【悲報】年越しアレルギー流行中。

首領・アリマジュタローネ

【悲報】年越しアレルギー流行中。



 公邸のベッドで総理大臣の天倉あまくらヒルネは物思いにふけていた。彼は眠るとき、古い音楽をかけるのが好きだった。だから今もこうしてよくモーツァルトを嗜んでいる。今年は何百連勤したことだろう。総理という業務に携わっている以上、明確な休みなど与えられない。


 しかし、現在は12月29日。

 世間で言うところの仕事納め。もう少しすれば、年末年始期間に突入し、天倉にも多少の休暇が与えられる。

 国民のことを第一に考えるのは当然のことではあるが、天倉も人間である。休みが近づいてくれば、どう過ごそうかと考えてしまう。

 とりあえず散髪をして、マッサージに行き、読書をしたい。サウナに行くのも良いかもしれない。ああそうだ。久々に家族でオーケストラを観に行こうか。


 休むことも大事だ。

 来年のために英気を養うためにしっかりと充実した休暇を取らなくては……。



 だが、そんな天倉の願いも一本の電話によって容易く壊されてしまう。



 ────プルルルルルル   



「『総理、大変です』」秘書からだった。


「なんだ? ミサイルか? スキャンダルか? もしくは災害か?」すぐに飛び起きた。


「『いいえ、違います』」天倉は眠気まなこを擦りながら、うーんと伸びをした。


「じゃあなんだ?」


「『なんていいますか……そのぅ』


 秘書の歯切れが悪いことに苛ついてしまう。

 早く要件を伝えろ。早めに改善策を打って、会見を開かなければ、どうすることもできない。

 緊急時は一秒二秒を争う。



「『アレルギー患者が増大しています……』」


「アレルギー?」



 ウイルスなどが原因によって、身体が反応して、喘息や蕁麻疹、身体の痒み、くしゃみ、喉の痛みを引き起こすアレルギー反応。

 なんらかのウイルスが蔓延したということだろうか?

 だが、そんなコロナ禍の時のようなパンデミックを引き起こすウイルスが蔓延している話を国外で聞いた試しがない。

 となると、国内で誕生したウイルスか?



「なにアレルギーだ?」


「『それがそのぅ……』」


「まだ詳しくわかっていないのであればすぐに研究者や医師に話を聞け。私もすぐにそちらに向かう」



 スマホを耳に付けたまま、着替えを始める。

 秘書は「『それがですね……』」と小さな声で、天倉に言った。



「『どうやら、だそうです……』」


「年越しアレルギー……?」



 ん、とスマホをもう一度耳につける。

 


「どういうことだ?」


「『えっと、つまり……年越しに対してアレルギー反応を起こしている国民が増大しているということです。中には過呼吸を引き起こして、心肺停止した患者もいるそうです』」


「……なるほど」


「『これどうやって対処しましょうか……?』」


「私に聞くな。とりあえず、また掛け直す」



 はぁ……とため息をつき、天倉は冷蔵庫からコーヒーを取り出して飲んだ。

 スーツに着替えて、すぐに会議室へと向かった。


 ※ ※ ※


「年越しアレルギーってのが流行ってるらしいぜ」


「なにそれ?」


「年越しに対してアレルギー反応を起こして、身体に蕁麻疹ができたりする病気のこと」


「なんじゃそりゃ」


「冗談とかじゃなくて、死者も出てるんだよ」


「……え、マジで?」


「ガチガチ。原因不明で、突然発症するんだってよ。とあるインフルエンサーが『精神的なモンだろ!強く持て!』ってツイートしてめっちゃ叩かれてる。でも写真とかアップされてるからガチっぽい」


「そんなに年越しするのって嫌かな?」


「良いとか嫌とかじゃなくね? 年越しを迎えること自体に拒否反応を起こしているから、対処法は無いだろ。絶対に日本国民なら年を越してしまうんだから」


「ヤバいじゃん!? どうすんの!?」


「わかんね。しかも日に日に発症者が増えていってる……。大晦日なんて迎えたら、とんでもないことになるかも……」


「耐えるしかないってこと?」


「うーん、年明けまで耐えろって? そりゃいくらなんでも可哀想だろ……。治るとも限らないし」


「海外に脱出するとか?」


「一体、何千人が飛行機乗れると思ってんだよ。医療従事者の数だって足りてないし……そもそも原因がわからんから、ワクチンを開発することもできん。まぁ一部の権力者は海外に行ってるみたいだけど、それでもなんか治ってないみたいだぜ? そりゃ海外も時差があるとはいえ、結局は年を越してしまうよな。我慢しろってのも酷だし」


「え、じゃあ、どうすんの!?」


「わかんね。とりま政府がなんかすんだろ」


 ※ ※ ※



「年号をズラすしかありませんね」


「……そうなるか」



 ここまで被害が甚大になるとは予想外だった。

 だが、しかし年越しをズラすとなると、暦に手を加えるということだ。

 何百年もの間、今まで守ってきた日本の歴史を変えることなど、ここ数日で可能なのだろうか?

 総理とはいえ、一人の一存で出来るものか?

 確かに国民の命は大事だ。

 一度、天皇陛下に話を伺わなくてはならない。



「……というわけです、陛下」


「つまり、今年を終わらせないということですか?」


「そうなります。でなくては、甚大な被害が出てしまう危険があります。もちろん多くの反対意見が発生するのは重々承知の上です。来年に向けての準備をしていた企業やマスコミや一部の国民からは大バッシングが起きることでしょう。差別が産まれる可能性もあります。しかしながら、年号を変えたところで何ら状況が変わらない気がしてなりません」


「ふむ」


「たとえば年号を一年先延ばしにしたとしても、またその一年後には同じようにアレルギー反応を起こす国民が多く発生します。この一年の期間に薬の開発に力を入れたいところではありますが、とにかくこの数日では絶対に間に合いません」


「そうですね」


「ですから、年号を伸ばすのではなく、終わらせないということが重要であると考えています!」


「年月を終わらせないと?」


「そうです。たとえば現在が2000年ならば2001年にするのではなく、永久に2000年に統一する。1回目の2000年の12月が終われば、また2回目の2000年の1月が始まる。何度も何度も繰り返し、新年を迎えずに進み続ける」


「それは……すごく寂しいですね」


「でもやるしかありません。国民の命が掛かっています。たとえ私が『歴史を変えた大犯罪者扱い』をされようとも、覚悟の上です。もちろん、私の後任がまた元に戻す可能性はありますが」


「わかりました。貴方にお任せします、天倉総理」


「ありがとうございます」



 ※ ※ ※


『【悲報】年号ループすることが決定。』


『【朗報】二度目の今年、始まる』


『#文化を破壊した天倉総理は辞任しろ。』


『わけがわからない、別に年アレの連中なんて死んでもいいだろ。我慢させろよ』


『年アレ民のせいで日本オワタ』


『年アレ民を国外に追放しろ!追放追放!』


『堀◯貴文がまた謹賀新年って呟いてたぞ。こいつ頭おかしいだろw』


『いぇ〜い!!年明けたぞ〜!年アレ民、息してるぅ〜〜???wwwwwwwwwwwww』


『Happy New Yearなんて不謹慎です』


『別にどうでもよくね? 年明けしなくても別に生活変わらんだろ。おせちも不味いし』  


『正月じゃないのに正月番組放送されてるの謎すぎる』


『確かに。年末年始休暇って言葉だけは残ってるし。メディアは忖度して、年明けって言葉を使わないようにしてるけど、実際は年を越してるよな』


『【悲報】年越し蕎麦、存在意義を失う』


『【朗報】ワイの年齢、29でストップする。えいえんに二十代の模様』


『状況がむずすぎて理解できてないのワイだけ? つまりどゆこと? 年は明けないの? 明けてるの?』


『明けてはいるが、明けてないことになっている。年アレ民が息出来なくなっちゃうから』


『いや、年アレ民だけど、お前ら一回なってみろよ!マジでキツいから。でもなんか知らんけど、年号ループに入ってから病気落ち着いたわ。さんきゅう、天っち』


『年アレ民やけど治ったで。精神的なもんじゃないってことだけは言うておく』


『年越しアレルギーは政府の陰謀です』


『日本政府に作られた人工病気です。党の支持率を上げるために作られました。いまや天皇は存在しません。年明けしなくなったのはアメリカの介入があったからです』


『案の定、陰謀論唱えるヤツ沸いてて草』



『なお、海外でも年アレ民が発生してる模様。これもう……新しい年号作るべきだろ』



 ※ ※ ※



「少し、休んだらどうですか……総理」


「そんなわけにはいかん。まだやる事がたくさんある」



 結局、年末年始休暇を返上したので休みなんてあるはずがなかった。

 だが、忙しいうちは華だ。

 この職を辞退すれば、どうせ休みは与えられる。

 全ては国民の安寧のため。

 そのために、寿命を削ってまで我が命を使おう。



「ふぅ……」



 一通り業務を終えて夜になった。

 モーツァルトを聴きながら、布団の中に入る。

 私も随分と老いたものだ。

 だが、まだまだやれるぞ!



 ────プルルルルルル   



 その時だった。

 また公邸に一本の電話が入ってきた。



「どうした?」



 すぐに飛び起きて、要件を聞く。

 また今夜も眠れない夜になりそうだ。



「『大変です……総理』」


「なんだ?」


「『またアレルギーが発生しています』」


「……なんだと? 今度はなんのアレルギーだ?」

 


 こめかみを押さえながら聞くと、

 秘書はゆっくりと口を開いた。




「『仕事始めアレルギーです…………』」

 


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