第11話 自宅へ帰還とエピローグ

「ただいま、母さん。帰ってきたよ」

 家に入りながら奥に大声で呼びかけると、奥の方からミーシャの声で返事があった。

「ちょっと待って、今そっちに行くから」

 少しして家の奥からミーシャが現れる。

「おかえりなさい。レイン。それで月の花はどうだったの?」

「もちろん採ってきたよ。ばっちりさ。今、父さんがトーマスさんのところに持って行ってるところ」

「よかった。じゃあ、もう花は咲いていたのね」

「ううん。花はまだ咲いてなかったんだけど。色々あって手に入れることが出来たよ」

「咲いてなかったのに、手に入ったの? どういうことなの。詳しく教えてよ」

「もちろんいいよ。でもその前に母さんは今どんな感じ?」

「フレアさんは今、寝室で横になっているわ。体がだるくてしんどいって言ってるから安静にしてるの」

「母さん。大丈夫かな」

「お薬の材料を採ってこれたんでしょ。ならきっと大丈夫よ。お父さんの作るお薬はとっても効くんだから」

「母さんと話をしても大丈夫かな。母さんにお薬がもうすぐ届くことを教えてあげたい。それに森の中であったことを母さんにも聞いてほしいんだ」

「あんまり話をさせるのはしんどいかもしれないけど。聞いてもらうだけなら大丈夫だよ。きっと」


 母が寝ている部屋まで行くと、母は少し申し訳なさそうに声をかけてきた。

「せっかくレインが帰ってきたのに、出迎えもせず、こんな格好でごめんなさいね。声はさっきから聞こえてはいたのだけれど、少ししんどいものだから、起き上がれなくて」

「全然大丈夫だよ、母さん。もうすぐトーマスさんがお薬を持ってきてくれるはずだから、心配しなくていいよ」

 それから僕は村を出発してから帰ってくるまでのことを、一つ一つ興奮気味に話した。初めて魔物との戦闘でトレントの両腕を何とか切り落としたこと。

 月の花の群生地に着いても花が一つも咲いていなかったこと。その直後に森の精霊に出会い、依頼をこなせば花を咲かせてくれる約束をしたこと。

 精霊の祝福を得て魔法が使えるようになったこと。魔獣との戦いで父の役に立ったことなどを話した。

 母とミーシャは頷きながら聞いてくれた。


 僕が全てを語り終えると、ミーシャが聞いてくる。

「ねぇ、私のポーションは役に立ったかな」

「とっても役に立ったよ。父さんがいいポーションだって褒めてたよ。作ってくれてありがとう、ミーシャ」

 僕がミーシャに感謝すると、ミーシャは嬉しそうに顔をほころばせ、そして自信満々に告げる。

「レオンさんに褒められるなんて、さすが私ね」

「そういえばポーションが一つ残ってるから後で返すね。今は父さんが持ってるから」

 僕は余ったポーションをミーシャに返す約束をする。その内、父も帰ってくるだろう。薬の調合にどれだけ時間がかかるのかはわからないが、時間がかかるなら父も一度家に帰るはずだ。

 調合に時間がかからないなら、トーマスさんと一緒に帰ってくるかもしれない。


 早くお薬が届かないかな。そう思っていると、家の入口の方から声が聞こえてきた。

「今、帰ったぞ。フレアは大丈夫か?」

 父さんの声だ。僕とミーシャは母がいる部屋を出て、父を出迎える。するとトーマスさんも父と一緒に来ていた。

「父さん。お薬は?」

 僕は一番知りたかったことを父に聞く。

「大丈夫だ。ドレイン病の薬をトーマス先生に作ってもらった。後はフレアに薬を飲ませるだけだ」

「よかった」

「さっそく薬を飲ませるとしよう。フレアさんは今どこに?」

 トーマスさんが聞いてくる。僕はミーシャと一緒に母が横になっている部屋へ案内した。

「フレアさん、気分はどうかな?」

「トーマス先生。気分はあまり良くはありません。何だか体が思うように動かないような感じで、起き上がることも出来ないのです」

「そうか。だがもう大丈夫だ。お薬を持ってきたから、それを飲めば一日もすれば良くなるだろう」


 トーマスさんはそう言った後、父に向かって「フレアさんの体を起こしてあげてください」と指示を出す。父が母のそばに近づき、背中を支えながら体を起こしてあげる。

 それを見届けるとトーマスさんは母に薬を丁寧に手渡した。ビンに入った液体の薬だ。母は手に力が入らないのか、手が震えている。

 それを見た父が母の手に自分の手を添えて支えてあげた。

「それを飲んだらまたしばらく休むといい」

 母は父に助けられながら薬を飲み干した。そして父が母の体を再び横に優しく倒して、休ませる。

「これでもう大丈夫だろう」

 トーマスさんの言葉に僕は安心して、ふぅ、とため息をついた。こうして母は命を繋ぎとめることが出来たのだった。


  ☆

 僕は今、村のはずれで剣の素振りをしている。

「ふっ、はっ、とりゃ……」

 剣の素振りをある程度終えたら、次は魔法の練習だ。

「ウインドカッター、ウインドカッター、ウインドカッター……」

 村に生えている大きな木に向かってひたすらウインドカッターを放つ練習だ。

 何度も使って熟練度を上げることで威力が上がるらしいので毎日の練習に取り入れている。最後はヘイストウインドとアースパワーを使用した状態での剣の素振りだ。

 二つの魔法を使用すると確かに力と速さを得られるが、体の制御が覚束なくなる気がする。何となく違和感があり完璧に使いこなせていない感じだ。

 魔法使用時の体の制御が完璧になればもっと強くなれる気がする。だからこれも毎日の練習に取り入れている。

 毎日といってもまだ森から帰ってき3日しかたっていないのだが。


 そう、母が薬を飲んでから3日がたった。母の体はすっかり良くなり今では病気になる前より元気になったかもと母は嬉しそうに話している。

 そして今日は延期していた僕の誕生日パーティが開催される日だ。パーティの参加者は元々と同じ、父と母とミーシャと僕の4人だ。

 夕食時に開催され僕はとても楽しみにしている。そして今はもう夕食時が近づいている。鍛錬を切り上げてそろそろ家に帰ったほうがよいだろう。

 僕は剣を鞘に納めると、家に向かい歩き始める。そういえば僕の誕生日に毎日の素振りを終えて家に帰る途中でミーシャの後姿を見かけて合流したんだったな。

 少し話をして母に風邪薬を届けてくれることになって一緒に家に帰ったら母が倒れていた。あれはまだ数日前の出来事なんだよな。

 母が元気になって本当に良かったと思う。などとぼんやり考えていると後ろから近づく人物の存在に気づけず、背中を軽く叩かれた。


「こんにちは、レイン」

「やあ。ミーシャじゃないか。こんにちは」

 ミーシャは僕の横に並んで歩き始める。

「今ちょうどレインのお家に向かう所だったの。レインは今日も剣の稽古かな? 今日は遅い時間なんだね。いつもはお昼前くらいにしてるのに」

「お昼前にもしたんだけど。今日はなんだかソワソワして落ち着かなくて、剣の素振りとかしてたら落ち着くかなって思って」

「今日はパーティだもんね。楽しみでソワソワしてたのかな」

「うん。そうだね」

「今年もとっておきのプレゼントを用意したから期待しててよね」

「そういえばこないだ自信作とか言ってたよね」

「実は作り直したんだ。レイン魔法が使えるようになったって言ってたじゃない。力が強くなる魔法と速く動けるようになる魔法。それでちょっと前のは必要なくなったんじゃないかなって思って」


 力が強くなる薬は以前貰ったことがあるから、今年は速くなる薬だったのだろうか。相変わらず怪しい薬を作り出しているようだ。

 作り直したらしいが、今度はどんな薬を作り出したのか。やっぱり体格を良くする薬だろうか。何を作ったのか知りたいような知りたくないような。

 まあそれももうすぐ分かることだ。僕がミーシャと話しながら歩いていると、あっという間に家に着いた。

 ミーシャを連れて家の中に入ると美味しそうな匂いが漂ってくる。家の奥に進むと母が食事の準備をしていた。

「母さん、ただいま」

「おかえりなさい、レイン。ミーシャちゃんも一緒だったのね」

「こんにちは、フレアさん。もうお体は大丈夫なんですか?」

「ええ。とっても元気よ。今日はゆっくりしていってね」

「ありがとうございます。フレアさん」


 それから母とミーシャが近況を話し始める。母は薬を飲んでから体の調子が非常に良くなったことを。

 ミーシャは村長さんがもしかしたら自分もドレイン病なんじゃないかと疑心暗鬼になって怯えていたが、ただの風邪だったことを話した。

 それから少し雑談をしていると食事の準備が終わった。テーブルの上に今日のご馳走が所狭しと並んでいる。

 今日のメインディッシュは焼いた肉。体が大きくなりたい僕には重要な食材だ。

 正直今すぐにでも食べたい。その時、ちょうど父が仕事から帰ってきた。テーブルの椅子に座って待っている僕たちを見て「悪い。待たせたか」と少し申し訳なさそうにいう。


「ちょうど今、食事の準備が終わったところだよ、父さん」

 僕の言葉に父は安堵の表情を浮かべて、テーブルの椅子に座った。

「それじゃ、さっそくレインの誕生日パーティを始めるか」

「そうね。お食事が冷めないうちに召し上がれ」

 こうして今年も僕の誕生日パーティが始まった。ミーシャも父も母も「誕生日おめでとう」と僕を祝福してくれた。とても嬉しい。お料理はどれも美味しいし、みんなも楽しそうだし、幸せな気分を満喫していた。

 その時、隣に座っているミーシャが、こほん、とわざとらしく咳をして告げた。

「それではプレゼントを贈呈したいと思います」

 ついに来たか、この時が。僕は内心、一体何を贈られるのか恐ろしかったが、頑張って笑顔を保ち、ミーシャに告げる。


「たのしみだなー」

 僕はここで嫌そうな顔をするほど空気の読めない男ではない。少し棒気味になっただけだ。そんな僕の内心を知ってか知らずかミーシャが服のポケットから小瓶を取り出し、僕に差し出した。

「はいどうぞ。私が作った特性の、レイン専用のお薬だよ」

 僕以外が飲んだらどうなるのそれ、とは口が裂けても聞けない。僕はミーシャの手から小瓶を受け取り、中の液体を透かしてみる。

 色は薄い黄色で透明性があり綺麗な色をしている。色だけ見ると怪しそうな感じは薄い。ここ数年間は毒々しい色をした薬を開発して贈られていたから非常にマシに見える。

 そういえば作り直したとか言っていたから時間がなくて濃い物が作れなかったとかなのかな。

 時間があればこれが真っ黄色になったりするのだろうか。とりあえずこの薬の詳しい説明を聞いてみよう。


「ねえ、ミーシャ。この薬はどんな効果がある薬なのかな」

 ミーシャが、よくぞ聞いてくれましたみたいな顔で微笑む。

「これはね。魔法の威力を強化してくれるお薬だよ。これを飲んだらその内すごい魔法が使えるようになるんだから」

 なるほど。つまりは今年も即効性は無いと。今年もというのはこれまで贈られた怪しげな薬はすべて即効性が無いからだ。その内効いてくるとミーシャはいつも言うが、はたして本当に効くのだろうか。

 でもまあ僕を思って作ってくれた薬だ。僕は隣に座るミーシャに一応感謝の言葉を述べる。

「毎年、僕のためにお薬を作ってくれてありがとう、ミーシャ」

「どういたしまして。それより早速飲んでみてよ。飲んだ感想を聞かせてほしいの」

「わかったよ」


 ちなみに味は期待してない。所詮薬だしミーシャもお料理じゃないんだから味には期待しないでと、よく言っている。だから今年も味は良くないだろう。そう思い、僕は意を決して小瓶の中の液体を一気に飲み干した。

 うわ、まっず。少量だから飲めたが、量があればとても飲めるもんじゃない味だ。僕が苦悶の表情を浮かべているとミーシャが聞いてくる。

「何か体に変化があるかしら」

「うーん、どうだろう。特に変化はないような……、いや待てよ」

 何だろう。少し体がぽかぽかしてきた気がする。少し様子を見ていると確かに体が熱くなってきた。こんなこと今まで無かったから驚いた。ついにミーシャは効果のある薬を作り出したのだろうか。


「なんか熱くなってきた」

「えっ、大丈夫?」

 なぜ驚く。そんな反応をされると心配になるんだけど。そんなことを思っていると今度は熱が引いて普通の状態に戻った。

「体が元に戻ったみたい」

「そうなんだ」

「なんだったんだろう」

「きっと魔法が強化されたのよ」

「え、もう効果が出たの? さっきその内って言ってなかったっけ」

「凄い魔法がその内使えるようになるっていったのよ。今使える魔法がすぐに強化されても驚かないわ。だって私が作ったお薬だもの」

 えへん、とミーシャが胸を張ってドヤ顔で答える。よほど自分が作る薬に自信があるのだろう。

 僕としては少し疑わしいが、後で実際に魔法を使えば答えが判明する。

 今日はパーティもあるし、明日にでも確認しようと考えていると今度は父が切り出した。


「俺たちからのプレゼントはこれだ。気に入ってもらえたら嬉しい」

 そう言って父が手のひらサイズのカードを僕に手渡した。なんだろう、これ。僕はそのカードに目を向けて、書かれている文字を読む。こ、これは。

「冒険者ギルドカードだ! しかも僕の名前が書かれてる」

 僕は興奮して自分の名前が書かれたカードを何度も見る。そんな僕を見ながら母は微笑みを浮かべ「レインの夢は冒険者になることなんでしょう? レオンと相談して15才の誕生日にこれを贈ると決めていたの。喜んでもらえたかしら」

「父さん。母さん。ありがとう。僕とっても嬉しいよ」

 その言葉を聞いた父は満足そうに頷く。


「レイン。この村では15才になるということは一つの節目だ。これからは大人として扱われる。自分のやりたいことを自分で決めて実行することができる。旅に出たいと願うなら俺は応援するつもりだ。まあ色々準備も必要だから今すぐ旅に出ることは出来ないだろうが。もちろんまだ村にいて自分が納得するまで鍛錬を続けるのも選択肢の一つだ。村にいる間は俺がレインの剣の修行に付き合うこともできる。俺はどちらでも構わないと思っている。いずれにしても大人という自覚をもってよく考えて行動しなさい」

 父の言葉が終わると、母が続ける。

「私としてはレインが旅に出るのは、寂しいと感じてしまうけれど、我慢しなければなりませんね。母親としては息子の決断に水を差すようなことはしたくないもの。だからあなたは自分が思った通りに生きなさい」

 父と母の想いに僕は胸が熱くなる。

「うん。わかった。僕もよく考えるよ」

「何だかまじめな話をしすぎて、しんみりとしてしまったな。よし俺が空気を変えるために冒険者時代の話を聞かせてやろう」

 そういって父が明るく話し始める。父の冒険者時代の話はいつも僕を楽しませてくれるので大好きだ。僕らは父の話を大いに楽しんだのだった。


  ☆

 翌日、いつもの村の木に魔法を叩き込んだら少し威力が上がっていた。どうやらミーシャは本当に魔法の威力を上げる薬を開発したらしい。


 おしまい

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母の病気を治すため、森に薬草を採りに行く話 さまっち @nobuaki2022

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