戦神の神託

御剣ひかる

そんな顔しないで

 この地は戦乱のただなかにある。

 戦況は思わしくない。戦の要となる拠点を奪い奪われが続き、両国とも疲弊しているが、物資の供給面で敵国が有利なのだ。


 そこで、古より戦神と称えられる女神を頼ることになった。

 言い伝えによると、女神の力はどのような不利な戦況も打開し、勝利に導くとされている。


 今、女神を力を得、国を勝利に導かんと気色ばむ軍の上層部の男達に連れられた祈祷師が、女神を降臨させるべく、仰々しい祈りをささげ始めた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 あぁ、やっぱり来たのね。

 もう何年も隣国と戦闘状態にあって、しかも不利になってきてるんだから、女神と崇められるわたしを頼るのは判るわ。それこそわらにもすがる思いなんでしょうね。


 それはいいのよ、別に。

 こういう時のために女神たるわたしがいるのだから。


 ただ、ねぇ……。


 それにしても今代の祈祷師の声、ちょっと辛気臭いわ。

 それでも感情こめて祈ってくれてるんだから、しょうがない、出るか。


 わたしは、祀られている社の扉をそっと押しあけた。

 さも自然に開いたかのように開くのって結構難しいのよ? それこそ熟練の技ってやつね。戦にまつわることは神がかったこともチョイっとだけできるけど、こういう関係のないところは実は手動なのよね。


 おぉぉっ! とどよめきの声がする。


「女神さまが降臨なさったぞ!」

「見ろ! この神々しい光に包まれた……」

「女神、様……」


 感嘆の声が、急にテンションダウンする。

 後光が消えてわたしの顔がはっきり見えるようになると、目の前の男達は、困惑の顔でこちらを見ている。


 判ってたけど、そんな顔しないで。


「あの、すみませんが、女神さま、ですよね?」


 確認口調で聞かないで。

 情けなくて、黙ったままうなずくと、ポロリと本音が聞こえてきた。


「まるで生活に疲れた主婦みたいだ」


 あぁ、自分で自分の容姿がいかほどかって判ってるけど、言わないで! 結構傷つくんだから! わたしだって美人、いや美神になりたかったわよ。


 大体ね、女神イコール美形って決まってるわけじゃないのよ。その方面に関して偉業を成した者が死後も神として祀られて、その魂が本当に神々の域に達するのであって、決して美形だから選ばれるわけじゃないのよ。勝手に期待して勝手に失望してほしくないものだわ、まったく。


 って、言ってやりたいけれど、言ったところでせん無いのでやめておく。

 げんなりした顔で息をつく。


「……我を呼び出したのは何用か?」


 容姿をけなされるならせめて声だけでも威厳保ってやれ、と、ちょっと気合い入れて言ってみる。


「しっ、失礼いたしました! このたび女神さまにご降臨願いましたのは、御身の力を賜りたく――」


 きっと一番偉いんだろう、いかつい男があせり顔で、本音をつぶやいた男の頭を押し下げ、自らもこうべを垂れて口上を述べる。


 うん、判ってる。わたし戦神だもんね。

 長々と詫びの言葉と助力を乞う男を胡乱な眼で見下ろしてやって、ちょっと留飲を下げる。


「よろしい、それでは」


 わたしは、目を細めて、手をゆっくりともったいつけて挙げる。容姿が冴えないならせめて振る舞いで畏怖させてやる。


 するとわたしの前に戦火に呑まれている辺り一帯の地図が浮かび上がる。

 ちょっとした幻影で、またも、おおぉ、と感嘆の声があがる。


「まずは、ここと、ここ」


 わたしが指でゆるりと指し示すと、地図のその辺りがぼんやりと光を放つ。

 男達のどよめきがまたも聞こえる。意に介さないふりをしているけど、結構嬉しかったりする。


「ここがこのたびの戦闘の要ゆえ、最優先で占拠せよ。まずは敵の補給線を絶つのだ。――ここだ。二つの地点のちょうど中間で敵国もよく利用する。ここで待ち伏せて叩く。そして急ぎ拠点を奪取する。いま攻めている所は後回しでよい。だが作戦変更を気取られぬためにもあからさまに手を抜いてはならぬぞ。さらに――」


 わたしは、時に抑揚を強め、重要な点を強調して述べる。投影した地図に判り易く印を浮かべたりもしてあげた。我ながら見事としか言いようがない。


 わたしの前に集まる男達は目を見開いている。

 この中には軍師などと呼ばれる作戦の立案者もいるでしょうに、どうしてこれぐらいのことが判らないのかしら。……判らないからわたしにすがってるんだろうけど。


 どうだっ! これが女神と呼ばれるゆえんだ。ふふん。容姿だけで人、いや、神を侮ってもらっては困る。


 今後の戦闘についての話を終え、男達を見回す。

 ん? なんでぽかんとしてるの?

 じっと見つめ合うわたし達。


 少しして、軍の最高幹部と思われる男が、おずおずと口を開く。


「女神さまのお言葉、まことにありがたきことで……。しかしながら、できれば御身の力をもって敵国に直接打撃を……」


 へっ? 何を言ってるの?

 今度はこちらが呆ける番だ。


「なぜにそのようなお顔を……、はっ、我々としたことが、大変失礼いたしました。女神さまの力をお借りするのに、供物の一つも差し出しませんで。女神さまは酒をこのまれると聞き及んでおります。ささ、どうぞこの酒を」


 いや、そうじゃなくて。まぁ、もらえるものはもらっとくけど。


「何を勘違いしておる? 我が汝らに授けるのは戦の勝ち方ぞ?」


 差し出された酒を、さり気に受け取りつつ言ってやる。


「は、はい? しかしそれではご神託、というよりは戦術そのもの……」

「我を誰だと思っている? 戦の神ぞ? 汝らに思いもつかぬ戦法を教えてやったではないか。十二分に活用し、国を勝利に導いてみせよ」


 まったく、容姿のことと言い、人々に伝わる女神の言い伝えは、ほんとにいい加減なのね。


 とにかく役目は果たしたのだから、退場してもオッケーでしょ。


 次はもっと神に対する正しい知識を身につけて来てほしいものだわ。

 と言っても、次がそんなに早く来るようじゃ、この国も終わりが近いんでしょうけど。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 かくして、女神の神託、と言う名の戦術を与えられたこの国は、その言葉通りに戦い、あっという間に戦況をひっくり返した。


 女神はますます国民にありがたがられたが、軍部の教訓にこっそりと付け加えられた文言がある。


 いわく、「戦況思わしくない時に、生活に疲れた主婦のような女神に戦術を教わるという事態になりたくなければ、知識と知恵を総動員し、いかなる事態にも備えよ」



(了)

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