はなもも屋1

わかさひろみ

第1話 もも子の瞳はあずき色

 「もも子の瞳はあずき色」

 そう言って、いつもはな子はもも子のあたまを両手でなでてくれた。とくにもも子が落ちこんでいるとき、そうやってはげましてくれる。

 すると不思議と、もも子のなかのしおれかけたこころの花が、太陽と水をあたえられたようにみるみる美しく咲いた。

 はな子の両手からは、甘いおぜんざいのにおいがする。だからもも子は、はげましてもらったあと、かならずこう言う。

 「お姉ちゃんの両手は、甘いおぜんざいのにおい」

 そしてふたりで顔をつきあわせ、ふふふと笑った。

 はな子ともも子は、なかよし姉妹。なかよしな黒のポメラニアン。そしてこの物語の主人公。




 もも子はぐつぐつと煮えたお鍋をのぞきこんで、がっかりと肩を落とした。小豆を煮ていたのだが、小豆の皮がやぶけてしまったのだ。

 和菓子屋では、こういう小豆を「腹切り」といった。つやつやした小豆の表面から、中身の白い部分がのぞく。

 失敗だ…。

 ふっくらつやつやした小豆のおぜんざいを作りたかったので、自分が煮た小豆を見て、かなしくなった。

 せっかくお姉ちゃんに上等な小豆を分けてもらったのに、これじゃ台なしだ。もったいないけれど、つぶして粒あんにするしかない。そう考えているときだった。

 「よく煮えたじゃない。さ、お砂糖を入れておぜんざいにしよう」

 後ろから、はな子が声をかけてきた。

 「ううん、失敗しちゃったの。皮がやぶけちゃった。せっかく上等な小豆をもらったのに、ごめんね」

 もも子が両耳をたらし、もうしわけなさそうに言うと、はな子は不思議そうにお鍋をのぞく。

 「おいしそうにできているよ。さ、お砂糖を入れよう」

 「…だめだよ、皮がやぶけちゃっているから。お姉ちゃんが作るみたいに、ふっくらできなかった」

 耳もしっぽも、しゅんとしたもも子のようすを見て、はな子はやさしくほほえんだ。

 「皮がやぶけたっていいじゃない。すごくおいしそうな匂いがするよ」

 はな子はお鍋に鼻を近づけて、くんくんと動かす。

 「おなかに入れば、皮がやぶけても、やぶけてなくても同じよ?」

 「そんなー! 身もふたもないこと言わないでよ。和菓子職人のお姉ちゃんが言うこと?」

 「あら、職人だからわかるのよ。この小豆はおいしいって。だって、もも子がこころをこめて煮たんでしょう?」

 そういうと、はな子はいつもどおり、もも子のあたまを両手でなでた。

 「もも子の瞳と同じ、おいしい色。さ、お砂糖を入れましょう。お塩もわすれずにね」

 お姉ちゃんにはかなわない。もも子はそう感じた。やっぱりお姉ちゃんはすごい和菓子職人だ。

 こころをこめることが一番。料理をするうえでいちばん大切なこと。

 それからお鍋にお砂糖とお塩を入れた。

 「お姉ちゃんの手と同じにおいがしてきた! それって、おいしいってことだよね!」

 台所いっぱいにお姉ちゃんのにおいがただよって、もも子ははな子に包まれている気分でしあわせになった。さ、食べよう食べよう! もも子とはな子のおぜんざいを。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る