第4話 決意

 時は流れ、季節も二つ分は経過した。

 今は農作業も治癒院の仕事も順調だ。

 お金も結構貯まり、最近は母に教わったヒールも使いこなせるようになった。

 軽いけが程度なら母の力を借りず僕だけでも治せる。

 成長したなと思う。今日は仕事のない休日だ。

 とりあえず鍛錬は欠かせないので今は村のお気に入りの場所で魔法の練習をしている。


「ウインドカッター」

 僕が魔法を唱えると風の刃が発生し、的である木に命中し幹に傷をつける。

 毎回同じ木が的なので、既に傷だらけだ。

 その内、木がボロボロになって枯れたり倒れたりするかも。

 そしたら村の人に怒られそうだが、今のところ的の木はしぶとく生えている。


 僕は木に近づいて手を伸ばし傷だらけの表面を触る。

 覚えたての頃に比べると威力は上がったが、それでもこの魔法はまだまだ威力が低い。

 木に向かって5発魔法を打ち込むよりも、僕の持つショートソードで思い切り1回木に叩きつけた方が威力は大きいと思う。

 やったことないから多分だけど。


 僕は木についた傷の確認を終えると、木の前から離れる。

 ウインドカッターの練習を終えると、今度は身体強化の魔法を唱え、剣の素振りを始める。

「ふっ、はっ、とりゃ……」

 身体強化時の剣の素振りも最近では様になってきた。


 体が軽く、思うように動くことができる。

 初めの頃に合った体の違和感は今はない。

 しばらく素振りを続けた。

 素振りを終えると僕は地面に腰を下ろした。


 そして僕は今後のことを考えた。

 正直、今すぐ旅に出ても大丈夫なくらいお金は貯まっている。

 それでもこの村から出ていないのは一つ心残りがあったからだ。

 それは父との剣の稽古で一度も身体強化時で戦ったことがないことだ。

 今までは何となくそれは避けてきた。


 父との稽古は純粋に剣技を磨く時間と僕は思っていたから。

 けど最近、僕が身体強化を行って父と戦えばどうなるのだろうという興味が湧いてきた。

 善戦出来るだろうか。それともやはりあっけなく負けてしまうだろうか。

 戦いたいという思いが強くなり、その機会を待っていた。

 魔法を使って戦うには当たり前だが魔力がいる。


 農作業の日は仕事で魔力を使い果たすので戦いの日に向かない。

 治癒院の仕事の日も似たようなものだ。

 だから今日のように休みの日でないとダメだった。

 父の方も忙しいので、中々タイミングが合わず現在に至る。

 だがやっとその願いが叶いそうだ。


 今日、父と剣の稽古をする約束をしている。

 今からそれが楽しみだ。

 僕は立ち上がると鍛錬を終えて、一度家に帰る。

 家から木刀を二本持ち出して父との稽古場所に向かう。

 約束の場所に到着したら僕は自分の木刀を手にして最後の調整のため素振りを行う。

 しばらくすると仕事を終えた父がやってきた。


「待たせたな」

 父は仕事で使う剣を地面に下ろすと、代わりに僕が持ってきた木刀を手にした。

「それじゃ、さっそく始めるか」

「父さん、最初に一つお願いがあるんだけどいいかな」

「何だ」

「今日は身体強化の魔法を使って戦いんだ。いいかな」

 父は少し考えた後「別にかまわんぞ」と了承した。


「ありがとう、父さん」

 僕は自分にアースパワーとヘイストウインドをかけて身体強化を行った。

「準備できたか? それじゃかかってこい」

 僕は父の言葉が終わると同時に駆け出し、距離を詰める。

 正直いつもよりも格段に動きが速い。

 あっという間に二人の距離がなくなり、僕は上段から木刀を振り下ろした。


 父に木刀で防御されるが、いつもより速さと力が増していることが実感として伝わっただろう。

 父がどこか嬉しそうに「いい踏み込みだ」と評価してくれる。

「今度はこちらから行くぞ」

 今度は父が僕に向かって上段から木刀を振り下ろす。

 僕は防御をするために木刀を構え、父の木刀を受け止めた。

 いつもならそれだけで防御が弾かれそうな父の攻撃も、今日は余裕をもって受け止めることができた。


「筋力が上がっているのは確かなようだな。ならこれならどうだ」

 そういって父が横薙ぎに木刀を力強く一閃する。

 速度が今までの稽古の時よりも格段に速い。

 僕は何とか防御しようと木刀をとっさに構える。

 何とか防御が間に合ったが受け止めた瞬間、物凄い衝撃が木刀を持つ僕の手に伝わる。

 体勢が崩されて僕はたたらを踏む。


 そこへ父の突きでの攻撃で追い打ちが来るが、もう僕にはなすすべはなかった。

 僕の胸の前で、ぴたりと父の木刀が止まる。

「勝負ありだな。レインの筋力が向上してるとはいえ、まだまだ俺の方が力は強そうだな」


 力については確かにそうかもしれない。

 では俊敏性についてはどうだろう。

 父は体格が非常に良いのでパワー型の剣士なのだと思う。

 一緒に魔獣と戦った時も、数回の攻撃を当てただけで魔獣を倒していたけど、攻撃自体は中々当たらなかった。


 その点から考えても父の俊敏性は剣士としては低い可能性がある。

 僕は体格が良くないのでスピード型の剣士を目指すべきだ。

 父と力比べをしても仕方ない。

 父の攻撃は躱さなきゃ。

 僕はそう考え、「もう一度」と父にお願いする。


「よし、どこからでもかかってこい」

 僕は父から距離を取って慎重に観察する。

 父はどっしりと構えて自分から動く気配を見せない。

 とりあえず一撃離脱を狙おう。

 素早く踏み込んで相手を攻撃し、すぐさま攻撃範囲内から離れる。

 それをひたすら繰り返す。


 方針が決まった僕は素早く距離を詰めて、今度は勢いのまま突きを放つ。

 父がそれを一歩横に移動して回避して、力強いカウンターの一撃を放ってくる。

 これを防御すると先程の繰り返しになるので、回避行動に移る。

 俊敏性が向上してるおかげで何とか回避に成功し、距離を取る。

 そしてその後に何度か同じ行動を繰り返した。


「そういう手で来たか。中々面白いが、それだけでは俺から一本は取れんぞ」

 確かに父の言う通りだ。

 この方法は負けないかもしれないが、戦いに決着が付く気がしない。

 もっと効果的に足を使いつつ、一本を狙える方法がないか考える。

 とりあえず一撃離脱はいいが距離を取り過ぎるのはやめよう。

 ただ仕切り直しになるだけで、相手にも余裕を与えるだけだ。


 一歩踏み込めば攻撃が届く距離を絶えず保ちプレッシャーを与え続ける。

 そうすることで活路も見えるかもしれない。

 後は出来るだけ相手の背後に回るように、移動するよう心がけよう。

 よし、方針は固まった。

 僕は父の攻撃が届かないギリギリの距離を保ち、父の背後に回り込むように移動する。


 当然だが父は足を動かして向きを変え始める。ちょうど父が足を動かすタイミングを見計らって僕は踏み込み父の脚に攻撃する。

 父が足を動かして僕の下段攻撃を回避する。

 そしてその直後、僕の頭上からカウンターの上段攻撃が振ってくる。

 僕は斜め前に移動してそれを回避、そのまま父の背後に回り込み、攻撃を加える。


 父はこれを振り向きながら防御して、すぐさま横薙ぎの攻撃が放たれる。

 僕はこれをギリギリ届かない距離まで下がって回避。

 攻撃が通過したらすぐさま踏み込んで攻撃する。

 その後、一進一退の攻防が続き、お互い決め手がないまま時間が経過する。

 中々いい感じに戦えているのではないだろうか。


 いつもの僕なら何度やってもすぐに負けてしまうのに、今日は粘り強く戦えてる。

 やはり身体強化の魔法の影響は大きい。

 それでも父の守りが堅いので勝てる気はしないが、長く戦えているだけでも自分が強くなっていることが実感できる。


 だが徐々に僕の息が上がってきた。

 足にも疲労が溜まってきている。

 一方で父は全然疲れていないような顔をしている。

 僕の方が運動量が多いからだろう。

 父は基本どっしり構えて自分から攻めないので、それほど疲労していないのかもしれない。

 このままでは疲労で僕の動きが鈍くなり、父の攻撃が回避できなくなる。


「どうした。疲れてきたか、レイン。それなら今度はこちらから行くぞ」

 父が大きく一歩踏み込んで、上段から木刀を振り下ろしてくる。

 僕は意識を集中し、この攻撃を全力で回避する。

 今までと同じように振り下ろしたスキに攻撃を仕掛けようとしたが、父はもう次の攻撃に移っていた。

 まずい。攻撃が間に合わない。

 避けなきゃ。


 そう思ったが、体がすでに攻撃モーションに入ってしまっている。

 それに加えて足が疲労を感じていたので完全に反応が遅れた。

 避けられないと思い、とっさに木刀での防御を選択する。

 ガツンと力強い衝撃が僕の手を襲い、吹き飛ばされるようにたたらを踏む。

 父はそのスキを見逃すはずはなく、気づけば僕の胸の前で父の木刀がぴたりと止まっていた。


 僕の負けだ。結局、身体強化の魔法を使っても父には勝てなかったが、満足いく戦いは出来た。

 もっと強くなるためにこれからも鍛錬を続けようと思う。

 僕がそう思っていると父が「強くなったな」と呟いた。

 父に認められた気がして僕は純粋に嬉しくなる。


「レインは俺が15才の時に比べると格段に強い。だから自信を持っていい。木刀での稽古では俺が勝ったしまだ負ける気はしないが、レインにはウインドカッターの魔法もあるからな。あれは軽装の剣士系には絶大な効果がありそうだ。あれを有効に駆使して逃げながら戦えばレインより速さに劣る相手ならば負けないだろう。俺でも疲労してない状態のレインが逃げに徹したら攻撃を当てられず、一方的に攻撃魔法の餌食になるかもしれん」


「でもウインドカッターの魔法は威力が弱いよ」

「威力が弱ければ相手が倒れるまで何度でも打ち込めばいい。どうせ回避は困難なんだ。だがあれも万能ではない。戦う相手が人ならあまり頼りすぎると対策されてしまうぞ」

「どんな対策があるの?」


「一番簡単なのは重武装で戦うことだ。あの魔法は威力が低いので鉄の鎧には傷一つ付けられないだろう。同じような理由で大きな盾を用意するのも有効だ。あと稀に魔法攻撃を打ち消したり弱めたりするマジックアイテムを所持してる者もいる。それにも相性が悪いだろう」

「色んな対策があるんだね」


「ああ、だから一応対策に対する対策も考えておけ。どんな相手と戦うことになるのかなんて分からないからな」

「魔物や魔獣に対する対策だけでは駄目なんだね」

「そうだ。冒険者になっても人と敵対することはいくらでも出てくる。この辺りは治安が良いが、盗賊や山賊が出る地域もある。他にも悪い奴はどこにでもいるもんだ」


 人と敵対。対策の対策か。仮に相手が重武装をしているとしてどう戦えばいいのだろう。

 走って逃げればいいだろうか。

 でも逃げられない場面も出てくるかもしれない。

 まあその辺はその内考えることとしよう。

「お喋りは終わりだ。そろそろ稽古に戻るぞ、レイン」

「分かったよ。父さん」


 その後は、再び父との木刀での稽古を行った。結局その日は父との稽古の勝敗は今までと同じ全敗だったけど僕は満足できた。

 稽古を終えて家へ帰る途中で僕は父に告げた。

「僕、村を出るよ。冒険者としての旅に出る」

「そうか。頑張れ」

 父はそれだけを告げて僕の背中をバンと叩いた。


「出発は2日後にしようと思う」

 それまでに準備を整えようと思った。

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