第7話 エピローグ

 僕がゴブリンと戦った日の翌日。

 朝ご飯を食べ終えると僕は出発のための最終確認を始めた。

 バックパックに詰め込まれた食料に水筒、大事な冒険者ギルドカードに地図、衣類、ランタン、それから僕の全財産のお金を再確認する。


 後は腰に吊るしている愛剣のショートソードが僕の持っていくすべてだ。

 確認はすぐに終了した。

 後は出発するだけだ。

 僕はバックパックを背負うと家の中にいた父と母に声をかける。


「父さん。母さん。僕、行ってくるよ」

「おう。立派な冒険者になってこい。俺は応援してる」

 父が満面の笑顔で僕を送り出してくれる。

「ありがとう、父さん。きっと立派な冒険者になるよ」

 一方、母に目を向けるとこちらは悲しそうな表情を浮かべている。


「ああ、レイン。遂に行ってしまうのね。あなたの旅先に幸があらんことを神に祈っておきます」

「母さんも、ありがとう。出発するとしばらく会えなくなるけど、手紙を書くよ。僕の活躍が分かるような手紙をいっぱい書くから、待ってて」


「分かったわ。楽しみに待ってるから」

「それじゃ、父さん、母さん、どうかお元気で。行ってきます」

 僕はその言葉を最後に家を出た。

 僕は村を歩いて出口に向かう。

 途中、すれ違う村人たちと挨拶を交わしながら進む。


 中には僕の旅に応援の言葉をかけてくれる人もいて、とても嬉しかった。

 出口に辿り着き村を出た。

 周辺に広がる畑ではすでに農作業を始めている人もいる。

 僕は彼らを横目に東へ向かい歩き始める。

 レックとソータはもう仕事を始めているだろうか。


 仕事を始めているならこのまま東に向かえば会えるだろう。

 そう思って歩いていると昨日と同じ場所でレックとソータが農作業をしているのを発見した。

「おーい、レック。ソータ」

 僕は二人に声をかけて近づいていく。

「今から出発か、レイン」

「うん。そうだよ」


「旅に出れるレインが羨ましいぜ」

「ははは……。ソータも冒険者になれるように頑張りなよ」

 その後、少しだけ最後の雑談をしてから僕は二人に別れの挨拶をする。

「じゃあ僕そろそろ行くよ。二人とも元気でね」

「ああ」

「そちらこそ元気でな」


 僕は手を振って二人と別れた。

 僕はさらに東へ向かい歩く。

 まず目指すのはロマールの町だ。

 周辺には畑が消えて草原が広がる。

 さあここから先は僕一人での冒険の旅の始まりだ。

 この先、一体どんなことが待ち構えているのか。


 今からドキドキとワクワクが止まらない。

 これからは冒険者ギルドで依頼を受けたり、仲間が出来たり、楽しいことが沢山あるに違いない。

 僕の夢の実現はもうすぐそこまで来ている。


「ぉーぃ」

 空を見上げると僕の旅路を祝福してくれるような青空が広がっている。

 空には鳥が羽ばたき自由を謳歌しているかのようだ。

 そういえば僕、今まで別の町や村に一度も行ったことがないんだよな。

 生まれ故郷のシルド村でずっと育ってきた。

 辺鄙な田舎村だけど僕は嫌いじゃなかった。

 むしろ好きだった。


 毎日したいことをして過ごせるように両親がのびのびと僕を育ててくれたおかげだろう。

 僕が冒険者になることを両親が許さなければ今の僕はない。

 両親の反対を押し切って夢を目指す勇気はないので、完全に農民化していたはずだ。

 両親には本当に感謝している。


「ぉーぃ、レイーン」

 ん? 今なんか名前を呼ばれたような気が……。

 いや、そんなはずないか。

 だってここはもう村から少し離れた草原地帯だし、危険があるから村人はこんな所まで来ない。


 幻聴かな。旅に出て少ししか経ってないのに人に呼ばれたと錯覚するなんて、人寂しさを感じているのかも。

 まだまだ旅は始まったばかりなのに弱気になってはいけない。

 僕は大空に羽ばたく鳥のように自由を満喫するんだ。


「おーい、待ってよう」

 ……。え? 気のせいじゃない?

 後方から声が聞こえてくるんだけど。

 僕が後ろを振り向くと、遠くから走ってくる人の姿を発見した。

 僕は仰天してその人物が近づいてくるまで足を止めて待った。


「やっと追いついたー。もうさっきからずっと呼びかけてたのに全然気づいてくれないんだもん」

「ミーシャ、一体どうしたの? こんな所まで一人で来るなんて危ないじゃないか」

「私もレインと一緒に旅に出ることにしたから。さ、行きましょ」

 出発進行と号令をかけてバックパックを背負っているミーシャが歩き始める。

 僕はミーシャの後を追いながら「え、え、どゆこと?」と呟く。


 正直あまりの急展開に頭が追いつかない。

「もうちょっときちんと説明してよ、ミーシャ」

 僕はミーシャの隣に並んで歩きながら、問い詰める。

「いーい、よく聞きなさい。私の夢は王都でお薬屋さんを開くこと。だから王都に行きたい。レインの夢は冒険者になることで、とりあえずはやっぱり王都に行きたい。なら一緒に行ったらいいじゃない。単純でしょ」


「そんな簡単な話なのかな。それに昨日はそんなこと一言も言ってなかったじゃん」

「だって昨日の朝に話した後に決めたんだもん。元々は村を出る予定をもっと早く私に言わなかったレインが悪いわよ」

「えー、僕が悪いのかな。たしかに急ではあったけど……」

「全部レインのせいなの。それによく考えてみなさい。もし私がレインと一緒に行かないなら、一人で王都まで行かないといけなくなるじゃない。そんなのは無理でしょ。途中で魔物に襲われて食べられたらどうするのよ」


 そう言われると確かにミーシャ一人では王都まで行くのは不可能かもしれない。

 僕の父に頼めば隣町までなら送ってくれるかもしれない。

 しかしその先は冒険者でも雇って王都まで護衛してもらうしか方法はないだろう。

 そしてその護衛者として僕に白羽の矢が立ったのか。


「なるほど。ミーシャが言いたいことは分かった。確かに僕と一緒に行くことに利点があるみたい。でも本当に今日出発しても大丈夫なの。トーマスさんにきちんと許可を取った?」

「その辺は大丈夫よ。部屋に書置きを残して来たから」

 全然、大丈夫じゃなかった。


「それってトーマスさんはまだ知らないってことだよね。許可取ってないよね」

 僕は両手で頭を抱えたい気持ちになるがそれを抑えてミーシャに質問する。

「どうして昨日の内にトーマスさんに知らせなかったの?」

「そんなことしてレインと一緒に行くことを許してくれなかったら、出発を妨害されちゃうかもしれないじゃない。そんなの嫌よ」


「まあ確かに反対されるかもしれないけど。だからといって書置きを残しただけで、黙って出てくるなんてそれでいいの?」

「何も問題ないわ」

「旅に出ちゃうとしばらく会えなくなるんだし、きちんと話をして出てきた方がいいと思うけど。急にミーシャがいなくなったらトーマスさんも悲しんじゃうんじゃないかな」


「それはそうかもしれないけど」

「だろ。だから一度引き返した方がいいんじゃないかな。僕も一緒についていくからさ。トーマスさんときちんと話をしに行こうよ」

 僕が説得すると、ミーシャはしばらく考えた後に口を開いた。

「お父さんと話をしたら、私を連れて行ってくれる?」

「トーマスさんの許可が取れたらね」


「それじゃ駄目よ。許可が出なくても連れて行ってくれるって約束しないと私戻らない」

「えー、それは僕が怒られちゃうんじゃ……」

 許可が出ないのに二人で旅に出たら、なんか僕が無理矢理連れてくみたいに思われないだろうか。

「大丈夫。レインに迷惑はかからないようにする。あくまでも私の意思でレインについていくって話をするから。だから約束してレイン。何があっても私を連れて行ってくれるって」


 僕は少し考えてから観念した。

「分かったよ、ミーシャ。だから一度トーマスさんのところに戻ろう」

「しょーがないわね。レインがそこまで言うなら戻ってあげる」

 僕たちは踵を返して村に戻り始めた。

 村に戻る途中で再びレックとソータに会うと不思議そうな顔をされた。


「あれ、レイン。どうしたんだ。忘れ物か?」

「ミーシャに何か言われたのか? さっきレインの後を追うように草原の方に走って行ってたけど」

 僕は苦笑して「ちょっと村に用事が出来たんだ」と説明してその場を離れる。

 その後も周辺の村人たちは村に戻る僕たちを見て不思議そうにしていた。

 そんな視線の中を歩き続け僕たちはトーマスさんのいる診療所にやってきた。


 中に入るといつもはミーシャがいる受付にトーマスさんが座っており、ミーシャを見るなり話しかけてきた。

「仕事もせずどこへ行っていたんだミーシャ」

 トーマスさんが少し強い口調でミーシャに問いかける。

 それを聞いたミーシャはまるで動じずトーマスさんの前まで進み出て、言葉を返した。


「私、レインについていくことにしたから」

 トーマスさんは何を言われたか理解できないといった表情を浮かべ、ミーシャを凝視した。

「何馬鹿なこと言ってるんだ。お前がついていってどうなる。レイン君の旅の邪魔になるだけだろう」

「私には王都で薬屋さんを開くという大事な夢があるの。レインには王都に連れて行ってもらうだけ。それまで多少足手まといかもしれないけど。王都まで行けば後は自分のことは自分で何とかする」


「王都で薬屋さんを開くだと。まだまだお前には早い」

「お父さんがどう思うかは勝手だけど。私はもう王都まで行くって決めたから」

「そんなこと許すはずがないだろう」

「許す許さないの話じゃないの。私はもう15才よ。この村のしきたりだと大人として扱われる年齢なの。別にお父さんの許可がほしくて話したわけじゃない。これはただのお知らせだよ」


 徐々に二人の雰囲気が険悪になってきた。

 僕がハラハラしながら二人の様子を見守っているとトーマスさんの顔がこちらに向いた。

「ミーシャがついていくことをレイン君はどう思ってるんだい。迷惑だろう?」

「迷惑なんかじゃ無いわよね。レイン」

 なんか二人からの圧が強い。


「迷惑ではないですけど……」

「ほらお父さん、レインは迷惑じゃないって」

 ミーシャが勝ち誇った顔で嬉しそうに告げる。

 トーマスさんはそれでも冷静に「けど、何だい」と続きを促してくる。

「僕の実力でミーシャを確実に王都まで送り届けることが出来るのか、少し心配です。魔物と戦いになったらミーシャを守りながら戦わなければならないですし。誰かを守りながら戦った経験もあまりないですし」


 僕が不安要素を告げると、トーマスさんは理解を示すように頷く。

「やはりレイン君の旅の邪魔になるということだね」

「邪魔だなんてレインは一言も言ってないじゃない。それに人を守りながら戦う経験があまり無いなら、今が経験を積むチャンスじゃないの。これから先、レインに必要な技能なんだから良い経験になるんじゃない?」


 確かにそれはそうかもしれない。経験がないからやらない、ではいつまで経っても出来るようにはならない。

 護衛任務の経験がなければ、ギルドの護衛依頼を受けるときに不利になる可能性もある。

 護衛される側の人からしても、経験がない人に頼むのは多少リスクがあるだろうし、同じ依頼を受けたい人が複数人いれば経験者を優先するだろう。

 僕にとってミーシャの護衛は経験を積む絶好のチャンスといえる。


「確かに良い経験になるかも」

 僕が頷くと、ミーシャが笑顔になって告げる。

「ほらレインもこう言ってるし。私、レインについていくから。それじゃあね、お父さん」

「こら、待ちなさい」

 トーマスさんの引き留める声も聞かず、ミーシャは診療所から出ていった。

「まったく馬鹿娘が」


 僕はミーシャが出て行った診療所の入口に目を向けて「いいんでしょうか」と呟く。

「良くはないが、言うことを聞かないのだから仕方ない。レイン君、すまないが娘のことをよろしく頼むよ。無事に王都まで送り届けてやってほしい。出来れば王都に着いた後も気にかけてやってくれないか。娘があまり無茶なことをしないように」

 トーマスさんのお願いを聞いて僕は頷く。


「わかりました。ミーシャのことは任せてください」

「頼んだよ」

 僕はトーマスさんに礼をしてから診療所を出た。


  ☆

 診療所を出てミーシャと合流し、二人で一緒に歩いて村を出た。

 今は再び村の東の草原地帯に戻ってきている。

「こんなところに薬草みーっけ」

 ミーシャが嬉しそうに薬草の採集を始める姿を見て、僕はのんきだなと思ってしまう。


「ねえミーシャ。本当にあんなお別れでよかったの?」

「大丈夫よ。心配しないで」

「大丈夫と言われても……」

 僕が気遣うような表情を浮かべていると、ミーシャがちらりとこちらを見て言う。

「レインは心配性ね。私とお父さんで意見がぶつかる時はいつもあんなだから。何も問題ないよ」


 そう言ってミーシャはすぐ採集作業に戻る。

「やっぱり村の外の方が薬草集めは捗るなー。これならレインをパワーアップさせるお薬を沢山作れちゃうかも」

「あはは……」


 僕は正直苦笑いだ。しばらく待つとミーシャが採集を終えて立ち上がる。

「ごめんね。待たせちゃって。それじゃ気を取り直して、出発進行」

 僕はミーシャと並んで歩き、まずはロマールの町を目指す。こうして僕たちは旅は始まったのだった。


 旅立ち編 終

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母の病気を治すため、森に薬草を採りに行く話 さまっち @nobuaki2022

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