第10話 月の花の採集と帰還

 魔獣を倒した僕たちは再び月の花の群生地へ向かう。道中の魔物は相変わらず父が一瞬で処理して、僕はそれを見ているだけだ。

 僕も覚えた魔法を駆使して戦いたいけれど、急ぐという理由で却下された。現在の時間はよく分からないけれど、夜が明けてしまえば月の花の採集ができなくなる。

 夜中のうちに月の花の群生地まで戻る必要があった。道案内役の精霊は「朝までには間に合うじゃろう……、多分」と言っていた。多分じゃ困るんだよな。

 魔獣と戦い勝利しても、月の花の採集が間に合わなかったら、シャレにならない。だが不満は口にせず、かわりに精霊には少し急いでもらい、僕らは足を速めながら森の中を進んだ。


 どれくらい進んだだろうか。木々の間から覗く空が白み始めた気がする。

「父さん、空が!」

「精霊様、急ぎましょう」

「分かっておる。だがもう少しじゃ。心配せんでいい」

 心持ち足を速めた僕らが森を進むと、精霊の言う通り月の花の群生地に戻ってこれた。

「ギリギリじゃったな。時間があまりないので、さっさと花を咲かせてやろう。見ているがよい」

 精霊の体が少し強く発光し、優しい緑の光が地面のごく一部に降りそそいだ。その光を浴びていた三輪の月の花が微かに発光を始め、僕たちの見ている前で花が開き始めた。完全に花が開き終えると精霊が淡い光に戻って自慢げに語り始める。


「これが月の花じゃ。綺麗な花じゃろう。三輪とも持っていくがよい」

「ありがとうございます、精霊様」

 父が感謝を述べて月の花の採集を行う。月の花は地面から離れても、精霊と同じ淡い緑の光を放っている。

 それを採集用の麻袋に詰めて、それをさらにバックパックにしまった。

「月の花も精霊様と同じ色に光るのですね」

 僕がふと気になったことを口にすると精霊が答えてくれる。

「それはまだワシの力の影響が出ているだけじゃ。本来は少し黄色がかった光を発する花じゃ。そのうち緑が消えて黄色に光るようになるじゃろう」


 なるほど。家に帰るころには緑じゃなく黄色く光っているのかもしれない。緑に光る花も綺麗だけれど、黄色に光る状態も見てみたいと思った。きっとそれも綺麗なのだろう。

「それじゃ、そろそろ帰るか」

「そうだね、父さん」

「気を付けて帰るのじゃぞ。無いとは思うが道中で魔物にやられたりせんようにな」

「お心遣いありがとうございます。精霊様も、どうかお元気で」

「ああ。達者でな」

 別れの挨拶を交わすと、僕たちは精霊に見守られながら出発した。僕は何度も後ろを振り返って精霊に手をぶんぶん振りながらその場を離れていった。


  ☆

 月の花の採集は出来たので、後は村に帰るだけだ。今から帰れば時間は十分間に合うだろう。後はトーマスさんが薬の調合をして母に飲ませるだけだ。

 早く村に帰って母を助けてあげたい。そう思いながら森の道を引き返していく。夜はすっかり明けてしまい森の道は明るい。魔物を警戒して道を歩くが、朝になって魔物の活性が落ちたようで、ここまでほとんど魔物と遭遇していない。

 魔物との戦闘は父が行うが疲労で動きが少し鈍くなっている気がする。正直僕も疲労気味だ。早く帰りたいので歩く速度は少し早いが、足に疲労が溜まっている。

 だが弱音を吐くわけにもいかない。森を出たら一度休憩を取ると父が言っていたのでそれまで我慢だ。

 これも体力を付けるための修行と思って黙々と父の後を歩く。それから徐々に眠くなってきた。昨日は一睡もしていないの眠くなるのも当然だが、まだ集中を切らすわけにはいかない。

 僕は気を引き締めて歩き続ける。だが本能というのは中々厄介なもので、口から大きなあくびが漏れてしまう。


「ふあああ」

「眠いか? レイン」

「うん。少し」

「俺は慣れているが、レインは徹夜が初めてだろう? 村の子供は夜に活動することなど無いからな」

 父の言う通り、僕は徹夜が初めてで慣れていない。寝られない夜に家を出て軽く剣の素振りをすることはあるが、あまり長時間はしない。

「森を出たら安全な場所を確保して少し休憩するが、その時に仮眠を取ればいい。短い時間で睡眠を取り体力を多少回復させるのも戦士には必要な能力だからな。だからそれまでは頑張るんだ」

「分かったよ、父さん」


  ☆

 僕らはしばらく森を歩き続け、ようやく森を抜けた。目の前に広大な草原が広がり周辺の視界が開けたことに安堵する。朝で魔物とあまり遭遇しないといっても警戒しないわけにはいかなかった。

 だが森を抜けたことで周囲の状況の確認が容易になり、それほど警戒する必要はなくなる。

「ここで休憩しよう」

 僕らは昨日休憩を行った場所で再び休憩を始めた。父がバックパックから残っていたパンと干し肉と水筒を取り出し僕に渡してくれる。

 仮眠の前にまずは食事だ。僕は手早く食事を済ませると仮眠と取るため横になった。

「少し眠るといい」

 父の言葉を聞きながら僕は瞼を閉じて眠る。疲れていた僕はすぐに眠りについた。次に意識が覚醒して初めに感じたのは、僕の体をゆする父の手の感触だった。

「そろそろ出発するぞ、レイン」

「あ、うん」


 僕は起きたばかりのぼんやりした頭で返事をする。そして立ち上がり体の調子を確認する。足の疲労はさすがに抜けないが、少しだけ楽になったかも。とりあえず歩き始めた父の後ろに、遅れないようについていく。

「このまま歩き続ければ、お昼の前後には村に到着できるだろう。もうひと踏ん張りだ、レイン」

 僕たちは草原をひたすら歩く。何度か休憩で足を休めたが、それ以外はずっと歩き続けた。そして遂に村の周辺までやってきた。村の畑が目に入り、村人たちが畑仕事をしているのが見て取れた。畑の近くを通ると僕たちに気づいた村人が近寄ってくる。


「帰ってきたのかレオンさん。村長から事情は聞いてる。それで目的のものは手に入れたのか? 村長が今のこの時期では手に入るか分からないといっていたから心配してたんだ」

「色々あったが無事に手に入れることができたよ」

「そうかい、そりゃよかった。レインも北の森まで行って帰って来るのに疲れただろう」

「もう僕クタクタだよ」

「レインにとっちゃ初めての冒険みたいなものだな。いい経験になったんじゃないか?」

「うん。とってもいい経験になったよ」

「そうか。よかったな。今度また暇なときに詳しい話を聞かせてくれよ」

 そういって村のおじさんは農作業に戻っていった。村に戻るまでの間、他にも農作業中の村人に声をかけられた。

 みんな僕たち家族のことを心配していて、月の花を取ってきたことを告げると自分のことのように喜んだ。

 その様子を見ると僕の心も温かくなる。みんな良い人だなと思った。

 村人たちの相手をしながら歩いていると、ついに村まで帰ってきた。


「やったー。帰ってきたよ、父さん」

 僕は嬉しくなり、疲れも忘れて小走りで村の中に入った。まだ出発から二日も経っていないが、何だか長い旅から帰ってきたような気持ちだ。

「少し気が早いぞ、レイン。喜ぶのは家に帰ってからだ」

「早く家に帰ろう、父さん。きっと母さんが待ってる」

「そうだな」

 僕たちは村の中を並んで歩き、家に向かって歩く。村の中でも道行く人たちが僕らに話しかけてくるので対応しながら歩いた。ある地点まで来た時、父が僕に告げた。

「俺はトーマスさんの所に月の花を届けに行く。レインは先に家に帰ってフレアを安心させてやってくれ」

「わかったよ。父さん」

 僕は父と別れて、家に帰るため一人で歩く。そういえばミーシャに時間があれば母さんの様子を見ていてほしいと頼んだことを思い出す。

 今、ミーシャは母さんのそばにいてくれているだろうか。そんなことを考えながら歩いていると家に着いた。

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