第6話 魔物の襲来
レックが東の方を指さして「おい、あれ魔物じゃね?」と言った直後、僕とソータもそちらへと目を向けた。
「確かに魔物だね。意外と近い。話に夢中で気が付かなかったみたい」
「あれゴブリンじゃね。三体もいるけど」
僕とソータが魔物の存在を確認すると、レックが「だよな」と呟く。
それからレックは西の方角に向けて大声で「魔物が出たぞー。東の端だー。みんな逃げろー。それからレオンさんを呼んでくれー」と叫んだ。
レックが叫び終わると、村人たちが行動を開始する。
すぐに逃げる者、さらに周辺に叫んで伝言を伝える者、大体そのふたつに分かれる。
村人たちも魔物が出た時の対処は慣れたものだ。
すぐに情報が父に伝わりこちらに向かって動き出すだろう。
「俺たちも逃げるぞ」
レックがそう言って僕とソータを見た。そんなレックに僕は言葉を返す。
「僕は逃げない。僕らがみんな逃げたらこの周辺の農作物が荒らされるだろうし。確かもう少しで収穫なんだろう。僕は畑を守るためにゴブリンたちを迎え撃つよ」
「一人では危険だぞレイン」
レックが僕を心配して声をかける。
「大丈夫。父さんが来るまで時間を稼ぐだけだし。それにゴブリンもあまり強い魔物じゃないし。囲まれないようにだけ気を付けたら何とかなると思う」
時間を稼ぐだけといったが内心ではゴブリンの三体くらい倒せるのではと思っている。
それにゴブリンごときに負けるようではこれから先、冒険者としてやっていけないだろう。ゴブリンは強さのランク的には下位に位置する魔物なのだから。
「だからレックとソータは逃げて」
「いや俺も逃げない」
ソータが決意を込めて宣言する。
「おい、ソータ。お前にはさすがに無理だろう」
それをたしなめるのはレックだ。しかしソータも聞かない。
「俺だって剣の腕を磨いてる。レインの隣で戦えるほどの実力は無いかもしれないが、万が一レインがやられそうになった時、少し敵の注意を引いてレインを逃がす程度のことは出来るかもしれん。だから俺も残らせてくれ。別に率先して敵と戦うわけじゃない」
僕は「分かった。ピンチになったらお願い」といってソータの提案を聞き入れた。
「じゃあレックは逃げてくれ」
「二人が残るのに俺だけ逃げられるか。一応剣はある。それに俺は逃げ足だけは自信があるんだ。危なくなったら全力で逃げればゴブリンごときに追いつかれるはずはない。敵は三体いるんだからこちらも、三人だ」
レックが観念したように言って、覚悟を決める。
「本当にいいんだね。二人とも」
僕が最終確認のため二人に問う。
「大丈夫だ」とレック。
「任せろ」とソータ。
そういうことならもう何も言うまい。
「それじゃ。迎え撃とう」
僕らは歩いてゴブリンたちに近づいていく。
歩きながら僕は身体強化の魔法を唱え、二人にもアースパワーの魔法を念のためかけておいた。
配置は僕が前衛で、レックとソータは後衛だ。
三体とも僕が一人で倒してしまうのが一番いい。
僕がピンチにならなければレックとソータは戦いに参加する必要はない。
僕は前方のゴブリンたちに目を向ける。
ゴブリンたちは前衛二人後衛一人の配置になっているようだ。
前衛二人は棍棒を持っているのが見えるが後衛の武器は見えない。
後衛はボスなのだろうか。今はまだ判断できないが、陣形を保ったままじりじりと歩いて近づいてくる姿が不気味だ。
魔物なら本能の赴くまま襲い掛かってきそうなものだが、それをしないのは統率されているのを感じる。
前方の敵はゴブリンの中では手ごわい部類なのかもしれない。
ゴブリンに近づくにつれて僕の体に緊張感が走る。
そしてお互いが臨戦態勢に入る距離まで来るとゴブリンたちが何やら話し始めた。
「グフフフ。なんか弱そうな人間どもがやってきましたぜ。アニキ」
「グフフフ。殴ると惨めに命乞いを始めるんだろうな。アニキ」
前衛の二体がアニキと呼ばれるゴブリンに話しかける。おそらく後衛のゴブリンがアニキなのだろう。
そう思っているとひときわ低い声で後衛のゴブリンが声を出した。
「グフフフ。殺せ」
後衛ゴブリンの指示に従い、前衛二体が動き始める。
それぞれ右と左に分かれて僕を囲む配置を取ろうと動き出す。
このまま黙って囲まれるわけにはいかないので、僕は右側のゴブリンを目標に据えて走り出す。
その時、それまで注意をあまり払っていなかった後衛ゴブリンの手に弓があることに気づいた。
僕に向かって弓を引き絞っている。
まずい。まず最初にあの弓を何とかしないと。
前衛ゴブリンの相手をしながら矢を回避し続けるのは困難だ。
矢に毒を仕込まれている可能性もあるので矢に当たるわけにはいかない。
今は僕に向かって射ようとしているけれど、レックとソータも狙われるかもしれない。
出来るだけ早く何とかしなければ。
僕は前に走りながら自分の後方の二人に声をかける。
「レック。ソータ。相手は弓を持ってる。矢が届かない位置まで下がって」
「分かった」
レックの返事が届いたが後ろを見る余裕がないので、実際に二人が安全な所まで下がったのか確認ができない。
そうこうする内に最初の矢が僕に向かって飛んできた。
僕は全力で体を横に投げ出して矢が当たらないことを祈る。
ひゅん、と僕の体のすぐ近くを矢が通り過ぎていく。
危なかった。今は避けることに成功したが、そう何度も躱せるものではなさそうだ。
僕は急いで体を起こし後衛ゴブリンに向かって走る。
前衛の二体は無視でいい。
僕の左右に回り込むように前衛の二体が動いていたので、後衛ゴブリンまでの間に障害物がない。
後衛ゴブリンが矢筒に手を伸ばし次の矢を手にしているのが、もう射させるつもりはない。
僕は走って距離を詰めつつ、剣を持つ反対の手を前に伸ばして魔法を唱えた。
「ウインドカッター」
風の刃が後衛ゴブリンを襲う。後衛ゴブリンの体に裂傷が走り、血しぶきが舞う。
「ウググ」
後衛ゴブリンがうめき声を上げるが致命傷ではない。
だがそれよりも重要な目的があった。
弓の破壊だ。
見たところ弓本体の破壊は出来なかったみたいだが弦が切れたようで垂れ下がっている。
よし。あれではもう矢を射れない。
後は一体づつゴブリンを倒していけばいいだけだ。
左右にいる前衛ゴブリンに目をやると、魔法を使った僕に驚いているのか少し動揺している。
とりあえず僕は再び右のゴブリンを次の目標にして走りだした。
魔法で先制してもよかったが剣技の実力を試したくて僕はそのまま切りかかった。
「ウギャア」
僕のショートソードがゴブリンの右腕を深々と傷つけた。そのまま追い打ちをかけてゴブリンの胸をショートソードで貫く。
ゴブリンはあっけなく絶命して倒れた。
よし、いける。僕は戦いに手ごたえを感じて嬉しくなる。
まだまだ未熟な僕だけどゴブリン相手には通用する。
僕は残り2体のゴブリンに順番に目を向ける。
まずは後ろから近づいてきていた棍棒を持つ前衛ゴブリンだが、仲間がやられた事に怒り心頭といった感じで僕に向かって走ってくる。
後衛ゴブリンの方はというと弓を捨て、手にはショートソードが握られていた。
まだ武器を持っていたのか。
後衛ゴブリンも前衛に上がろうと走っている。
棍棒持ちの前衛ゴブリンの方が僕との距離は近いのでまずはそちらから対処する。
前衛ゴブリンに向かい走り距離を詰めて、僕は大上段から切りかかった。
だが今度は棍棒で防がれてしまう。
「グギギ。殺してやる」
「やれるもんならやってみろ」
僕は防がれたままの剣にさらに力を込めて、そのままゴブリンを叩き切ろうとする。
ゴブリンは体格の良い魔物ではないし力も強いわけではない。
腕は僕より太いけれど、今の僕は筋力を魔法で向上させている。
ゴブリンなんかとの力比べで負けてられない。
ゴブリンが僕の力に対抗できなくなったのはすぐだった。
僕は力に任せて棍棒を押し込みそのままゴブリンの体を切り裂いた。
「ウギャアア」
ゴブリンが断末魔を上げて倒れる。
僕は念のためゴブリンにとどめを刺すため倒れた体にショートソードを突き立てた。
ゴブリンの体が一瞬、びくりと震えたがすぐに沈黙した。
これで前衛の二体は倒した。
後はアニキと呼ばれていた後衛のゴブリン一体だけだ。
前衛の二体が倒されたのに、逃げずに向かってくるのがゴブリンの頭の悪さを物語っている。
まあ逃げだした所で逃がすつもりはないけれど。
ゴブリンは逃がせば仲間を連れて再び戻ってくることが多いから、すべてのゴブリンを倒すことが村を守る上で重要らしい。
父が言っていたことだ。
だから逃げずに向かってきてくれるのは好都合だ。
僕は最後の一人のショートソード持ちのゴブリンに目を向ける。
先程の二体よりも腕が太いし武器もいい。
それにショートソードに毒が塗られている可能性も否定できないので、かすり傷一つ負うことが出来ない。
なので最後の一体は魔法で弱らせてからショートソードでとどめを刺そうと思う。
僕は最後のゴブリンが近づくまで剣を構えて待つ。
ゴブリンが近距離まで来たと同時に僕は左腕を前に出し魔法を唱えた。
「ウインドカッター。ウインドカッター。ウインドカッター」
魔法の三連射がゴブリンを襲う。
近距離で魔法を放ったことで弓を破壊した時よりも深くゴブリンの体に傷を付けた。
「グギャアア」
ゴブリンは堪らず腕で顔や胸を守るが、僕はそんなことお構いなしでさらに魔法を唱える。
「ウインドカッター。ウインドカッター。ウインドカッター」
魔法の三連射のおかわりがゴブリンを襲う。
今度は主にゴブリンの腕を傷つけたが、やはりこの魔法だけでは中々倒せそうにない。
ゴブリンは身体能力はそれほど高くないが耐久力や生命力は人より優れている。
魔法攻撃を受けてもゴブリンは足を止めていないので僕との距離がもうなくなる。
ゴブリンは腕で顔や胸を守っている状態から横薙ぎにショートソードを振るった。
僕はそれを後ろに下がることで回避する。
ゴブリンの攻撃のスキにさらに魔法を叩き込む。
「ウインドカッター。ウインドカッター。ウインドカッター」
「グギャアアア」
ガードが間に合わず魔法が再び直撃してゴブリンがさらに傷だらけになる。
そしてすぐに僕は地を蹴ってゴブリンに切りかかった。
狙いはショートソードを持つゴブリンの右腕。
腕を切り落とすくらいの意気込みで攻撃する。
狙い通り僕のショートソートがゴブリンの右腕に吸い込まれた。
切り落とすことはできなかったが右腕に深刻なダメージを与えることができた。
あれではもう剣を振り回すことはできない……、と思ったらゴブリンがショートソードを持つ手を横に振った。
あっぶな。僕はとっさにショートソードでそれをガードする。
そして一度間合いを外すために後ろに下がる。
しぶとい。さすがの耐久力、生命力だ。前衛だった二体とは強さが違う。
などと考えているとゴブリンがショートソードを左手に持ち替えていた。
利き手ではないだろうから戦力は下がるはず。
それに魔法をかなり打ち込んだので弱っているはずだ。
時間さえ稼げばその内、父が来るから無理して倒す必要はないが出来れば自分で倒したい。
自分だけでも倒せることを証明したい。
ゴブリンが再び僕に襲い掛かってくる。ゴブリンからしたら接近戦をしないと一方的に魔法でやられると考えているのかもしれない。
だが魔力を結構消費してしまった。
まだ魔力切れを起こしていないが、これ以上頻繁に連射すると怪しくなる。
魔力切れを起こすと体がぐったりして剣技に影響が出るので、これ以上はあまり多く使わない方が良い。
魔力を節約して戦う必要がある。
僕はとりあえず剣技でゴブリンを迎え撃つ。
距離を詰めたゴブリンが上段からショートソードを振り下ろしてくる。
僕はそれを左に移動して回避し、そのままゴブリンの左側に移動しながら横腹を切りつけた。
「ギャアア」
ゴブリンの口から悲鳴が上がるがまだ倒れない。本当にしぶとい。
攻撃を一度加えたら再び距離を取って安全を確保する。
そしてゴブリンからの追撃が無いことを確認したらすぐに踏み込んで切りかかった。
狙いはゴブリンの首で、これで決着をつけてやると意気込んだが、ゴブリンのショートソードで防がれてしまう。
そのまま力づくで押し込んでゴブリンの喉を掻っ捌こうとしたが、力が拮抗して出来ない。
魔法で傷ついたゴブリンの左腕で力が拮抗してるので、右腕なら力は負けていただろう。
自分より力が強い相手と戦うのは防御しても受け止めきれない可能性が出てくるので、最初に右腕を潰して正解だった。
僕はまた距離を取るために後ろに下がり、相手の様子を観察する。
腕力は今は互角かもしれないが速さではかなり僕に分がある。
だからその速さを活かした戦いをした方が良いだろう。
僕が戦いの方針を考えていると、ゴブリンが距離を詰めて攻撃してくる。
僕はそれを余裕をもって躱しながらとどめの刺し方を考えた。
やはり勝負のカギを握っているのは魔法かもしれない。
今の僕の技量で純粋に剣技だけで仕留めるのは、このゴブリン相手には少し厳しい。
なので魔法を使う。魔力を節約するため使う時は一発づつだ。連射はしない。
まずはゴブリンの攻撃を躱してそのスキに魔法を頭部に叩き込む。
「ウインドカッター」
「ウギャア」
「ウインド……」
二度目はただのフェイントだ。魔法を使えばゴブリンは直撃を嫌がって腕で顔や胸を守ることは今までの行動から予測できる。
案の定、ゴブリンはとっさに腕でそれらを守る体勢を取った。
その時にはもう僕は踏み込みを開始しており、渾身の力を込めてゴブリンの左腕を切りつけた。
「ギャアア」
ゴブリンの反撃を警戒してすぐに下がると、剣先が僕の前を通り過ぎていく。
ここまですべて予想通り。これでゴブリンの両腕にダメージを与えた。
一応まだ攻撃をしてくるが、腕を深く傷つけたことで剣速が鈍っている。
後はとどめを刺すだけ。僕は踏み込みながらゴブリンの首に切りかかる。
ゴブリンが攻撃を防御しようとショートソードを持ち上げるが間に合わない。
僕のショートソードがゴブリンの首を深々と切り裂いた。
「ウギャアアア」
ゴブリンが首から血を噴出させながら一歩二歩と後ずさり、倒れた。念のため僕は倒れたゴブリンの胸にショートソードを突き立てた。ゴブリンはピクリとも動かなくなった。
「やった」
僕の口から安堵の言葉が出る。
僕だけの力で三体のゴブリンを倒すことができた。
これは自信につながる。
それはそうとレックとソータはどうしてるだろう。
下がるように指示を出した後は、全く彼らのことを考えなかった。
それだけ戦いに集中していた証だろう。
レックとソータと合流する前にとりあえず目の前のゴブリンからショートソードを奪っておこう。
毒を仕込まれている可能性があるので放置するわけにもいかない。
僕がショートソードを奪っていると、レックとソータが近づいてきた。
「終わったのか、レイン」
「やるじゃねーか」
「何とか、僕だけで倒すことができたよ」
「お疲れさん」
その時、遠くから父の声が聞こえてきた。
「おーい、魔物はどこだ」
そのどこかのんびりした声の調子に僕たちは笑顔を交わすのだった。
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