【ショートストーリー】賢者の微笑
藍埜佑(あいのたすく)
【ショートストーリー】賢者の微笑
幼い頃、ノアは母親によく尋ねた。
「ママ、最後に笑う人は誰?」
母親は優しく微笑んで答えた。
「もちろん一番賢い人よ。でもなぜそんなことを聞くの?」
この時のノアは、学校でのいじめっ子たちに対して自信を持ちたかっただけだった。
しかし、この疑問は彼の心に深く刻まれ、彼の一生を形作ることになる。
時は流れ、ノアは認知心理学者となり、「最終回答」理論を考案した。
この理論は、どんな問いにも、人は最後には真実を見出し、笑い、達観するというものだ。
彼は全ての講義でこの疑問を学生たちに投げかけた。
「最後に笑う人は誰か?」
多くの学生が答えた。
「一番賢い人です」
ノアは言葉少なに頷いたが、満足はしていなかった。
確かな答えはまだ見つかっていない。
ある晩、大規模なパーティが開かれた。その場には世界中からの著名な科学者が集まり、ノアの理論を讃えた。
祝宴の最中、ノアは静かに席を外し、夜空を見上げた。
「最後に笑う人は誰か?」
この問いを虚空へ、そして宇宙へと投げかけた。
宇宙は、ただ無言で広がっていた。
無数の星々が微かに瞬き、月が光っているだけだった。
「ふっ……当たり前だな……」
判ってはいたが、ノアは失望した。
風が吹き、ひんやりとした空気が彼の頬を撫でた。
ふと、彼の足元に小さな野良猫が寄り添い、クルクルと喉を鳴らし始めた。
彼には猫が微笑んでいるかのように見えた。
ノアは苦笑いした。
「君かい? 最後に笑うのは?」
冗談交じりに猫に問いかけた瞬間、彼は悟った。
猫は何も知らない。
猫は何も問わない。
答えなど求めていない。
ただ、今の瞬間を楽しんでいる。
それこそが、賢さの本質ではないかと。
ノアは静かに猫を抱き上げ、パーティへと戻っていった。彼は自信を持ってスピーチを始めた。
「皆さん、私はついに理論の答えを見つけました。『最後に笑う人』とは、いつでも笑える心を持っている人です」
会場からは拍手が湧き起こり、そして、ノアはこれまでで一番の心からの笑顔を浮かべた。
彼はついに、真実を見出したのだった。
(了)
【ショートストーリー】賢者の微笑 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi
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