配牌はいぱいを見て、火花ほのかは表情を偽ることを意識しなければならなかった。

 ハク二枚、ハツ一枚、チュン一枚。これは大三元だいさんげんを狙う手か。

 いきなり桂羅がハツを捨てたから火花はえかけたが、その直後にハツ自模つもり顔がこわばった。

「そういえば買い出し、飛鳥あすかちゃんと行ったのよね」楓胡ふうこが何気なく火花ほのかに訊いた。

「ああ、息抜きだと言うから」

「何か言ってなかった?」

御堂藤みどうふじを受けるんだとよ」楓胡には話したと飛鳥は言っていた。

「合格したら私たちのところから通うのかしら」泉月いつきが言った。

東矢とうや叔父貴おじきが許すかな」

「問題ないと思うわ。飛鳥さんにも事業を手伝ってもらって構わないのだから」

 東矢財団のメディカルセンター構想には信頼できる担い手がたくさん必要だった。火花たちの従妹なら問題ないと叔父は考えると泉月は言うのだ。

「そうか」

「反応薄いね」桂羅かつらが言う。

 火花ほのかは雑談どころではなかった。三枚目のハツをつもり、チュンも二枚になった。次にハクチュンが河に出たら鳴くつもりだ。河にはハツ一枚しか出ていなかったから警戒されるだろうが。

 チュンは隣の山にある。火花が積んだ山だ。

 雀荘と違い家庭麻雀は自分で積む。さすがに自由自在に積み込む技術を火花は待っていなかったが、積んだ山に何があるか、特に字牌は覚えている。

 間もなく火花が積んだチュンに到達するのだ。

 火花の家では牌を積んだら卓を動かして位置を変えるのが慣例となっている。手癖の悪い祖父が積み込みで天和てんほーを上がるのを火花は二度も見たことがあった。サイコロで五を出すのも得意だ。だからふだんは卓に坐っていない者が代わりに牌を積み上げるか、それぞれが自分で積んだ後に卓を回して自分以外の者に山が行くようにしていた。

 今の流れではちょうど火花が自模つもるところにチュンはあった。

 しかしそこに行きつく前にハクが捨てられ、火花は一瞬迷った後、鳴いた。「ポン」

 これでチュン自模つもるのが泉月いつきとなった。

 一向聴イーシャンテン。間に合うか。

「ハリス……」思わず火花の口からそのが漏れた。

「ん」と桂羅かつらが顔を上げる。

 火花は桂羅を無視した。

「飛鳥ちゃんと星を観たんでしょ」楓胡が呑気に言う。

 火花は助けられたと思った。そしてその直後に聴牌てんぱい。あとはチュン自模つもった泉月いつきチュンを捨ててくれたらロンだ。

 もし泉月がふだんの手堅い泉月ならチュンを捨てるという危険を冒さない。しかしオーラス。泉月いつき桂羅かつらに負けたくない。絶対に危険を冒してでも勝ちに来る。だから泉月はチュンを捨てる。火花はそう思っていた。

 この冬最初の大三元だいさんげんで最下位脱出だ。

「星と言えばさ」桂羅が口を挟んだ。「ベテルギウスとかシリウスと……あと何だっけ。三つ合わせて何とかって言うんだよね」

「プロキオンよ」泉月が冷めた口調で答えた。「冬の大三……」

 その刹那せつなチュン自模つもった泉月いつきが動きを止めた。そして改めてかわを見る。

 捨て牌にハツ一枚。そして火花ほのかが鳴いたハク三枚。

「私に降りろと言うのね」泉月は桂羅を睨んだ。

 桂羅が不敵に笑う。

 泉月はため息をつき、チュンを取り込み別の牌を切った。

 チュンを抱えている限り泉月に勝ち目はない。しかし連荘れんちゃんするためだけに火花に役満を献上するつもりはもっとなかった。

「余計なことを……」火花も桂羅を睨んだ。

「そういえばって呟いたわね」泉月が言った。「チュンのことよね?」

「何で知ってんだ? お前、トマス・ハリスなんて読まねえだろ」

「え、何、何」楓胡が能天気に訊ねる。常に猫を被る楓胡の真意は誰にもわからない。

ハクハツチュン三元牌さんげんぱいを英語でドラゴンと呼ぶわ」泉月が説明を始めた。「ハクがホワイトドラゴン、ハツはグリーンドラゴン、チュンはレッドドラゴン。三種の刻子コーツで作る大三元だいさんげんはビッグドラゴンという。トマス・ハリスの小説『レッド・ドラゴン』にかけてチュンをハリスと呼ぶのよ、火花ほのかは」

「俺、そんなこと言ったことあったか?」

香月かづき君に聞いた。なんでか知らないけれどハク海馬かいばって言うのよね」

「お前、あいつと麻雀やったことないだろ」

「何を言っているの、あったじゃない。二度ばかり。耄碌もうろくしたの?」楓胡が言った。

「あいつ、俺には妹のせいに近寄るなと言うくせに自分は俺の妹に手を出すのか?」

「はあ」泉月はさらにため息を吐く。「同じクラスだし、同じマンションだし、いくらでも接点はあるでしょう」

「まだまだ手はある」火花は気持ちを切り替えた。もう一枚のチュンが出てくる可能性もあるし、出なければ小三元で上がって連チャンだ。

「あらー」楓胡が素っ頓狂すっとんきょうな声をあげた。「つもっちゃったわ、タンヤオ。五百、千!」

「な、にー!!! そんな安い手、いつでも上がれただろう。俺を勝たせるために待っていたんじゃないのか?」

「そう思ったんだけど、最下位になったら火花ちゃんが今月十六回夕食を作ってくれるのよね。それも良いかなと思ったのよ。だって火花ちゃんのお料理美味しいじゃない」

「は?」

「読み間違えたね、火花」桂羅が勝ち誇る。

 一位桂羅が決定し、一月の夕食当番はゼロとなった。

「良かったわ、楽しみにしているね、お・に・い・ちゃん」泉月がペロリと舌を出す。

「その呼び方、やめろといつも言ってるだろ」火花は悪態をついた。「わかったよ、作ってやるよ。お前らにした高カロリーの晩飯」

「「はあ?」」桂羅と泉月が声をあげた。

「そういや桂羅、春先俺の作るものうまいうまいと言ってくれたよな。確か四キロ太ってジムに通うようになったんだっけ?」

「う」桂羅は歯噛みした。

「やだわ、どうしましょう、ブラ買いなおさなきゃ」楓胡はいつも呑気だ。

「やっぱり最低の男だったわね」泉月が吐き捨てた。

「にゃにおう……」

 その時、すごい音がしてふすまが開いた。

 四人が一斉に見上げて凍りついた。

 無表情の雷人らいとが立っていた。しばし無言の後、「お前ら、何時まで騒いでいるんだ? いい加減に寝ろ!」

 従兄の雷が落ちた。

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うたかたのビッグドラゴン はくすや @hakusuya

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