第4話 雪撮という地獄に連れて行かれた話①
俺たちはお互いの趣味にあまり干渉しないようにしている。相手に自分の趣味を押し付けないし、相手の世界にも過度に立ち入らないようにしていた。だけど今回は、
ゆんの世界に立ち入ることになった。
「お願いしていたカメラマンさんがインフルで来られなくなっちゃったの。だからカメラマンをやってくれないかな?」
両手を合わせながらお願いをするゆん。力になってあげたいが、正直邪魔にしかならない気がする。
「俺、一眼レフとか扱ったことないんだけど?」
「設定はこっちでするから平気。シャッターを押すだけでいいから」
それなら……と軽率に引き受けそうになったが、次の言葉を聞いて判断が鈍る。
「今回は雪撮だからちょっとハードだけどねー」
「雪撮?」
「うん。雪の中でコスプレして撮影するのー」
「寒くね?」
「寒いよ?」
意味が分からない。なぜわざわざ寒い中でコスプレする必要があるんだ。ドMなの?
「
ドMがあと2人いるらしい。
「ダメかな? 三脚使ってセルフタイマーで撮れないこともないけど、雪の中で走ったらつるんっていきそうで」
それは危ない。寒い思いをするか、ゆんが怪我する覚悟で送り出すかの2つを天秤にかけると、答えは一瞬で出た。
「分かった。行くよ」
「ありがとー」
へにゃりと笑いながら胸に飛び込んでくるゆん。擦り擦りと頭を擦り付けてくる姿は、やっぱり可愛かった。
*・*・*
日曜日。ゆんは大荷物で家を出た。衣装の入ったキャリーケースにカメラの入った鞄、布で覆われた大太刀。剣道部の遠征にも見えるが、それにしたって荷物が多い。
肝心のゆんは、黒縁眼鏡にマスクといった地味な恰好をしている。いつもだったら瞼にキラッキラのアイシャドーをのせて出掛けるのに、今日はノーメイクだ。それを隠すためにマスクをしている。まあ、すっぴんでも可愛いんだけど。
「よーた、こっちー」
最寄り駅に着くと、ダウンジャケットの袖を引っ張りながら、ひたすら北に行く路線へ誘導する。どうでもいいけど、外ではたんじゃなくて良かった。
横並びに座って電車に揺られる。途中までは小声でお喋りをしていたけど、電車の暖かさにヤられたのか、ゆんは次第にこくりこくりと頭を揺らし、最終的には俺の肩を枕代わりにして寝た。
ふわっとシャンプーの甘い香りが漂う。甘さと車内の暖かさに包まれながら、ひたすら電車に揺られていた。
「いまどこ!?」
ハッとしたように目を覚ますゆん。40分は気持ちよさそうに寝ていたけど起きたようだ。
「大丈夫。まだ着いてないから」
「よかったぁ。私電車で寝るとすぐ乗り過ごすんだよねー」
「乗り過ごすのも良くないけど、知らない人の肩にもたれかかるのもやめてね」
「うう……気を付けます」
その反応、前科があるな。危なっかしい彼女がちょっと心配になった。
「友達とはどこで待ち合わせるの?」
「駅だよー」
「ふーん」
彼女の友達に会うのは緊張する。値踏みされそうで怖い。できるだけゆんの評価を下げないように無難な彼氏を演じよう。
目的地到着し、改札を通り抜けると、友達と思われる二人組の女性が居た。
「お待たせ―!
ゆんは二人に手を振る。こちらの姿に気付いた二人は、頬を緩めながら手を振り返した。
「紹介するね。こっちの背の高いショートヘアの子が千ちゃんでー、こっちのピアスばちばちに空いた金髪の子がねむちゃん、あっ、どっちもコスネームだよー」
ゆんから二人を紹介されたところで、「礼儀正しく」を意識しながら挨拶をした。
「ゆんの彼氏のよーたです。カメラは素人なんでお役に立てるか分かりませんが、よろしくお願いします」
「千と申します。よろしくお願いします」
「よろしくねー、彼氏くん。気軽にねむって呼んでいいよー」
こうしてコスプレイヤー3人と即席カメラマンの俺で雪撮を決行することになった。
*・*・*
うねうねとする山道をタクシーで登り、目的地に到着。会場にはゆんと同じような大荷物の女性が何組かいた。
その後、女性陣は更衣室に移動。俺はストーブのある休憩所でぬくぬくしながら待った。
しばらくすると三人組が休憩所に入ってくる。一瞬知らない人かと思ったけど、「よーた」と声をかけられたことで、ゆんとその仲間達であることに気付いた。
目の前に居るのは、おっさんとイケメンとショタ。
言うまでもなくおっさんはゆんで、黒髪短髪のイケメンは千さん、銀髪ボブのショタはねむさんだろう。
三人ともどう考えても寒そうな恰好だ。薄いジャケットにズボンにマント。ねむさんに至ってはショートパンツから脚を大胆に露出している。
「ねむさん、その脚で雪の中を歩くんですか?」
「んー? そだよー」
正気の沙汰じゃない。万年半袖短パンだった小学生男子だって、雪の日ならもうちょい厚着する。
「風邪引かないでくださいね」
「うん、ありがとー。よーたくん優しいー」
名前で呼んでもらえた。ちょっと嬉しい。にやけないように堪えていると、一行はぞろぞろと雪の中に降り立った。
「ひゃーー! さっむ!」
そりゃそうだ。
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