第5話 幼馴染みへの思い
その日の夜、俺が部屋で宿題を片付けていると、ベッドの上に寝転がっていた愛が話しかけてきた。
「公人さん。つかぬことをお聞きしますが、好きな人とかいないんですか?」
「唐突だな。別にいないよ、恋人はほしいけど、誰だって良いわけじゃないし、どうせならしっかりと恋愛をした上で付き合いたいかな」
「こう言ったらなんですけど、公人さんってわりとラブコメのダメダメ系な主人公の典型ですよね。理想ばかり追い求めたって付き合えませんよ?」
「そうだろうけどさ……」
「那美さんはどうなんですか? 結構公人さんにはキツく当たってきますけど、可愛らしい子ですし、実は気になってるんじゃないですか?」
「那美か……」
愛が言うように那美は一般的には美少女と言われるタイプの見た目をしている。黒の短髪に血色の良い肌、体型はスリムな方だが決して痩せすぎているわけではないし、性格だって明るい方で基本的には誰にだって分け隔てなく接するタイプだ。目付きこそ少し鋭く見えなくはないが、小動物やぬいぐるみが好きという一面もあって、それらに癒されている時の笑顔は年相応の女の子らしい可愛さだと悠仁が評する程だ。
そんな男女関係なく好かれるタイプの那美を幼馴染みに持っているのはちょっとした自慢だったし、周囲からも羨まれる程ではあった。でも、何がそんなに気に入らないのか今は那美から結構キツイ当たられているし、悠仁がいなかったら向こうから話しかけてくる事すらないという状況だ。そんな相手を好きになるというのはちょっとないし、那美からしてもそんな相手から好きだと言われても困る上により怒らせる事にも繋がるだろう。
「別に気になってるとかはないな。那美の顔なんて小さい時から毎日のように見てるし、他の奴が可愛いって言う那美の色々な面も見慣れてるから今さらそれにドキドキするとかもないな」
「そうなんですか? ちょっとエッチな話になりますけど、着替え中のところにうっかり出くわしたいとか服の中に包まれた柔肌をお目にかかりたいとかそういうのもないんですか?」
「そもそも小さい頃は悠仁も含めて三人で風呂に入るとかよくあったしな。それに、理由はわからないけど、那美は俺の事がなんだか嫌いみたいだし、そんな奴から好かれるとかアイツからすれば地獄みたいなもんだろ」
それを聞いた愛は呆れたようにため息をつく。
「嫌いならそもそも自分がヒロイン候補だって聞いた時点で嫌悪してきますって。それに、公人さんから可愛いって言われて顔を赤くしてるのに嫌いだっていう事はないでしょう?」
「それはわかんないぞ? あの赤面は純粋に怒りを我慢してるからかもしれないし、悠仁やお前がいたから我慢してただけで、俺とアイツの二人きりだったら殴られるまであったかも……」
「……因みに、そんな事が実際にあったんですか?」
「あったあった。少し褒めようとしてみたらバッカじゃないのとか言われながらビンタされた事もあるし、アイツが転びそうになった時に腕を掴んだら顔を真っ赤にしながらキレられた時もあった。だから、やっぱりアイツがヒロイン候補だって聞いた時に顔を赤くしてたのは怒ってたんだと思うぞ?」
それを聞いた愛は再びため息をつく。
「公人さんも中々ですけど、那美さんも大概ですね。私個人としては天然な言動で周囲を振り回しながら主人公と仲良くしていくタイプのヒロインをやっていきたいのにここまでの事をされてたら少しでもまともなキャラにならないといけないじゃないですか」
「まともな方が俺的には助かるんだよ。ツッコミをいれていかないといけない毎日よりも平凡だけど安心出来る毎日の方が望ましいからな」
「それも悪くないですけど、やっぱりちょっと面白味がないですね……」
「悪かったな。でもまあ……那美と昔みたいに話せるならそれが望ましいな。俺だって何度も殴られたりただただキレられたりするのはやっぱり辛いし、ヒロインとか関係なく那美とは良好な関係を続けていきたいからな」
「ヒロインとか関係なく、ですか……因みに、那美さんの考えがわかるとしたら公人さんはどう思いますか?」
そんな突然の質問に俺は驚いた。
「考えがわかるとしたらって……覚的な能力があったらって事か?」
「そう考えてもらって構いませんよ。まあ悠仁さんや他の方々の考えもわかるものとして考えてもらっても良いですけど」
「そうだな……まあちょっと面白そうだし、どうして那美がそんなに怒ってるのかわかるならそういう能力も欲しいかな」
「ふむふむ、そうですか」
「でも、どうしてそんな事を? お前がラブコメ自体だったとしても別にそんな能力を相手に付与するみたいな事までは出来ないだろ?」
「さて、それはどうでしょうね。とりあえずそれがわかって満足したのでそろそろ私は自分の部屋に戻りますね」
「あ、ああ……わかった」
何がなんだかわからないまま返事をしていると、愛は突然クスリと笑った。
「それとも一緒に寝ますか? 私を抱き枕にしてもらってもいいですし、チェンジを使ってより大きくした胸に顔を埋めて眠ってくれても良いですし」
「バカな事を言ってないで早く行けっての」
「はーい。それじゃあおやすみなさいです、公人さん」
「ああ、おやすみ」
おやすみを言い合うと、愛はそのまま部屋を出ていった。そして俺は再び宿題に取り掛かり始めたが、さっきまでの愛との会話が頭の中にまた浮かび上がってきた事で俺の手は静かに止まった。
「考えがわかるとしたら、か……考えがわかるのは嬉しいし、そうすれば那美ともまた前みたいに話せるかもしれないけど、本当にそれで良いのか……? そういうのなしでもわかるくらいにならないと、幼馴染みとしてやっぱりダメなんじゃないか……?」
その問いに答える奴は誰もいない。それはそうだろう。ここには俺しかいないのもそうだが、それに答えられるのは俺しかいないのだから。
「……まあ流石にそんな事は起きないだろうけどな。とりあえず宿題をさっさと片付けて俺も寝よう」
そう独り言ちた後、俺は宿題に頭を切り替え、再びペンを動かし始めた。
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