔法省にとってもう貴女がたは必要ないものだと、思い知らせてやります」
「凛ちゃん……」
睨んでくる凛の視線を受ける立夏。
今はそれくらいしかできないことを、彼女は理解した。自分は確かに凛たちを裏切ったようなものだ。だからせめて、この視線を外さずに受け止めよう。
「それを言いにきました。せいぜい頑張ってくださいね、ザ・クワドラプル」
凛は踵を返して化粧室から去っていったのだった。
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会場はホールの呼称が示す通り広め。大きなビルのワンフロアをそのまま借り切った形です。和弘たちが来たことで通年よりも注目度が増して、表彰された中高生たちの研究も5割増しで世間の興味を惹いたとか。
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