第9話 課長の行く末

 ジュクダン四層。

 和弘が真央への契約書を破り捨てた。

 しかしその途端、彼の全身に激痛が走る。


「あぐっ!?」


 それだけじゃなかった。精神に鎖がくるまったように、突然思考が重くなる。考えることが億劫になる。思考が停止しそうになった。

 立っていることができず、思わず片膝をつく和弘。


「だ、大丈夫斎堂くん!?」

「なん、だ、これ? 身体が痛い、頭の中がかき乱される」

「その状態……まさか貴方、特級魔法契約書に縛られてるんじゃ!?」


 立夏が、ハッとした様子で和弘の顔を見た。

 彼の顔は痛みで歪み、額には脂汗が浮いている。

 自分もその痛みを感じているような表情で、立夏は首を小さく振った。


「特級魔法契約書は契約元の命に背くと、身体中に歯が痛むような神経系の痛みが走るの!」


”いま話題のやつじゃん”

”まだ違法じゃないんだっけ?”

”時間の問題”


 ああそうか、と、和弘は片膝をついたまま頭を振った。

 俺は課長に契約書で縛られた上に、暗示を掛けられていたんだっけ。

 真央ちゃんに致命的なことをさせる前に気がつけてよかった。


「大丈夫なんですかお兄ちゃん!」

「は、ははは。全然、ぜーんぜん大丈……、あぐっ」

「無理しちゃダメよ斎堂くん、痛みで気が違ってしまう人だっているくらいの呪いなんだから!」


 しゃがみ込んでいる和弘の背をさする立夏。

 課長が大声を上げた。


「ば、ばかな! 自力で解けるような暗示じゃなかったはずだ!」


”言っちゃった”

”暗示って言った”

”自分で言っちゃうやつwwww”

”お兄さん変だったもんなww”


「暗示!? そんなことまで……、完全に犯罪ですよ課長さん!」

「う、うるさいっ!」


 声を荒げながら一歩下がると、和弘を睨みつける。


「斎堂、伏見立夏を振り払ってこちらに来い!」

「ぐっ!? ……は、はい」


 課長の声に反応して、和弘の手が立夏を拒絶した。

 立ち上がって課長の元に下がっていく和弘。


「斎堂くん!?」

「ふ、ふはは。ほらみろ、そんな簡単に解けるようなものじゃない!」

「課長さん、一連の件は配信されてるのよ、言い逃れも効かない。これ以上罪を重ねない方がいいわ」

「うるさいぞ伏見立夏! そこを動くな、変なことをしたら、こいつを大穴の底に落としてやる!」

「お兄ちゃん!」

「真央くんも動くんじゃない!」


 和弘の身体をガシッと掴み、課長は大穴のふちへと近づいていく。

 この四層から六層まで、吹き抜けになっている大きな穴だ。落ちればひと溜まりもない。

 真央は課長に向かって手をかざした。


「ダメ真央ちゃん、冷静になって!」

「そ、そうだ真央くん、斎堂を巻き込んで俺を攻撃する気か!?」

「違いますけど!」


 ドシュン! と真央の手からシュークリームが発射される。

 弾丸のように飛び出したそれは、課長と和弘の脇をすり抜けて彼らの背後に近づいていた魔物を貫いた。


「ひいぃっ!?」


 叫び声を上げる課長。

 立夏も声を上げた。


「<ダンジョンバッファロー>!? いつの間に!」


 気が付けば、ドドドドド、という地鳴りが始まっていた。

 A級災害認定にもなる<ダンジョンバッファロー>の群れが、近づいてきているのだ。

 いまからここは、大変なことになる。


「かちょーさん、魔物の大群相手に真央ちゃんたち無しで立ち向かいますですか」

「あひっ!? ふひぃいぃっ!? や、やめろ! 近づいてくるな!」

「課長さん、今は諍いあってるときじゃないわ。ここで<ダンジョンバッファロー>の群れを止めないと、上の階層が惨事になる!」

「し、知ったことか! そんなこと、俺が……!」


 近づいてくる真央から逃げるように、課長は下がっていく。

 和弘を引っ張って、大穴のふちまで下がった。


「くるな、本当にコイツを落とすぞ!」

「やればいいです。そんな勇気があるのなら」

「真央ちゃん、そんなこと言っちゃダメ!」


 相手はもう普通の精神状態じゃない。

 だからそんな刺激の仕方をしたら! と、立夏は慌てた。


「くそぉぉおーっ!」」


 課長が和弘の背をドンと押す。

 和弘が穴の底に落ちていった。


「きゃあああーっ!」


 立夏が叫びをあげる。


”げげっ!”

”やりやがった!”

”ひ、人殺し!”

”こいつヤベエやつ!”


「ひひ、やってやった、やってやったさ! 元と言えばあいつが全て悪いんだ。ウチの会社が傾いたのも、ここで失敗したのも全部あいつのせい。奈落の底で詫びて当然だ!」


 目が血走っている。口の端からよだれが流れた。

 明らかに精神を失調した様子の課長が、高らかに笑っている。


「そして真央くん、これはキミの選んだ結末だぁーっ!」

「じゃあかちょーさんにも奈落の底で詫びてもらいましょう」


 真央が課長の身体をドンと押した。

 課長もまた、大穴に落ちていく。


「ぎゃああああああああーっ!」

「真央ちゃん!?」


”ええええええーっ!?”

”まおどの!?”


「なんで、真央ちゃん! そんな!?」

「リッカちゃんも、早くこっちに!」

「え?」

「<ダンジョンバッファロー>の群れが来ます! いったん退避です!」


 そう言うと真央は立夏の腕を引っ張って、大穴の中に飛び込んだ。


”ぎゃああああああー”

”わあああああー!”

”そんな!”


 その瞬間、ドドドドド、という地鳴りと共に<ダンジョンバッファロー>が彼女たちのいた場所を埋め尽くしていった。ドローン自動配信は一瞬その様子を捉えたあとに穴の底へと続いていく。降りていく、降りていく。


 唐突に、音声が入った。


「あまり……無茶はしないで欲しいよ真央ちゃん」


”え?”

”え?”

”え?”


 それは和弘の声だった。

 課長を含めた全員を支えるようにして、和弘が空中にフワフワ浮いている。


”どういうこと?”

”浮いてる!?”


 ネットがざわめく。彼らと同じことを、和弘に支えられた立夏が口にした。


「これはどういうことなの? 真央ちゃん」

「お兄ちゃんは魔法で空を飛べるので!」


”マジ!?”

”あ、マクナルでゴミを捨ててた魔法か!”

”えええ、あれって人を浮かべたりもできるの!?”

”大魔法じゃん!!!”


「お兄ちゃんはこういう無茶なやり方、あまり関心しないな」

「かちょーさんにはお仕置きが必要だと思いました!」


 泡を吹いて気絶してる課長を見て、真央は笑った。

 まだ和弘への暗示が完全に解けているわけじゃあない。でも和弘が、この命が掛かったこの場面で自分を見捨てることは『ありえない』。


 なぜなら彼は魔王の下僕、彼女には確信があったのだった。

 だからわざと穴に落ちて、和弘の正気を誘ったのだ。


 一行は、和弘の念力魔法で上昇していく。

 穴を抜けると、眼下では<ダンジョンバッファロー>の群れが暴走していた。


「思ってたより大規模……。仕掛けをする時間もなかった、これもう私たちだけじゃ止められない」


 立夏が力なく呟いた。


”え!?”

”そんな!”

”ヤバい、大惨事起こるぞ!”


「力なき者はいつでも踏みにじられるものですからね」


 あっけらかん、とした表情で、真央が言う。

 和弘はそんな真央の手を取った。


「真央ちゃん」

「どうしました、お兄ちゃん?」

「俺はそれを食い止めたい、と言ったら真央ちゃんはチカラを貸してくれるかい? キミが言う力なき者、それを救いたいんだ」


 真央と目を合わせて、しばし沈黙。

 その後和弘は、困り顔で頭を掻いた。

 我ながら、図々しいことを言っている。自分でなにが出来るわけじゃないのに、誰かを救いたいだなんて。だけど。


「お兄ちゃんが望むならもちろんです!」


 真央ちゃんはそう言ってくれるのだ。

 知っている。俺は真央ちゃんの下僕なんだから!


「ありがとう真央ちゃん、それじゃあ頼んだ!」

「はい、まかせてくださいお兄ちゃん!」


 真央が両手でバンザイをつくる格好になった。

 ポン、と彼女の頭上に一個、シュークリームが生まれる。


「大きく、大きく、大きくなーれ。なるですよ」


 ズン、とシュークリームがひと回り大きくなった。

 ズズン、と今度は倍の大きさになる。


 ――ズズズン、ズズン!

 倍、倍、倍の大きさになっていく。その大きさは、留まることを知らない。

 四層の高い高い天井まで届かんかという勢いで、大きくなっていった。

 大きくなり尽くしたシュークリームから比べると、真央たちは豆粒のようなものだ。


 そんな大きなシュークリームを。


「高速度で投げつけます!」


 ズドオオオオオオオン、とダンジョンが揺れた。

 その揺れは、微小ながら地上にも伝わるほどのものだった。新宿中のマクナルや喫茶店で、ドリンクの表面がチャプンと揺れた。


 頭上から巨大な大重量物質を投げつけられた<ダンジョンバッファロー>の群れは、一撃で壊滅だ。

 ダンジョン内の床に、新たな大穴を開けるほどの一発。

 真央がこの日見せた範囲攻撃魔法は、殺傷能力SSSの特別スペシャルなのだった。


”圧巻!”

”USA! USA!”

”ここ日本だけど!”

”気持ちはわかるww島国のインパクトじゃねぇwww”


 ◇◆◇◆


 このライブ配信が切っ掛けで、課長は殺人未遂として起訴された。

 普通の人間は、落とされて飛べたりはしない。和弘が特別なだけなのだ。

 会社も首になり、社会的な底に落ちていった課長。


「落ちるならそっちの奈落の方が、かちょーさんにはお似合いなのです」


 後日、澄まし顔の真央ちゃんが、そんなことを言ったとか、言わなかったとか。


 ともあれ立夏を含めた彼ら三人は、災害級の惨事を事前に防いだということで魔法省からの感謝状を授与されることになったのだった。


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ざまぁ(小)タグ回収完了!!!

ダンジョンバッファローに限らない話ですが、浅層から地上に魔物が溢れ出すこともあります。暴走スタンピードと呼ばれる現象で、非常に深刻な被害をもたらす災害です。この現代にダンジョンが生まれた当初は頻繁にあった現象ですが、今は探索者たちや魔法省管轄の部署がうまく魔物を間引いたりしているお陰でほとんど起こっておりません。

またダンジョンの入口付近には結界が張られてたりもするようになっています。


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