第18話 意気消沈
意気消沈しながらメリー・ハープの店を出ると、わたしの心境のことなど露知らず、のんきに感想を述べていたアイリーンがとつぜん拳を勢いよく天に上げた。
「それじゃいよいよ街の外に行ってみましょう!
セツナちゃんの狩人としての腕前を見せてもらいま――!」
「よし!
それじゃ腹もふくれたし、今日はここで解散だな!!
みんなそれぞれの家に戻ってゆっくり休むとするか!」
「いやまだ魔物退治の予定ありますよね? この三人で。
というかご飯食べたたけで『ゆっくり休め』ってどういうことですか」
「……頼むよ……見逃がしてくれよ……」
「だから何の話ですか」
親しげに会話する二人の後ろ姿をわたしはきっと見上げた。
そうだ、まだ魔物退治があるじゃないか。
挽回のチャンスはまだまだある。
ここで遅れを取り戻せば、きっと……。
あとになってから気付いたけど、技術を盗むとか、そういう目的はもうこの時点でどこかにいってしまっていた。
たぶん、なにか余裕が取れなくなっていたんだと思う。
そんなことにも気がつなかったわたしは、歩きながら念入りに自分の装備をチェック。
弓の点検はオッケー。矢だって今回は多めに持ってきてる。
朝から持ち運ぶのに苦労していたこれらの出番がようやく来たのだ。
門兵に話して手続きをしているアイリーンを見ながら決意を新たにしていると、いつの間にかにじり寄ってきていたギルがこっそり耳打ちしてきた。
「いいかセツナ、お前は別に援護だけでいいからな」
「え、なんでさ」
「いいから。
とにかく目立とうとするな」
それだけ言ってひょいとアイリーンのほうに向かっていくギルの後ろ姿を見上げて、わたしは不満で頬をふくらませた。
なにさ。
ギルもわたしのこと信じてないっていうわけ?
そんなに言うなら、ギルのことも見返してやらなきゃ。
わたしはゆっくりと深呼吸する。
アイリーンは凄腕の狩人だと聞いているけど……キメラとしての力を封じているというハンデ持ちで完全勝利をしてしまえば、誰も文句は言えないだろう。
実際にそのことを明かすわけにはいかないけど、気持ちは晴れる。
――しばらくして、甘く考えてた自分をはたいてやりたくなった。
「そっち行ったぞ!」
「分かった、わたしが弓矢で――!」
「私がやります!」
直後、視界外から金色の細影が飛び出していった。
嵐のようにアイリーンが肉薄した瞬間、血しぶきを上げて切り刻まれてゆく魔物。
力強い踊りでも踊ってるみたいに全身のばねを使って双剣を振り回すアイリーンが、あっという間に魔物の群れを殲滅していく。
アイリーンは、わたしの想像をはるかに超える強さを持っていた。
魔物を補足したとたんに姿が消えるのだ。
そして気が付いたら相手を切り伏せてその場に立ってる。
いくらキメラとしての学習能力を備えていたとしても、追いつけないと確信させられるほど圧倒的な才能の差……。
そのことにすぐ気づけたのは不幸中の幸いだったろうか。
……これじゃ勝てない……!
な、なら……せめて魔物をたくさん見つけて、サポート役として……!
「――よし、今日はここら辺で切り上げよう」
「えっ、なんで!?」
「もう魔物は十分倒しただろう。
これ以上欲張ったら次は大群で出てくるかもしれない。潮時だ」
「でも、わたしはまだやれるよ!?
ほら! 矢だって全然残ってる!」
矢筒を降ろして、ギルを説得しようとする。
余った矢の数々がまるで自分が活躍していないと語っているようで居心地が悪い。
焦りながら言葉を紡いでいると、剣を拭きながら戻ってきたアイリーンが――たぶん、好意的な笑みを浮かべていた。
「その年であれだけ正確に弓矢が使えるだけでも十分すごいですよ。
状況判断もできてますし、私がセツナちゃんくらいの時はそんなにできなかったんですから」
「でも……!」
「ほら、そんなこと言わずに。
今日はもう日も暮れる。
家に帰ってゆっくりしよう。な?」
ギルにそう諭され、アイリーンも賛成という雰囲気を醸し出す。
そんな状況で自分一人だけわがままを言うわけにもいかず、納得できない思いを半ば無理やり飲み込んで二人に従った。
(……仕方ない、よね……。
変に怪しまれるのは避けたいし、
そもそも、わたしはキメラの能力を使えないってハンデがあるんだ……。
まだ数か月しか人間として生きてないし……だから……)
そこで突然、強烈な虚しさがわたしを襲ってきた。
あれだけ息巻いておいて、負けた言い訳を必死で考えている自分がすこしイヤになったのだ。
動かしていた足がことさらに重く感じる。
どうしてこっちの世界でも、わたしはみじめな思いを味わっているのだろう。
人間として生まれ変わればぜんぶ思い通りにいくはずだったのに。
……やがて、ようやくたどり着いた門を通って、そこで解散ということになった。
別れ際にアイリーンが「今日は楽しかった」とかそんな挨拶を言っていた気がするけど、丁寧に対応する余裕は残ってなかった。
くやしさで熱くなってきた喉元をこらえながら平然を装い、憎きアイリーンを見送る。
遠くのほうで手を振っていた金髪の女狩人が見えなくなったころに、ギルが重そうな溜息をついた。
「はぁ……アイリーンのやつ、ようやく帰ってくれたな……。
今日はマジで疲れた……。
そんじゃセツナ、俺たちもそろそろ……ってどうした?
なんで泣いているんだ」
ギルがこちらを振り返る気配を感じて、わたしはさらにうつむく。
以前のように子どもっぽく泣きじゃくることはなかったけど、それでもつらいことには変わりない。
「……セツナ、さっきから何を焦ってたんだ。
今日一日、様子がずっと変だったぞ」
「だって……! このままじゃ誰にも勝てないんだもん……!
あの人に勝って学ばないと、またヴィジョンと違う世界に……っ!」
自分の発した言葉に、しまった、と思った。
「ヴィジョンって、新しいやつを見たのか?」
「……あ……」
「もしかして、急にアイリーンと話したいって言い出したのもそのヴィジョンが関係してるのか?」
「……え、っと……」
「見せてくれ。
俺もなにか手伝えることがあるかもしれん」
そう言って、両手を差し出してくるギルにわたしは後ずさりする。
無理だ。
あのヴィジョンは共有できない。
――だって、わたしがキメラだと打ち明ける場面があったんだから。
自分の正体をさらけ出すのは、セシュヴァラを倒したあと。
ギルからの信頼を確実に勝ち取った瞬間であって……。
決して、今じゃない。
「……ごめん」
まだ、言えない。
まだ、信じてもらえるか分からない。
顔をそむけながら謝り、わずかに瞳を動かして見てみると、ギルが明らかに傷ついている様子で、それも心を落ち着かなくさせた。
「――そう、か。
分かった、うん。
きっとお前にも考えがあるんだろう。無理強いはしないさ。
それより! 今日の飯当番は俺だったよな。何にするかな~」
そう言ってすぐに話題を切り替えてくれたギルにホッとしながら、わたしは帰宅した。
他よりずっと大きなハンデがあるのに、それを口に出すことができない息苦しさ。
周りはそんなハンデなんかない。
アイリーンだってきっとそうだ。
豊かな才能に溢れて……わたしより楽して生きてるくせに、
わたしの居場所を全部さらってこうとするなんてズルすぎる。
……いいや、こんな考えは間違ってるか……。
向こうだってわたしの見えないところで頑張ってきたんだろうし、決めつけることなんてできない。
布団をかぶってまぶたを閉じても、昼間の出来事が思い出されて眠れなかった。
ベッドの中が熱くて不快だ。寝なきゃいけないのに心臓が落ち着いてくれない。
――その日の夜は、なかなか寝付けなかった。
セツナと噓つき狩人 東容あがる @teisoku-gear
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。セツナと噓つき狩人の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます