第6話 発明家少女との朝

「……きろ」

「ん~……」

「起きるんだ、助手君。もう朝だぞ」

「ん……あ、さ……?」



 落ち着き払った声を聞いて俺は目を開けた。すると、そこには透き通りそうな程に透明感のある肌をしたメガネの美少女の顔があった。



「え……」

「ようやく起きたな、助手君。まったく女の子に起こされるというラブコメ展開に持ち込むまで起きないとは、君はそんなにお寝坊ではないだろう?」

「……なんだ、愛か。なんだよ、今朝は」

「ちょっとした思い付きでな。発明系少女の姿になってみたんだ。どうだろうか、結構似合っていると思うんだが」

「どうだろうって……」



 愛が少し避けてから俺は愛の全身を見た。ピンク色だった髪はツヤツヤとした銀色になり、ウチの高校の制服の上から少し大きめの白衣を着ている事からか手は袖の中に隠れ、少し大きな丸いレンズの眼鏡の奥にある眼は赤と青だった。



「まあ良いんじゃないか? オッドアイである必要はないと思うけど」

「ちょっとした変化球みたいな物だよ、助手君。世の中にはオッドアイ萌えの癖を持つ者もいるからね。それと、今日だけ胸は控えめにしてみた」

「それもそういう好みの奴がいるからか?」

「それもあるが、少しクールな女の子にはそういうタイプの子が少し多いように感じるから、それに倣ってみたんだ。今日のテーマは飄々とした感じの発明系少女だからね」

「なるほどな。さて、それは良いとしてそろそろ起きないとな」



 そして身体を起こした時、俺の鼻先には小さなフラスコが突きつけられた。



「え?」

「さて、それではこれを飲んでくれたまえ」

「飲めって……何だよ、これは」



 フラスコの中には泡立つ白い液体が入っていた。



「今日の私は発明系少女だからね。発明系ならば発明の一つでもしないといけないだろう?」

「そういうわけじゃ……あ、もしかして昨日の夜の会話ってこのためか?」

「察しが良くて助かるよ、助手君。さあ、この白く泡立つ薬を飲んでくれたまえ。ほら、男らしくグイッと」

「グイッと……ねえ」



 フラスコを渡され、俺はため息をついた。会話の内容から察するにこの薬を飲むと俺は覚的な能力に目覚めるようだが、正直俺はあまりこの薬の力を信じていなかった。


 いくらラブコメが形となって現れた存在である愛が作った物とはいえ、そういう発明や製薬については素人である愛がそんな不可思議な薬を発明出来るとは思っておらず、小さな子達がやるようなおままごとやごっこ遊びに付き合う程度の気分でしかなかった。



「まあ別にいいか」



 独り言ちた後、俺はその液体をグッと一息に飲み干した。味自体は甘い微炭酸のジュースのようであり、喉ごしも悪くなかった事から夏に飲んでいればより美味しく感じただろうと思った。



「……ふう、さて飲んだぞ」

「うむ、ご苦労様。効果は程なく現れるはずだ」

「そうか。けど、本当に大丈夫なのか? 何か副作用みたいなのがあったりしないのか?」

「私の計算に狂いがなければそれはないはずだ。もっとも、あったとしてもそれはおおよそラブコメ展開に相応しい副作用にしかならない。だから、心配はいらないよ、助手君」

「そういえば、その助手君って何なんだ?」

「発明家には助手キャラが必要だし、そういう発明家キャラは特に親しいと思った相手を助手またはモルモットと呼ぶ事があるようだ。よって、私もそれに倣っているだけさ」

「ふーん、まあそれは良いんだけ……ど……」



 その時、俺は部屋の中が甘い香りで包まれている事に気付いた。



「なんだこの香り……お菓子の甘い香りのような花の甘い香りのような不思議な感じだけど……」

「おや、これは恐らく副作用だね。まだ正確にはわからないが、フェロモンのような物かもしれないよ」

「フェロモン?」

「生物が体外に分泌し、同種の個体間で作用する化学物質の事さ。フェロモンは一般的には香りがない無臭の物なんだけど、ラブコメ的な展開から考えると、この香りがフェロモンの代替となり、多くの人間を惹き付ける要因となりそうだね」

「多くの人間を惹き付けるって……それ、結構ヤバイんじゃないか?」

「そうかね? 最近、君は多くの人から嫌われやすい傾向にあった。その原因はわからないが、それなら他人を惹き付ける香りはその状況を変えるとても良い物になるんじゃないかな?」

「誰のせいだと思ってるんだよ……」



 原因が服を着て歩いているような存在を目の前にして俺はため息をつく。とりあえず相手の心が読めるという覚の能力が備わるなら問題はないが、このフェロモン代わりのアロマ効果は少々厄介だ。相手から好かれるというのが好感を持たれるというだけじゃなく、無理矢理惹き付けて良好だったはずの誰かとの関係にヒビを入れるような事になったら申し訳ないどころではすまない。そこはしっかりと気を付けないといけないだろう。



「……でもまあ、このフェロモン代わりのアロマで少しでも那美が心を癒されて昔みたいに話せるようになれば良いか」

「さて、そううまくいくかな?」

「どういう事だよ?」

「こういう事件が起きた時というのは、親しい人物や身近な人物にだけは効果がない事がたまにあるんだよ。そして、他の人物にはよく効くので、それが原因でトラブルが発生する。そういうパターンもないわけじゃないんだよ」

「……つまり、この件が原因でより那美の態度が刺々しく可能性が十分にある、と?」

「そういう事だね。だが安心したまえ、助手君。君に備わったはずの心の声が聞こえる能力さえあれば、気になるあの子の望みも叶え放題で、ご機嫌だって取り放題だ。さあ、とりあえず朝ごはんを食べに行こう。腹が減っては戦は出来ぬという言葉もあるからね」

「あ、ああ」



 愛の言葉に返事をした後、俺は愛と一緒に部屋を出た。しかし、このフェロモンアロマがこの後に多くのトラブルを引き起こすとはこの時の俺はまったく気付いていなかった。

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ラブコメにラブをコメて 九戸政景 @2012712

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