第3話 おおきなお客
はな子は少し考えてから、棚の奥の大きな湯のみを取り出した。そして、ていねいに緑茶をいれる。
和菓子屋「はなもも屋」が開店して、すこしずつお客さんが来るようになった。
もも子は、はな子の入れたお茶をおぼんにのせると、かたむけないよう、注意深く運んだ。
そのお客さんは、椅子にすわっているのに、もも子の身長の倍以上ある。大きなお客さんだった。
もも子が、ゆっくりと湯のみをテーブルにおく。
するとお客さんは、すぐさまその湯のみを手に取ると、がぶりと一口で飲みほした。そして、じろりともも子のほうに目を向ける。
どきり。
もも子の黒い毛がさか立つ。
大きな白いくまのお客さんだった。
「もも子」
はな子が、お店の奥の台所からよんだ。もも子はその場からにげるように、奥へもどった。
「よろしくね」
はな子が和菓子を台所から運んでくる。
豆大福が三つ、みたらし団子を五本、どらやきを四つ、おはぎのこしあんと、つぶあんを三つずつ、カステラが五切れ、お赤飯のおにぎりが四つだ。
もも子はその和菓子の数におどろいた。
「これをいまのお客さまに、運んでちょうだい」
「これ全部!?」
おどろいて、大きな声を出してしまった。白くまのお客さんまで、聞こえてしまったかもしれない。
はな子はふんわりほほえみ、両手に一皿ずつ、一番多く和菓子がのったお皿をもつと、白くまのお客さんまで運んで行った。もも子も大あわてで、おぼんを使い、のこりのお皿を運ぶ。
白くまのお客さんは、ただだまって、すべての和菓子がならべられるのを待った。そしてすべてならべられたのを見ると、まず始めに、豆大福を一つ、ぱくりと口に入れた。
もぐもぐ、ごっくん。
あっという間に、二つ目、三つ目と、大きな一口で豆大福を食べてしまった。
もも子はそのようすを、おどろきながら見る。
白くまのお客さんは、次々と食べつづけ、お皿も次々と空になる。そして最後のどらやきを食べ終えると、
「ぜんざい」
「え?」
「追加でぜんざい五人分。もちは焼いて」
白くまのお客さんが言った。
まだ食べるの?
もも子はおどろいて声が出ない。
「はい、かしこまりました」
はな子が答え、いれたてのお茶を運んでくる。
「おもちは焼くので、少しお時間をいただきます。おまちください。もも子、空いたお皿を下げるの手つだってね」
「もも子っていうのか」
お客さんが、ぼそりと言う。
ぎくり。
お客さんに名前をよばれ、また、もも子の毛がさか立つ。急いで空のお皿をおぼんにのせると、台所へと引き返した。
台所では、はな子が網の上で、四角いおもちを焼きはじめる。
おもちがゆっくりと、きつね色に染まって、お店のなかに、こうばしいにおいがただよう。
もも子は、おもちが焼けるあいだに、小皿に、小うめと塩こぶを五まい用意した。お客さんの身体に合わせて、できるだけ大きな小うめをえらんでみた。おぜんざいのときは、この小皿も一緒にお持ちするのだ。
「気をつけてね」
おぜんざいができ上り、もも子は出来立てのおぜんざい5杯を運ぶ。
そしてこぼさないように、ていねいに、そろりとテーブルにならべた。
白くまのお客さんが、一つ目のおわんのふたを開ける。あまくて、温かい湯気が、おぜんざいから立ちのぼる。
大きな鼻を近づけて、いっぱいににおいをかぐと、それからごくりと、ぜんざいを飲みほした。そしてあっという間に、一はい、二はいと、おわんを空っぽにしていく。のこった小皿の小うめと塩こぶも、またたく間に口に放りこんでしまった。
ぷはーっ!
白くまのお客さんが、大きな口をあけた。
「うまかったー!」
幸せそうに、顔いっぱいが笑顔になった。そして、そばで見ていた、もも子の頭をわしわしとなでる。
「うまかったよ、もも子ちゃん! ごちそうさま」
もも子はすごくびっくりした。けれどじわじわと、うれしい気持ちでいっぱいになった。さっきまでの、こわいという気持ちはなくなり、ほっぺたがよろこびで熱くなる。
一見こわそうだけど、この人はやさしい人だ。
白くまのお客さんは、お代をはらうと、あっと声を出し、おみやげに買って帰ろうと言った。そしてお店にならんでいる和菓子を、ほとんど全部買って行ってしまった。
「きっと、くまおもよろこぶぞ」
白くまのお客さんはにこにこしながら、大きな和菓子のつつみを持って帰った。
はな子はにこにこほほ笑みながら、もも子はあっけにとられながら、そのお客さんの後ろすがたを見送った。
二人にとって、それはそれはうれしい出会いの一日だった。
はなもも屋1 わかさひろみ @wakasahiro
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