第3話 彼女は筋肉までも自らの手で作り出す
「ねえー、筋肉ってどうやって作ればいいんだろー?」
「そりゃあ、筋トレとプロテインで」
「そうじゃなくて」
日曜日。彼女はスポーツ少年に変身していた。黒髪短髪にユニフォーム。目元が鋭いのは気になるが、イケメンの男子高校生だ。
ゆんはユニフォームを見下ろしながら溜息をつく。
「なーんかさ、ユニフォームを着ただけだと華奢で。これじゃあ女の子みたい」
「女の子なんだから仕方ないじゃん」
「ダメだよ。男の子にならないと」
確かに華奢な女性がユニフォームを着ても男性には見えない。骨格はどうしたって変えられないから。だけど、筋肉や骨格以上に気になってしまうことがある。
「というか胸はどうした?」
「あー、潰した」
「潰した!?」
「そういうインナーがあるんだよー」
ゆんは胸がないというわけではないが、大きくはない。だからインナーとやらでなんとかできるのだろう。
「巨乳じゃなくて良かったね」
「ホントそれー。おっぱい大きかったら隠すの大変だった」
皮肉で言ったつもりだが、普通に同意されてしまった。なんだかちょっと恥ずかしい。ゆんはセクハラ発言を気に留めることもなく、筋肉の心配をする。
「やっぱ厚みが欲しいよなぁ。大胸筋? 僧帽筋? どーにかできないかなー」
彼女はぽちぽちとスマホを弄って解決策を探す。隣で見守っていると何かを見つけたようで、
「これ良さそう。水切りネットの中に綿を入れて、Tシャツに縫い付ければ筋肉っぽく見えるんだって」
筋肉舐めんな……と馬鹿にしていたけど、本当にどうにかなったから驚いた。
数時間後。
「うん、良い感じに厚みが出てるね」
水切りネットと綿で本当に大胸筋と僧帽筋を再現していた。彼女は筋肉までも自らの手で作り出していた。
だが、それだけではない。
*・*・*
「ねえー、エクスカリバーってどうやって作るのかなー?」
「そりゃあ、溶かした鋼を叩いて引き延ばして」
「そうじゃなくて」
分かってる。リアルな作り方を聞かれているわけではないんだよな。
「うーん、100均の剣でどうにかならないかなぁ」
なるわけないだろ。伝説の剣を舐めんな。
「でも段ボールでなんとかなると思うんだよなぁ」
悩まし気に唇を尖らせながら、伝説の剣の作り方を模索するゆん。
多分、エクスカリバーなんてネットでポチれば簡単に手に入る。もちろん偽物だけど、コスプレの小道具として使うには十分なはずだ。
それでもゆんは自分で作ることにこだわっていた。本人いわく、あれこれ悩みながら作るのも楽しいらしい。
翌日。仕事から帰ってきたゆんは、段ボールを抱えていた。本当にエクスカリバーを作るつもりらしい。
段ボールに線を引いて、カッターで切って、ボンドで貼り付けて……。色を塗る工程までは進めなかったけど、剣らしきものはできた。
「おおー……これが聖剣エクスカリバー……」
どう見ても段ボール製のチープな剣だけど、本人がそれでいいなら俺は何も言わない。
だけどこう……剣を見るとそそられるものがある。
「ゆん、ちょっと貸して」
「ん? どうぞー」
剣の握り心地を確かめる。うん、悪くない。俺は剣を構えてキメ顔を浮かべた。
「伝説の剣の錆びとなり朽ち果てろ」
キョトンとするゆん。だが、すぐに応戦体勢に入った。
「私に挑むというのか。面白い。返り討ちにしてくれよう」
玄関から靴ベラを持ってきて剣に見立てるゆん。闘う意志はあるようだ。なら加減はしないっ! 俺は勢いよくエクスカリバーを振りかざす。
「エクスカリバァァァァ!」
キンっと剣と剣がぶつかり合うよりも先に、エクスカリバーは中央からへにゃりと折れた。
「エクスカリバーが折れたぁぁぁ!」
「なにぃぃぃ!?」
茶番終了――。
さすがに段ボールの強度では、勢いよく振りかざしたときの圧には耐えられなかったようだ。俺はおずおずと折れたエクスカリバーを返却する。
「ごめん、悪ノリが過ぎた」
「ううん、いいの。遅かれ早かれこうなっていただろうし、本番で折れなくて良かった。別の作り方を考えるよ……」
折れた聖剣は燃えるゴミの袋に突っ込まれた。
剣をダメにしてしまったことへの罪悪感はある……が内心ではこの状況を楽しんでいる自分もいた。アホな茶番にもノリノリで付き合ってくれたのは嬉しかった。こんな彼女は滅多にいない。
だから俺は、ゆんを手放せないんだと思う。
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