【ショートストーリー】時計屋の遺産

藍埜佑(あいのたすく)

【ショートストーリー】時計屋の遺産

 名もなき町の片隅にある時計屋に、老いた時計職人・エドワードが住んでいた。

 エドワードには息子がおり、彼は技術より儲けに目がない若者だった。

 時計屋は、代々続く小さな店だが、町の人々から愛され、エドワードの丁寧な仕事ぶりが評判であった。

 ある日、エドワードが亡くなり、息子がその遺産を相続した。

 息子は金に物を言わせた広告を打ち、店は瞬く間に利益をだすが、職人技がないためか時計の質はどんどん落ちていった。やがて店の評判は落ち、客足はめっきりと途絶えた。

 残された遺産には、一つの古い時計が含まれていた。

 息子はその価値を知らず、故障して動かないガラクタだと思い込み、安く売り飛ばすことにした。売りに出された時計には、小さなメモが隠されていた。


「この時計を理解し、直せる者だけが、真の遺産を受け継げる」


 しかし、そのメモを読む者は誰もいなかった。時が流れ、壊れた時計を集めるのが趣味の老人がその時計を手に入れた。

 彼は古い時計を見るたびに、鼓動を感じるかのように愛情を注ぎ、ゆっくりと修理を始めた。そして、とうとう時計は正確な時間を刻み始める。

 それと同時に、時計の底板が薄く光を放った。老人が仰天すると、底板がすうっと開き、中から小さな紙片が現れた。それは一枚の小切手で、その金額は莫大なものだった。


「愛をもって時を刻む者に、終わりのない富を」


 エドワードの息子は金に目が眩んで真の富を見過ごし、その真の遺産は、愛と忍耐を持って時計を直した老人のものとなった。それはエドワードが望んでいたことだった。

 時計も人生も、裏蓋に隠された真実に気づく者だけが、本当の価値を見出すことができる。そしてその本当の価値とは、見返りを求めない真の愛と献身であった。


(了)

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【ショートストーリー】時計屋の遺産 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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