第5話 雪撮という地獄に連れて行かれた話②

 凍えるような寒さの中、撮影が始まる。ゆんにカメラの設定をしてもらった後、俺はシャッターを切った。


 雪の中で刀を構える姿をパシャリ。背中合わせで見えない何かと闘っている姿をパシャリ。膝をついて敗北しかけている姿をパシャリ。ポーズをされるがままにシャッターを切った。


 色々な構図で撮っていると、突如ねむさんがよく分からないことを言い出す。


が欲しくない?」


 その言葉に二人も同意する。俺にはなんのことやらさっぱり。すると、ゆんが雑な説明をした。


「私達でねむちゃんのマントをワサーってやるから、よーたはワサーってなってる瞬間を連写して」

「よく分からないけど、分かった」


 とりあえずワサーっとなっている瞬間を撮りたいという解釈で合っているだろう。カメラを連写の設定に切り替えて準備をした。


「じゃあ、行くよー。3、2、1」


 パシャパシャパシャ……。


「どう?」


 ゆんが小走りで近付いてきたから、撮影データを見せた。


「遅い。マント落ちちゃってるじゃん」


 いつものゆったりした口調ではなく、ビシッと注意される。思わず「スイマセン」と謝ってしまった。


「それじゃあもう一回。3、2、1」


 パシャパシャパシャ……。


 今度はどうだ。


「うん、さっきよりはよくなったけど、もっと躍動感が欲しい」


 それからもとやらに何度も付き合わされた。


 初めは闇雲にシャッターを切っていたけど、慣れてくるとどの角度で撮ればカッコよく写るのかが掴めてきた。これは案外楽しいかもしれない。


*・*・*


 数時間は連続で撮影していたけど、流石に限界が来たようで、


「ちょっと休憩しよー。寒すぎて手の感覚がない」

「ですね。一度休憩所で温まりましょう」

「賛成」


 一度休憩を挟むことになった。


 雪まみれになりながらガタガタと震えている彼女達があまりに哀れに思えたから、俺は自販機で人数分のホットココアを買いに行った。


 ココアを買って休憩所に戻ろうとしたところで、私服姿の若い男女の話声が聞こえてくる。


「さっきコスプレしてる人達いたよね。正直あれは痛い」

「分かる。いい歳して何やってんのって感じ」


 多分、ゆん達のことを言っているんだろう。うっせー、好き勝手言ってろ、と心の中で悪態を吐きながら戻ろうとすると、建物の影でゆんと鉢合わせた。その表情は沈んでいる。


 もしかしてさっきの話を聞いていたのか? 声をかけようとしたところで、ゆんが先に口を開いた。


「平気だよ。ああいうのは言われ慣れてるから。自分が痛いってことも自覚してる。何言われても今更傷つかないから」


 そう話すゆんは笑っていた。だけど本心から笑っているわけではないことはすぐに気付いた。ゆんの笑顔をずっと見てきたから、本物と偽物の区別はちゃんとつく。


 無理して笑っている姿は見たくない。偽物の笑顔を剥ぎ取ってやりたかった。


「俺の前では強がんな。いつも平気なふりをしてると心の感度が鈍るぞ」


 ゆんは笑顔を引っ込める。俯きながら心の内を明かした。


「バレちゃったか。本当はね、結構傷ついてる」


 やっぱり。


 ゆんは周囲からどう思われているのかを結構気にする性格だ。嫌われたくないという思いが人一倍強いのだろう。だからあんな風に陰口を叩かれたら確実に傷つく。相手がもう二度と会うこともない、どーでもいい誰かさんだったとしても。


 俯いた彼女にもう一度笑ってほしくて、俺は伝えた。


「ゆん達はルールを守って楽しんでいるんだから、堂々としていればいい」


 ゆんは顔を上げる。本物の笑顔を引き出したくてもっと踏み込んだ。


「大人になっても本気で打ち込める趣味があるのは誇れることだ。だから自分を卑下すんな」


 ゆんの瞳がじわりと滲む。そのままぽすっと胸に頭を埋めた。


「ありがとう。よーたん」


 だからはやめろって何度も……。まあ、いまはいい。俺は彼女の背中に腕を回して抱きしめた。


「ゆん、身体冷たい」

「よーただって」

「帰ったら速攻風呂だな」

「だねー」


 腕を解いた時、ゆんは笑っていた。それを見た瞬間、ああ、俺はこの笑顔に惚れていたんだと思い出した。


 愛おしさが溢れ返って仕方がない。本能のままにキスをしようとした瞬間、どーでもいい誰かさんの声が聞こえてきた。


「なんだあれ? 男同士でイチャイチャしてる」


 慌てて距離を取る。いまの光景を客観的に見たらなかなかヤバい。堂々としていればいいとは言ったけど、流石にそこまで開き直ることはできなかった。


 恥ずかしさで頭を掻きむしっていると、ゆんは吹き出すように笑った。


「戻ろっか」


 休憩所に戻って、千さんとねむさんにホットココアを差し出すと、想像していた数倍は感謝された


「ありがとうございます! 助かります!」

「できる! ゆんの彼氏はできるぞ!」


 可愛らしい女性達、もといおっさんとイケメンとショタから感謝されるのは照れ臭かった。


*・*・*


 帰りの電車に揺られながら、癒し系彼女に戻ったゆんに話しかける。


「打ち上げ行かなくて良かったの?」

「いいの。今日の夜はよーたとゆっくり過ごしたかったから」

「ふーん、夜ねー」


 わざとらしく含みのある言い方をすると、ゆんは顔を真っ赤にする。


「違うよ? 変な意味じゃないよ?」

「変な意味にしか聞こえなかったけど?」


 顔を覆いながら悶える彼女は相変わらず可愛い。もう少し揶揄ってやりたくなったが、ゆんは空気を変えるように別の話題を持ち出した。


「そういえば、よーたの撮った写真、結構良かったよー。才能あるねー」


 ゆんはカメラを操作しながら撮影データを見せる。


 どれどれーと覗いてみると……ほほう、なかなか上手く撮れてるじゃないか。

 白銀世界で闘う戦士。躍動感がありつつも幻想的な写真が撮れていた。


 だけど、ここで浮かれたら彼女の思うツボだ。


「そうやって乗せて、またこき使おうとしてるんだろ?」


 皮肉交じりにそう伝えると、ゆんは笑顔を引っ込めた。ん? どうした?


「今日は苦行みたいなことに付き合わせてごめんね。よーた全然文句言わなかったけど、本当は嫌だったでしょ?」


 なんだ、そんなことを気にしていたのか。俺は申し訳なさそうに俯くゆんの頭をぽんと撫でた。


「クソ寒かったし、もう二度とごめんだけど……それなりに楽しかったよ」


 その言葉に嘘はない。カッコいい姿を写真に収めようと試行錯誤するのは楽しかったし、ゆんの友達と話せたのも楽しかった。何より楽しそうに趣味に打ち込むゆんを間近で見て、心から愛おしいと感じていた。


 ゆんは目を細めながら口元をきゅっと上げる。そのままことんと肩にもたれかかってきた。


「ありがとう、よーた。大好きだよ」


 周囲には聞こえないくらいの小さな声で囁く。その言葉だけで冷え切った身体が温かくなっていくんだから、俺は案外単純な性格なのかもしれない。


「うん、俺も大好き」




 休日はおっさんに変身する少し変わった趣味を持つ彼女だけど、俺にとっては最高に可愛くて愛おしい彼女です。


fin.

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俺の彼女は男装コスプレイヤーです 南 コウ @minami-kou

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