第5話 村人たちに挨拶
僕が村を出る話を父にした後、家に帰り母にもそのことを話した。
「そう。遂にこの時が来たのね。母さんは少し悲しいけど、でもレインを応援するわ」
「ありがとう、母さん」
僕は母に出発は2日後になることを告げて、それまでに村の人たちに挨拶して回ったり、出発準備をするつもりだと話した。
「それじゃ、レインのお仕事はもうお休みね。私が明日の朝に村長さんの所に行ってそのことを伝えておくわ」
「自分で行くよ。村長さんにも挨拶しておきたいし」
僕は明日声をかける人を頭に思い浮かべる。
村長さんにトーマスさん、ミーシャにレックにソータは必要だけど、後はご近所さんに声をかれば勝手に村中に話が広がるだろう。
明日はそれ以外にも旅に出発するための持ち物も準備しなければならない。
村の市場にも寄る必要があるだろう。明日は忙しくなりそうだ。
☆
翌日、朝ご飯を食べた後に少し一服し、それから僕は村の人に明日から冒険者として旅に出ることを伝えに行くことにした。
村の外にも出る予定なので愛剣のショートソードも忘れず腰に下げる。
「出かけてくる母さん」
「いってらっしゃい」
僕はまずご近所さんに報告するため、近くにある井戸に向かう。
いつも大体その周りに人が集まっているので今日も誰かしらいるだろう。
ご近所さんの家を一軒一軒回るのは面倒なので、一度に済ませるためにも井戸に向かうのが良い。
僕が井戸に到着すると案の定、先客がいて何やら話し込んでいる。
僕はその人たちに向かってまずは挨拶する。
「おはようございます」
「おや、レイン君じゃないか。おはよう」
「レインの坊主じゃないか。おはようさん。今日は水を汲む当番の日か?」
近所のおばさんとおじさんが僕に挨拶を返してくれる。
「いえ、違うんです。実は少しお話があって……」
僕はふたりに明日から冒険者として旅に出ることを告げた。
「そうなのかい。ようやくレイン君の夢が叶うのね。おめでとう」
「レインの坊主は昔から冒険者になるって言ってたからな。良かったな坊主」
「うん、ありがとう」
その後、少し他愛ない話をして僕はその場を離れた。
これで話は村中に広がっていくだろう。
この村に娯楽はあまりないが噂話は数少ない娯楽の一つだ。
嬉々としてみんな広めてくれるはず。
後は個別に伝えたい人だけに話せば良いだろう。
なので僕は次に村長の家に向かって歩き始める。
村長の家は村の一番奥にある。
しばらく歩くと村長の家に着いた。
「おはようございます。村長さんいらっしゃいますか」
僕が家の中に呼びかけると、ゆっくりと年老いた男性が出てきた。
村長さん本人だ。
「やあ、レイン君かい。おはよう。今日はこんな朝からどうしたんじゃ」
「はい。今日はお話があって来ました。実は僕、明日から冒険者として旅に出ることにしました。だからもう村のお仕事は手伝えないです」
僕が告げると村長は穏やかな表情を浮かべたまま「そうか。分かった。あのレオンの子じゃ。いつかこういう日が来ると思っておった」と告げた。
それから「少し待ちなさい」と言って村長が家の中に入っていく。
しばらく待っていると村長が何やら手に持って僕の前まで戻ってきた。
「これを持っていきなさい」
村長が僕に何かを手渡した。何だろうこれ。
僕は手の中にあるそれを眺める。剣と盾がデザインのブローチのようだ。
「これは何ですか?」
「この村に伝わるお守りの一つじゃ。戦いの神のご加護が得られると言われている」
「そんなもの貰ってもいいんですか?」
「構わんよ。この比較的、穏やかな村にはあまり必要のないものじゃ。レイン君が有効に役立てればそれで良い。ちなみに君の父上も持っておる」
「そうなんですか。知りませんでした」
「無くしてなければ今でも持っておるはずじゃ」
「貴重なものを頂けてありがとうございます」
「うむ。これからの活躍を陰ながら応援しておるぞ」
その言葉を最後に村長は家の中に戻っていった。
よし、次はトーマスさんの所に向かおう。
僕はトーマスさんの診療所へ向かい歩き始める。
この時間ならおそらくミーシャも診療所にいるだろう。
診療所は村の真ん中あたりにあり、治癒院とも近い場所にある。
僕は歩き続け診療所までやってきた。
「おはようございます」
僕は挨拶をしながら診療所の中へ入った。
すると受付のところでミーシャが座って待機していた。
僕が入ってきたことに気づき、ミーシャがこちらに顔を向ける。
「レインじゃない。おはよう。今日はどうしたの?」
「おはよう、ミーシャ。今日はトーマスさんと少しお話をしに来たんだ」
「お父さんに?」
「うん。トーマスさんとお話出来るかな?」
「ちょっと待ってね」
ミーシャが部屋の奥に引っ込み、その後トーマスさんに呼びかける声が聞こえる。
「お父さーん、レインが、お父さんとお話があるって、言ってるよー」
その後、何やら話している声が、ぼそぼそと聞こえ、そしてすぐにミーシャが帰ってきた。
「お父さんがレインのこと診察室で待ってる」
診察室はこの部屋のさらに奥の部屋だ。
風邪をひくたびに母に連れられ来たことがあるから分かる。
とりあえずはトーマスさんと話をしよう。
僕が奥の部屋へと進むとトーマスさんが椅子に座って待っていた。
「やあレイン君、お話があるんだって?」
「はい。実は僕、明日から冒険者として旅に出ることにしました。だから出発前に挨拶に来たんです」
「それはわざわざありがとう。そうかい旅に出るんだね。若者が夢を追って行動に移すことは素晴らしい事だと思う。応援するよ。でも娘のミーシャは寂しがるだろうね。レイン君とは一番仲が良かったから」
「ミーシャにはこの後、話をするつもりです」
それから僕は少しトーマスさんと雑談を交わし、頃合いを見計らってその場を離れた。
最後にトーマスさんから贈られた言葉は「頑張りなさい」だった。
診察室を出ると、ミーシャが受付に座って頬杖をついていた。
患者も来てないし暇そうだ。
今のうちにミーシャとも話をしておこう。
「ミーシャも少しお話してもいいかい」
「構わないわよ。見ての通り今は特にすることもないから。それで話って何かしら」
「うん。実は僕、明日から冒険者として旅に出るんだ。だから色んな人に声をかけて回ってるところ」
僕が告げるとミーシャは立ち上がり驚いたように目を見開いた。
「そ、そう……。ふーん。そうなんだ……」
少し動揺しているのか、語尾が弱々しい。トーマスさんはミーシャが寂しがると言っていたし、以前、本人も僕が村を出ると寂しいかもしれないと言っていた。
だからミーシャがどういう反応をするのか不安もあった。
だが避けて通るわけにはいかなった。
「……」
「……」
二人の間に沈黙が落ちる。何か話そうと思ったがミーシャに何て声をかければよいのか分からない。
ミーシャの方も何かを話そうとするように唇が動いたが、結局口を閉じてしまった。
やっぱりお別れは寂しくてつらいのかな。
僕の方もミーシャと会えなくなることを何とも思わないわけではないけど、でも仕方ない。
冒険者には出会いや別れが付きまとうものだし、他人のために夢を諦めるわけにはいかない。
ミーシャにはミーシャの夢があり、僕には僕の夢があるのだ。
などと僕が考えているとミーシャが、ふぅ、とため息をついた。
僕は考えを中断してミーシャを見ると、ミーシャがゆっくりを椅子に座り直した。
「ごめんね。ちょっと動揺しちゃった。えへへ」
ミーシャが笑顔を見せるが、少し声が震えていた。僕としては何とも言えない気持ちになる。
「明日からって言ってたけど、朝から出発するの?」
「そうだよ。朝ご飯を食べたら出発する予定だよ」
「どこに向かうの? 旅の行き先も決めてるんでしょ」
「最終目的地は王都だから、まずは東に向かうよ」
「東ってことは、初めに向かう先はロマールの町?」
「そうだね」
話してたら何かが吹っ切れたのか、ミーシャはいつもの感じに戻ってきた。
そのことに僕も少し安心とする。
「ロマールの町まで行けば冒険者ギルドがあるはずだから、早く行ってみたい」
父から話は聞くが僕は行ったことがないので、行くのが楽しみだ。
僕がワクワクする気持ちを抑えられずにいると、ミーシャがクスッと笑う。
「レインは子供の頃から全然変わらないね」
「そうかな。僕だって成長してると思うけど」
「別に変な意味じゃないの。レインが冒険者のことを話すときの顔が昔から変わらないなって思っただけ」
「冒険者への憧れは昔から変わらないよ」
「知ってる。でも、そっかー、レインは行っちゃうのか。私のお薬でレインを最強の戦士に育てる計画が潰れちゃうな」
「えっ、何その計画。僕、初めて聞いたんだけど」
「言ってなかったっけ?」
「全然聞いてないよ」
「まあ、いいじゃない。計画は頓挫しちゃったんだから」
「それもそうか」
うまく誤魔化された気もするが、あまり触れないでおこう。
「それじゃ僕、そろそろ行くから」
「うん、頑張ってね……」
僕は踵を返して診療所を出た。
その瞬間、ミーシャが何か呟いた気がしたけど僕には聞き取れなかった。
さてと後はレックとソータに声をかけるだけだ。
この時間なら二人はもう農作業を行っているだろう。
僕は畑に向かうために歩き始めた。
畑は村の外にあるので村の南にある出入口から出ないといけない。
しばらく歩き、村の出入口を通り抜けてさらに歩く。
レックとソータに割り当てられた作業場所は村から一番離れた場所にある。
彼らは村の成人の中で僕とミーシャを除けば一番若いので、いつも村から一番遠い場所で作業をしている。
逆に歳が高い村人ほど農作業の場所は村から近くなっている。
これは魔物が現れた時に年寄りよりも若者の方が対処しやすいと考えられているからだ。
逃げるにせよ時間を稼ぐにせよ、若者の方が都合がよいとされている。
最終的に魔物と戦うのは父の役目だが、魔物を発見して父が呼ばれてその場に向かうまでの間、年寄りたちを逃がすため少し若者たちが時間稼ぎをしたりする。
全員で逃げる時もあるがその場合は念のため村の中に魔物が入ってこないよう注意する必要がある。
まあ基本的に父が村の畑を見回っているので、魔物が村に入ってくる事態にはならない。
その前に父によって討伐されるのが普通だ。
「さてと、それじゃレックとソータの所まで行こう」
僕はまず一応、すぐ近くの畑で働いている村人に二人の居場所を聞いた。
いつも通り東の端の方にいるらしいので僕は歩いてそちらに向かう。
畑は西にも南にも広がっているので向かう方向は大事だ。
しばらく歩いていると二人の姿が目に入った。
僕は二人の所まで向かい、声をかけた。
「おはよう。二人とも」
「レインか。今日は遅いんだな」
「レイン、遅刻だぞ」
レックとソータが僕を見るなり、来るのが遅いと責める。
もともと今日は農作業の日だったから二人がそう思うのも仕方がない。
「今日は農作業に来たんじゃないんだ。二人に話があって来たんだ」
「何言ってるんだレイン。今日はレインも農作業の日だったはずだろ。農作業に来たんじゃないってどういうことだよ」
ソータが僕に向けってそう言うが、レックが「まあまあ」とたしなめる。
「話があるらしいから、まずはレインの話を聞いてみようぜ、ソータ」
二人が僕の話を聞く姿勢になったので、僕は話し始めた。
「実は僕、明日から冒険者として旅に出るんだ」
「なんだって」
ソータが驚いたように声を上げる。そして「一人で行くのかよレイン」と僕に聞く。
「一人だよ」
僕が答えるとソータは愕然とした表情を浮かべた。
どうしてそんな顔をするのか僕が不思議がっていると、
「レインは俺が一人前になるまで待ってくれると思ってたのに」
「えっ、何の話?」
「俺も冒険者になりたいって話はしただろ。俺はレインと一緒に冒険者になりたかったんだ。一緒に村を出たかったんだよ」
確かにソータも冒険者になりたいと言っていたが、僕と一緒に村を出たいというのは初耳だった。
どうしよう。そんなこと考えたこともなかった。
明日からの旅にソータも連れていくか? でもソータは自分がまだ一人前ではないと悟っているから、難しいかも。
それでも一応確認しておこう。
「ちなみにソータは明日から冒険者として旅に出れる?」
「いや無理だ。さすがに自分でも実力がまだ伴っていないことは分かる。今の俺ではレインの足手まといにしかならない」
そうか。ならソータには僕と一緒に冒険者の旅に出ることを諦めてもらうしかない。
「残念だけど、僕はソータを待てない。もう出発するって決めたんだ」
僕の言葉にソータが肩を落とし、がっくりとうなだれる。
「俺、一人で冒険者になれんのかな。冒険者に詳しいレインを頼りにしてたところがあるから」
「冒険者についての詳しい話は僕じゃなくて父さんに聞いたらいいよ」
悲壮感が漂うソータに僕はとりあえずアドバイスを贈る。
「そうするよ。レインも明日から頑張れよ」
その時、それまで会話に入ってなかったレックが東の方を指さしながら突然告げた。
「おい、あれ魔物じゃね?」
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