第7話 エピローグ
「仁さん、新しい依頼が入りました」
事務所で先月の請求書と諸々の報告書に目を通していると、パソコンで事務作業をしてくれていた創太が声を掛けてくる。書類や数字が苦手な俺は、その言葉に渡りに船とばかりに飛びつこうとしたが、
「創太君、今はダメよ。仁はすぐ書類から逃げ出すんだから。仁も新しい仕事はその書類の確認が終わってからね」
と、樹里に釘を刺された。核心をついているだけに、ぐうの音も出ない。俺は投げ出しそうになっていた書類に再度手を伸ばす。というか、
「なんでお前がいるんだよ、樹里。今日は呼んでないけど?」
樹里はテーブル席に座って、涼しい顔で創太が入れたコーヒーを飲んでいる。
「今日は予約がキャンセルになって暇だったのよ。創太君、元気かなと思って会いに来たの」
創太は、樹里の言葉に顔を赤くして照れている。そんな創太を見て、樹里は「可愛いすぎ!」と身もだえていた。
「暇なら、この書類の確認手伝ってくれよ」
「お金払うならやってもいいけど?」
相変わらずの金の亡者っぷりに、俺は諦めて自分でやる事にした。書類に目を通していると、先月の模様替えの時の書類が出てきた。樹里も一緒に行ってもらった、竹下さん依頼の時の内訳表だ。あの部屋は、我ながら良い感じに模様替え出来たと思う。今もあの部屋は綺麗なままだろうか。
「竹下さんの部屋は大丈夫かなぁ」
思わずつぶやいたその言葉を、樹里は聞き逃さなかった。
「竹下さんって、私も一緒に行ったあの模様替えの時の竹下様?」
「そう。あの部屋、割といい感じに模様替えが完成できたからさ。まだあの部屋が綺麗なままだといいなぁ」
俺は書類から目を離さず、口だけで答えた。樹里が何か言おうとしている気配があったが、俺は何も考えず、頭に浮かんだ言葉を続けた。
「後、竹下さんもあの部屋で元気だったらいいなと思って」
・・・沈黙。樹里から何か返って来るかと思っていたので、つい、俺は書類から目を離し、樹里の方へ顔を向ける。樹里が、驚いたように俺を見ていた。
「何?俺なんか変な事言った?」
「いや・・・仁も成長してるんだなと思って。終わった依頼の人の事を気に掛けるなんて」
「人をろくでなしみたいに言うんじゃねえ!」
と、つい強く返してしまったが、ふと思い返せば、仕事後に依頼人を気にかけた事があったかと疑問が残る。あれ?俺って結構ろくでなしか?樹里がなんだか嬉しそうに、バックからカードを取り出す。
「仁が少し、すこぉし成長したお祝いに、竹下様の事をみてあげましょうね」
そう言ってテーブルにカードを並べだした。俺はもう、何も言うまい。それでも、気になってしまって、樹里のカードがテーブルに並べられていく様を眼で追ってしまう。創太も気になるようで、手を止めて樹里の方を見ていた。
「ああ、これは・・・竹下様は、大丈夫。明るい方へ歩き始めたみたいよ。今、何かを学んでいるというカードも出ているし、仁が模様替えしたあの部屋で、勉強しているんじゃないかしら」
「仁さん、良かったですね!」
依頼人と会った事もない創太がとても嬉しそうに笑っている。樹里もカードから顔を上げて、ニカッと笑った。
「それは吉報だな」
あの部屋で、竹下さんは明るく過ごせているのか。そう思うと、自分の仕事への誇らしさと、嬉しさが込みあがって来る。
「さぁさぁ、さっさと書類を片付けて、次の仕事に取り掛かって下さーい」
樹里がカードを片付けながら、場の空気を仕事モードへ戻した。俺は気合を入れなおし、書類へと向き合う。
樹里がカードを片付けている時、一枚のカードがひらりと床に落ちた。樹里がその飛び出したカードを見て、くすりと笑う。
「竹下様、結婚相手は日本人じゃないかもね。お幸せに」
ぼそりと言ったその言葉は、俺の耳には届いてなかったけれど。
模様替え屋~未来に進む部屋のつくり方~ 松浦 翔英 @shouei15
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