龍へのお届けモノ

ケーエス

龍へのお届けモノ



 龍の泉が輝くとき、それは龍が出現するときである。

 年に1度。この元旦でしか見ることはできない。夜遅くまでC〇TVを見ている人には厳しい時間帯である。


 龍の泉は山の奥深くにある。ぱっと見はなんでもない小さい泉。穏やかな水面には蓮が少しだけ浮かび、水草がゆらゆらと揺れている。しかしこの場所に人々が集まりひしめき合っているのである。山のふもとの駐車場は「Clock」「龍鉄パーキング」「中西モータープール」「国立公園駐車場」「道の駅龍の里駐車場」の5つであるが、もう全て満車。なんとか駐車争いに勝利し、この地を訪れた彼らのお目あてはそう龍である。


 家族のために大晦日の朝からブルーシートを開いて真ん前に陣取っているお父さん。大晦日というタイミングで喧嘩し、口を聞かなくなったものの、龍は見たいという思いは一致したのかちょっと距離を開けて横に並んでいるカップル。昨日までバイト9連勤だった大学生。各々がそれぞれの思いを胸に龍の泉を見つめていた。


 泉の奥には高さ10mほどの滝があり、その奥には洞窟があるという。その洞窟は泉が輝くときにしか開かず、龍はそこから出現する。もちろん人間が立ち入ることは許されない。好奇心旺盛な愚か者がこっそり入ったこともあった。しかし洞窟に入ったある人が1週間スクワットをし続けて亡くなってからは誰も入らなくなったという。


「うわ! あ! あれ!」

 山々から太陽が顔を出したその瞬間、ある者が叫び泉の方を指さした。寒さに耐えかねスマホをいじっていた人々の目線が泉に向かう。


 泉が、そして滝が輝いている。

 あれだけ穏やかだった泉のちょうど真ん中に光の波が現れたかと思うと放射状に広がっていく。辺りは黄金の気に包まれ、あっと驚き口を開けた人々のその口にも入っていった。後から聞いた話であったが、黄金の気が体内を循環していくその様はキ〇リトールの爽快感の1000倍であったという。ブルーシートのお父さんは涙を流し、カップルは喧嘩していたことを忘れ、大学生は9連勤がまるで9連休だったかのように感じ始めた。


 人々がその高揚感に包まれている間に、泉の奥の方からゴゴゴ、ゴゴゴと岩盤を揺らす音が聞こえてくる。やがてその音が近づくにつれ、その振動は泉を揺らし、木々を揺さぶった。


「く、来るぞ」

 誰かが叫んだ。しかしその声もすぐにかき消された。強風が洞窟の奥から吹き荒れてきたのだ。


 やがてバシャンと大きな音を立てて滝からにゅっと顔が現れた。

 人々はどよめいた。2本の角、ペットボトルキャップほどの小さな目、掃除機のように長い鼻、岩をもかみ砕きそうな大量の歯、そこにあったのは紛れもなく龍の顔だった。本物だ。


人々がしみじみと見つめる中、龍が話し出した。

「ども~、おはよう。皆の衆。龍です。Y〇utubeのチャンネル登録者数がもうすぐで1億人を超えそうなんでみんな登録よろピク」

 龍がウインクすると、ウインク先の数珠腕五重ねおばさんが、

「ふはあ~」と言って膝から崩れ落ちた。



「みんな元気だった? あ、入らないでね」

 洞窟に入ろうとしたのだろう。さっきの大学生が滝の裏のところから細長い龍の手につままれてでてきた。いや彼の身体はしっかりネイルに突き刺さっている。龍がポイっと手を離すと、大学生はくしゃくしゃになったティッシュの軽やかさで遠くの茂みに墜落した。初見の人々は少したじろいだ。



「あ~今日はね、貢物もいいけど、頼んでるものがあるんだ。そう、まだこないかな、あ、きたきた」


 人々は龍の視線の先、ちょうど登ってきた山道の方を見た。そしてあっと驚いた。

 傾斜30度の山だというのに自転車に乗った男が現れたのだ。背中にあるのは四角い箱である。人々が男の速度を落とさないのを見るや退き、男は自転車を急ブレーキさせ、泉の手前で止まった。


「〇ber Eatsでーす。龍の里山の龍野かれんさん、え……」

 男は龍の顔、泉、人々、さらに茂みから顔を出した大学生に目を向け、再び龍の顔に目を向けた。

「え、本物……」

 男は目を見開き、ゆっくりと自転車を降りた。そして、

「本物だーッ」

 と言って直立不動で倒れた。


「大丈夫ですか!」

 ブルーシートのお父さんが家族の静止を振り切って出てきた。男は石に当たったのだろう。頭から血を流している。

 お父さんはしばらく男の手首に手を当てていたが、

「即死です」

 とつぶやき、合掌した。ちなみに後からわかったことだが、彼はヤブ医者だったという。

「そんな」と家族が口々に彼に詰め寄った。よほどのファンだったのかな。さあ、どうだろう、お気の毒だね。周りの人々もざわめき始めた。



「みんな! 聞いて!」

龍が言った。人々は話すのを止めた。

「この人はまだ死んでない。私が生き返らせる」

「いったいどうやって?」

 誰かが言った。

「でも今お腹空いてるから力が出ないの、お兄さんが持ってきてくれたそのお弁当を私に投げてちょうだい!」

 龍が人間を生き返らせる。そんなことができるのか。疑う者もいる中、ヤブ医者の妻が箱から弁当を出した。

「え?」

 しかしそれはスープ春雨。この期に及んでスープ春雨なのだった。スープの素にお湯をかけて頂くタイプの代物だ。妻はこんな山奥に湯なんてないだろという顔をし、小学生の息子は湯があったとて投げてしまえば文字通り春雨が降ってしまうという顔をし、幼稚園の娘は春雨スープを思い浮かべて指をなめた。


 まさに絶望。誰もが諦めのスープを飲み込もうとした。しかしそこに二人の勇士が現れた。


「私、白湯持ってます」

「オレ、ドローン持ってます」

 そう、大晦日というタイミングで喧嘩し、口を聞かなくなったものの、龍は見たいという思いは一致したのかちょっと距離を開けて横に並んでいたカップルである。彼らは彼女が風邪を引いていたのにも関わらず、彼氏が熱に浮かされる彼女をガン無視してドローン花火打ち上げ大会に出たことをきっかけに口戦状態になっていた。しかし、龍を見たかった彼女は白湯を持参してまで、彼氏はドローンを持参してまでこの地にやってきた。それが功を制した。黄金の気を吸った彼らは背筋を伸ばし、目を蘭々とさせ、口は両端に伸び、両手に神器を添え、まさに今勇士となったのである!!


「ありがとうございます!!」

 ヤブ妻が笑みを浮かべて春雨スープの蓋を開けた。そこに息子がスープの素を入れ、彼女が白湯を注ぎ込む。粉は白湯と混ざり合い、春雨を包んでいく。やがて湯気がぽっぽっと上がっていくと、人々は感嘆の声をあげた。


「よし、じゃあオレが」

「ありがと~」

 彼氏がドローンを設置しようとしたその時、龍が滝からによろにょろ~っと出てきた。洞窟にあると噂される24時間ジムで鍛えられた曲線美。しなやかな身のこなし。眼福。


 やがて龍はスープの容器を咥えると、顔を振り上げ、容器ごとパクリと飲み込んだ。


 果たして龍はお気に召してくれるのか――



「うまい!」



 龍の八重歯! 人々は躍り上がって喜んだ。ヤブ医者は知らない誰かと肩を組み、彼女は彼氏に抱きつき、9連勤の大学生は泉に飛び込んだ。


 こうして無事に春雨は龍に届けられ、チャンネル登録者たちからの貢物ももれなく、龍の腹に収まった。人々は龍が再度チャンネル登録の催促をし、洞窟に戻っていくのを見納めた後、自らも幸せいっぱいで帰路についたとさ。めでたしめでたし。












 今も泉のほとりには男の身体が横たわっていて、元日の夜になると動きだすのだという。

「あれ? 春雨は?」


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