第112話 珍しい客

 そんな毎日を過ごす私たちに、珍しい客が来訪した。


「お元気そうで、何よりですよ」


 ダッシュウッドのお庭版、カイル爺ことキール。彼は無事、設立した隠密団クランに復帰し、200年の間に移転した本国に戻り、そして再びダッシュウッドを訪ねて来た。


「任務完遂かんすいののち、こちらで古の錬金術が解明されつつあると報告したところ、再び派遣命令が」


 あれだけエモい別れをした後だ。元妻もいる。2年経ったとはいえ、彼もちょっとバツが悪そうだ。


「やあ、キール特使。健勝そうで何より。ゆっくりして行ってくれたまえ」


 満面の笑みで迎えたのは、辺境伯の名代ことデイヴィッド様。しかしアレだ、目が笑ってないヤツ。一方、


「あらキール、お久しぶりです。本国はいかがでした?」


 かつては夫婦だったこともあるのに、さらりと切り出すアンナさん。あ、デイヴィッド様の額に青筋が立っている。乙女ゲーの200年後は昼ドラだ。今初めて知った。




 キールとデイヴィッド様との三角関係ドロドロバトルを避けたい私たちは、彼を早々にダッシュウッドの錬金術研究所へ案内した。ここでは私が思い出した錬金レシピをもとに、ダッシュウッドの文官から薬師などが集められ、再現と量産が進められている。私は、レシピは分かっていても再現はてんで駄目だ。例えばポーションなら、「薬草を潰して水と煮立てて、はい!出来上がり!」っていうセリフがあったから作れただけで、「魔石+聖銀ミスリル+魔導回路+龍の角膜=魔導カメラ」という文字列を見ても、何が何だかさっぱり分からない。私の描いた簡単なアイテムのイラストと、その不親切極まりないレシピを見て、何となく当たりを付けて製品化まで漕ぎ着ける。これは転生前の裕貴セシリーくんの頭脳と、エリオットうじのバケモノ級のDEXきようさの賜物だった。


「なるほど、DEXきようさですか…」


 キールは感心しきりだ。結局魔道具作りには、ある程度のINTちせいと圧倒的なDEXきようさがものを言う。エルフ族でも、失われた古代の錬金術を再現する研究が進められているらしいが、彼らは実践よりももっぱら古文書を読んで理屈を理解する方が好きなようで、レシピの現実化はなかなか進んでいなかった。完成品のビジュアルが存在しなかったのも大きいだろう。


 ともかく、私たちの出した結論は「DEX大事」ということだ。そしてそのためには、ひたすらレベルを上げてDEXを上げなければならない。結局レベリングに行き着くのだった。当然、この研究所に配属された人員は、文官であろうと容赦なくダンジョンに連行される。そしてあっという間にレベルを上げて、今やダッシュウッド城関係者は皆、下手な騎士よりもずっと強い。


「ははっ、アリス嬢は相変わらずですね…」


 若干引き気味のキールに、


「本当です。彼女が200年前に存在していれば、私たちの苦労もなかったでしょうね」


 アンナさんが苦笑している。なお、キールは2年前の遡行の結果、フェリックスうじ同様に私たちのレベルを追い越し、エルフ族の中でもブッチギリの最強にのし上がり、次期族長との声も上がっているらしい。幸い、年功序列のエルフの世界。彼はまだ、エルフの中では若手な方だ。「何百年後かの話ですが、煩わしいことこの上ありません」とボヤいている。この研究所にも、他の集落からのエルフが所属しているが、キールは彼らからも羨望の眼差しで見られている。エルフ界でもエリートらしい。


 一通り見学した彼は、ここにしばらくここに留まって共同研究をしたのち、成果を本国に持ち帰るとのことだ。ダッシュウッドや私から一方的に情報を引き出すのではなく、彼もエルフ族で研究しているレシピや知識を持ち込んでいる。これまで所属していたエルフもそれは同じだが、彼は本国の機密まで託されて来ていて、エルフ族の本気が窺える。これで双方の研究は一気に進むだろう。




 こういう難しい話に際して、私は添え物だ。前世の記憶を持つキーマンではあるが、回路がどうの、返還率がどうの、小難しい話はサッパリである。一応AGIすばやさに極振りとはいえ、常人よりは遥かにINTちせいのパラメータは高いのだが、頭脳労働が苦手な性格は如何いかんともしがたい。眠い。つまんない。おうち帰りたい。私が退屈しているのを見越して、「そろそろお茶の時間にしましょうか」ということになった。おやつが並べば私の機嫌が回復すると、もうみんなにバレている。そしてまんまとご機嫌になる、チョロい私なのだった。


「コメ、ですか」


 お茶を囲むと、一気にざっくばらんな雰囲気になる。そこで始まった雑談の中で、ポロリとこぼした不満。それをキールが拾った。


リスですね。この植物は、かつて南の大陸で広く栽培されていましたが、病気が蔓延して大半が枯れ果て、今では森林に原種が残っているのみかと」


「ふおおおお!!!」


 森林!原種!そんなの想定の範囲外だった!何だよ、有力な情報ソースは、意外と近くにあったんじゃないか。くそっ、帰還パーティーの後、コイツがさっさと帰っちゃうから!いや、爺やさんとはしばらくの間付き合いがあったのに。何でその間に、彼に米の話題を振らなかったのか。


 いや、悔やむのは後でいい。南の大陸なら、例のリゾートからそう遠くないはずだ。早速フェリックスうじに転移してもらって、そっからは飛翔フライで快速超特急だ!

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