第2話 はなもも屋のはじまり
「え? だれがかりるの? だれがお店を出すんだって?」
ミミズクのおじさんは、大きな目をぎょろりとまわして大きな声で言った。そんなにおどろかなくてもいいのに。もも子は思った。
はな子ともも子は不動産屋さんに来ていた。それは、はな子の作る和菓を売るために、お店をかりるためだ。
「わたしです。和菓子のお店を出そうと思っています」
はな子は、不動産屋のおじさんにていねいに話した。おじさんはその話を聞くなり、ますます大きな声で言った。
「あんたがお店を出すの? 売れるかねー、やめときなよ。あんたみたいな黒のポメラニアン。しかもおじょうさんの作る和菓子なんて、売れないよ。売れなかったら、家賃代だってはらえないよ?」
「ひどい!」
ついもも子は怒ってしまった。いくらなんでもひどい言い草だ。お姉ちゃんのお菓子を食べたこともないくせに、売れないなんて失礼すぎる。
「そんなこと言ってもね…、かすのはわたしじゃなくて、家主さんだからね。あんたにかしてもいいっていう人がいるかどうか…」
いちおう、さがしてみますけどね、と言いながら不動産屋のおじさんは、相談用紙を出してきた。希望する家賃料やら、希望する場所を記入するように言う。
はな子は用紙を受け取ると一つずつていねいに書きこんだ。
もも子はそばでだまっていたが、こころのなかは不信感でいっぱいだ。どうせこのぶんでは、探してくれないにちがいない。こんなおじさん、あてにできない。もも子は上目づかいで、おじさんをにらみつけた。
その帰り道、もも子ははな子に話を切りだした。
「お姉ちゃん。あのおじさん、ぜったいお店なんて探してくれないよ。あんな失礼なおじさん、信じられないよ」
「そんなこと言わないの。あんな風に言われることは、わかっていたから。和菓子職人を目指したときにだって言われた。お前に和菓子は作れないって。」
はな子は、昔の苦い記憶を思い出した。和菓子を学ぶことだけでも、大変だった。それでも、ここまできた。だからやるしかない。いまのはな子には、その覚悟があった。
もも子はまだ納得できないようすだったが、それ以上はなにも言わなかった。
それから数日後、不動産屋さんから連絡がきた。
「かしてもらえるとは、まだ、お約束できませんよ。ただね、家主さんが、どんな人がかりたいのか、会ってみたいと言うんですよ。だからね、あまり期待はしないでくださいね。」
どこまでも、感じの悪い言いかただったが、ちゃんとお店を探してくれていた。
もも子はいまだに釈然としない気持ちだったが、はな子はていねいにお礼を言い、約束の日時を確認した。
当日、はな子は家主さんへ、いくつかのお菓子を手みやげとして用意した。季節の和菓子や最中、どらやきなど、お店を開くうえで中心となる品物にした。
約束の場所につくと、不動産屋さんが大きく手をふっていた。
「おじょうさんがた、ここだよ、ここ!」
声を出して、手をふっていてくれないと、見つけられない。奥深い森のなかだった。
不動産屋さんは、大きなブナの木の下にいた。
「大きな木でしょう」
自慢げに、ブナの幹をぽんぽんとたたく。
大きなブナは、四方に枝をのばし、根元にいるはな子たちをむかえ入れてくれた。足元はブナの落ち葉でふかふかし、ほどよく水分をふくんだ土からは、大地の匂いがした。そして、陽の光を通すブナの葉は、心地よい木かげをつくり、そのあいだを風が通りぬけた。
ブナが見守ってくれている。はな子も、もも子も、そう感じた。
「すてきなところですね。お店はどこにあるのですか?」
はな子はあたりを見わたした。なぜか家主さんのすがたも見当たらない。
がさがさっ。
シュルシュルシュル…。
どこからか、不思議な音が聞こえてきた。
「やぁ、あなたたちですな、うちのお店をかりたいという、おじょうさんがたは」
どこからともなく、声が聞こえてくる。はな子ともも子は、あたりを見わたすが、声の主は見当たらない。
ごそごそ。
シュルシュル。
「?」「??」
「やぁ、おどかせてごめんなさい」
ブナがしゃべっている?
もも子はおどろいて、木を見上げた。
よく目をこらしてみると、なんとブナの大きな枝に、大きなへびがまきついていた。
へびはシュルシュルと、音を立てて、幹をうまいことおりてくる。そして、ほどなくして、はな子ともも子の前まできた。首元とおもわれるあたりに、上品な葡萄色(えびいろ)の蝶ネクタイをしている。
「こんにちは」
はな子はとまどいながらも、あいさつをする。
もも子もそれにならい、軽く頭を下げた。
「和菓子のお店を出したいと、うかがっておりますよ」
へびは落ち着いた、やさしい声をした紳士だった。
「こちらがお店の家主さん、オタカさんです」
不動産屋さんがうやうやしく、紹介する。
「わたし、毎日食べたくなる、ほっとする和菓子のお店を開きたいんです。でも…お店はどちらにあるのですか?」
「どうぞ、こちらです」
そう言うと、オタカさんは、シュルシュルとブナの幹の向こうがわに、すがたを消した。
はな子たちはあわてて、幹づたいに後を追った。すると、大きなブナにかくれて気がつかなかったが、木にうもれるようにして、立派な建物がたっていた。ブナによりそうようにあり、かべや屋根には、さまざまな植物が茂っている。一見すると、緑の小さな山のようだ。まんなかには、堂々とした扉が作りつけられている。
「わー、すてき!」
もも子は思わず歓声をあげた。
こんなところで、お姉ちゃんのお店を出せたら、と想像すると胸がわくわくする。 でも…。
その楽しい気分も、すぐに消えた。
こんなすてきなところを、はたしてかしてくれるだろうか。前に不動産屋さんが言ったように、わかい女の和菓子職人に、お店なんて無理だと言われるのではないか。
もも子は、はな子のようすをうかがった。
はな子も同じ考えなのだろう、ふくざつな表情で、建物を見つめている。
「あの…すごくすてきな建物で、ここでお店を出せたら夢のようです」
はな子はいつにもなく弱気に、オタカさんを見た。
オタカさんは、くねくねと体をゆらした。
「くんくん。いい匂いがしますね。甘い、いい香りだ。小豆や、こうばしい最中の香りがします」
はな子は、はたりと思い出し、持ってきた和菓子をさし出した。
オタカさんは、ちょうだいしますと言うと、器用にふくろから菓子を取り出した。そして、不動産屋さんといっしょに食べ始めた。
ほほう。
うんうん。
こりゃこりゃ。
と、小さな声を出しあいながら、二人はあっという間に、すべてを食べつくしてしまった。
「うん。実においしいお菓子だった。ごちそうさま」
「そうですな。おいしくて、あっという間に食べてしまいましたな」
二人はいつの間にか、笑顔になっていた。
もも子はうれしくなった。おいしいものは、みんなを笑顔にできる。
「ぜひとも、このお店の、一番目のお客さんになりたいですね。いかがですか、ここで和菓子のお店を開いてくれませんか?」
オタカさんは、はな子の顔をのぞきこんだ。そして、首をかしげる。
みるみるうちに、はな子は全身の毛をそばだたせる。
「ありがとうございます! ぜひ一番に、ご招待させてください。お待ちしております!」
「ありがとうございます! わたしも、たくさんお手つだいします!」
もも子も、大きな声でオタカさんにお礼を言った。
「実に美味。実に美味でしたよ。お店を出せば、もっともっと、腕が上がるでしょう。将来が楽しみですね」
もも子は、はな子にとびついてよろこんだ。
こうして、大きなブナの木の下で、二人のポメラニアンの和菓子屋さん、『はなもも屋』が開店することになった。
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