第113話 案の定(完)

「ほう、ここがリゾートですか」


 何でキールも来ているのか。いや、「かつて栽培されていたものと原種とは少し様子が違います。私が案内した方がいいでしょう」と言われて、それもそうかと思い、それについては異論はない。しかし、なぜアンナさんとデイヴィッド様まで。


「ふふ。私たちは、長い間休むこともなかったですから。キールにも一度、来てもらいたかったのですよ」


 背後ではデイヴィッド様が青筋を立ててニコニコしている。「ゴゴゴ」という効果音が聞こえて来そうだ。やめて、こんなところでドロドロしないで。


「ふぅん。アンナはキールと来たかったんだ」


「まあ、デイヴィッド様ったら。あなたと来たかったに決まっているでしょう?」


「やれやれ、悋気りんきを当てられてはかないませんね。ナーシャ、ご主人は大事にしなければ」


 お、デイヴィッド様は素直にアンナさんに甘えるようになったのね。対してアンナさんは、すっかり彼の扱いを心得ているようだ。そしてキール、その余裕がまたデイヴィッド様の嫉妬心に火を点けるのだよ。それとも、分かっていて揶揄からかっているのだろうか。




 結局、南の大陸まで飛ぶのは明日にして、その日は島で一泊することにした。ビーチで眩しい水着姿を晒すアンナさんに、鼻の下を伸ばしつつキールを牽制するデイヴィッド様。ハーフパンツのキールは、脱いだら凄かった。細マッチョバキバキで、デイヴィッド様とも引けを取らない。そうだ、スチル!原作にもない、ダヴィードとキールの水着姿!ご褒美だ。ご褒美が来た。私はカメラ魔道具を取り出し、ひたすら撮影に興じた。そんなことをしているうちに、すっかり陽も傾いてしまったのだ。フェリックス氏には「コメを探しに行くんじゃなかったのかよ」と呆れられたが、ご褒美スチルなんだから仕方ない。


 夜はみんなで獲った海鮮バーベキュー。食べられるウニと食べられないウニは、キールに鑑定して選り分けてもらった。


「ウニうんまああ!!!」


 私がカチ割ったウニをあまりに美味しそうに食べるものだから、みんなが恐る恐るスプーンで口に運んで驚いている。


「これは…」「信じられない」「こんなものが」


「へっへぇ!日本人舐めんなよ!食べたくなったでしょ、海鮮丼!!」


 そう。コメが私を呼んでいる。そしていよいよ、明日には出会うのだ!胸熱!




 それからは、みんなで火を囲みながら和気藹々とキャンプトーク。


「でね、ここにどんどん街が出来て、コメが流れ着く予定だったんだよ」


「なるほど。しかし、こうして我々が時折訪れるようでは、無人島とは呼べないのでは?」


 キールから鋭いツッコミ。いや、これまでにも同様のツッコミは受けた。ちっちっち、甘い甘い。


「だから、主人公が流れ着く浜辺はそのままにしといて、目立たない場所に建物を建ててるんだよ!」


 私はふんす、と胸を張る。だって3スリーもそれなりにプレイした。どういう人物が流れ着いて、どこに何が建って、そういうのはほとんど記憶している。なぜほとんどかというと、流れ着く人物や順番はランダムで、建物の場所はプレイヤーの任意で決められるからだ。


「まず下級貴族の子爵令嬢が、留学のために乗っていた船が難破して流れ着くでしょう。最初は洞窟を拠点にして、ヤシガニと椰子の実を食糧にしながら、葉っぱや石で小屋を建てて」


 それから、いろんなキャラが流れ着いて集落になり、街になり、発展して行くのだ。土属性の貴族が流れ着いて、家々を建ててくれたり。風属性の龍が仲間になり、魚を獲ってくれたり。火属性のイケメンとバーベキューしたり。エルフも流れ着いたな。彼は教師をしてくれるんだった。女の子も流れ着いて、友達になって、ビーチバレーとかシュノーケリングしたり。それから、それから…


 持ち込んだ果実酒にほろ酔いになり、私は饒舌になって、ゲームの思い出を話した。彼らがいつ流れ着くかは分からない。しかし、私の脳内には既に、彼らと楽しいリゾートライフが実現していた。


「あの、非常に申し上げにくいのですが…」


 そこで突然、キールが口を挟んだ。


「子爵令嬢が、流れ着くんですよね?」


「そうだよ?」


「洞窟を拠点にして、ヤシガニと椰子の実を食べて、土属性の貴族が家を建てて」


「火属性のイケメン…」


 みんなが微妙な表情をしている。何だろう。


「その、流れ着く令嬢というのは、アリス殿のことではないかと…」


 夜の浜辺に、静寂が訪れた。




「ひどいよおおお!!そんなのってアリなのおぉ?!」


 私はおいおいと泣き濡れながら、海鮮丼をカッ込む。幸い、南の熱帯雨林の中では、原種のコメが元気に群生していた。私たちはモリモリと刈り取り、干して精米して、この世界で初めての銀シャリを堪能することが出来た。しかも夢のジャポニカ米だ。めちゃくちゃ美味しい。しかし、私の心は涙色。


「だから私、言いましたよ?ここに住み着いたら、無人島じゃなくなるんじゃないですかって」


 ブリジットが澄まし顔で、お上品に海鮮丼を口に運ぶ。彼女は第二子をお腹に抱えているので、海鮮は全て炙ってある。


「これがユウキの故郷の味なのですね…」


「こんどおれがつくってあげるね?」


 こっちは二人でラブラブだ。それをデイモンパパンがぐぬぬと睨みつけている。


「まあまあ、コメも見つかったし、良かったじゃねぇか」


「スチルとやらも撮れたのであろう?」


 フェリックス氏とヴィンちゃんが、私を宥めにかかる。しかし私の無念は、こんなものでは晴れない。この悔しさ、この虚しさ、これを埋めるもの。それはカレーしかない。


「探せ!この世の全てをそこに置いてきた!」


「またかよ…」


 幸い、これまでのコメ探しの道中、世界中のあらゆる交易の要衝に足を運んだことがある。一個一個しらみつぶしに歩き回り、スパイス集めの旅に出かけなければ。


 私の戦いは、これからだ!


 アリス先生の次回作にご期待ください。

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【完結】AGI極振り令嬢が魔王討伐のアップを始めました 明和里苳(Mehr Licht) @dunsinane

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